プロスペクトⅥ 【鷹の爪】



朝になり、習慣になった素振りを終えたオドは、昨日【鷹の爪】のメンバーと会った酒場・モンクタックの蜂蜜亭の前へと向かう。


鎧を付けないいつものスタイルだが、今日はいつもと矢袋の中身が違っていた。オドの腰にある革製の矢袋にはグランツに渡された鉄製の矢が6本入っている。


「おはようございます。」


オドが酒場に着くと、既に【鷹の爪】の4人が揃っていた。


昨日とは違いメンバーは武装をしている。メンバーは黒みがかった赤を基調とした鎧で統一しており一体感があった。


「おはよう。パウさんから聞いてはいたけど、本当に軽装なんだね。」


オドに気付いたユーグが返事をしてくれる。


「はい、これくらいが丁度いいので。」


「そうなんだね。パウさんもオド君の戦闘を見れば納得するとは言っていたけど、信じがたいよ。みんなオド君の戦闘が見れるのを楽しみにしてたんだよ。さあ、行こう。」


そう言ってユーグは微笑むと、他のパーティーメンバーを誘いざなって冒険者ギルドへと向かう。


オドはパーティーの先頭を歩くユーグにリーダーとしてのカリスマ性のような大物感を感じる。実は他の人々がオドにそれを見出しているのだが、そんなことを露にも知らないオドは勝手にクランを飛び出してもユーグ達がパウに期待を寄せられている理由に納得して彼らについていく。




「とりあえずは自由討伐依頼でいいかな。」


冒険者ギルドに着くとユーグが確認をする。


皆が頷き、自由討伐依頼書を取って冒険者ギルド受付へと並ぶ。早朝なこともあって列の進みは早く5人で話していると、すぐにオド達の番がくる。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。」


受付の女性がいつもの決まり文句と笑顔で冒険者を迎える。


「おはようございます。依頼書です。お願いします。」


「それではギルドカードの提示をお願いします。」


ユーグが依頼書を出すと受付の女性がギルドカードの提示を指示する。


オドが胸元のから緑に“G”と書かれたギルドカードを出す。【鷹の爪】のメンバーもギルドカードを出す。ユーグとハーザーは青に“D”コリンとカルペラが青に“C”と書かれたギルドカードだった。


「はい、ありがとうございます。パーティー【鷹の爪】とオド・カノプスさんですね。、、、依頼受諾を許可します。規定に従い潜入可能範囲はダンジョン4層階まで、期限は本日中となります。行ってらっしゃいませ。」


そう言って受付の女性は依頼書に判を押す。


オドはふと気になって隣に立っていたコリンに耳打ちをする。


「あの、、前回、ランクアップ条件が2層階相当のモンスターって言われたんですけど4層階まで行って大丈夫なんですか?」


「ランクは個人に関するものだから、パーティーの潜入可能範囲と誤差が出るんだ。普段の俺らは6層階までの潜入が認められているけど、オド君のランクGを反映して潜入可能範囲が4層階までになったって具合だね。」


「なるほど、ありがとうございます。」


「さあ、行こう。」


オドとコリンが小声で話している間に受付が終わったようでユーグが依頼書をしまって歩き出す。


【鷹の爪】の4人とオドは受付から離れると、どのダンジョンに向かうのかの相談をする。オドとしては金羊アフィティビトスのダンジョンには行ったため、それ以外が良いと伝える。数分の話し合いの後、黒梟エヴィエニスのダンジョンに向かうこととなる。




冒険者ギルドの北側出口を出た4人は大通りを北上し黒梟エヴィエニスのダンジョンを目指す。


オドは歩きながら【鷹の爪】の面々の装備を観察する。先頭を歩くユーグは魔法をメインにして戦うと言われるだけあって大きな武器などは装備していない。リーダーだからか4人の中では唯一、深紅のマントをはためかせている。続く赤髪のハーザーは片手剣と片手用の盾を装備している。ハーザーは背も高く魔法主体の後衛バックコートだが物理面でもバランス良く戦えるようだ。


「どうかしたか?」


オドが前を歩く2人を見ていると横を歩いているコリンが声を掛けてくる。


「いや、ユーグさんは武器を持って行かないんだなと思いまして。」


「ああ。鎧を付けてないオド君も大概だがユーグもなかなか珍しいよな。最近は魔法主体の後衛バックコートにパーティーの花形が映ってきたとは言えユーグみたいに魔法に全振りするのはこの街ヴィルトゥスの中でも数えるほどしかいない。ユーグはその中でも最近頭角を現してきた方だからな。どこかで自分が魔法一筋でやっていけると証明したいと思っているんだと思うよ。」


