自由都市での新生活Ⅴ 冒険者研修初日



2日後、オドは大犬亭に届いた冒険者研修案内に従い冒険者ギルドへ向かっていた。


オドはこの2日間、“獅子の爪”、“狼の牙”、錬金術区といった大犬亭の近くを中心に散歩がてらの探索をしていたので久々の冒険者ギルドだった。今日も冒険者ギルドへと続く道は混雑しており、オドは冒険者達の流れに身を任せるように進んでいく。


「新人研修の方ですね。西出口、階段の反対側でお待ちください。」


オドは受付に並び、案内を差し出すと受付の女性は笑顔でそう答える。


オドは素直に従い、指示された場所で待機していると何人かオドと同様に新人研修と思わしき若者が立っていた。人種は様々、歳は皆18歳前後で、皆オドの目から見ても安そうな鎧を身に着け、剣を引っ提げている。オドは鎧こそ着けていないが、重厚感のある紺のコートを羽織っており少し浮いていた。


「新人研修の者はこちらへ。」


男性の声がして振り向くと、ベテラン冒険者と思わしき40歳程の男性が「新人研修」という札を持って声を出していた。オドが男性の方へ歩み寄ると、他の新人達も集まってくる。


「うむ。これより新人研修の指導役を務める冒険者のビンスだ。よろしく頼む。」


そう言ってビンスは集まった面々を見ると手元の紙を覗く。


「うん? 1人まだ来ていないようだな。少し待つか。」


ビンスはそう言うと腕組をして新人たちの顔を見渡す。

オドもつられるように他の研修参加者を見ると、皆やる気に溢れている様で静かながらも闘志の籠った目をしている。オドも彼らのそんな様子に触発され、頑張ろうと意気込んでビンスに目を戻すと、ビンスと目が合った。


「君がオドか。ターニャから話は聞いているよ。」


ビンスは事前にオドのことを知っていた様で声を掛けてくれる。

それと同時に、他の研修参加者からの視線がオドに集まる。


「はい、よろしくお願いします。」


オドはそんな視線を背中に感じつつハッキリとした口調でそう返す。


「すいませーん。遅れましたー。」


その時、1人の人間ノーマンの若者がビンスに声を掛ける。

その若者はピカピカの新品で高そうな鎧に身を包んでおり、悪びれる様子もなく新人研修の列に参加する。オドはそんな若者の姿を見て自分より浮いた格好の人間が現れ少しホッとする。


「うむ。明日からは遅れないように。」


ビンスはそう言うと再び紙を見てから顔を上げる。


「うむ。人数はあってるな。それでは確認のための点呼を取る。名前を呼ばれた者は返事するように。」


ビンスが名簿を読み上げ、各々が返事をする。


オドが聞いていると、名前は帝国風の者から南国風、特定民族を表す名前など様々でヴィルトゥスの街に住む人々の多様さに改めて驚かされる。最後に来た人間ノーマンの青年の名前はヨハン・アリオスと言うようだった。中々オドの名前は呼ばれず、最後の1人となった。


「オド・カノプス」


「はい‼」


オドの名が呼ばれオドが返事をすると、そのヨハンがケラケラと笑いだす。


「まさかとは思ったけど、君も研修に参加するのかい。鎧も付けていないし、まだ子供じゃないか。ダンジョンは遊び場じゃないんだよ。」


ヨハンにそう言われたがオドは特に怒りは感じなかった。

それよりも、ライリーやクルツナリック、ティミーがオドを一個人として扱ってくれていたため忘れていたが、周囲から見れば自分はまだまだ子供で幼いと思われるという事実を客観的に思い起こしていた。


「何とか言ったらどうだい。おい。」


何も反応せずにただ自分を見るオドを怯えたと思ったのかヨハンが片手で押そうとするが、大星山の絶壁で鍛えられたオドの体幹はビクともせず、逆に押そうとしたヨハンの態勢が崩れる。


「え?」


キョトンとした表情のままヨハンの身体がグラリと揺れる。


オドは咄嗟に態勢の崩されたヨハンの腕の下の身体と鎧の隙間に手を入れると鎧をグッと押さえてヨハンが倒れないようにする。オドはヨハンが倒れなかったことに安堵するが、ヨハンの反応は違っていた。


