プロスペクト

プロスペクトⅠ クラン勧誘とブランケット



オドが屋上の扉を開けるとユキがこちらに振り返り、2人の目が合う。


「あ、あの、」


ユキが逃げるように歩き出し、オドは咄嗟に声を出す。オドの声にユキはピクリと足を止め、オドの方を見る。ユキの表情は相変わらず薄いままだ。


「借りていたブランケットを、、、、、、、、忘れました、、、、。」


オドは手元を見て、朝寝坊したせいでユキのブランケットを持ってくるのを忘れたことに今気づく。


「早く返さなきゃと思って毎日持ってきてたんですけど、、、」


オドは力なくそう言って項垂れる。


「なんで私がここにいるって分かったの?」


「もしかしたらと思って最近はここに毎朝来てたんですけど、今日は歌声が聞こえましたから。」


「え?」


オドが何気なく返すと、ユキが驚いたような声を出す。


オドが顔を上げると、ユキの顔は驚きの表情で固まっていた。オドには初めて見るユキの感情的な表情だった。その後、少しユキは困惑した表情を浮かべる。


「嘘、君には私が歌ってたの聞こえてたの? 本当に? 」


「はい。」


「、、、、そう。」


ユキはジッとオドを見ると小さく頷く。


2人とも何も言わず気まずい空気が流れる。


「ミアンさんから聞いたんですけど、ユキさんは冒険者だそうですね。どこかのクランに入っているんですか?」


「ユキでいいよ。一緒にパーティーを組んでいる子はいるけどクランには入ってない。」


オドが恐る恐る質問するとユキは表情を変えずに答える。


「それはライリー様の影響ですか? 大きなクランが好きじゃないと聞きました。」


「、、、私は私の力で殿堂冒険者になる。それだけ。」


そう言ってユキが顔を上げる。表情は薄いままだったが、その瞳には静かに燃える秘めたる闘志が宿っているようにオドには見えた。ユキはジッとオドの目を見ると小さく何か呟いたが、耳の良いオドでもそれを聞き取ることは出来なかった。


「、、、それだけなら私は行くね。冒険者ギルドに戻ったらダンさんの店にいるから。」


ユキはそう言うとサッと身を翻して階段を降りていく。


オドが一人残された屋上に風が吹く。既に陽は上り始め、温かな日差しに風が心地よかった。


「僕も行かなきゃ。」


オドは最後の冒険者研修まで時間がない事に気付き、急いで階段を降りていくのだった。



◇ ◇



「今日が研修最後の日だ。気を抜かず取り組むように。」


ビンスの号令で最後の研修が始まる。


内容はいつも通りダンジョンでの実践を見据えた稽古なのだが、いつもと雰囲気が違った。今日は主要12クランの幹部が観覧に来ており、彼らは練習場の端で稽古の様子を見定めるようにして見ていた。オドはクルツナリックやティミーの話から彼らにいい印象を持っていなかったが、いつにも増して気合の入る研修参加者の雰囲気から彼らには今日が正念場なのだと察することができた。


「すまん。少し外れる。」


一方、オドはと言うと稽古の相手役のビンスがクラン幹部達に捕まってしまった為、朝にできなかった剣舞の素振りを1人でしていた。各クランの幹部達も良い若手を見つけようと必死で、結局最後までビンスを捕まえて離さなかった。オドにとっては大迷惑だったが、そのおかげでオドは実力不十分で稽古に参加していないと勘違いされ、オドに目を止める者は少なかった。


「整列!!」


ビンスの号令で研修参加者が並ぶ。


「これにて、冒険者新人研修の全日程が終了した。皆、お疲れさん。」


ビンスはそう言うと拍手をする。それに合わせるように後ろに控えるクランの幹部達も拍手をする。


「それでは冒険者ギルドのギルドカードを配布する。名前を呼ぶので受け取りに来い。」


そう言ってビンスは研修参加者の名前を呼んでいく。


「オド・カノプス。」


「はい。」


オドの名前も呼ばれ、オドはビンスの所へカードを受け取りに行く。


差し出されたカードを受け取り、元居た場所へ戻る。渡されたカードを見ると、白い台紙に名前と年齢、住所が書かれており、その下に「ランク:初心者」と書かれていた。


「あの、」


「なんだ、オド。」


オドは隣に立っているヨハンをつつく。


「ランクって確か、G~SSまでじゃないでしたっけ? 初心者って何ですか?」


「相変わらず、その辺には疎いんだな。このランクは誰かしらF以上の冒険者の同伴がないと依頼が受けられない階級だ。つまり、ランク:初心者10人でパーティーを組んでも依頼は受けられない。ランクとは別にギルドカードの色で階級が分かれているんだ。ランク:初心者が白、ランクG~Eが低級冒険者で緑、ランクD~Bが中級冒険者で青、ランクAとランクSが上級冒険者で黒、そしてボス・スレイヤーに与えられるランクSSはゴールドのギルドカードが与えられる。要は階級によって受けられる依頼に制限をかけてるって訳だ。」


