選ばれた理由
何故「冬眠」途中に死んでしまうのか、何故眠りから目覚めなくなってしまうのか、その理由はわかっていない。けれどもそういった人は非常に稀なのだ。エイダはそうアデルに話して気持ちを落ち着かせる。エイダとしては自分が、非常に稀な一人になるとは思えない。
「冬眠」途中には目を覚ましてしまうこともあるらしい。そのことも、アデルはひどく恐れていた。目を覚ました人々が「冬」の世界について語っている。みなが眠っている。外は吹雪だ。辺りは薄暗く、太陽は嵐を呼ぶ雲の前に力なく、まるでこの世の終わりのようだと。アデルはそんな世界の話を聞いてとても怖がった。エイダとしてはちょっと行ってみたいとさえ思うのだが。
「だから私、「冬眠」中はぎゅっと目をつぶってるの」ある時、アデルはエイダにそう言った。「決して目を覚まさないように、かたーくかたーく目を閉じてるの」
眠りながらそんなことが可能なのだろうかとエイダは思ったが、深くは聞かないことにした。
シルクも最初は家に置いてくるつもりだったのだ。けれどもアデルが連れていくと言って聞かなかった。シルクが側にいないと眠れないというのだ。しかし「冬眠」期間に入ればみんな眠ってしまうので、つまり、寝そびれた話など聞いたこともないので、エイダとしてはこれもまたアデルの言い分がよくわからない。散々親と揉めて、ついに親のほうが折れた。シルクを連れて行ってもよいと言ったのだ。その代わり、ミカゲさんが駄目だといえばすぐに家に帰すこと。
シルクのこともあって、今日は朝からアデルは憂鬱そうだった。けれども無事ミカゲとの対面を終え、シルクも置いてよいことになり、今のアデルは朗らかだった。
エイダはミカゲのことを思い浮かべた。彼の父親は「門番」の一人であり、先祖代々「門」を守っていたガーネット家とも付き合いがある。エイダも何度か会ったことがある。しかし息子であるミカゲのことはよく知らない。幼いときに幾度か顔を合わせたことがあるようだが、何分にも幼すぎて覚えていない。
ミカゲの父親は他の家族とともに、ガーネット家の近くに住んでいる。その隣はボリスの家だ。ミカゲの父が「門番」で、ボリスの父はガーネット家の護衛だ。ミカゲとボリスは幼馴染であったらしい。ボリスがここに来る前に、ミカゲの話をあれこれしてくれた。ボリスはずっと昔からガーネット家と親しくしていて、双子にとってみればほぼ家族に近い。そのため、アデルもボリスになら物怖じすることはない。
「ミカゲさんって、どういう人なの? いい人? 悪い人?」
エイダのおおざっぱな質問にボリスは笑って答えた。
「いい人ですよ。私とずっと親しくしていて、将来は一緒にここで働くものだと思っていましたが……」
「「門番」になるつもりだった、ってこと? つまりミカゲさんは」
「そうですよ。お父さんも「門番」でしたしね。本人もはっきりそう言っていました。けれども途中で心が変わり、それは、まあ……」ボリスは何か言いかけたが、しかし言いづらそうな顔をして、言葉を濁した。「……まあ、いろいろありましてね」
気になったが、あまり教えてくれそうにない。エイダは別の質問をすることにした。
「ミカゲさん、ハンサム?」
「ハンサムですよ」
ボリスが笑顔になる。そういうボリスもハンサムだとエイダは思う。ふさふさとした灰色の毛、薄いブルーの瞳。きゅっと引き締まった口など、精悍で強そうでかっこいい。
「それはよかった! あたし、そんなに面食いじゃないけど、やっぱりハンサムのほうがいいに決まってるもん! ね、アデル」
エイダは隣にいたアデルに話かけたがアデルは浮かない顔だった。
「……どうして他人の家で「冬」を過ごさなくてはいけないの?」
アデルの声は暗い。しかももう、何度も繰り返した質問をまだ口にしているのだ。エイダはさすがにうんざりしてきた。
「だからね、えっと……つまり場が不安定に……「門」の近くが特に不安定になってるから、我が家から離れたほうがいいって。お母さまが言ってたでしょ? ほら、うちは「門」の真上にあるようなものだから」
「ミカゲさんの家はそんなに遠くじゃないわ」
ミカゲは実家を出て、亡くなった祖父母の家に、現在は暮らしているそうだ。エイダとアデルはそこでお世話になるのだ。そしてその家は同じ町内に、ガーネット家の近所にある。
アデルはまた暗い声で言った。
「そんなに遠くじゃないから、危険なことには変わりがないと思うの。それになんでミカゲさんなの?」
「それは……」
「彼は優秀な魔術師なのですよ」
言葉に詰まるエイダを助けるようにボリスが言った。
「私は彼とずっと友人なので知っているのです。彼は本当に、将来を嘱望された魔術師なのですよ。だからあなたたちを預けようということになったのです」
「優秀な魔術師なら他にもいっぱいいるわ。「門番」たちが」
アデルはボリスの言葉に反論した。ボリスは少し困った表情を見せたが、率直に話を続けた。
「彼は「門番」を目指していましたし、そうなれると誰もが思っていましたし……。それにあなたがたのご両親が彼を信頼したのです。私は魔力がないのでよくわからないのですが、きっと魔法の力で何か感じるものがあったのでしょう」
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