「冬」に目を覚ます

「もったいないと思うの、私は。ローアンもそう言っていたわ。あなたが「門番」になってくれたら、心強いし、それに……」

「今の生活で十分満足しているんです」


 ミカゲは苦笑して言った。多少、本音でもあった。


「「門番」は危険が大きすぎる仕事ですからね」


 茶化すように、ミカゲは言った。マリアンヌも醒めた微笑を浮かべた。


「そうね。でもその分、高い報酬と地位が与えられるわ」

「それは魅力的ですが……でもやはり考えてしまいますね」


 マリアンヌは、この白々しい会話を続ける気はないようだった。マリアンヌの顔からすっと笑みが消えた。


「あなたが「門番」は諦めた理由もわからなくもないの。我が家に来なくなった理由も。でも……もう8年も経つのよ」


 8年か。ミカゲは思った。それは確かに長い。客観的に見れば長い月日なのだろう。けれども自分にとってはそうではなかった。


「……。僕はエヴァンジェリンに最期のお別れをしたかったのですが。何故それをさせてくれなかったのですか?」


 ミカゲの言葉に、マリアンヌがはっとなる。一瞬、顔が固まった。しかし、すぐに辛そうな表情を浮かべた。


「それは……エヴァンジェリンの遺体の損傷が激しかったから……あなたが見るとショックを受けるだろうと思って……」


 それは本当なのだろうか、とミカゲは思った。「冬眠」後、目を覚まさず、そのまま亡くなった人の話をいくつか知っている。その遺体はどれも、眠っているかのように綺麗だったと言われている。エヴァンジェリンも同じ亡くなり方をしたはずだ。それなのに、「損傷が激しい」とはどういうことなのだろうか。


 自分の発言を、ミカゲが信じていないことに、マリアンヌはすぐに気づいたようだった。マリアンヌは、ミカゲを見て、きっぱりと言った。


「もしあなたが「門番」になれば。私たちの仲間になれば、全てを話さないこともないわ」


 やはり隠していることがあるのだ。そして交換条件を突きつけられてしまった。ミカゲは返事に迷い、ただ、黙って立っていた。




――――




 暗い部屋の天井を眺めながら、ミカゲはマリアンヌとのやり取りを反芻していた。結局、マリアンヌには何も返せなかった。「門番」になるとも、ならないとも。しかし、エヴァンジェリンの死に何が隠されているのか、それは非常に気になる。


 ひょっとすると生きているのかもしれない、とも思う。非常に馬鹿げた考えだと自分でも思う。今まで誰かに言ったことなどなかった。けれども先程つい、ボリスに話してしまった。酒のせいで判断力が鈍っていたのかもしれない。酔った自覚はないのだが。


 ボリスが否定してくれなくてよかったと思う。そういうことをするやつではない、とは思っていたが。だから話したのかもしれない。エヴァンジェリンが――死んだのではなくて、どこか違う世界へ行ってしまったのではないかということを。


 いつ頃からこの疑惑が生じたのか、自分でもよく覚えていない。エヴァンジェリンの死を聞かされたときは、とてもショックでそこまで頭が回らなかった。そしてこの疑惑は年々、大きなものになりつつある。


 自分は何に取りつかれているのだろう、と思う。ただの疑惑に翻弄され続けているのは嫌だった。何とかして真実を確かめたい。けれどもそれにはどうすればよいのだろう。


 マリアンヌの言う通り、「門番」になるか。そうしたらマリアンヌは全てを教えてくれるのだろうか。それとも……。他にも方法がないだろうか。


 エヴァンジェリンに何かがあったのは、「冬眠」中のことだろう。「冬眠」中、生き物たちが眠る「冬」の世界で何かが起こったのだ。もしも「冬眠」中に目を覚ますことができれば、自分で「冬」を探索することができれば、真実のかけらなりとも手に入るだろうか。


 それは以前にも考えたことがあることだった。けれども「冬眠」中に目を覚ますことなど可能なのだろうか。うっかり目を覚ましてしまった人の話を聞いたことはある。けれども故意に目を覚ますことなど可能なのだろうか。……強い魔力の持ち主なら、可能だという話もあるが……。


 自分がそこまで強い魔力の人間なのだろうか。けれども……もし、目を覚ますことができるなら……。思いがぐるぐると頭の中を巡っていた。眠気は訪れそうになかった。夜は深く、まだ果てしなく続いていきそうだった。

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