自由都市での新生活Ⅶ 研修と意外な思惑
オドはユキにブランケットを返すのを諦め、せっかく寄ったということでダンのカフェで朝食を取る事にした。まだ早朝ということもあり、カフェはガランとしていた。
「おまち。」
ミアンはまだ来ていないようで、ダンが朝食セットを出してくれる。
「ありがとうございます。」
オドはダンにそう言って、今朝のセットを見る。
今日はシンプルに7枚のスコーンと一緒にティーカップとティーポットが置かれている。試しにティーポットの中身をカップに注いでみると不思議な香りと共に薄茶色の飲み物が出てくる。
「今朝は
見たことのない飲み物にオドが困惑していると、いつの間にか現れたライリーがオドに声を掛けてくる。
「ライリー様、おはようございます。」
「うん、おはよう。それより飲んでごらん。美味しいよ。」
そう言ってライリーはオドにその飲み物を勧める。
オドが試しに少し啜ってみると少し不思議な香りと共に仄かな甘さと独特の舌触りが口の中に広がる。甘さは控えめになっている様で、これが一緒に出されたスコーンの甘さとマッチし相性抜群だった。
「ほうじ茶ラテと言うんだ。イナリ王国原産の茶葉を使うそうなんだが、これが美味しいんだ。」
そう言ってライリーも早速ダンに朝食セットを注文する。
「そういえば、そのブランケットの持ち主は見つかったのかい?」
ライリーはオドが膝に置いていたユキのブランケットを指さして聞く。
「ユキさんの持ち物だったそうです。」
オドは何となく躊躇いを覚えたが素直に答える。
「そうか、ユキの物だったか。ユキとは会ったことがあるのか?」
「はい、何回かすれ違ったことがありまして、昨日初めて話しました。」
そう言うとライリーは少し考え込むように黙る。
「、、、、そうか。ユキには僕から渡しておこうか?」
「いえ、お礼もしたいので、自分でお返しすることにします。」
ライリーの申し出をオドは断ることにする。
ライリーはそんなオドの反応に少し驚いた顔をしていたが、すぐに笑いだす。
「ハハハ。そうだな。それが良い。」
その時、ダンがライリーの分の朝食セットを持ってきて、会話が中断する。
オドもスコーンとほうじ茶ラテが美味しすぎて、気付いたら皿もティーポットも空になっていた。ライリーはダンにオドに追加分を作るように言う。ダンは少し渋い顔をして「お前は俺らにはいつも我儘そうだよな。」とライリーに愚痴をこぼしつつ「すぐに出すよ。」と言って奥へと下がっていく。
「あの、、、」
「お代は俺が出すよ。」
オドが何か言いかけるとライリーはそう言って軽く手を振る。
「それより、この後は何か予定でもあるのかい?」
「あ、はい。新人冒険者研修の2日目で
「そうか、楽しんでくるといい。そういえばオド君は鎧の準備はあるのかい?」
そう言われてオドは初めてビンスにも鎧を持ってくるように言われていたのを思い出す。
「用意していませんでした、、、。」
「そうか、なら担当職員に言えば貸してくれるだろう。まあ、少し大きい鎧しか無いかもしれないけどね。ダンジョンに潜るようになったら嫌でも揃えなければいけないだろう。まあキーンは嫌がって本当に着けていなかったけどね。」
そう言ってライリーは懐かしそうに笑う。
その後ダンが追加分のスコーンとティーポットを持ってきてくれると、席が空いていたせいかダンも一緒に座って3人で朝食を食べることになった。ライリーが50代、ダンが40代、オドが10代と随分世代の違う3人だったが、会話は盛り上がり、オドは楽しく朝食を終えることができた。
オドはダンにブランケットを預けることにして前日に言われた研修参加者の集合場所に行く。
既に昨日見た面々が集まっていて、ヨハンも今日はしっかりと間に合っていた。
ビンスが来た時にオドが鎧を持っていないことを伝えると、あっさり受付で貸し出し用の鎧を借りることができた。
「それでは、これより
ビンスはそう言って後ろに控えていた40人程の一団を紹介する。
オドは聞きなれない“クラン”という言葉に戸惑いを覚え、隣にいたヨハンに聞いてみることにする。
「あの、すいません。」
オドがヨハンの腕をつつくとヨハンは少し怪訝そうにしながらオドを見る。
