自由都市での新生活Ⅳ 新生活の準備②



街に出たオドはティミーの助言に従って商業ギルドに行ってみることにした。


「ニック商業ギルドはっと、、、」


オドは冒険者ギルドで貰ったヴィルトゥス全体が描かれている地図を広げて道を確認し、歩き出す。


“獅子の爪”に隣接するノースウェスト錬金術区を横断し、北の大通りへと出ると、道なりに南下し商業ギルドを目指す。しばらく歩くとオドは急に立ち止まると少しその場に留まり、そして進行方向を変えた。オドはその後も、店や露店の前で立ち止まってはコロコロと方向を変えて移動をする。


「仕方がないか。」


オドは小さくそう呟くと、突然大通りを全力疾走しだす。オドは大通りを行きかう人々の間を縫うように走り、そのまま路地の裏に入る。路地裏に入ったオドはその場で跳躍し、つい先ほどのティミーのアドバイスを無視して屋根の上に着地する。オドが屋根の上から下を覗き込むと、オドの予想通り5、6人の大柄な男が路地裏に入ってきた。


「どこ行きやがった!!」


「やっぱりバレたんですって、兄貴!!」


「っち!! ガキだと思えば!! 仲間を呼ぶか、、、。」


「行ってきます!!」


オドが彼らの尾行に気付いたのは錬金術区を抜けた直後だった。どうやら大通りで待ち伏せしていたらしく彼らは一定の距離を取ってオドの周りを囲むように移動していた。オドは一瞬、彼らの前に姿を現そうかと考えたが、屋根の上から仲間を呼びに行った男を追跡することにした。


オドが屋根の上からこっそりと男に付いていくと、なんと男はオドの目的地であったニック商業ギルドの前へと向かっていった。男は商業ギルドの前にたむろしていた4人の男に声を掛け、オドは彼らの会話を聴こうと耳を澄ます。


「~~~が~~~バレちまって~~~」


「しかし~~ここに~~~入れる訳には~~~命令が~~」


オドの聴力は優れている方だが、雑音や他の人々の声もあり、距離のある彼らの会話を完全に聞きとることは出来なかった。しかし、何となく彼らはオドがニック商業ギルドに入るのを防ぎたいようだった。


オドがしばらく屋根の上で様子を伺っていると、ギルド前にいた4人も渋々合流した男に従ってオドが入った路地裏の方へと向かっていく。オドは彼らがいなくなったことを確認すると屋根から路地へと飛び降りると今頃必死に自分を探しているであろう男をよそに悠々とニック商業ギルドへと入っていく。


ニック商業ギルドに踏み込むと、そこは冒険者ギルドとは違った雰囲気だった。受付に冒険者は殆どおらず、商人同士と思われる人々が熱く交渉をする姿も見受けられた。


「あっ」


オドは1人の男性と目が合う。何となく見覚えのある顔だったが、どこで会ったか思い出せなかった。そんなことを思っていると、その男性がオドに近づき声を掛けてくる。


「オド・カノプス様でよろしかったですか? ちゃんと挨拶するのは初めてですね。私はニック商業ギルドのギルドマスターをしているリオンと申します。以後、お見知り置きを。」


男性の自己紹介を聞いてオドはその男性と会った場所を思い出す。彼は支部長としてオドとターニャの模擬戦を観覧していたうちの一人だった。リオンと名乗る男性は支部長の中では明らかに一番若かった為オドの記憶にも残っていた。


「初めまして。オド・カノプスです。」


オドもリオンに習って挨拶すると、リオンの差し出した手と握手をする。リオンはオドを奥の来賓用の会議室へと案内する。ニック商業ギルドも歴史があるギルドのようで来賓用の会議は大理石を基調とした立派な部屋で、床には赤い絨毯が敷かれていた。オドがソファに座ったのを確認してリオンもオドに向かい合うように座る。


「それで、今日はどのような御用でしょうか。宿アパートの紹介なら十分引き受けさせて頂きますよ。」


沈黙はなくリオンが話を切り出してくれる。


「いえ、宿の方は既に決まっていまして、家具を見たくてお邪魔しました。」


オドがそう言うと、一瞬リオンの表情に陰りが浮かぶが、すぐに表情を戻して「家具も当ギルドで扱っています。」とオドに返す。オドはそんな表情の変化を見落とさず、何となくリオンが気にかかる。