「証明、ですか。」


「ああ。俺達、特に同期のハーザーはユーグの才能に関しては一切疑問は無いが、周囲はまだユーグが魔法全振りに値するか疑念の目を持っているからな。まあ、奴はそんな逆風を追い風にできるメンタリティを持ってる。そうじゃなきゃクランを辞めてまで付いてかないよ。」


コリンはそう言うと隣のカルペラと話し始める。


オドは今度は前衛フロントコート2人の装備を観察する。コリンは背中に巨大な大斧ハルバートを引っ提げている。大斧は両手で使うようで、代わりに鎧の篭手こての部分に装着式の分厚い小盾が付いている。小盾には様々な傷跡が残っており、モンスターと対面する前衛フロントコートの壮絶さと共に小盾の耐久性の高さが伺える。そんなコリンと話すカルペラは、その大柄な体格に負けない程に大きな盾を装備している。まさに大盾という感じで冒険者10年目なだけあり、どこか他の3人に比べてゆとりのある表情をしている。




「よし、着いた。このまま潜入で大丈夫かな?」


そうこうしているうちに【鷹の爪】とオドの一行は黒梟エヴィエニスのダンジョンに到着する。


オドを気遣ってユーグが声を掛けてくれ、オドは問題ないと頷く。ユーグはそれを見て頷き返すとパーティーメンバーを見渡す。


「まずは1層でお互いの様子を見て、それで編成を決めよう。いけそうなら2層、さらに3層と進んでいこう。無理する必要はない。今日はどちらにせよ様子見。いいかい?」


ユーグがそう言い、皆が頷く。


ユーグはもう一度メンバーの顔を見回すと頷く。それに合わせてメンバーがそれぞれの武器を手に取る。


「それじゃあ、行こう。」


ユーグの声と共にカルペラとコリンの前衛フロントコート組から洞窟の入口へと入っていく。


ダンジョン攻略が始まった。



◇ ◇ ◇



ダンジョンに入った【鷹の爪】とオドは予定通りモンスターが最も弱い1階層で慣らす事にする。


5人の潜入している黒梟エヴィエニスのダンジョンは鳥系のモンスターがメインとなっておりスピード感のあるモンスターが多い。そしてこのダンジョンの一番の特徴は中央が吹き抜けになっており、その周りをぐるりと螺旋状に階層が下へと続いていく構造にある。このダンジョンは、まさにぽっかりと空いた大きな穴であり、穴は下に行くほど細くなり、その中心にそびえる針のような岩からモンスターが出現する。もちろん下に行けば行くほどモンスターは強くなるが、穴の中心から飛行して冒険者を襲うモンスターにとって階層を隔てる物はなく、稀に下の階層相当のモンスターが上層まで飛んでくる場合があるという危険をはらんだダンジョンでもある。


「何度来てもここは壮観だねー。」


ハーザーが“穴”を見下ろす。中央にある針のような岩は天井に空いた穴からの光が当たり、暗い洞窟内に浮かび上がるように照らされている。他のダンジョンの例に漏れず、洞窟内の鉱物はダンジョンに冠された名前の色と同じ黒色でダンジョン内の自然光は天井からの光だけである。


「少し進もう。後ろがつっかえても迷惑だしね。」


ユーグがそう言って歩き出す。ユーグの言葉通り洞窟に入ってすぐの空間は人が溢れていた。


階層の歩ける部分は横幅が大体20m程で顕層階の最下層まで一本道で繋がっている。螺旋を1周で1階層分に当たり、螺旋は13周している。


「この辺でいいか。」


とは言えダンジョンは巨大で、10分も歩けば冒険者は外壁を歩く先に進む者以外はまばらになる。


オドはジッと中央の岩を見つめる。

オド達の立っている場所から岩までは大体800m程の距離がある。オドは試しにと普通の矢を番つがえると、思いっきり弦を引き絞ってから矢を放つ。


「おお」


コリンをはじめ、近くで見ていた冒険者から声が上がる。


勢いよく飛び出た矢は大体オドと中心の岩の真ん中くらいまで飛んでいき、そこから徐々に落下していく。この結果に周りからは少し落胆にも似た声が上がり、立ち止まっていた冒険者は先へと進んでいく。


