アデルの決意
エイダは最近のアデルが妙にミカゲに懐いていたことを思い出した。ひょっとすると、アデルはミカゲに恋などしているのだろうか。ミカゲは自分たちよりずっと年上で――12も上なのだ!――あまり恋愛対象とは思えないが。けれどもこの反応は、アデルはミカゲとエヴァンジェリンのキスシーンを見て、並々ならぬショックを受けているのかもしれない。
「――ま、まあでも、あんまりあの二人が特別な関係ってのは考えられないよね!」
アデルを元気づけるように、エイダは言った。けれども自分でも下手なフォローの仕方だと思う。アデルはそんなエイダの気持ちに気付いたのかはっとして、それから、取り繕ったような笑みを浮かべた。
「そ、そうかな? お似合いだと思うけど……うん、でも、実際はどうだったのかよくわからないね」
なんだか余計なことをしてしまったなあとエイダは思った。後悔の気持ちが募ってきた。軽い思いつきだったのに、変な結果を招いてしまった。場に影響は及ぼさなかったようだから、それはよかったのだが。
いつの間にか、空にはさらに雲が増えていた。風も強くなっている。先ほどまでよりも強く、波が浜辺に打ち付けている。エイダは居心地の悪い、不安な気持ちになった。今見たことは忘れたほうがいい――過去を見たなんて、あたしたちの魔力からするととんでもなくすごいことだけど、でもなかったことにしたほうがいい。
やるべきではなかった――やっぱり魔法はみだりに使ってはいけないんだ、とエイダは思った。辺りが暗くなるにつれて、気温も下がったように感じられた。早く、家に帰りたい。そうエイダは思った。そこでアデルを促した。
「なんだか寒くなってきたよ。ね、もう家に帰らない?」
「そうね」
アデルはあっさり頷いた。表情は、いつものアデルに戻っている。エイダは岩から飛び降りた。アデルも後からついてくる。アデルはいつになく静かで、一体何を考えているのか、エイダにはわからなかった。
――――
翌日も曇り空だった。昨日から、アデルは口数が少ない。エイダは気がかりだった。やっぱりあんなことしなければよかった……と後悔してしまう。
午後になり、アデルはエイダに、今日もまた海岸に行こうと言い出した。また過去を見るのだという。
エイダは驚き、たちまち反対した。
「どうして? 過去なら昨日見たじゃない。あれ以上のものは見れないと思うけど」
「そんなことはないんじゃない? もっと頑張れば、もっとたくさんのものが見れると思う」
「……エヴァンジェリン叔母さまと……ミカゲさんのこと?」
「……。そうよ」
一瞬、アデルは怯んだ。けれどもきっぱりと肯定した。アデルは強い口調でエイダに言った。
「エヴァンジェリン叔母さまとミカゲさんのこと。二人のことがもっとわかると思う」
「どうして二人のことをそんなに知りたいの」
言った後、意地悪な質問をしてしまったと、エイダは思った。聞かなくてもわかっている。アデルがミカゲのことを好きだからだ。ミカゲに好意を持っているから、エヴァンジェリンとの関係を気にしているのだ。
アデルは黙った。一度、きゅっと口を結ぶと、エイダに言った。
「なら、私一人で行くわ」
くるりと背を向け、去っていく。エイダは慌ててその後を追った。アデルは納戸に向かい、コートを取った。黙々とそれを着ている。ともかく、外には行くらしい。素早くコート姿になったアデルは玄関へと向かった。
「待って、あたしも」
エイダもコートを来て、アデルを追いかけた。アデルは既に玄関を出ている。庭でようやく捕まえた。
「エイダも一緒に来てくれるのね」
アデルがエイダを見て笑った。けれどもエイダは、うん、とは言えなかった。
「だから――あたしは過去を見る気はない」
「――そう。残念ね」
離れようとするアデルの腕を、エイダは慌てて掴んだ。
「一人じゃあ過去なんて見れないと思うけど」
「やってみなくちゃわからないわ」
エイダの言葉に、アデルは明らかに不機嫌になった。「試してみないと……私一人だけでもそれくらいの力は出せるかもしれないし」
「無理だって」
エイダは言う。けれどアデルは聞く気はないようだった。怒った瞳でエイダを見つめた。
「無理? そんなことない」
「――家に戻ろうよ」
雲はさらに厚くなり、空はますます暗くなっている。冷たい風が二人に吹き付けた。ミカゲの家の荒れた庭にはびこる草たちも、心細そうに風に揺れている。エイダは妙に不安になってきた。アデルはどうしてこんなに頑ななんだろう。ミカゲさんが好きだから? そんなことで? ――そんなこと、と言ってはいけないのかもしれないけど……。
アデルは固い表情で、全く不安など感じていないようだった。ただ、エイダに怒りを向けている。「放して」アデルはエイダに短く言った。
「どうして私を止めようとするの? エイダがやらないというなら、私一人でやる。それはそんなに悪いことじゃないでしょ」
「悪いことじゃない……けど……」
エイダは言い淀む。上手く説明することはできない。ただ、アデルを一人で行かせてはいけないような気がした。今まで感じたことがないような、嫌な、重たい空気が、周りを取り巻いているように思った。エイダはアデルを掴んでいる手に力を込めた。
ぴりぴりとしたものが、エイダの腕を駆け抜けた。心を騒がせる、得体の知れないもの。何かおぞましいもの。怯えるエイダに気付いていないようで、アデルはさらに怒っている。
「放してよ。痛いじゃない」
アデルの手が伸びて、エイダに触れた、その時だった。
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