呆れつつもヨハンは丁寧に説明してくれる。


「ランクは成果によって上がっていく。ボス・スレイヤーや殿堂冒険者を含めこの街の全ての冒険者がこの白いカードから成り上がったんだ。夢があるよな。」


ヨハンはそう言って笑う。たった2週間程ではあったがヨハンもヨハンなりに成長している様だ。


「これにて研修は終了だ。皆の活躍を聞けることを期待している。以上。」


ビンスが締めて研修が終わる。


それと同時に後ろに控えていた主要クランの幹部達が各々が気に入った者にクラン勧誘のビラを渡しに行く。オドが見るとヨハンも何個かのクランからビラを受け取っていた。


「失礼。」


オドが他人事のようにその様子を見ているとオドにビラを渡す者が2人ほど現れた。


オドはビラを受け取ると、それを覗く。オドにビラを渡したのは“獅子の爪”に本拠を置くクラン・クロウと“龍の左翼”に本拠を置くクラン・ドラギの2つのクランだった。クラン・ドラギの方はまだ渡す人がいるのかサッといなくなってしまったがクラン・クロウの方はオドの勧誘に真剣なようだった。


「クラン・クロウ所属のパウと申します。オド殿、貴方が我がクランの扉を叩かれることを期待しております。それでは。」


パウと名乗った犬人(犬の獣人)の男性はそう言って握手をしてから去っていく。


オドは自分にも勧誘のビラが来たことに驚いていたが、パウの熱心な勧誘に更に驚かされた。取り敢えずオドは帰ってティミーに相談してみることにして練習場を出る。


「あ。」


既に夕方で冒険者ギルドの西側の窓からオレンジの陽が差し込む。何も考えず癖でダンのカフェの方へと歩いていたオドだったが、何かを思い出したかのように声を出すと急いで階段を降りて冒険者ギルドを出ていくのだった。


急いで冒険者ギルドを出たオドは大通りを走っていく。


大犬亭に戻ったオドはユキのブランケットを取り出すと、今しがた走ってきた道を引き返していく。


「いらっしゃい!!」


ブランケットを持ったオドがダンのカフェに行くと何時いつもの如くミアンが出迎える。


オドは一瞬ミアンにユキが来ていないか聞こうとしたが、何となくユキが嫌がりそうだと考え止めることにした。オドはテラス席を見回すが、そこにユキの姿はなかった。


「しょうがない。」


オドはとりあえず店内でユキが現れるのを待つことにする。


特にすることも無かったのでオドは貰ってきたクランの勧誘ビラを見てみることにした。


「ふーん、クラン・クロウねぇ」


オドはぼんやりとクラン・クロウのビラを眺める。


クランの名前であるクロウは市街地“獅子の爪”を由来にしている様で、本拠地が書かれている地図を見ると大犬亭から歩いて10分くらいの場所だった。クラン・クロウは総勢4630名の大規模クランであり、メンバーのランクで算出されるランキングではヴィルトゥスで3番目に強いそうだ。因みに1番はクラン・アイでヨハンはそこに入るらしい。


ビラの一番上には「努力・成長・献身」という言葉が書かれている。

クランの説明を読んで思うのは、クラン・クロウは相当厳しい基準のあるクランだということと、“獅子の爪”という市街地自体がそう言ったハードワークな伝統と気風を持った街だということだ。


