ガーネット家へ

 父と共に、ガーネット家までの道をのんびりと歩いていく。自宅からはわずかばかりの距離だ。この日もまた、暑かった。ガーネットの屋敷は広大な庭に包まれている。先端の尖った、鉄の門扉のある大きな門を抜け、二人はよく手入れされた庭を歩いた。


 屋敷に近づくと、ふと、ピアノの音を聞いた。それは二階の窓からするのだった。ミカゲは音のする方を見た。屋敷の近くに大きな木が立っており、その木の梢の向こうに、白いレースのカーテンのかかった窓が見える。窓は開いており、時折わずかに風がカーテンを揺らしている。ピアノの音に続いて、人の声が聞こえた。歌声だ。


 歌声は澄んでいてのびやかで、真っすぐに四方に広がっていった。なんて綺麗な声なんだろう、とミカゲは思った。この声は……エヴァンジェリンさまじゃないだろうか。息子が足を止めて二階を見ているのに気づいて、父親もまた立ち止まった。そして息子に言った。「あれは末の娘のエヴァンジェリンさまだよ。歌がお上手なのだ」


 やっぱりあの人なんだ、とミカゲは思った。父が動き出し、ミカゲもそれを追うように歩いていく。歌声が少しずつ遠くなっていく。愛らしい、可愛い歌曲を歌っていた。人生が楽しくて仕方がない、といったような歌声だった。




――――




 客間に通され、ミカゲはガーネット家の人びととともにお茶を楽しむことになった。ガーネット家の当主とそのご夫人。それから女の子が4人。ミカゲはあれ、と思った。


 エヴァンジェリンがいない。と間もなく、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ごめんなさい! 遅れてしまって……」


 現れたのはエヴァンジェリンだった。今日は白いシャツにベージュのパンツをはいて髪を後ろでまとめている。ミカゲを見てにこっと笑った。それは親しいものに対するような笑みで、ミカゲはなんとなく恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまった。


 お茶会は寛いだ楽しいものだった。5人姉妹はみな美人で親切だ。もっとも上にいくほどミカゲと年が離れてしまって、近づきがたくなってしまうが。それに上にいくほど真面目でしっかり者になるらしい。エヴァンジェリンはそそっかしく、はねっかえりで少しわがままで甘えんぼな末っ子であるらしい。ミカゲはそれが面白かった。またミカゲは兄妹がいないので、羨ましくもある。


 美味しいお茶とお菓子をご馳走になって、楽しい会もお開きとなった。帰り際にお手洗いを借りた後、ミカゲはホールを玄関へと向かっていた。父はどうやらもう外に出ているらしい。歩いていると、急に呼び止められた。


 振り向くとエヴァンジェリンだった。笑顔で、ミカゲのほうへ近づいてきた。


「今日は楽しかった?」

「ええ、まあ」


 素っ気ない返事になってしまう。けれどあまり悪い印象を持たれるのも困ると思い、不器用に付け足した。


「あの……今日はお招きありがとうございます。その……父だけでなく、僕まで……何故、僕なんですか?」


 エヴァンジェリンが呼んだのかなとふと思った。けれども返ってきた答えは違うものだった。


「私の父がね、あなたに会いたいって言ってたの。ほらあなたは優れた魔力の持ち主でしょ」


 魔法学校に正式に通うことになるのは12歳からだが、その下の養成所のようなところで、時折魔法の訓練をしている。そこでミカゲは優秀な成績を収めていた。どうやら――あんまり図に乗るのはよろしくないが――自分は周りの人間より少なくとも魔力の点では優れているらしいぞ、とミカゲは思っていた。もちろん、それを表に出さないようにはしているのだが。


 エヴァンジェリンの父親はミカゲにあれこれと魔力のことを聞いていた。「門番」を目指すのかい、とも。ミカゲははいと答えた。「門番」になれるのは魔力持ちの中でも一握りに過ぎないが、ミカゲは自分がなれるであろうことを疑ってはいなかった。


 これで疑問は解決できた。また、ガーネット家の人間がこちらの能力に興味を持っていてくれていたこともわかって非常に誇らしい気持ちになった。けれどもミカゲは無表情を心がけて、なるべく重々しく「そうなんですか」と頷いただけだった。


「もう帰っちゃうの? ……時間があるなら、もうちょっとうちでゆっくりしていかない?」


 エヴァンジェリンが言う。ミカゲは戸惑った。エヴァンジェリンがまた少し近づいてきた。

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