「なんだ?」
「あの、“クラン”って何ですか?」
「お前、そんなのも知らないのか?」
「ヴィルトゥスに来たばかりなので。」
オドがそう言うとヨハンは根が良いのか渋々といった様子ながらオドに教えてくれる。
「“クラン”っていうのは要は冒険者の集まった組織だ。総数で5000人規模の大クランが12個あって、さっきのクラン・ホエールもその1つだ。大体は本拠地のある市街地の名前からクラン名を取ってることが多い。奴らは鯨ホエールだから“鯨の目”に本拠地がある。クラン同士は常に勢力や縄張り争いをしていて、奴らはお父様の所属するクラン・アイの最大のライバルだ。これらの12のクラン以外にも中小合わせてヴィルトゥスには100ものクランがあるらしい。まあ15人のクランはクランというよりパーティーだけどな。」
「そんなのがあったんですね。」
オドは初めて知った情報に驚く。
そんなオドの様子にヨハンは溜息をつく。
「こんなのに意地張って負けたのがバカらしくなるな。お前に、、、」
「オドでいいです。」
「じゃあ、オド。教えてやる。恐らく今日から全てのクランがそれぞれ俺らの護衛や稽古の指導役をすることになるだろう。そこで目を付けられた奴には研修終了後にスカウトが行くんだ。まあ、もしスカウトが来なくてもクランの入団試験に受かればいいだけだけどな。奴らは4年に1度、開催される祭の目玉行事のクラン対抗戦に向けて、とにかく血眼になって優秀な冒険者を探しているんだ。」
そんなことを話していると
ビンスの指示で20人程の研修生は4グループに分けられ、それぞれに10人程の現役冒険者がついた。どうやら皆、中堅レベルの冒険者のようでそこそこ装備も整っていて研修参加者に傷1つ負わせないつもりのようだ。
「ここで怪我人なんて出そうものなら格好の笑い物だからな。クランの面目を潰さないよう上層部も護衛役の冒険者も必死なんだ。」
同じグループになったヨハンが耳元でこっそり教えてくれる。
「それでは出発!!」
ビンスの号令でグループがダンジョンへと入っていく。
ダンジョンの入り口は大人が10人程並んでも通れる程の広さだった。
護衛の冒険者達も慣れている様で研修参加者にマップを見せながら進んでいく。ビンスの説明に会った通り、水をモチーフにしたモンスターや魚のような姿をしたモンスターが数多く出現した。護衛役の冒険者達も流石で全く焦ることなく流石のチームプレイでモンスターを捌いていた。
◇ ◇ ◇
結局それ以降はヨハンの言っていた通り5つのダンジョンを他の主要クランの護衛と共に回った後、残りの主要クランの冒険者の指導による稽古期間となった。とは言え、オドがまだ12歳と若いというのと戦槌という特殊な武器を主としていることから、見込みがないと思われたのか稽古は専らビンスと行うこととなった。
「うん、悪くない動きだ。とにかく大切なのは安全マージンを取って戦うことだ。心理的にも、肉体的にもな。いわゆる“遊び”が緊急の出来事から自分を守ってくれる。」
「はい!!」
「よし、では、もう一度。」
ビンスとオドは再び1対1を再開する。
ビンスもまた、オドがこれまで出会ってきたヴィルトゥスの冒険者達の例に漏れず強かった。とにかく無理をしない、しかし押さえるところは押さえているといった具合でまさに経験を積んだベテランの戦闘スタイルだった。
「駄目だ。身体能力に頼りすぎている。眼は良いんだ、後はスキルと考えて戦うことだ。」
「はい!!」
「もう一度。」
オドは『コールドビート』なしでの戦闘がこの数週間で格段に上がっているように感じていた。
ビンスが
「今日はここまで!!」
ビンスの声が冒険者ギルド2階の練習場に響く。
「冒険者ギルド研修は明日で最後だ。毎日言っていることだが、冒険者の資本は身体だ。怪我1つで1週間、1ヶ月の稼ぎが無くなる物と思え。もし死んだら全てがお終いだ。これからお前らはどこかのクランに入るかもしれないが、最後に自分を守れるのは自分だけだ。とにかくダンジョンを生きて帰る、今はその為に強くなれ。以上、解散。」
ビンスの締めの一言で今日の稽古が終わる。
