5. 暗い穴
気にかかること
3日後には「冬眠」の日を迎える。ガーネット家の双子は、ミカゲの家で和やかな日々を過ごしていた。エイダとしては驚くことがある。アデルの変化だ。
ここに来るまではあんなに嫌がっていたのに、今ではすっかり馴染んでいる。そしてミカゲにすっかり懐いている。アデルは引っ込み思案で、特に男性は苦手なのだ。普通に喋れる相手は父親と、家族も同然なボリスしかいない。それなのに、ミカゲ相手にはにこにこと、楽しそうに話している。
予想外で、エイダはなんだかちょっと呆れる気持ちもあると同時に、ほっとするところもあった。今までずっと自分の後ろにアデルがいて、いうなれば、自分が彼女のお世話をしていたようなものだ。けれどもこれから、少しずつ、そのお世話も少なくなっていくのかもしれない。そうなるのは嬉しい。でもちょっぴり寂しい気持ちもなくもない。
その日は午後から、アデルとエイダは散歩に出かけた。ミカゲの家は海のすぐ側だ。二人で海岸へと向かった。
冷たい風が吹いて、空は曇っていた。「冬」が近づくと、こういったどんよりとした日が多くなる。そろそろ眠りの季節だと、何かに促されているような気持ちになる。しっかりとコートを来た二人は、お喋りをしながら浜辺を歩いた。よく似た二人――でもその印象はかなり違う――けれどもやはりよく似た二人だ。
「ミカゲさんとずいぶん仲良くなったのね」
冷やかすようにエイダは言った。アデルは途端に真っ赤になった。
「べ、別に、仲良くとか、そんな……」
エイダはおやおやと思った。この反応は新鮮だ。こちらが思っているよりもずっと、アデルはミカゲのことを意識しているのだろうか。聞いてみたいが、アデルがその辺りのことをあっさりと答えるとは思えない。そこでエイダは別のことを言った。
「よかったじゃない。少しの間とはいえ、家をお借りするんだし、仲良くなれないより仲良くなれたほうが」
「そ、そうよね」
二人はどちらからともなく、浜辺に突き出した岩に、並んで腰かけた。目の前には海が広がっている。曇り空の下の海は色が暗い。風がわずかに波を騒がせていく。
「ミカゲさんは、うちにも来たことがあるんですって」
アデルが言った。ミカゲの話ができて嬉しそうだ。でもなんだか照れてもいる。ここはぜひつきあってあげたい、という気持ちに、エイダはなった。
「エヴァンジェリン叔母さまと仲が良かったんでしょう?」
「そうなの。それだけじゃなくて、お母さまとも、他の叔母さまたちとも親しかったみたい」
「なんで「門番」にならなかったのかな」
「さあ、それは話してくれなかった……というかそういう話題になることはなかったけど……」
「またうちに遊びに来てくれたらいいのにね」
エイダがアデルを見ながら、笑って言う。アデルは再び赤くなった。
「そ、そうね」
エイダは、若かりし頃のミカゲを思い浮かべた。あたしのお母さまとミカゲさんは年が離れているけど、エヴァンジェリン叔母さまとはそんなに離れてなかったはず。――二人は恋人同士だったんじゃないかと、以前、アデルに言ったことがある。あの時アデルは即座にそれを否定していた。あの時のアデルはまだミカゲとそんなに親しくはなかった。今のアデルなら何と答えるだろう。エイダは気になったが、同じ質問をアデルにする気にはならなかった。それに自分自身としては、やっぱり二人が恋人同士だというのは――どうもしっくりこないような気がする。
思いはいつしかミカゲから、エヴァンジェリンへと移っていった。美しい叔母さま。若くして亡くなってしまった叔母さま。何故か立ち入りを禁じられた部屋。あの叔母さまには何か、謎がある……エイダは思った。あたしはそれを知りたく思う。でもどうやったら知ることができるだろう。
もしも過去を見ることができるなら――そこまで考えて、はたと思い当たった。過去を、見られないこともないのだ。
魔法の力で過去や未来を見ることは、できないことではない。けれどもそれは非常におぼろなものだし、強い魔力の持ち主でないとできない。エイダは過去も未来も見たことがない。見ることができれば便利だと思うのだが。エイダはアデルに声をかけた。
「ね、過去を見てみない?」
「どうしたの、急に」
「エヴァンジェリン叔母さまのこと、気になってきちゃって。今急にじゃなくて、あたしは前から叔母さまについては気になってた。何故部屋が閉ざされているのか、とか。それをここで確かめてみることはできないかなって」
「そんな……無理よ」
アデルは言った。エイダも無理だろうとは思う。けれども実際にやってみなければわからないではないか。エイダはもう一押しとばかりに話を続けた。
「アデルも……気になるでしょ、叔母さまのこと」
「私はそんなに……」
「でも叔母さまはミカゲさんと仲良かったんだよ。若い頃の叔母さまとミカゲさんって、気にならない?」
アデルが黙った。これはちょっとした切り札だったのだ。自分の言葉が効果を上げたことにエイダは喜びもし、けれどもミカゲでアデルを釣ったことに少し後ろめたさもあった。
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