「僕の宿が決まっているのがどうかしましたか?」


「いえ、既に他の方から紹介を受けたのかなと思いまして。これでも私も商人なのでそう言ったことが気にかかってしまうのです。顔に出ていたなら不覚でした。私の未熟ですのでオド様はお気になさらなくて大丈夫です。」


そう言ってリオンは弱々しく微笑む。


「そうですか、、、。実はライリー様に宿の紹介をされまして、“獅子の爪”の大犬亭という宿に住むことになりました。」


オドがそう言うと、リオンは少しホッとしたような表情になる。


「そうですか、ライリー様から。少し安心しました。既にレイク商業ギルドの紹介を受けたのかと思いまして。商売敵に先を越されたのかと肝の冷える思いでした。」


リオンは心底ホッとしたように言う。そんな正直すぎるリオンの様子にオドに笑みが零れる。


「リオンさんは正直なんですね。」


「はい。先代より“信頼と忠誠”について厳しく叩き込まれましたので。しかし、、、」


そこまで言うと再びリオンの表情が曇る。


「どうかしたんですか?」


「先代が去年の冬に急に亡くなられまして。急遽、未だ若い私がこのギルドを引き継ぐことになったのです。それ以来レイク商業ギルドによるギルド職員の大規模な引き抜きや妨害工作が始まりまして。」


リオンの言葉を聞いて、オドは外でオドを追っていた男たちの素性を何となく察する。


「そうでしたか。」


「お客様に愚痴を言うべきではありませんね。失礼しました。それでは家具をお見せしますね。」


リオンはそう言って立ち上がるとオドをギルド4階へと案内する。


4階には輸入品と思われる沢山の品に溢れていた。その一角に家具がまとめて置いてある場所があった。オドは色々な商品を試し、最終的に机と椅子のセットを購入することに決めた。


「これを気に入ったのですが、値段は幾らぐらいでしょうか?」


オドは何となくこれらの家具が上級な値の張るものだと察し、おずおずとリオンに問う。


「そうですね。相場で言えば2つ合わせて30万トレミ程でしょうか。ですが、、、」


そう言って家具を見るリオンの目に先程までの弱々しさはなく、商人の目をしていた。


「オド様が当ギルドを最初に選んでいただいた御礼もありますし、15万トレミで勉強させていただきます。それでいかがでしょうか。」


オドはリオンの半額宣言に驚く。


「僕は何もしていないですよ? 本当にいいんですか?」


オドは正直、理解できないと目を白黒させる。


「いいですか、オド様。あの日、オド様は模擬戦を通して私を含めたこの街ヴィルトゥスの幹部にその存在と可能性を証明されたのです。そして、そんな将来有望な冒険者と関係を築きたいと思う人間は沢山います。私もその1人という訳です。」


その言葉で、オドはいきなり自分が来賓用の会議室に通された理由や、恐らくレイク商業ギルドの手先がオドを阻もうとしていた理由が分かった気がした。


「それに、我がギルドの家訓は“忠誠と信頼”ですから。」


そう言ってリオンはニコリと笑うのだった。




◇ ◇





「いえいえ、オド様。是非、護衛を。」


「いや、大丈夫です。」


商業ギルドの前でそんなやり取りが繰り返される。


家具の会計をしオドが帰ろうとするとリオンはオドに護衛を付けると言い出した。オドは当初、購入した家具は後日大犬亭に届く手筈になっているため手ぶらで帰れると断ったが最後にはリオンに押されニック商業ギルドの雇っている冒険者と共に帰ることになった。


「坊主はどこぞのお坊ちゃまなのかい?」


オドが護衛の30歳位の冒険者と一緒に歩いていると、護衛が声を掛けてくる。


「いえ、そんなことは無いです。どちらかと言えば、これから冒険者を目指しています。」


「ほう、そうか。それじゃあ、先輩として一つ教えてやろう。」


護衛の冒険者はそう言うとオドを見ると人差し指を立てる。


「冒険者には2種類あるんだ。1つは名誉を追う者フェイム・チェイサー。こいつらはタイムスに名前が載って、ヴィルトゥス全体に名が知られているような、謂わば超エリート冒険者達だ。ボス・スレイヤーという名誉、そして殿堂冒険者という最高の栄誉を目指して日々ダンジョンに潜り、大金を稼ぐ。いわゆる皆が憧れる冒険者だ。」


