4. 秋の海
魔法学校
12歳になったら、正式に魔法学校に入学することになる。ミカゲにもその時がやってきた。もう後何日もすれば入学というある日、心配そうな顔でボリスが言った。
「なんだか俺は不安だよ。お前が魔法学校で上手くやっていけるのかどうか」
「どういう意味だ?」
ミカゲはボリスに尋ねる。ボリスはちょっぴり顔をしかめ、答えた。
「だってお前はほら、プライドが高い……というか、いや、不器用……違う、ある意味、素直なんだな、うん。それはまあいいんだが、そのせいで周りとぶつかることもあるだろう? 今までは俺が側にいたんだ、俺が側にいて衝突を回避させることもあったんだ、でも魔法学校に俺はいけないだろう? そこが心配なんだ……」
なんだか失礼なことを言われているな、とミカゲは思ったが、黙っておくことにした。それに確かに、他の友人と喧嘩になりそうになったとき、ボリスがなだめてくれたことはある。それを思うと、ボリスの心配もあながち的外れなものではない……いや、でも。と、ミカゲは思った。そうだとしても、やっぱり嬉しい気持ちにはならない。
「俺は上手くやるよ」
ミカゲはむっつりとした顔で、ボリスに向かって宣言した。
魔力持ちは数が多いわけではない。そのため魔法学校も小ぢんまりとしたものだった。入学式で、ミカゲは上級生の中にエヴァンジェリンがいるのを発見した。エヴァンジェリンもこちらに気付く。そして明るい笑顔になった。
エヴァンジェリンとはあの日、10歳の夏、お茶会に呼ばれてから親しくしていた。何度かガーネット家に行き、エヴァンジェリンもミカゲの家を訪ねて来た。両親は驚き、そして優しくガーネット家の末娘を迎えたのだった。
「魔法学校に入れば、私が先輩になるわけだから」
そう、エヴァンジェリンはミカゲに言った。「だからいろいろ頼っていいわよ。そうよ――私が、先輩、なの」
エヴァンジェリンが胸を張り、「先輩」という言葉を強調する。どうやらミカゲの「先輩」になれることが嬉しいらしい。たぶん末っ子だから、弟みたいな存在ができるのが心地良いのだろうとミカゲは思った。
上級生たちはみな何故だか妙に大人びて見えた。エヴァンジェリンはエヴァンジェリンなのだが。校長は下半身がヘビの姿をした、温厚そうな中年男性だった。ミカゲは希望に満ちて、と同時にいささか緊張して、魔法学校の生徒となったのだった。
――――
入学からさほども経たないうちに、ミカゲは自分がそんなに大した魔力の持ち主ではないのではと思い始めた。いや、そんなことはない、と心の奥底では思っている。けれども少しずつ、自信が揺らぎ始めてもいた。
今まで養成所で近い年頃の魔力持ちの子らを見てきたが、学校ではさらにたくさんの人びとを見ることとなる。自分が今まで限られた世界しか知らなったのだ、とミカゲは気づくことになるのだった。
学校の中でエヴァンジェリンは華やかな存在だった。ガーネット家の娘だからということもある。それ以上に、魔力も飛びぬけていたし、容姿も端麗だったし、性格も明るく屈託がなく、彼女の周りはいつも賑やかに、生徒たちが集まっているのだった。ミカゲは気後れした。学校の中では、エヴァンジェリンに声をかけにくい。今まで仲良くしていたのが嘘のようだ。もっともエヴァンジェリンはそういったことを気に留める様子もなく、無邪気にミカゲに接してくる。
夏が過ぎ秋を迎え、そして冬眠の季節が訪れた。月日は巡り、いつしかミカゲは14歳になっていた。少しどこか卑屈っぽくなり、やや自信をなくし、ちょっとずつエヴァンジェリンと距離を置きながら。
身長は伸びていた。いつの間にかエヴァンジェリンとほぼ変わらなくなっていた。ある日、エヴァンジェリンがミカゲを前にして、感慨深げに言った。
「最初に会ったときは、私のほうが背が高かったのにね」エヴァンジェリンはそう言って微笑んだ。「どんどん大人になるんだね」
とはいえまだ14歳だった。ミカゲは自分が大人だとはさっぱり思っていなかったし、また、自分が大人になるということも――それは当たり前のことなのだが――どこか奇妙に感じていた。
エヴァンジェリンは17歳で、いっそう音楽に打ち込んでいた。ある夏の日、夕暮れ時に、エヴァンジェリンがミカゲの家にやってきた。
「今度発表会があるの。歌の」エヴァンジェリンの目が輝いている。「あなたにも来てほしくて。チケット渡しに来たの」
幾分興奮しているエヴァンジェリンから、ミカゲはチケットを受け取った。エヴァンジェリンの晴れ舞台だ。これは行かなければならない、とミカゲは思うのだった。
――――
発表会は市の中心部にある、大きなホールで行われる。黄昏の、夜の気配が迫りつつある中、ミカゲはホールへと向かった。客席に座り、照明が落とされ、幕が上がる。ミカゲはエヴァンジェリンの出番を待った。
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