自由都市での新生活Ⅵ 少女の名前と新たな日課



ダンのカフェは今日も盛況なようで多くの冒険者やギルド職員で混み合っていた。


オドは1人客なので空いていたカウンター席に腰掛ける。すぐに店員のミアンがやってきてメニューを渡してくれる。オドは注文をすると、改めてメニューを見てみる。今まではメニューをしっかりと見る機会がなかったが改めて見ると、やはりというべきかダンのカフェのメニューは“獅子の爪”の酒場に比べて料理の値段が高めに設定されていた。


「ふぅ」


オドは内心、冒険者ギルドの客間にいる間オドの食費を支払ってくれていたライリーに感謝する。ライリーにとっては大した額ではないのかもしれないが、残金14万トレミのオドにとってはその有難みがひしひしと感じられた。




ふと視線を感じてオドは顔を上げて店内を見回す。


テーブル席を見ても特にオドを見ている人影はなく、いつものカフェと同じ様子だった。


オドが首を捻り、再びメニューを見ようと視線をカウンターに戻そうとしたその時、同じカウンターの奥に座る少女と目が合う。白銀の髪を持つその少女はボーとオドを眺めていて、最初、目が合ったことにも気づいていなかったようだが、数秒の後にオドと目が合っていることに気付き、驚いたのかビクッと身体を震わせる。


「あ、、、」


思わず声が漏れ、オドは少女から目を逸らす。


思わず目を逸らしてしまったオドは視線をどこに向けるべきか戸惑い、メニューに目を向けつつ全神経を白銀の少女の方に向けていた。少女もオドと目が合ったことに気付いてからしばらく座っていた席で考え事をしていたようだったが、意を決したように立ち上がるとオドの座っている席の方へと歩いてきた。




少女は何も言わないままオドの元まで歩み寄ると、そのままカフェの入り口と反対側のオドの隣、空いている方のカウンター席に座る。淡い水色の瞳をした少女の表情は薄く、オドには彼女が何を考えているか分からなかった。


「ねえ。」


「はい!!」


唐突に少女から声を掛けられオドは思わず声が上振れる。少女は人差し指を口に当てシーッとオドに声を小さくするように言うと、少し周りを確認し見られていないことを確認する。


「あの、、名前は?」


少女は少し緊張しているのか肩を小さく震わせながらオドに名前を聞く。


「オド、です。オド・カノプス。」


オドが極力声を小さくして少女に名前を教える。


「オド君、、、オド君ね。」


少女はオドの名前を聞いてその名前を2度反芻すると、オドと目を合わせる。


「あ、あの、オド君。私のブランケットって知らない? 一週間前くらいに屋上の階段で寝てた君に掛けてあげたはずなんだけど、、、。」


オドはすぐに少女の言っているブランケットの意味を理解する。ターニャとの模擬戦の日、少女の歌声を聴いて眠ってしまったオドに何者かがブランケットを掛けてくれていたのだ。ライリーにも誰の物か分からなかったようだったが、ブランケットの持ち主は少女だったようだ。結局、返す相手が分からなかったオドは今もそのブランケットを持っていた。


「あ、はい。持っています。あの時は、ありがとうございました。」


オドがそう言うと少女の表情がパッと明るくなる。いままでの表情が薄かったせいか、その表情には、花が咲いたかのような可憐さがあった。


「良かった。あれが無いと私! 、、、、」


少女は嬉しそうに言葉を発するが、途中、恥ずかしくなったのか下を向いて黙ってしまう。オドから少女の表情は見えなかったが、白銀の髪から覗く耳が少し赤くなっているように見えた。


「それじゃ、お返ししますね。いつお渡しすればいいでしょうか。」


オドがそう言うと少女は再び顔を上げ、うんうんと頷く。


少女が言葉を発そうとした時、思わぬ所から横やりが入った。


「ユキちゃんじゃない。誰かと一緒に座っているなんて珍しいね。」


そう言って2人に声を掛けたのはオドの注文した料理を運んできたミアンだった。


ユキと呼ばれた少女はビクッと身体を震わせるとミアンを見る。少女は見るからに慌てだすと、立ち上がりカウンターに銀貨2枚を置くと「ごちそうさまでした。」とだけ言うと店を去って行ってしまった。


