自由都市での新生活Ⅲ 新生活の準備①


客間を出たオドはその足で冒険者ギルド1階のエントランスまで降りる。


オドはライリーに渡された入居申請書を見る。ライリーが言うにはこの紙をギルドの受付に提出すればいいそうで、オドはそれに従って他の冒険者と同様に受付の列に並ぶ。冒険者ギルドの中央には16個の受付窓口があり各列に冒険者が7、8人程並んでいる。オドが観察していると、すぐ要件が終わる場合もあれば、じっくりと話し込む場合もあるようだった。幸いなことにオドの並んだ列は調子よく進みすぐオドの番がくる。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。」


受付の女性が声を出し、オドの番を告げる。


受付に座る女性はエルフのようで白い肌と長い耳が特徴的だった。オドが少し緊張しながら進むと受付の女性と目が合う。どうやらオドのような少年が受付に1人で並ぶのは珍しいらしく、女性の瞳に一瞬、驚きと哀れみの色が映る。オドもそれを見逃しはしなかったが、それが嘘かのように女性は何事もないようにオドから書類を受け取る。


「少々お待ちください。」


書類を受け取った女性は最初、書類に目を通していたが、一度目を見開き少し慌てたように立ち上がり奥の書類管理室へと入っていく。しばらく待っているとその女性と共にターニャが出てきた。


「お待たせしました。」


ターニャはそう言うとオドに書類を渡してくれる。


「ありがとうございます。」


オドが書類を受け取るとターニャが小さくオドに手招きする。オドが顔を近づけると小声でダンのカフェに行くように耳打ちをされる。オドはターニャに小さく頷くと受付から離れる。




「いらっしゃい!!」


オドがダンのカフェに行くとダンのパートナーで猫人の店員ミアンが声を掛けてくれる。


「オド君、久し振りじゃない? 今日は1人でのご来店?」


「いや、ターニャさんにここで待っているようにって言われたので、、、」


「ターニャ? そりゃまた時の人からのお声がけだねえ。」


「時の人?」


ミアンの含みのある言い回しにオドが首を傾げる。


ミアンはオドの様子を見ると、オドをカフェの一角にある席に連れて行き、ひそひそと話し出す。


「オド君は知らなかったのね。実はターニャが最近、“鯨の目”に住む近頃グイグイ来ている若手冒険者からの求婚を断ったって専らの噂なのよ。その冒険者は乗りに乗っているみたいでボス討伐も近いんじゃないかって言われているんだけど、、、、、」


「ミ~~~ア~~~ン~~~」


後ろから自分の名を呼ぶ怒気のこもった声にミアンはビクッと身体を揺らす。振り返るとそこには仁王立ちをして2人を見下ろすターニャの姿があった。


「ワッ、ワタシは仕事があるからイカナクチャ。」


そう言ってその場を離れようとするミアンの肩をむんずと掴みターニャが笑顔を向ける。


「貴女のお口には塞ぐものが必要なのかもしれないわね。」


ミアンはぷるぷると首を振り、解放される。


大慌てで奥に引っ込むミアンの後ろ姿に溜息を着くとターニャはオドの横に座る。


「本当に、あの子は、、、。」


そう言ってターニャは呆れたように首を振る。


「本当なんですか?」


オドの率直な質問にターニャは一瞬だけ固まるが、すぐに諦めたように微笑む。


「オド君に隠すことではないわね。でも、ミアンのように口を滑らしたらお仕置きだからね。」


そう言うターニャの笑顔に圧を感じつつオドが頷く。


「その男性冒険者から求婚を受けていたのは本当よ。なんでも強い女性が好きとかなんとかって言ってね。それで私もそろそろ身を固める時期かなと思って迷っていたのよ。」


ターニャが話だしオドはうんうんと頷く。


「ちょうどそんな時にライリー様からオド君との模擬戦闘の話があってね。それで吹っ切れたのよ。」


突然出てきた自分の名前にオドが首を傾げる。


「あの日、オド君に負けて、凄く悔しかったと同時に懐かしい気分になったのよ。私と同世代の冒険者は不作って言われていてね。私の現役時代と時期的に被った私より強い冒険者はダンさんの世代にしかいなくて、戦闘で負けたのは凄い久しぶりだったのよ。それで思い出したの。私は私より強い、憧れられる人と添い遂げるっていう昔の信条を。」


