プロスペクトⅦ 仮面フクロウと報酬



オドは仮面フクロウに矢を当てられるようダンジョンの入り口近くまで移動する。


既に陽が昇ってからだいぶ時間が経っているからか、ダンジョンの入り口の人はまばらだった。先程よりも高い位置から仮面フクロウを見下ろし、オドは矢の描く放物線をイメージして目を閉じる。


しばらくして目を開けたオドはユーグ、コリンの目を見て頷くと弓に矢を構える。


「すぅ、、、」


オドは息を吸いながら矢を引き絞る。


矢の角度はどんどん上がっていき、オドはほぼ斜め上に矢を向けていく。


【鷹の爪】の面々は何も言わずにオドを見つめ、たまたま通りかかった冒険者達もオドの放つ緊張感からか好奇心を胸に静かにオドの様子を見守っている。


「ふっ!!」


オドの息と共に放たれたグランツ作成の鉄矢は空気を切り裂くように唸りを上げてオドの手元を離れていく。矢はオドのイメージ通りの放物線を描いていき、高く弧を描いて上がり、落ちていく。


「どうだ!?」


コリンが叫んで矢の行方を追う。


オドも見定めすように自らの放った矢を見て、標的フクロウを見る。


「あっ!」


次の瞬間、オドが小さく声を上げる。


一瞬ではあるがオドは仮面から覗くフクロウと目が合い、睨まれたように感じた。


「行け!!」


叫ぶコリンの横でユーグは静かに熱い視線を矢に送る。


矢の推進力は低下してほぼ落下のような状態ではあるが、矢は仮面フクロウに向かって飛んで行っているように見える。たまたまオドの射撃を見ていた他の冒険者達も期待の視線を向ける。




、、、しかし、オドの放った矢が仮面フクロウを貫くことは無かった。仮面フクロウが矢の着弾を待たずに岩から飛び立ったのである。オド達に向かって一直線に。


「来るぞ!!」


ユーグが叫び、5人は臨戦態勢に入る。


オドは4発ほど続けて向かってくる仮面フクロウに鉄矢を打ち込むがことごとく避けられてしまう。


「迎え撃つぞ!!」


仮面フクロウがぐんぐんと近付いてくる。


先程までは遠くだったため仮面フクロウのサイズがつかめなかったが、近づくにつれ大きさが分かってくる。仮面フクロウはかなり大きく、高さ3m程、翼を広げると横幅はゆうに7mはありそうだった。


仮面フクロウは一度オド達よりも高い位置に移動して、そこから鉤爪を向けて降下してくる。


「“炎鷹えんよう”」


ユーグが魔法を放ち、真っ赤な炎は仮面フクロウに襲い掛かる。


仮面フクロウは一度片翼を曲げた後、炎を振り払うようにして翼を広げる。


これにより炎は振り払われてしまったが、その効果で仮面フクロウの降下速度が少し落ちる。


「よしきた!!」


カルペラが叫ぶと、ズイッとパーティーの前に位置取り大盾を構える。


ドシンという衝撃と共に巨大な仮面フクロウがカルペラに突っ込んでいき、土埃が上がる。


「“パラライズ”」


ハーザーが土埃に向かって詠唱する。


「オド君、俺は突っ込むが、どうする?」


コリンがオドを見て挑発するようにニヤリと笑う。


「行きます!!」


オドが即座に答えると、コリンは頷いて土埃へと突っ込んでいく。


ガキンという鈍い音が響く。どうやらコリンの大斧ハルバートでの一撃は鉤爪で防がれてしまったようだ。


「麻痺の魔法は効かないか。面倒だな。」


苦々しく呟くハーザーを横目にオドも戦槌を片手に飛び込んでいく。


オドは態勢を低くして接敵するとピンポイントで仮面フクロウの足の付け根に戦槌を叩きこもうとするが、あっさりと避けられてしまう。お返しとばかりにフクロウの翼が迫ってくる。


「さがれ!!」


オドがとっさに一歩引くとオドと場所をスイッチするようにカルペラが前に出て大盾で翼を受け止める。


同時にコリンが大斧ハルバートを振り抜き、仮面フクロウの腹部を切り裂く。


「hooooo!!」


仮面フクロウは一度鳴くと翼をはためかせて地面から飛び立ち、空中に退避する。


「オド君!!」


すぐにハーザーが戦闘開始時に投げ出していた弓と矢袋をオドに渡してくる。


オドはすぐにハーザーの意図を察して弓と矢を受け取ると、空中で旋回しながらオド達を狙っている仮面フクロウに立て続けに矢を放つ。


「“アイズ・アロウ”」


同時にユーグも魔法を放ち、鋭い氷柱つららが仮面フクロウに迫る。


仮面フクロウは迫りくる矢を避けながらオド達に向かって再び降下してくるが、避けきれず翼に5、6本ほど鉄矢と氷柱つららを被弾する。それでも勢いの止まらない仮面フクロウに、カルペラが再び大盾を用意する。コリンもその後ろに控えて大斧ハルバートを握りしめ、ハーザーはマナポーションをユーグに渡している。


「オド君。」


オドも仮面フクロウを見ているとユーグに声を掛けられ、耳元で何かを囁かれる。


オドは頷くと、ユーグの下を離れて再び戦槌を握りしめ、移動をはじめる。


「“炎鷹えんよう”」


仮面フクロウの接近に見計らってユーグが再び魔法を繰り出すが、仮面フクロウは知っているとばかりに一度浮いて避けると、今度はカルペラをスルーしてコリンに向かって鉤爪を振り下ろす。



“ガキン”



低く鈍い音と共に鉤爪がコリンの篭手の小盾を捉え、コリンは攻撃の衝撃で片膝を付く。


「グ、、、」


コリンが小さく呻く。


よく見ると鉤爪は小盾を貫通して、コリンの肘からは血がダラダラと滴り落ちている。


「、、、フフフ、ハハハハハ!!」


突如、コリンが笑い始める。


「力比べか、滾るぜ。」


コリンの目がギラギラと輝く。


仮面フクロウは鉤爪を食い込ませながらコリンを地面に抑え込もうと力を込め、コリンはそれを押し返すように下半身に力を入れて踏ん張る。仮面フクロウもコリンの様子の変化に怯んだのか、一度鉤爪を引こうとする。


「逃がさねえよ。」


次の瞬間、コリンは鉤爪を受け止めている方と反対側の腕でガシッと仮面フクロウの足を抑える。


「うぉぉぉぉらっ!!」


コリンは驚異的としか言えないパワーで掴んだ仮面フクロウの足を一度持ち上げ、その後、地面に突き刺すように叩きつける。




「“ウェブ・アイス”」


図ったようにユーグが詠唱し、仮面フクロウの足元を氷でできた蜘蛛の巣が捉える。


仮面フクロウは焦ったように翼を振って跳び上がろうとする。

幸い、氷の蜘蛛糸は脆く仮面フクロウはてこずりながらも罠を脱することができる。しかし、仮面フクロウは焦りのせいで既に自分より高い位置にいる存在に気付けなかった。



“ゴス!!”