「ありゃりゃー。急に声かけない方が良かったかー。」


ミアンはやってしまったとばかりにそう言うとオドの目の前に料理を置いてくれる。


「ミアンさんは彼女と知り合いなんですか?」


オドが問うとミアンが頷く。


「あの子はこの店の常連さんなんだよ。それにユキちゃんは有名人だからね。」


「そうなんですか?」


「うん。まだ15歳なんだけどね。超実力派の冒険者だよ。それに、ギルドマスターの娘だからね。」


ミアンの言葉にオドは驚愕する。


ライリーに娘がいたこと。冒険者ギルドの屋上にいたあの少女が冒険者だったこと。しかも実力者。そして2人が親子だったこと。


「それよりオド君とユキちゃんが知り合いだったことに驚きだよー。どこで知り合ったの?」


ミアンはそう言うとオドを覗き込む。


「いや、今日初めて話しました。」


「そーなんだ。へー。ふーん。」


どこか意味ありげな視線を送るミアンを後ろから現れたダンがお盆で叩く。


「いてっ!!」


「ミアン。サボってないで早く裏に戻ってこい。注文が溜まってるんだ。」


ダンはそう言ってミアンを仕事に戻させる。ミアンは不服そうにダンを見ると、「どうぞ、ごゆっくり」とオドに言って店のバックヤードへと引き上げていく。


「やれやれ。」


ダンはそう言うミアンを見送ると、オドに向き直る。


「オド君、タイムスで見たよ。ヴィルトゥス入居おめでとう。たまにはこのカフェにも来てくれよ。」


「ありがとうございます。沢山来ますね。」


優しく微笑むダンにオドがそう返すと、ダンは満足げに頷く。


ダンはオドの肩を軽く叩いてバックヤードに戻っていくが、思い出したようにオドのもとに引き返してくる。


「そう言えは、ライリーの奴がオド君が来ないと嘆いていたぞ。暇ができたら顔出してやるといい。」


それだけ言うとダンは店の奥へと姿を消し、オドは1人になる。


オドは一息つくと、色々とあったが、遅めの昼食に取り掛かるのだった。


新鮮なレタスとトマト、大きな照り焼きのチキン、チーズに目玉焼き、大きなバンズにこれらが何重にも挟まり、それが崩れないように上から剣を模した長い楊枝が突き刺さっている。今日もダンの料理は格別の美味しさだった。



◇ ◇



遅めの昼食を終えオドはダンのカフェを出ると、ダンに言われた通りライリーの元へと向かう。


3階に繋がる階段へ向かうと、衛兵が挨拶をしてオドを通してくれる。

オドは階段を登りライリーのいるであろう執務室へと向かう。執務室の前に着いたオドは何回か扉をノックするが、中からの反応はなかった。


「失礼します。」


恐る恐るオドが扉を開けて執務室に入ると、中には誰もおらずテーブルの上に置手紙があった。


【用がある者は4階闘技場へ】


置手紙を見たオドは執務室を出ると、その足で闘技場へ向かう。




闘技場に入ると剣を振るライリーの姿があった。


ライリーは筋骨隆々とした上半身を晒し流れるように素振りをしていた。その動きには無駄がなく全てが意志の下に統率された静と動であり、オドは思わずジッとその動きを見てしまう。まさに超一流冒険者の素振りだった。


「おお、来たか。」


そんなオドに気付いたライリーが声を掛ける。


「はい、ダンさんにライリー様に会いに行くよう言われまして。」


「そうだったか。久し振り、と言っても5日くらいぶりか。元気にしてたかい?」


「はい。お陰様で、ティミーさんにも良くして頂いています。」


「そうかそうか。」


そう言って笑いつつライリーは控室の方から一本の木刀を取ってくると、それをオドに投げて渡す。オドは受け取った木刀を見ると、その形は『コールドビート』によく似ていた。そして何より、重かった。


「馴染みの鍛冶師に言って作ってもらったんだ。重さも樫の中でも特に重い種を使っているから、本物に近い重量だろう。」


そう言うとライリーはオドの身体をジッと見ると、ニカッと笑う。


「まずは基礎と身体作りだな。」


オドは否応なしに稽古する流れとなり、与えられた木刀を握る。


「オドはさっきの動きを見たことあるだろう?」


ライリーにそう言われ、オドは初めて先程ライリーの行っていた素振りが、天狼族が剣契で行う剣舞と同じものであったことに気付く。それほどまでにライリーの動きは洗練されていた。


