グエン先生
ミカゲの家に最初に来たときは、荷物が多かったこともあって車を使ったが、ここからアデルたちの屋敷まではそんなに離れていない。そこで二人はのんびりと歩いていくことにした。散歩をするにはちょうどよい距離だ。
屋敷は町の高台にある。緩やかな坂道を二人はお喋りをしながら登った。屋敷が近づくにつれ、魔法関連の施設が増えてきた。「門番」たちの役所に、魔法学校、魔法研究所。木々の間にそれらの建物が見え隠れする。どれもゆったりとした敷地に建てられている。
途中で知った顔に出会った。年をとった男性だ。かなり禿げ上がった頭にわずかばかりの白髪。優しそうな目は大きく垂れている。そして下半身は蛇の姿をしているのだ。暗く落ち着いた赤いウロコをした蛇だ。その下半身を器用に動かしてその老人は二人に近づいてきた。魔法学校の校長をしている、グエンだ。
「先生、こんにちは!」
エイダが明るく挨拶した。続いてアデルもやや小さな声で。グエンもまたにっこり笑って挨拶を返した。
エイダとアデルはいつもは普通の学校に通っているが、まだ不安定なものながらも魔力を持っているので魔法学校にも時々顔を出している。そのため、グエンとも顔見知りなのだ。また、グエンは優秀な「門番」であり、ガーネット家の人間と親しかった。
「先生、知ってます? あたしたち今回の「冬」を屋敷の外で過ごすことになっちゃって」
エイダがそう切り出した。そして、ミカゲの家に行くことになった一件を話す。グエンは静かに聞いていて、話が終わった後、穏やかな口ぶりで言った。
「私も聞いているよ。今回は……特に心配はないと思うが、一応、念の為にね」
「屋敷内はそんなに危険なんでしょうか? あたしたちだけ外に出ちゃうのもどうかと思うんですけど」
「危険ではないよ。君たちのお母さんが少々心配性なのだ」
エヴァンジェリン叔母さまの件があったから、とアデルは思った。それで必要以上に大事をとりたがるのかもしれない。
「君らの両親も今回は屋敷で過ごさないはずだ。その代わりに私たち「門番」が詰めることになっているが」
「あら、そうなんですか。――やっぱりちょっと大変な事になってるんじゃないですか?」
エイダの表情に疑惑の色が生じたが、グエンはあっさりと笑うだけだった。
「大丈夫だよ。何かあっても我々「門番」の力で何とかできるだろう」
茶目っ気を見せて、グエンが言った。エイダが笑い、アデルも一緒になって笑った。グエンは確かに優れた魔術師で、その言葉には信頼できる響きがあった。
「でも、あたしたちを預ける先の選択がよくわからないんです。一応魔術師みたいなんですけど、何でも屋をやっていて、そんなにすごい人なのかどうか……」
「知っているよ。ミカゲ君だろう。彼は私の教え子だった」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうとも。魔法学校に通っていた」
魔法学校は正規の学校とはまた別で、魔力のある子どもたちが放課後や休日に通うところだ。この町に魔法学校は一つなので、ミカゲがずっとここで暮らしなおかつ魔力持ちなら、グエン先生の学校に通うのは不思議ではない。
「どんな生徒だったんですか、ミカゲさん」
エイダがグエンに尋ねている。アデルも気になった。何故か、ミカゲの過去が知りたくなったのだ。どんな少年だったんだろう。二人の興味深げな視線にさらされて、グエンは少し遠い目をして答えた。
「そうだなあ。よい生徒だった。魔力に関しては一流だったよ」
「ええ、そんなまさか……」
エイダが失礼なことを言っている。グエンは少し苦笑した。
「本当だよ。優秀な力の持ち主で、将来が期待されており……」
「じゃあ、「門番」にもなれたんじゃないですか?」
魔力を持つ人間の中でも、特に力の強い者が「門番」となる。エイダの無邪気な質問にグエンは答えた。
「そうだな。確かになれただろう」
「不思議。じゃあ、なんでならなかったんでしょう」
「それは……彼にもいろいろ考えるところがあったのだろう」
グエンはどこか言いづらそうだ。アデルは気になった。けれどもエイダはこの話を長く続ける気はないようだった。すぐに話題を変えた。
「ミカゲさんはエヴァンジェリン叔母さまと親しかったそうですね」
「そうだよ。二人はとても仲良くしていた」
とても仲良く。その言葉が何故かアデルの心に突き刺さった。とても仲良く……。それはどういう意味で? 昨日、エイダはミカゲさんと叔母は恋人同士だったんじゃないかと言っていた。私はそれを否定したけれども、今でもそれは違うと思うけれど、実際のところはどういう関係だったんだろう。
アデルはエヴァンジェリンのことを思い浮かべた。記憶はほとんどない。知っていることも少ない。美人だったこと。優れた魔力の持ち主だったこと。マントルピースの上の写真で明るい笑顔を見せていること。歌が好きで得意だったこと。ええとそれから……冬眠から目覚めずに20歳で亡くなったこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます