叔母の死の謎
この世界の人間全てが、魔力を持っているわけではない。ガーネット家には魔法の力を持つものがよく出るが、それもまた個人差がある。エイダとアデルの母親は優れた魔術師であった。双子も多少なら魔法が使える。
魔法でできることは、物の声を聞くこと。小さな幻を作り上げること。さらには未来や過去を見ること。しかし魔力で見た未来や過去はぼんやりとしたものに過ぎない。力が強ければ鮮明になるそうだ。双子の母は、マリアンヌは何か未来を見たのだろうか。そしてその結果から双子をミカゲにたくすことを決めたのだろうか。エイダは考えた。
さらに魔術師たちの大事な役目として、空間の裂け目を補修することがある。世界と世界を隔てる壁が揺らぎ、稀に裂け目ができるのだ。それを直す。その力が特に優れたものが「門番」となり、「門」を管理することになるのだ。「門」を管理し、「冬」を限られたものとし、春を呼ぶこと。つまりそれが「門番」の役割なのだといえる。
双子の力はまだ不安定なものだ。彼女らの魔法の教師がローアンだった。冷静でそっけなく見えるが、優しいところもあって、エイダはこの先生が好きだった。ローアンにもミカゲについて聞いてみたが、ローアンはガーネット家に来たのが遅く、ミカゲには会ったことがない、ということだった。
「エイダも片付けをしたら?」
唐突にアデルの声がして、エイダははたと我に返った。ここに来る前のことをつらつらと思い出していたが、現実に引き戻されたのだ。仕事を終えたアデルは、エイダの向かいのベッドにちょこんと腰かけてこちらを見ている。エイダも言われた通りにしようと思ったが、しかしまだ気になることがあった。
「なんであたしたちはここに来ることになったんだろうね?」
「それは……お母さまが言ってたじゃない。家にいると危険だから……」
「そう、そうなの。でもあたしはもっと具体的なことを知りたいの。なんでミカゲさんが選ばれたのかも含めて。――ミカゲさんっていえばさあ、叔母さまと親しくしてたみたいだよね」
「エヴァンジェリン叔母さまのこと? そうね」
エヴァンジェリン・ガーネットは双子の母親の妹だ。双子が幼い時に死んでしまった叔母。「冬眠」の際に――春になっても目が覚めることなく――そして死んでしまった叔母だ。
この叔母は二人にとっては伝説的な存在だった。若くして死んでしまったこと。そして、強い魔力を持っていたということ。5人姉妹の中で最も魔力があったらしい。そう、周りの人が二人に言っていた。二人が5歳のときに叔母は亡くなったので、何かはっきりとした記憶があるわけではない。
ガーネット家の居間のマントルピースには叔母の写真が飾られていた。美しい人だった。陽気そうな琥珀の瞳――双子の目はこの叔母によく似ていると言われていた――、すらりと機敏そうな肢体、こちらを見て楽しそうに無邪気に笑っている。いささか口が大きいのが欠点だが、そんなこと気にしないとばかりに大きく口を開けて笑っている。エイダとアデルはそんな叔母の写真をよく見ていた。そして若くして気の毒なことになったこの才能ある美人に、様々な物語を加えたのだった。
「叔母さまとはどういう関係だったのかな。恋人?」
「まさか」
アデルはちょっと笑った。叔母は二人にとっては伝説なのだ。伝説ならば――恋人もそれに相応しい人であるべきなのではないか。ミカゲさんと叔母が恋人同士というのはエイダにもぴんと来ない気がした。ミカゲさんは――悪くはない人で――「ハンサム」というより人の好い、やんちゃそうな顔という感じだったけれど――悪くはないけど、でも伝説とは少し違うのだ。
「叔母さまは――どうして死んでしまったんだろう」
エイダの何気なく口にした一言に、アデルは怪訝な顔をした。
「それは「冬眠」から目が覚めなかったからで……」
「うん。それは知ってる。そうじゃなくて……なんていえばいいのかな」
胸の中にもやもやしたものがあるが、エイダはそれを上手く伝えられない。何故だかガーネット家では叔母の話があまり触れてはならないもののように感じられるのだ。それはあまりにも早く亡くなったために、いまだに周りの人びとにとってその死が暗い影を落としているからなのかもしれない。けれどもそれだけじゃない。
「――どうして叔母さまの部屋に入ることができないの?」
エイダはアデルに言った。ガーネットの屋敷には、生前叔母が、エヴァンジェリンが使っていた部屋がある。しかしその部屋に入ることを、何故だか双子は禁じられているのだ。
「お母さまが言ってたでしょう。あそこは場が不安定になってるって。だから危険なの。叔母さまは……あそこで亡くなったのよ」
アデルがそう答えた。それはエイダも知っている。叔母はあの部屋で亡くなった。「冬眠」に入るために、いつものように自分の部屋に引き上げて、そしてそこで眠りから覚めず亡くなった。
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