「はい、知っています。」


「なら話は早い。あれを、ひたすらやろう。剣舞を教わった時に聞いただろう? 剣舞は筋力増強の身体作りもそうだが、それ以上に自分の身体と精神を調和させるための物だ。イメージ通りに身体を動かし思った速さ、思った軌道で剣を振る。イメージ通りに身体を止めて、ここだという所でピタリと剣を止める。それが無意識でも出来るように反復を繰り返す。全てはここからだ。」


オドはコウに剣舞を教わった日々を思い出す。あれから半年も経っていないが、もう遥か昔のように感じられる。戻ることのできない日々の記憶への思いを振り切って、オドは剣舞を始めるのだった。



◇ ◇



「うん、最初はこんなもんだ。」


2人並んで剣舞をすること約3時間、ライリーはそう言って素振りを止める。


オドはライリーとの差に愕然としていた。

まずは圧倒的に体力と筋力の差があった。更にオドは疲労の蓄積や集中力の切れがそのまま体の動きに現れた。それに比べライリーはこの3時間、一切そういったことは無く常に正確無比な剣舞を続けていた。


「久々にやっても身体が憶えているもんだな。まあ現役時代は毎日やっていたからな。」


ライリーはそう言うと肩を回す。


「そうなんですか?」


「ああ。こういうのは反復が全てだからな。それにキーンが毎朝やってたもんだから俺らの習慣になってな。あの頃はキーンに追いつこうと必死だったよ。」


ニカッと笑うライリーにオドは力無い笑みを返す。


「オド君はこれからだ。とにかく習慣にして長く続けることだ。キーンも剣を握ったのはオド君と同じ頃だろうからな。木刀は持って帰っていいからね。」


そう言うとライリーは軽く手を振って執務室へと戻っていく。


オドは既に痛み始めた腕で木刀を持つと控室へと戻り水浴びをする。

水浴びを終えたオドはライリーに挨拶を冒険者ギルドを出る。外は既に暗くなり始めており、オドは大犬亭へと帰るのだった。この日の帰り道は、オドにはいつもより長く感じられた。



大犬亭に戻ったオドは夕食を取る余裕もなくそのままベッドに入り眠りに落ちる。


オドが目覚めると外はまだ暗かった。試しに大犬亭の屋上に出てみると少し冷たい風が吹いてくる。オドがぐるりと全方位を眺めてみると東側に見える黒梟エヴィエニスの丘の輪郭が微かに明るくなってきているのが見えた。


「もうすぐ朝か。」


オドはそう呟くと軽く伸びをする。


筋肉痛で痛む腕を擦りながらオドはエアーで剣舞の動きをしてみる。

朝の冷たい風が肌にあたり心地いい。しばらく動いていると身体が火照ってきて腕の痛みも馴染んでくる。


「行けるかな。」


オドはそう言うと下の部屋に戻って貰ってきた木刀を取り出す。


オドは木刀を構えると一度大きく深呼吸する。そして、かつて父親がそうだったように、東の城壁から差し込む朝日に照らされながら剣を振るうのだった。



◇ ◇



しばらく大犬亭の屋上でオドが剣を振っているとオドの感覚が深まっていく。


そんな時、オドの耳に遠くからの歌声が届く。オドが素振りを止めて歌声の聴こえた方向を見ると、朝日を受けて影を落とす冒険者ギルドが見えた。


「あ。」


オドは何かを思い出したように自分の部屋に駆け降りるとユキから借りたままになっていたブランケットを引っ張り出すと慌てて一階へと降りて扉を開ける。が、すぐに大犬亭に戻ると服を脱いで水浴びをする。水浴びを終えると、改めて装備を整えて大犬亭を出ていくのだった。



早朝ではあるが冒険者ギルドへの道は混んでいた。

走りながらオドは冒険者ギルドを見上げる。オドの耳には歌声が届いているが、道行く他の冒険者は平然としていて聞こえていないのか、それとも聞きなれているだけなのかオドには判別が付かなかった。


「しょうがない。」


オドは小さく言うと、路地裏に入って一気に建物の屋根の上まで跳び上がると、そのまま屋根の上を走って一直線に冒険者ギルドへと駆けていく。



冒険者ギルドに着いたオドはそのまま階段を登ると屋上へと出る。


オドは屋上を見回すが、そこにユキの姿はなかった。どうやらオドとは違った階段を使って降りたようで、丁度入れ違いになってしまったようだった。オドは急いで行きとは違う階段を使って下に降りたがユキを見つけることは出来なかった。


もしかしたらと思いダンのカフェにも行ったがユキを見つけることは出来なかった。



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