随分と冒険者らしい信条だなと思いながらオドは頷く。


「それでね、その冒険者に決闘を申し込んだのよ。それを聞いた彼も最初は女性を傷つけたくはないとか言っていたんだけど受け入れてね。ガチンコの決闘をしたのよ。」


「結果は、、、?」


オドがおずおずと聞く。


「ボロ勝ち。もうコテンパンに私が勝ったの。有り得ないくらいだったわ。あれでボス討伐も近いなんて笑っちゃうわ。それで、私が求婚を断ろうとしたら、こんな戦闘狂女は願い下げだって逃げてったのよ。それがタイムスに情報が捻じ曲がってリークされたって訳。まあ私に負けたって言わない辺りリーク元の予想はつくけど。」


そう言ってターニャが笑う。どうやら本当に未練も無いようでケロっとした表情をしている。


「それよりオド君、貴方の話よ。入居登録をしたなら冒険者登録をしないと依頼が受けられないわよ。けど、、、」


「けど?」


「冒険者登録には約2週間の研修が必要よ。」


「研修、ですか。」


ターニャの言葉をオドが繰り返す。


「そう。研修期間。ここでダンジョンの説明や戦闘の実習、アイテムの換金とかを学ぶのよ。冒険者登録と冒険者ランクの認定はその後。これは優遇措置はない。冒険者になるなら全員の通る道よ。」


「そんなものがあるんですか。」


オドは初めて聞く研修制度に頷きながら、まずはここからと意気込む。


「その表情なら心配は無いわね。まあ何が言いたかったかって言うと、この間の模擬戦闘が楽しかったってことよ。それじゃあ、頑張ってね。オド君。」


そう言うとターニャは去っていく。


オドがカフェを出ようとするとミアンがこめかみを抑えているのが見えた。どうやらターニャに随分絞られたようだった。そんな平和な光景に微笑むと、オドは前を向きヴィルトゥスの街へと冒険者ギルドを出ていくのだった。



◇ ◇



冒険者ギルドを出たオドはそのまま“獅子の爪”へと向かう。


道には相変わらず冒険者が溢れている。

急いでいないオドは前回と違う道を行ってみようとノースウェスト錬金術の中へと入っていく。大きな工房の脇を抜けると石畳の中央広場に出る。広場には露店が並び、ベンチでは休憩中の錬金術師や冒険者が談笑している姿もある。更にはオドと同世代や年下の子供たちがはしゃいでいる姿もあれば、休日なのか家族で露店を巡っている一家もいた。そんな人々をどこか眩し気に眺めオドは広場を通り過ぎるのだった。



「うん。迷った。」



錬金術区を抜け“獅子の爪”に入ってからしばらく経ち、オドは諦めたようにそう言う。乱雑な街並みに加え、違う道を使ったのがたたり、オドは完全に迷子になってしまっていた。しばらく周辺を手当たり次第に回るが完全に抜け出せなくなってしまった。


「うーん、こうなったらしょうがない。」


しばらく迷っていたオドだったが、そう言うと意を決したように顔を上げ、脚に力を込めると真上へと跳躍をした。オドは建物の3階程の高さまで跳び上がると、目の前にあった建物の屋根に着地する。もちろん屋根の上の世界に人はなく、下の路地とは違った世界が広がる。


「うん。こっちの方が探しやすい。」


オドはそう言うと屋根と屋根の間を飛び移るようにしながら大犬亭を探し始める。ヴィルトゥスの街の中央にそびえる冒険者ギルドを目印にオドが大犬亭を探すと、それは木造で目立つというのもありすぐに見つかった。オドは路地には降りず、屋根伝いに大犬亭に近づくと屋根から一気に飛び降り大犬亭の目の前に着地する。