仮面フクロウの脳天に衝撃が走る。


天狼族自慢の跳躍力で跳び上がっていたオドが戦槌を叩き下ろしたのだ。仮面フクロウの上に行こうとする力とオドの落下の力も相まって、その効果は抜群だった。


「hoo、、、、」


仮面フクロウは声も出し切れず地面に落下し、光となって弾け、消滅する。


人一倍大きな魔石と金属製の仮面だけがその場に残る。




しばらくの沈黙。そして周囲の歓声。


コリンがガッツポーズをし、ユーグが小さく微笑む。


「うん。うまくいった。」


オドが呟くが、その声は戦闘を見守っていた他の冒険者達の歓声に掻き消される。


ハーザーが拾った魔石を見て怪訝そうな顔をし、ユーグに話しかける。


「ユーグ、この魔石、4層階の奴より全然大きいぞ?」


「そりゃそうだろう。」


ユーグは事も無げにそう答える。


「え、、でも2層階のボスじゃないのか?確かに4層のモンスターより全然強かったけど。」


「以前に調べたことがあるが、黒梟エヴィエニスの2層階ボスはフクロウじゃないよ。」


ユーグはケロッとそんなことを言い出す。


「勝ったんだ、細かいことはいいじゃないか。それよりコリンの手当てをしてやってくれ。」


そう言ってユーグはハーザーを誤魔化し他のパーティーメンバーを労いに行く。


ユーグはカルペラ、コリンに声を掛けたあと、オドへと近付く。


「ありがとう、作戦通りだ、。」


ユーグはそう言って手を差し出す。


「ありがとうございます。」


オドはユーグの手を握り、2人は握手する。




ユーグと別れたオドはコリンの方に駆け寄り、落ちている大斧ハルバートを拾ってあげる。


「ああ、ありがとう。」


コリンは怪我していない方の手で大斧ハルバートを受け取ると、オドを見る。


「、、、これからよろしくな、オド。」


そう言ってコリンは不器用に微笑むのだった。



◇ ◇



仮面フクロウを倒したオドと【鷹の爪】一行いっこうはその後もダンジョンに留まって戦闘を続けることにした。モンスターの一斉出現は大体30分おきに発生した。


「このダンジョンを選んだのは失敗だったね。」


ハーザーが苦笑交じりに言うとユーグも頷く。


「ああ、ほぼ確実に戦闘ができるからとここを選んだんだが、まさか大半の魔石が回収できないとは。」


「でも、ユーグもその理由の半分だからね?」


真顔で言うユーグにハーザーが呆れたように返す。


先日パウと50匹以上のモンスターと遭遇したオドには余り実感が湧かない話だったが、コリンによると他のダンジョンにおいてモンスターとの遭遇は決して多いものでは無いようで、その点でモンスターの一斉出現のある黒梟エヴィエニスのダンジョンは需要があるそうだ。思い返すと確かにパウも異常ともいえる遭遇率に首を傾げていた。少なくとも、このダンジョンは力試しには最適な環境のはずだった・・・・・


「すいません、、、」


「すまん、、、」


オドとユーグが申し訳なさそうに謝る。


空中でモンスターを撃ち落とすことのできるオドとユーグは接近を待たなければいけない他の冒険者達よりも多くのモンスターを討伐できたが、肝心の魔石は空中そのままで落下し回収できなかった。加えて、スピード重視で小柄な鳥型モンスターとオドの弓の相性がハマりすぎてしまい1、2層階のモンスターの殆どが矢の一発で消滅してしまう始末だった。


結局、5人は午後からオドの矢の一撃だけでモンスターが消滅しない3層階まで降りていきオドの矢でモンスターへのダメージとヘイトを引き寄せ、接近してから討伐する方法にシフトする。




「まあ、こんなものか」


5人は夕方まで粘り、3層階相当のモンスター約40匹分の魔石を回収する。


「いやー、上出来、上出来。」


ハーザーが満足気に魔石の入った袋を見る。


オドの攻撃はとことんモンスターの傾向と相性が良いらしく、3層階モンスターですら矢だけで必要ダメージの8割近くを削れ、接近してからは少しの攻撃だけで楽に討伐ができた。オド達は一度のモンスター一斉出現で大体5匹前後の戦果という超効率的なペースで魔石を回収していた。


「それに今日で俺達への注目度も上がったんじゃない?」


ハーザーが嬉しそうにユーグに話しかける。


「ああ。このダンジョンは他人の戦闘を見れるからな。存在感を出せたかもな。それに、、、」


ユーグはそう言っておもむろにオドが背負っている弓に目を向ける。


「オドはすぐにでも有名人になるだろう。」


ユーグはそう言って微笑むのだった。






「少々お待ちください。」


冒険者ギルドに戻ってきた5人は魔石とドロップ品の買取をしてもらうために解体場へと向かったが、そこで思いがけず足止めを食らってしまう。冒険者ギルドの買取スタッフが仮面フクロウの魔石を鑑定するや否や奥に引っ込んでしまったのだ。