「そのクランに入るの?」


突然後ろから声を掛けられオドが振りかえる。


声の主はユキだった。ユキはダンジョン帰りのようで銀の鎧を身にまとって腰には剣を携えている。


「いえ、考え中です。」


「そう。」


ユキはスッとオドの隣の席に座ると、オドの膝に置かれているブランケットをジッと見つめる。


それに気付いたオドは慌ててユキにブランケットを差し出す。


「すいません。随分長い間お借りしてしまいました。」


「いえ、、ありがとう。」


ユキは表情の薄いままブランケットを受け取るが、少し口元は綻んでいた。


ユキはブランケットを見つめると、それを大事そうにギュッと胸に抱く。そんなユキの様子にオドは心から持ち主に返せて良かったと安堵する。


「大切な物なんですか?」


「ええ、昔から使ってる物。これがないと中々寝られなくて、、、、。」


ユキはブランケットを持ちながら答えるが、そこまで言うと黙ってしまう。


咄嗟に言ってしまったが、どうやらブランケットが無いと寝れないという話が恥ずかしかったようで耳を赤くして俯いてしまう。気まずい沈黙が2人に流れる。


「あ、あの、、、忘れて。」


ユキがボソリと呟く。


「大丈夫ですよ。別に子供っぽいなんて思っていませんから。」


「忘れて。」


オドが励ますように言うと、ユキはガシッとオドの手首を掴んで詰め寄る。


水色の瞳の熱い視線ががオドに降り注ぎ、オドの手首を掴む手はギュッと握りしめられる。


「分かりました。忘れます。」


「ほんとう?」


「はい。」


「、、、ならいい。」


ユキはそう言うとオドの手首から手を放す。


「お代、私が払うから。オド君、持ってきてくれてありがとう。それじゃ。」


ユキは立ち上がってそう言うとサッと席を立ってしまう。まだ恥ずかしさがあるのか、その足取りは驚くほど速く、ミアンもユキの何も聞くなと言う圧に圧倒されていた。



◇ ◇



ダンの店で夕食を済まし大犬亭に戻ったオドはクランについてティミーに相談してみることにした。


「ということで、どうすべきでしょうか。ライリー様の話を聞いて入らなくていいかなとも思ったんですけど、見学だけでも行こうか迷っている所です。」


「私からは何とも言えないけど、、、一つ言えるのは大規模クランだと一度入ると抜けるのが大変だったりすることかな。最近では街の運営にも口を出すようになってきたからね。」


「そうなんですね、、、。」


オドが難しそうな顔をするとティミーが微笑む。


「まあ、彼らの言い分も分かるけどね。確かに大規模クランは大所帯だし、それなりの責任を負っているからね。12の代表者をヴィルトゥスの運営に関わらせてほしいというのも頷ける。」


ティミーはそう言って紅茶を啜る。


「あまり政治の話をしても意味ないね。まあ存分に迷えばいいよ。」


「はい。」


オドは難しい表情のまま頷く。


「ただし、最後は自分で決めるんだよ。それがこの街でのやり方だからね。」


そう言うとティミーは立ち上がり、紅茶を飲み終わったティーカップを流しに持っていき、それを洗い始める。


「そう言えば、先代の冒険者ギルドのギルドマスターの話なんだけどね、相談は相談した時点で答えは決まっているって話を昔されたよ。」


「どういうことですか?」


「つまりね、誰に相談するかという判断をしている時点で大まかに本人の中には答えが決まっているって話だよ。まあ今回のオド君は本当に迷っているようだけど、もし、君がこの段階でライリーの所に相談に言っていれば、もう答えは決まっているだろう。これは要は相談というテイで背中を押してもらいに行っているって事になる。」


「なるほど。」


「あの時は確か、逆に言えば背中を押してもらわないと判断できない、しかも判断をあくまで他人に委ねて逃げていることになるからと言ってクルツナリックが反発してたと思うなあ。それでも確かに的を射た観察だとは思ったけどね。」


ティミーは懐かしそうにそう言うとタオルで手を拭きオドの肩に手を乗せる。


「さっきも言ったが、色々考えてみるもんだ。若いというのは、そういうことだよ。」


ティミーは書斎に入っていき、オドも部屋に戻る。


オドは天井を眺め、どうすべきか考えていたが気付けばいつの間にか眠ってしまっていた。



◇ ◇ ◇



翌朝オドが起きると、まだ早朝だった。


だいぶ早起きが習慣になったようで、今日もオドは木刀を持って大犬亭の屋上に出る。


「すぅーーー、はぁーーー」


一度深呼吸をして冷たい朝の空気を吸い込み、吐き出す。


少し身体が軽くなった感覚がして、今日も素振りを始める。南東の方角から歌声が聞こえてくる。


「ユキさんはよく眠れたのかな。」


そう小さく呟いてオドは微笑む。


今日もヴィルトゥスの街に陽が昇り、新たな朝が訪れる。



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