過去を覗く
アデルは少し俯いた。迷っているようだった。エイダは黙って答えを待った。アデルはやがて顔を上げ、恐る恐る言った。
「でも……私たちの力じゃ無理」
「そうかな。やらなきゃわからないよ。一人の力じゃ駄目でも、二人合わせれば……」
双子だからなのかは謎なのだが、二人が力を合わせると稀に予想以上の魔力が出来することがある。エイダはそれを狙っているのだった。エイダはアデルの方に手を伸ばした。
「あたしの手を取って。そして二人で、過去が見たいって強く念じれば。ひょっとしたら見れるかもしれない」
「でも――。危険よ」
みだりに過去や未来を見ようとしてはいけないと言われている。時間に働きかければ、その力は空間にも影響を及ぼし、場を不安定にすることもあるからだ。アデルは迷っている。エイダは強く言った。
「大丈夫よ。あたしたちの力がそんなに強いわけないじゃん。たぶん、過去も見れないだろうし……えっと、だからといって挑戦が無意味だというわけじゃないけど。つまり、仮に見えたとしても、場を揺るがすほどじゃないというか……」
「……。試してみるだけなら……」
アデルもそう言って手を伸ばした。エイダが笑顔になった。二人の手が触れ、そして、エイダはアデルの手を強く掴んだ。
「目を閉じて。そして集中して、頭の中で念じてみて。過去が見たい、って」
アデルの方に身体を寄せながら、エイダはささやいた。過去を見る具体的な方法などは知らない。だから適当な言葉ではあるのだが、アデルは素直にそれに従った。
アデルの目が閉じられるのを見て、エイダも目を閉じた。過去が見たい――心の中で強く思う。しかしふとあることに気付いた。目を閉じていたら、過去は見れないのではないだろうか。それとも心の目で見れるのかな。いやいや、気が散ってはいけない。エイダは雑念を追い払った。つないだ手に意識を集中させる。気のせいか、手が熱くなってきた。
気になって、エイダは目を開けてみた。そして驚いた。つないだ手からわずかに光が発せられているのだ。淡い光が二人の手を取り巻いている。エイダはしばらくそれを見た後、ふと、何かの気配を感じて、海岸のほうに目をやった。
そこには二人の人物がいた。向かい合って立っている。自分たちと同じように手をつないでいる。年の頃は10代半ばから後半くらいか。男性と女性で、女性のほうが多少年上に見えた。
「アデル――」
いつの間にかエイダは声を出していた。一体二人はいつからここにいたのだろう。目をつむっていたから気づかなかったのかもしれない。けれども上手く言えないが、二人にはどこか奇妙なところがあった。なんだか――本物らしくないのだ。エイダが普段目にする現実の光景と、どこか違っている。それは周囲と微妙に不調和で、ちぐはぐとして、まるで二人だけ夢の中の登場人物のようにそこに立っていた。
エイダは二人をまじまじと見た。奇妙な二人だが、どこかで見た覚えがある。どこでだったろう。考えていると、二人が動いた。女性が男性に近づいて、その頬にそっとキスをした。びっくりして見ていると、今度は男性が、女性の頬にキスをした。
そして二人は消えるようにいなくなった。エイダはとても驚いたが、頭の中ではどこか納得していた。やはりあの二人は現実の人間ではなかったんだ! ではこれが過去――あたしたちが見ようとしていた過去なのだろうか。それにしても、あの二人はどこかで見た記憶がある。どこでだったろう――エイダは考えて、はっと思い当たった。
「マントルピースの上!」
エイダがいきなり大声を出したので、アデルがびっくりして言った。
「どうしたのエイダ」
「写真だ! マントルピースの上にあった写真! エヴァンジェリン叔母さまの写真よ!」
あの女性は、エヴァンジェリン叔母さまだ。エイダはそう確信した。あの写真によく似ている……あれは死の少し前の叔母さまを写したものだ。叔母さまは二十歳で亡くなって――今見た女性は10代後半くらいだったけど、あまり差はない。あれは叔母さまだった。――あたしは過去を見たんだ!
「アデルも見た!?」
興奮のままに、エイダはアデルに尋ねた。アデルはエイダに圧倒されつつ、頷く。
「見た、って――って、今の不思議な光景でしょう? 男の人と女の人がいて、キスをしてそして消えてしまって――」
「そう! あれが過去だったんだ! 女の人はエヴァンジェリン叔母さまだった! あたしたち、過去を見たんだよ!」
でもそうすると――男性のほうは誰だったんだろう。エイダは考えた。男性も、どこかで見たことがある顔だったのだ。エイダは懸命に知ってる顔を思い浮かべた。けれどもどれも当てはまらない。
「エヴァンジェリン叔母さまと――一緒にいたのは誰だったんだろう」
「ミカゲさんよ」
アデルの声が聞こえた。エイダはたちまちそれが正解であることを悟った。ミカゲの顔を思い浮かべる。それを若くしてみる。なるほど――なるほど、確かにあの男性は(少年といったほうがいいような年齢だったが)、ミカゲさんだ!
ということは――エイダの胸はドキドキしてきた。あれはミカゲさんで、一緒にいたのはエヴァンジェリン叔母さまで、二人はいい雰囲気で向き合っていて、しかもキスまでして――つまり、二人は恋人同士だったのだろうか。
「ね、二人キスしてたよね。それって二人はそういう関係――」
「だったのかもね」
アデルの言葉の冷ややかさに、エイダはようやく気付いた。エイダは改めてアデルを見た。今までは自分が先程見た光景に心をとらわれていた。けれどもようやく注意をアデルに向ける。アデルの顔は強張っていた。
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