二人の未来

 幻がぼやけた。そして溶けるように消えてしまった。エヴァンジェリンが、すねたようにミカゲを見る。


「もっと集中して。何か別のことを考えたでしょう」

「すみません。でもこれ、難しいですね」

「そうなの。だから少しずつ作っていこうと思うの。この魔法の板。最終的には、ほんの少しの魔力で、完璧な私の姿が浮かび上がるようにするつもり。そして、完成した暁には――あなたにあげるわ」

「くれるんですか?」


 予想外だった。こちらに贈るために、頑張っていたのだ。これをもらえるのはもちろん、嬉しくもある。しかし、何故またこういったものを贈ろうと思ったのだろう。


 何故、これを作っているのだろう。疑問がまた、元に戻ってしまった。エヴァンジェリンは板を見ながら、小さく言った。


「もし――私がいなくなってしまった時に」

「いなくなるんですか!?」


 ミカゲはびっくりした。どこか遠いところにでも行くのだろうか。エヴァンジェリンは現在、プロの歌手を目指して音楽学校で学んでいる。外国の学校に行く予定でもあるのだろうか。


 エヴァンジェリンは苦笑した。


「もし、よ。もしもの話。もしもね、私があなたの側からいなくなってしまったとしたら。そうしたら、あなた寂しいでしょう?」

「ええ、そりゃあ、寂しいですけど……」


 自信に満ちた言い方に、ついミカゲは同意してしまう。それにこれは本音でもある。エヴァンジェリンがいなくなったら。それは確かに寂しい。


「だからね、もしも、そんなことが起こったときに、あなたが寂しくならないように……。考えてみれば、私、あなたより3つ年上じゃない? だから私が100歳で死んで、あなたも100歳で死ぬとすると、私がいない三年間が生じるわけで、あなたが一人で寂しい思いをしないかなあ、って……」


 ミカゲは笑った。


「僕が100歳で死ぬとしても、その時はあなたは103歳で、きっとぴんぴんしてますよ」


 エヴァンジェリンはいつも元気いっぱいなのだ。どうも自分のほうが先に寿命が尽きてしまいそうな気がする。


「そうね。私もそんな気はするの」


 エヴァンジェリンも笑顔になる。結局のところ、ちょっとした気まぐれなんだろうな、とミカゲは思うのだった。魔法の力で何か小さな幻を作ってみたくなったのだろう。魔力はみだりに使ってはいけないと言われているが、こういうささやかなことなら、まあ、大丈夫だろう。


「――でも、あなたにあげるものなのに、あなたに手伝わせたのは悪かったわね」

「いえ、そんなことは――」


 エヴァンジェリンの言葉に、ミカゲは首を振る。幻作りはなかなか愉快だった。そもそも、エヴァンジェリンと何かを作るという行為が、素敵で面白かった。


 一緒に何かを作る、か。ミカゲは考えた。これから先もそういう機会はあるかもしれない。例えば……例えば、何だろう。……家族、とか……。結婚して、家庭を作る……。ミカゲの顔が赤くなった。何を図々しいことを考えているのだろう。家庭を作るってことは、つまり子どももできるかもしれないし、ということは、二人で一緒に子どもを作る……ミカゲの顔はさらに赤くなった。


「どうしたの?」


 エヴァンジェリンが不思議そうに、こちらを見上げてくる。ミカゲは湧てて視線を逸らした。


「いえ、何でもないです」


 未来が見えたらいいのにな、とミカゲは思う。自分とエヴァンジェリンの未来はどうなっているのだろう。一度、エヴァンジェリンに、未来を見たことがあるか、と聞いたことがある。魔法によって、過去や未来を見ることはできる。しかしそれには、強い力が必要だ。ミカゲレベルでは、今日は雨が降りそうだな、とか、忘れ物をしそうだな、とか、そんなことしか言えない。


「未来は……見ないわ」


 その時、エヴァンジェリンは素っ気なく答えた。表情がいささか硬いのが気になった。


「ずっと昔、子どもの頃のことだったのだけど」


 理由を尋ねるミカゲにエヴァンジェリンは答えた。話しづらそうだった。


「ある人の未来を見たことがあるの。見た、っていうのかしら、それとはまた違った感じで……。でもその人に会ったときに、突然思った。この人は近いうちに死んでしまうって。日時も、死因も分かった。でもその人、健康そうで、私はこれが、本当になるとは思ってなかった。でも……」


 死んでしまったのだろう。エヴァンジェリンが予見した通りに。少し言葉を切った後、エヴァンジェリンはきっぱりと言った。


「だから私、未来は見ないの」


 変な質問をしたことを、ミカゲは後悔した。


 やはり未来など見ないほうがいいのかもしれない、とミカゲは思い直した。見えたところで、辛いものだと困る。見ないまま、信じたほうがいいのではないか、と思うのだった。自分と、エヴァンジェリンが幸せになることを。できるならば、ずっと共にいることを。




――――




 実家とは離れた学校に通っているとはいえ、「冬」もまた、帰郷する。その「冬」、ミカゲが17歳の「冬」、巷はいささか騒がしかった。裂け目がいくつか出現していて、魔術師たちがその修復に忙しかった。どうやら、あちこちで場が不安定になっているようだった。


 ミカゲとしても気にならないことはない。学校でもその話題がよく出た。級友たちは「門番」を目指しているものが多いし、この手の話題には興味があるのだ。

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