ついでにもう一匹
「構わないよ。こちらこそ狭い家で申し訳ないね」
「そんなことはない。それに綺麗にしているし……。ああ、お礼といっては何だが、食事は俺が作ろう」
「作れるのか?」
ミカゲは目を丸くした。ボリスとは長い付き合いになるが、手料理を食べたことはない。
「ボリスの料理はとても美味しいのよ!」
双子の一人、髪の短い方が元気よく答えた。彼女の名前はエイダという。もう一人はアデルだ。恥ずかしそうにエイダの後ろに隠れている。
半獣人の家庭教師の名前はローアンと言った。あまり口数が多くない。一歩引いたところから、双子を監督しているかのようだった。
「そうだ、アデル。あなた、シルクのことを言わなきゃ」
そうエイダがアデルに話を振った。「シルク?」と聞くと、アデルはびっくりしたように「は、はい!」と答えた。
「あの、お願いがあって、ここに置いてもらいたいのは私たち四人だけじゃないんです……」
「他にも誰か?」
そう言ってミカゲは周りを見たが、もちろん何か人影があるわけではない。しかしミカゲは思い出した。運び込んだ荷物の中に小動物を入れるような籠があったことを。アデルは部屋の隅にまとめられた荷物のほうへ行き、その籠を持ってきた。ミカゲは籠の中を覗き込む。白くてもこもこしたものが見えた。
アデルはそっと籠の蓋を開けて、中からそのもこもこした物体を取り出した。それは犬だった。猫ほどの大きさの小型犬。垂れた耳に、ふわふわとした毛。毛の大半は白だがところどころに黒い斑がある。犬はくりくりとした黒い瞳でミカゲを見つめていた。
「あ、あの、これ、私が飼っている犬で、シルクっていうんです。あの、母は家に置いておきなさいって言ったんですけど、私はこの子とどうしても一緒にいたくて、離れ離れで「冬」を過ごすのは気が進まなくて、あの……」
アデルは内気で喋るのが苦手なようだ。しかし、一生懸命これらのことをミカゲに話した。ミカゲは微笑ましい気持ちになった。そしてもちろん、この小さな飛び入り客を追い払うつもりはない。
「いいよ。シルクも一緒にここで「冬眠」すればいい」
「あ、ありがとうございます!」
ミカゲの言葉に、アデルはぱっと笑顔になった。ミカゲとしっかり目が合うが、恥ずかしくなったのか、すぐに逸らしてしまった。視線を落として、シルクを見て、戸惑うように続けた。
「えっと、室内に犬がいるのがお嫌なら、外でもいいんです。シルクは外でも大丈夫だと思います。その、本当のところを言うなら家の中のほうがいいんですけど、ずっと室内で飼ってきたから……えっと、それなりに賢い犬なので、家の中でもそんなに悪さはしないと思うんですけど……」
「いいよ。室内に置いておこう? シルクもそのほうがいいよな。なあ?」
ミカゲは屈んで、シルクに声をかけた。シルクはもちろん言葉はわからないだろうが、同意するかのように尻尾を振っている。ミカゲが撫でようとするとますます喜び飛びついてきた。人懐っこい犬らしい。ミカゲはシルクにも、その飼い主にも好感を持った。
「ありがとうございます!」
またアデルがお礼を言った。その顔と声がほっとしている。飼い犬の処遇がずっと不安だったのだろう。アデルの横で、エイダが笑顔で言った。「よかったわね。それにちゃんとお願いできたじゃない」
「あら、私だって……」
アデルは少し咎めるようにエイダを見た。大人しそうなアデルにとってはこれは一大決心の出来事だったのかなと思うと、ミカゲはやはり微笑ましくなってくるのだった。
――――
居間でお茶を飲み、いくらか会話を楽しんだ後、双子は荷物を片付けるために二階に、自分たちに用意された部屋へ向かった。ここは双子とローアンの部屋となる。一番大きな部屋をもらったのだが、小さなベッドを三つも運び入れるとさすがに窮屈になった。
アデルは荷物から衣服や小物を出し、それをせっせと箪笥にしまう作業に入っている。しかし、エイダはかばんは開けたまま、ベッドの上にあぐらをかいて座っていた。エイダはいささか感慨深げに部屋を見回した。
「どんなところに行くはめになるんだろうと思ってたけど、なんだか悪くなさそうじゃない?」
「そうね。ミカゲさんもいい人そう」
「シルクと仲良くしてくれそうだしね」
「本当、それが一番嬉しいの」
アデルは笑顔になった。エイダはその笑顔を見てほっとして、なおかつ嬉しくなった。ここに来るまでひと悶着あったのだ。
アデルは非常に内気で人見知りだ。エイダからすれば不思議な気がする。大人しいアデルに活発なエイダ。顔は似ていてもずいぶんと性格の違う双子なのだ。エイダからするとアデルは見ていて歯がゆいときもあった。自分一人で上手く物事を決められないし、エイダの後ろに隠れがちだ。けれども真面目なので、今も黙々と荷物の片づけをしている。
しかし真面目だけれど変なところで頑固だ。今回も、自宅以外で、しかもほとんど面識のない男性の家で「冬」を過ごすという話を聞かされたとき、アデルは散々ごねた。そもそもアデルは「冬眠」前はナーバスになる。「冬」が、「冬眠」が、恐ろしいというのだ。確かに命を落とすものもいるし、二人の叔母もそうであったのだが。
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