「流石に遠いか、、、」


ユーグもそんな言葉を漏らすが、オド自身はむしろ出ごたえを感じていた。


オドにとって矢の飛距離は想定済みであり、それよりもオドにとっての成果は矢がオドの想像した放物線を完璧になぞるように飛んでいた事だった。洞窟という密閉された空間は風がまったく吹かず、矢を中心に戦うオドにとっては理想的な場所であり、オドは納得するように頷く。



“hoooooo”



突然、地響きのようにふくろうの鳴き声がダンジョンに響き渡る。


「来るぞ――――――!!」


誰かの叫び声と共に冒険者達の顔つきが変わる。


次の瞬間、ダンジョン中央の岩から一斉に鳥型モンスターが飛び立つのが見え、遅れて羽音が届く。


オドが横を見ると既に【鷹の爪】の面々も臨戦態勢に入っていた。オドは再び弓を持つと矢を番える。オドはこちらに向かってくる魔力を纏った鳥型モンスターに狙いを定めて矢を放つ。矢はモンスターに命中し、モンスターはそのまま消滅した。オドはすぐに狙いを変えてモンスターを射抜き、冒険者達のいる階層部分にモンスターが届く前に4匹程撃ち落とす。


「いいぞ!!」


コリンが叫んでオドの背中を叩く。


「コリン、そろそろ。」


そんなコリンにユーグが指示を出すと、コリンはスッとオドの前に入り盾を構える。


鳥型モンスターは冒険者達との距離を詰めているため既にオドの適正な間合いよりも接近されていた。


「今度はユーグの適正距離だ。」


コリンがそう言ってオドにユーグを見るように目配せをする。


「“炎鷹えんよう”」


オドがユーグを見ると、丁度ユーグが魔法を放ったところだった。


ユーグは巨大な鳥型の炎を迫ってくるモンスターに向かって発動し、10羽程がそれに巻き込まれて消滅する。攻撃範囲と攻撃力を兼ね備えた圧巻の魔法だった。


「何度見てもこれは凄いな」


コリンが小さく呟きユーグを眩しそうに見つめる。


既にオド達の前にモンスターはいなかった。オドが周囲を見渡すと案外モンスターと戦っている冒険者は少なく、せいぜい3分の1程度のパーティーしか戦っていない。そして、戦っていないパーティーはただ戦っているパーティーを見るだけで加勢しようとはしていなかった。


「案外モンスターは少ないんですね。」


「一斉に飛び立つと多く見えるが、ダンジョンの外周も冒険者の数も相当多いからな。それに、オド君やユーグみたいに長距離の攻撃手段を持っている奴らもいるからね。」


オドの問いにコリンが答えてくれる。


「なんで他のパーティーは戦闘に加勢しないんですか?」


「それが冒険者同士のマナーだからだよ。パーティーの成果を横取りしない。助太刀すけだちの要請がない限り他人の戦闘にすることはないよ。例え彼らが全滅したとしてもね。」


コリンの言葉にオドは目を丸くする。


「そうなんですね、、、。」


「そうだ。とはいえこのダンジョンは特殊で、他のダンジョンだとそもそも戦闘中に他の冒険者パーティーが近くにいることの方が珍しいからね。このダンジョンだけのルールみたいなもんだ。」


オドとコリンが話していると、ユーグがオドの肩を叩いてきた。


「オド君、あれが見えるかい?」


オドが振り返るとユーグ中央の岩の一点を指さす。


ユーグの示す先には顔部分に鉄の仮面のような物を付けたフクロウのモンスターが見えた。


「はい。見えます。」


「あいつを見れるのは運がいい。あれは定期的に出現する階層ボスだ。位置的に恐らく2層階だろう。」


ユーグの言葉を聞いてオドはビンスの新人研修の座学を思い出す。


階層ボスは定期的とはいえごく稀に出現する各階層のモンスターを統べるモンスターであり、その強さはその階層の大体2層下のモンスターと同等レベルだと言われている。その為、いまユーグが指さしているモンスターは4階層レベルのモンスターだと言える。


「ここから狙えるかい?」


ユーグがそうオドに問う。


「戦うんですか?」


「ああ。こんな機会は滅多にない。冒険者ギルドからも4階層までの潜入が認められているんだ。大丈夫だよ。最悪、オド君だけ逃げてもいい。」


「分かりました。」


オドはユーグの目を見てそれを受け入れる。ユーグの目には爛々とした闘志に燃えていた。


「ありがとう、オド君。」


「では少し移動しましょう。ここからでは届きません。」


そう言ってオドは仮面のフクロウを見下ろすのだった。





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