オドが頷くのを見て護衛の冒険者は中指も上げる。


「もう1つは職業冒険者。これは、そんな超エリートになれなかった冒険者のことだ。名誉の為じゃなく、日々の生活の為に依頼をこなして報酬を得る、そんな多くの冒険者のことだ。まあ俺もその一人なんだがな。なんせニック商業ギルドに雇われてからは一回もダンジョンに潜っていないからな。もちろん依頼を受けて毎日ダンジョンに行く職業冒険者もたくさんいるがね。」


護衛の冒険者はそう言って少し寂しそうに笑う。


その時、細い路地に入った2人に声を掛ける集団がいた。男が10人程、2人を囲むようにして立っている。


「やっと見つけたぞ。ニック商業ギルドに入ったみたいだな。お前さんに恨みはないが、、、うっ!!」


スキンヘッドの大型の男がオドにそう声を掛けるが次の瞬間護衛の冒険者の大剣によって吹き飛ばされ気絶する。


「少年、君の強さは知らないがこれは仕事だからな。雇先に恩は作らせたくない。助太刀はしないでくれよ。」


護衛の冒険者はそう言うと残りの集団に襲い掛かる。大剣で叩きつける。大剣を投げつけて蹴り飛ばす。殴り倒す。気づけばあっという間に護衛の冒険者は敵を全員気絶させていた。護衛の冒険者は特に疲れた様子もなく飄々とオドの下に戻ってくる。それ程に彼は強かった。


「これで一件落着だな。」


そう言ってニカッと笑う冒険者にオドはヴィルトゥスの冒険者の層の厚さをしみじみと感じるのだった。



◇ ◇



大犬亭に戻るとティミーが食卓にいた。


「お帰り、オド君。」


ティミーはオドに向かって一枚の封筒を差し出す。


オドが封筒を開けてみると、中には『冒険者研修のご案内』と書かれた紙が入っており、そこには朝にターニャから聞いた冒険者研修の内容や期間、そして初回の集合時間と場所が書かれていた。


「頑張っておいで。」


内容を確認したオドがティミーを見るとティミーはそう言ってオドの肩を叩くのだった。


「はい。」


オドは力強く頷くのだった。




夕方になるとティミーとオドは“獅子の爪”の一角にある近くのパブに出かける。


普段の大犬亭では食事は各々で取る事になっているそうだが、今日は入居祝いということでティミーが奢ってくれることとなった。パブは騒がしく、ティミーは常連のようで他の常連から声を掛けられ、その度にオドのことを紹介してくれた。料理も美味しく、オドは特に子牛肉のステーキが気に入った。


「若いうちは食べすぎるくらい食べなさい。」


料理にがっつくオドを見てティミーはニコニコとそう言うのだった。


明るく、賑やかに、夜は更けていくのだった。



◇ ◇ 



翌朝、新たな部屋での最初の夜を過ごし、オドが大犬亭の1階に降りると、既にティミーが起きていてライリー同様タイムスを広げていた。


「おはようございます。」


オドが声を掛けると、ティミーはオドを手招きして呼び寄せる。


オドが横に行くと、ティミーはタイムスを広げて、微笑みながら出生欄の下にある入居欄を指さす。オドがそこを見ると、そこにはしっかりと「オド・カノプス、12歳、獅子の爪」と書かれていた。


「これはオド君が取っておくといい。」


そう言うとティミーはタイムスをオドに渡す。


オドは感謝を述べて紙面を受け取る。

オドは部屋に戻るとタイムスの他の欄も読んでみることにした。





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不審な目撃情報再び。


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昨日、ノースイースト商業区の一角にある施設に務める女性Jさんより不審な目撃情報が報告された。昼頃、施設の4階にいたJさんは窓を下から上に向かって通過した謎の影を目撃した。その影は大きく、ゆうに人ほどの大きさがあったが、Jさんは余りに瞬時の出来事だったためしっかりとその姿を確認出来なかったそうだ。4階の高さを上に飛べる生物は鳥しかありえないが、それ程大きな鳥はヴィルトゥス近郊で見つかってはいない。またJさんは足のようなものがあったと証言しており、この謎の生物の謎は深まるばかりである。同様の目撃証言は“獅子の爪”からも上がっており、今後も目撃が出るかもしれない。つい最近、ヴィルトゥス上空を浮遊する謎の白く丸い物体をタイムスで報じたが、それとの関連も気になるところだ。


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目撃証言があれば情報組合まで通告されたし。


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