新人冒険者研修も残すところあと1日となっていた。オドは練習場を出るとダンのカフェへと向かう。
「オド、お疲れ。明日で最終日だな。」
カフェに行くとダンがそう言ってオドを出迎える。
ダンはオドにブランケットを渡すと店の奥へと戻っていく。
実は、オドは屋上でユキを見つけられなかった日から、毎日陽が昇る前の早朝から冒険者ギルドの屋上で剣舞の素振りをするようになっていた。それに合わせてダンが「ツケでいいから」とオドに朝食をカフェで取るように勧めてから、返せないままでいるユキのブランケットを研修中はダンに預けるようになっていた。
「今日もダメだった、、、。」
オドはブランケットをみて溜息をつくが、明日も早いからと気を取り直して冒険者ギルドを出る。
オドが大通りを歩いていると見知った顔とすれ違う。
「クルツナリック様!!」
「おお、オド君じゃないか。元気にしてたかね。ダンとティミーから話は聞いているよ。」
クルツナリックはオドと久々に会って気分を良くしたようで、オドと一緒に大犬亭に行くことになった。
ティミーもクルツナリックの顔を見ると、酒を奥の蔵から出してきて、オドも合わせ3人で夕食を取る事になった。
「クルツは相変わらず強いな。」
「いやいや、ティミーが弱すぎるだけだよ。」
クルツとティミーは旧知の仲なだけあって楽しそうに飲んでいる。
オドも若干、場酔いしたのか、少し疑問に思っていた事を聞いてみることにした。
「あの、今思うと、ライリー様もクルツナリック様も、ティミー様もクランについて教えて下さらなかったのは何故ですか? 全く教わってなかったのはクランについてだけだったように思うのですが。」
オドがそう聞くと、クルツナリックもティミーも少し渋い顔をするが、ティミーがしょうがなくといった風に口を開く。
「いや、実は我々世代の元冒険者は今のようなクラン制度には反対しているんだよ。特にライリーはその筆頭でな。言いづらかった所もあるんだよ。」
「そうなんですか?」
「我々の頃にもクランはあったが多くて精々2、30人程だった。確かに大規模クランによるクラン内の序列に基づいた新人の教育制度は冒険者増加と死傷者減少に一役買っているのは認めるが、そのせいで冒険者の馴れ合いと大人数パーティーが増え、
「つまり冒険者の数は増えたが、質は落ちたということだな。」
ティミーの説明に付け足すようにクルツナリックがそう言う。
「現にライリーの後継者となりそうな殿堂冒険者は未だに現れていないからな。だからライリーとしてはオド君に大規模クランに入ってほしくなかったから言わなかったというのもあるだろう。実際、大規模クランに入れば冒険者としてはCランクもあれば食っていけるからな。そりゃダレるってもんだ。」
「そう言うものなんですね。」
オドは図らずも知ったヴィルトゥスの抱える問題に驚きを隠せなかった。
「まあ、人はたった1人で自由になると多少の不自由を受け入れても組織に属したがるものなのさ。」
呟くようにクルツナリックは言うのだった。
◇ ◇
次の日、オドは朝の剣舞を始めてから、初めて寝坊した。
遅くまで3人で話していたのが悪かったのか、起きた頃には既に陽が昇っていた。
オドは急いで着替えると大急ぎで大犬亭を出る。
「むう。」
道は当然ながらいつもより混んでおり、オドは軽く舌打ちをすると屋根に飛び乗って走る。
しばらく屋根の上を飛び移りながら走っていると、オドの耳に待ち望んでいた歌声が聞こえる。
「よし!!」
オドは小さくガッツポーズをするとグンと速度を上げ、一直線に冒険者ギルドへと駆けていくのだった。
冒険者ギルドに着いたオドは、速度をそのままに階段を駆け上がる。耳に届く彼女の歌声はどんどん大きくなっていく。
「ハアハア。」
息を切らしながら遂にオドは屋上に繋がる扉の前に着く。
歌声はまだ聞こえている。オドは少し、扉を開けて屋上を覗くと、目を閉じてヴィルトゥスの街に向かって高らかに歌うユキの姿があった。
「ふう。」
オドは一度呼吸を整えると、掴んでいるドアノブに力を入れる。
そして、扉を開くのだった。
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