閉ざされた扉
「もしもミカゲさんが「門番」だったら」エイダがそう言った。「あたしたちの家とも付き合いがあったわけで、もし叔母さまが生きてらしたらミカゲさんは頻繁にあたしたちの家に来ていたかもしれなくて……そうだ、ミカゲさんが「門番」にならなかったのは、叔母さまの件と何か関係があるんですか?」
「私にはわからないよ。その辺りのことは彼からは何も聞いていない」
グエンの声は静かだった。
――――
屋敷につくと、マリアンヌが出てきた。課題を忘れて取りに帰ったことを話すと、マリアンヌはいささか呆れていた。
「もう本当にエイダったら……もっとしっかりなさい。そもそもあなたは普段から――」
マリアンヌの小言を後ろに聞きながら、双子は二階へ上がった。エイダが自室で課題のプリントを探している間、アデルは廊下に出た。
廊下の突き当りにエヴァンジェリン叔母の部屋がある。叔母がそこで亡くなって以来、閉ざされた部屋だ。入ってはいけないと言われている。真面目なアデルはそれをきちんと守っていた。入りたいとすら思わなかった。けれども――今は違った。叔母の部屋が急に気になりだしたのだ。
「あったよ! さあ、帰ろうか」エイダが部屋から出て、アデルに声をかける。アデルが反応しないので、エイダはアデルの視線の先を追った。
「……エヴァンジェリン叔母さまの部屋、か……」
エイダが言った。アデルははっと我に返った。見ると、エイダがにやにやといたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべている。
「気になるんでしょ?」
エイダがアデルに聞いた。
「えっ、それは……」
「叔母さまの部屋。……ねえ、入ってみたくない?」
小悪魔のような表情でエイダが唆す。アデルは躊躇った。禁止されている。やってはいけないことなのだ。
「駄目よ、エイダ」
「でもじーっと見てたよ。すごく気になってる感じだった!」
「それは……」
グエン先生との会話に叔母の話が出てきたからだった。ミカゲと仲が良かったという叔母。叔母のことがこんな風に、妙に落ち着かない気持ちで気になることなんて今までなかった。
「今は誰もいない」
辺りを見回してエイダは言った。確かに廊下はしんとして人の気配はなかった。
「こっそりと……ほんの少し扉を開けて、中を覗いてみるだけ……」
「エイダ! 駄目って言ってるでしょ」
「じゃあ、あたしだけでも覗いてこよっかな」
エイダの目が光っている。本当にやるつもりなのかもしれない。アデルは迷った。いつもならここでうるさく言って、エイダを引っ張って屋敷を後にするところだが……。けれども今日は何かが違った。どうしようもない興味が、衝動のようなものが、アデルの胸の内にあった。
「……。少しだけなら……」
「そうこなくっちゃ!」
エイダが喜んで笑う。アデルの心に後悔が走った。が、やはりエイダを止める気にはならなかった。
――――
二人は並んで、エヴァンジェリンの部屋へと近づいた。屋敷内は静まり返っている。まるで誰もいないかのようだ。いや、母がいて、使用人がいるのもわかっているが。けれども不気味に物音一つしない。
なんだか恐ろしい。そうアデルは思った。こっそりとエイダの顔を見る。エイダは平気そうだ。何故恐ろしいのだろう。言いつけを破ろうとしているから? そうかもしれない。けれども、それ以上に――。何かよくないことが待っているような気がする。
アデルは昨日、エイダに言ったことを思い出した。叔母さまの部屋に裂け目が生じるのかもしれない、という自分の予想。もしかしたら本当にそうなのだろうか。空間が歪み、割れて、そこから得体の知れぬ恐ろしいものが、叔母の命を奪った何かが現れて――。
「さあ、着いた」
扉の前で立ち止まり、エイダが言った。アデルの恐怖はさらに大きくなっていた。アデルはエイダを見た。その顔がわずかに緊張しているように思える。エイダも気づいたのかしら。このよくない予感。アデルが見守る中、エイダの手がそっとドアノブに伸びた――。
――駄目よ、エイダ! アデルは唐突に強く思った。ぎゅっと心臓がわしづかみされたかのようだった。開けては駄目! その扉を開けては駄目! 扉の向こうには――扉の向こうには――。混乱する気持ちで言葉も言えずアデルがエイダの手を見ていると、それはふと動きを止めた。
「……やっぱりやめておこう」
エイダが言った。アデルはエイダの顔を見た。顔が強張っている。アデルは思った。この奇妙な恐怖を、私が感じたような恐ろしさを、エイダもまた感じたのかしら。
「お母さまに見つかって怒られたら嫌だもんね。さ、やっぱり帰ろっか」
エイダはくるりと身を翻し、扉に背を向けた。歩いていくのをアデルが慌てて追いかける。
「お母さまのことだから、きっと扉に鍵をかけてるかも……」
エイダは言う。それはどこか、言い訳のように負け惜しみのように聞こえなくもなかった。アデルはエイダに聞いてみたかった。何故扉を開けるのをやめたのか。本当のところは何が理由なのか。エイダも怖かったんじゃないの? とアデルは思うのだった。エイダも何かを――何を感じたの? でもきっとエイダは話してはくれないだろう。怖くなんかない、と言うことだろう。
屋敷の外に出ると、日がやや陰っていた。風が冷たい。うっすらと白い雲が覆う空の下をアデルとエイダは早足でミカゲの家に戻った。「冬」が、近くまで来ているのだと、アデルは思うのだった。
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