「ずいぶん遅いねぇ」


そう言ってハーザーが退屈そうに欠伸をする。


「そうだな。珍しいモンスターだったとはいえ強さも魔石の大きさも4、5層階と変わらなかったはずだが。」


コリンもそう言って眉をひそめる。


既に仮面フクロウ以外の魔石とドロップ品の買取は終わっており、3層階相当の魔石1個に付き1500トレミ、その他のドロップ品に合計2万トレミの値が付いている。話し合いで報酬の配分はオドと【鷹の爪】で半分づつ、【鷹の爪】はそれを山分けということになった。オドは自分1人で全体の50パーセントを貰える分け方を止めようとしたが【鷹の爪】の面々に押し切られてしまった。結局、オドは魔石で3万トレミ、ドロップ品で1万トレミの4万トレミを受け取ることになる。


「そう言えば|これはどうする? 重いんだけど。」


ハーザーは腕に抱えた仮面フクロウの仮面に視線を送る。


仮面フクロウの仮面は記念品として売らない事に決めたのである。


「一旦ハーザーが持って帰ってくれ。いつか僕達のクランハウスが出来たら、そこに飾ろう。」


しばらく沈黙をしていたユーグがそう言う。


「【鷹の爪】のクランハウスかー。夢があるねえ。」


ハーザーの顔が明るくなる。




「お待たせ致しました。」


鑑定を行った買取スタッフが戻ってくる。


「この魔石になにかありましたか?」


ユーグが聞くと、買取スタッフが真剣そうに頷く。


「皆さん、魔石についてはどれくらいの知識がおありですか?」


「魔石は魔力を伝達することのできる唯一の物質です。」


買取スタッフの質問にユーグが瞬時に応える。


「その通りです。魔石とは通常、魔力を伝達することのできる物質で、これによって私達の生活や魔法技術は飛躍的に進歩しました。また、魔石は現状ダンジョンからしか回収できない貴重な資源であり、ヴィルトゥスの主力輸出品でもあります。」


「、、、で、今回の魔石がどうかしましたか?」


コリンが買取スタッフに聞く。


「はい。今回皆さんが持ち込まれた魔石ですが、魔力の保存・貯蓄ができるという大変珍しい魔石でした。この魔石を回収できるのは十年に1回あるかないかの珍しさです。買取り額は同じ大きさの魔石の1000倍近くまで跳ね上がります。今回の魔石でしたら評価額250万トレミは下らないでしょう。」


「そうですか、、、」


ユーグは考え込むように黙ってしまい、その場に沈黙が流れる。




「とはいっても、これだけの品の買取価格は私如きの独断では決められないので一度、正式な鑑定結果を出す必要があります。」


「そうでしたか。では鑑定をお願いします。」


買取スタッフがそう言うとユーグは少しホッとした表情で頷く。


「かしこまりました。では魔石はこちらでお預かりさせて頂きます。契約書を作るので、申し訳ございませんが、もうしばらくお待ちください。」


買取スタッフはそう言うと再び解体場の奥へと消えていく。


「オド。」


呼ばれてオドはユーグを見る。


「もう少しかかりそうだ。待っている間にランクアップの手続きをしてきたらいい。」


「そうですね。」


オドが承諾するとユーグは頷いてコリンの方を見る。


「ああ。俺が付いていくよ。」


コリンが頷いてオドと一緒に窓口に行くことになる。




「これで手続きは終了です。次回ランクアップ条件は3層階相当モンスター25体の討伐です。」


「ありがとうございます。」


窓口でランクアップの手続きをし、オドは晴れてランクFに昇格する。


オドとコリンが解体場に戻るとちょうど契約書の手続きが終わったところで、その日はそのまま解散することになる。とはいえ、皆、“獅子の爪”に住んでいるため途中までの帰り道は同じだった。


「それじゃ、お疲れ。」


【鷹の爪】の4人と別れてオドは大犬亭に繋がる小道に入る。


初めてのパーティーでのダンジョン探索の興奮は冷めず、オドは未だに高鳴る鼓動を感じながら帰路を急ぐのだった。





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