「やめろ!! 鎧に触れるな!! これはお父様の物だぞ!!」


そんなヨハンの言葉に誰よりも先にビンスが反応した。


「ヨハン殿!! 貴方の御父上は決してそのようなことは言わないぞ。」


「うるさい!! 俺は自分の才能を証明してお父様に認めていただくんだ!!」


ヨハンの言葉を聞いてビンスはニヤリと笑う。


「ほう。証明、か。そうか、そうか。」


ビンスはわざとらしく納得したよう頷くと突然の出来事に強直する研修参加者の方を向く。


「ちょうどいい。この街で冒険者になるに当たって大切なことを教えよう。ついてこい。」


ビンスはそう言うと皆を引き連れて冒険者ギルド2階にある練習場へと向かう。


「いいか。冒険者として最も重要なことの1つは“証明”することだ。自分の実力を、自分の価値を、自分の可能性を衆目に晒し、“証明”するんだ。これは単に冒険者ランクを上げるということだけではない。“証明”された事実は名声となり、そのまま信用へと繋がる。だからこそ、冒険者は自分の存在を証明しなければいけないんだ。」


そこまで言うとビンスはヨハンの方を向く。


「ヨハン・アリオス。まずは自分の可能性を証明してみるのはどうだ。どちらにせよ、この20人程度の新人の中で秀でていなければ冒険者としての大成の可能性は薄い。違うか?」


そう言われてヨハンは頷く。


「そうだ。まずは御父上の功績でも、実家の誉れでも、一族の誇りでもなく、自分自身で己を証明してみろ。まあ、証明するまでもない・・・・・・・・・かもしれんがな。」


ビンスはそう言いながら何故か意味ありげにオドを見る。

案の定、ヨハンもオドを見ている。



こうして、オドはダンジョンに潜る前に再び模擬戦をやらされる羽目になったのだった。



◇ ◇



「それでは、はじめ!!」


2人には木剣が渡され、ビンスの掛け声でオドとヨハンの模擬戦闘が始まる。


とはいえ、オドにとってはヨハン程度は相手にもならないのは明白だった。

剣の修練はそれなりに積んでいるようで基本に忠実な剣の構えはしているが、緊張で身体は強張っている。オド自身も剣の修練は殆ど積んでいないが、持ち前の観察眼と大星山で鍛えた身体がある。しかし、それだけである。


「うーん。」


オドはヨハンと対峙して少し唸る。


ライリーに言われオドも感じていたことだが、ターニャとの戦闘の勝因には『コールドビート』との魔力の同調によるところが大きかった。『コールドビート』が手元にない今、オドには抜きん出て並ぶ物の無いような、圧倒的といえる力はなかった。


「しょうがない。」


オドはそう呟いて身体の力を抜くと、一気に地面を蹴りヨハンへ接近する。

急に動き出したオドを見てヨハンは慌てて剣を振りかぶるが、既に遅かった。ヨハンが剣を振りかぶりきる頃には既にオドはヨハンの懐まで接近し終わっていた。オドはそのまま拳を握りしめると思いっきりヨハンの顎をアッパーで下から殴り上げる。


「うっ!!」


鈍い音と共に、ヨハンが後ろに吹き飛ぶ。まさにスピードとパワーのゴリ押しという力業ちからわざでオドは戦闘を終わらす。ヨハンも何とか立ち上がるが、既にふらついており戦闘を続けられそうにはなかった。そもそもスピードもパワーも上回っている相手に勝つためには経験が物を言い、ヨハンにそんな経験値はなかった。


「そこまで!!」


ビンスの声が響き戦闘が終了する。


ビンスは2人を労うように拍手をすると、まずはオドに声を掛ける。


「いやはや、これ程とは。まさにポテンシャルを感じたよ。成長が楽しみだ。」


オドはビンスに軽く会釈する。

ビンスは満足そうに頷くと、今度はヨハンの元に行く。


「いいか、これが今の君の実力だ。ダンジョンに潜れば最後に自分を守れるのは自分しかいない。自分の実力も、相手の実力も、見誤ればそれは死に繋がる。ダンジョンに潜るというのは、そう言うことなんだ。」