「おお、来たんだね。待っていたよ。」


着地の音で気づいたのか扉が開きティミーが顔を出す。


オドがティミーに続いて大犬亭に入るとオドが来るのを分かっていたのかのように既に紅茶が用意されていた。オドは武器を置くとティミーに進められ机に座り、ティミーもオドに向かい合うように座る。


「よく大犬亭ここが見つけられたね。相当分かりづらかったでしょう。今度は地図を渡してあげるから屋根の上を歩くのは程々にね。」


ティミーがそう言って紅茶を啜る。


「はい、すいませんでした。」


屋根の上を移動していたことが見透かされたようでオドが謝る。


「いやいや、いいんだ。僕も昔は同じことをやっていたからね。まあ、やるならあんまり人に見られないようにね。たまに苦情が来たりするから。」


ティミーはそんなことを言いながらオドにクイーン地区(“狼の牙”&“獅子の爪”)の地図を渡してくれる。そこには詳細な地図と共に店の名前や道の名前など様々な情報が書かれていた。


「ありがとうございます。」


オドは地図を受け取り内容を確認するとティミーにお礼を言う。


ティミーは再び紅茶を啜ると、椅子から立ち上がり奥の書斎へと入っていき、すぐに紙を持って出てくる。ティミーは椅子に戻るとオドに紙を差し出す。そこには大犬亭入居に関する契約事項が書かれていた。


「まず家賃に関して話そう。大犬亭では初期費用として敷金30万トレミを預かる。これは“獅子の爪”で平均的な相場で、オド君の退去に合わせて返還される。ただし、居住期間の間に部屋の破損があれば敷金よりこれを補填する。理解できたかな?」


オド君は初めて聞く単語に少し混乱し、曖昧な顔を浮かべる。


「つまり、オド君が2階の部屋を傷付けたり、壊した分の修理費はこの30万トレミから出す。もし、何事もなければ25万トレミはそのままオド君が大犬亭を出ていく時に返してもらえるということだ。これで分かったかな?」


噛み砕いた説明にオドは頷く。


「よし。次は家賃についてだが、月9万トレミを請求する。これは“獅子の爪”の平均より少し低い位の相場だね。ここは中堅冒険者やベテラン冒険者の多い地域だからオド君にとっては少し高く感じるかもしれないが、それがヴィルトゥス冒険者の大体真ん中から少し上のレベルだ。早く家賃に見合った報酬を得れるように頑張ってほしい。これも問題ないかな?」


オドは頷くと契約書にサインをする。


「うむ。よろしい。これで君は今日より大犬亭の住人だ。」


オドから敷金、家賃の計36トレミを受け取るとティミーは椅子から立ち上がりオドに手を差し出す。オドもつられる様に立ち上がると、ティミーと握手を交わす。


その後、改めてオドはティミーから2階の説明を受ける。普段ティミーの使用するエリアは全て1階にあり、2階部分は3人分の部屋が用意されていた。その中でオドには東側の部屋があてがわれた。どうやら西側の部屋には住人がいるようだったが、その姿を見ることはできなかった。1人分の部屋はそこそこ広く、クローゼットと洗面台が用意されていたが家具は据え置きのベッドしかなくどこかガランとしていた。また、ティミーは1階しか使用しないとのことで、屋上は2階の住人に解放されていた。


「オド君、家具を買ってくるといい。これは僕からの入居祝いだよ。」


ティミーはそう言うとオドに金貨5枚(5万トレミ)を差し出す。


「多分、ノースイースト商業区のニック商業ギルドに顔を出せば家具屋を案内してくれるだろう。それと、夕方くらいに“狼の牙”のダッグ・パフという店に行けばクルツがいると思うから顔を見せてあげるといい。」


ティミーから金貨を受け取ったオドにそう言うとティミーは1階へと降りていく。


オドは一度、武器を置くと短剣だけ装備して再び昼下がりの街へと繰り出すのだった。




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