ビンスはそうヨハンに告げると今度は戦闘を見ていた他の研修参加者の元へと向かう。


「最初は誰でもあんなものだ。ヨハンじゃなくても同じような結果になっていただろう。だが、それは仕方ない。お前らの最大の武器は伸びしろだ。これからダンジョンに潜るなら常に己を鍛えろ。自分に合った武器を、戦い方を探せ。挫折と失敗こそが最大の経験値だ。分かったか!!」


「「はい!!」」


ビンスの声に研修参加者は大きな声で返事をする。


「ただ、、、死なない程度にな。」


そう言ってビンスは笑うのだった。



その後、ビンス率いる新人研修の一団は冒険者ギルド2階の会議室に移動した。


どうやら、今日は座学のみのようで、全員が椅子に座るとビンスはダンジョンについての説明を始めた。


「まずは知っているだろうが、各ダンジョンの説明からだ。ヴィルトゥスには、、、、」


ここからはオドの知っていることや知らないこと、様々なダンジョンに関する知識の説明がなされていく。オドはビンスの言葉に耳を傾け、それをメモしていく。




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ダンジョンについて




ヴィルトゥスには白鯨ソピアー銀狼コースティティア金羊アフィティビトス黒梟エヴィエニス青龍ポルタの5つのダンジョンがある。ダンジョンの名前は、そのダンジョンの主であるボスを表している。




ダンジョンは下へ下へと階層構造になっており顕層階けんそうかい深層階しんそうかいに分かれている。

顕層階は複数人での攻略が可能なエリアで全てのダンジョンが13階までである。顕層階は既にその全容が攻略により確認されておりマップもある。

深層階は単身での攻略しか許されない。これは深層階が常にその構造を変えているからであり、同時に侵入したとしても各々が違う場所に出てしまう。また、常に構造が違うため深層階のマップも存在しない。深層階は広大な洞窟空間になっていて、そのどこかにボスの待つ空間がある。




基本的に下の階層に行けば行くほどモンスターは強くなる。

定期的に各階層の主となるモンスターが出現する。新人は要注意。顕層階10‐13層のモンスターはそこそこ経験を積んだ冒険者でも単身で倒すのは難しい。新人では1層さえも奥の方は単身で挑むのは危険。深層階に行くのは超上級冒険者だけ。




モンスターは地上の生物とは違い、生きてはいない。

モンスターは魔力を帯びており倒すと消滅する。その際に核となっていた魔石と共に鉱物やアイテムをドロップすることがある。下層のモンスターであればあるほど魔石のサイズは大きくなり、稀少性の高いアイテムをドロップする。モンスターは倒してもダンジョンより無限に出現する。過去にモンスターがダンジョンからヴィルトゥスの街に溢れたことがあるらしい。




ダンジョンごとに出現するモンスターの種類に特徴がある。

まずは相性のいいダンジョンを見極めるのも重要。大まかな特徴は以下。白鯨ソピアー:水系統、魚のモンスター。銀狼コースティティア:土系統、獣のモンスター。金羊アフィティビトス:魔術系統、植物・動物全般のモンスター。黒梟エヴィエニス:風系統、鳥のモンスター。青龍ポルタ:火系統、ドラゴンのモンスター。




とにかく最初はパーティーに属し、経験者と共にダンジョン攻略を進めるべき。




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「こんなところだな。」


そう言ってビンスが話すのを止める。


研修参加者達がペンを走らせるのを終わらせるのを待ってビンスは再び口を開く。


「ダンジョンに関する大体の概要は以上だ。まあ、行ってみないと実感が湧かない部分もあるだろう。明日は実際に白鯨ソピアーダンジョンを見に行く。もちろん冒険者も同伴するので心配しなくてもいい。質問はあるか?」


ビンスは研修参加者を見渡し、挙手がない事を確認する。


「うむ。それでは今日と同じ時間に冒険者ギルドの西側出口に集合だ。鎧を忘れるなよ。それでは、解散。」


ビンスの言葉に、研修参加者が各々の冒険者が帰路に就く。


ビンスに会釈して会議室を出ると、だいたい昼過ぎ位の時間だった。沢山メモをし、頭を使ったオドは空腹感を覚え、お腹を抑える。ふと、冒険者ギルド2階の反対側にダンのカフェを視界が捉える。


オドは空腹に耐えられないとばかりにダンのカフェへと走っていくのだった。




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