第7節 自由都市での新生活

自由都市での新生活Ⅰ 大犬亭



オドはハッと間を覚ます。


直前まで見ていた大星山での最後の記憶の夢から逃れるようにオドは首を振ってベッドを出る。据え置きの洗面台で顔を洗うとオドは窓の外を眺める。まだ夜が明けて間もないようで外は薄暗い。


「着替えるか。」


これ以上寝る気になれなかったオドは着替えを済ますと廊下に出る。


ライリーとの約束には早すぎるがオドは誰かに会いたい気分になり冒険者ギルドの階段を降りていく。オドの足音だけがカツカツと暗い階段に響き渡る。


「、、、ん?」


オドが自分の足音に耳を澄ましていると途中から別の足音が混ざる。その足音は徐々に大きくなり、オドの方へと階段を登っている様だった。足音はどんどん大きくなり、遂にもう一つの足音の人物が現れる。


「、、あ。」


現れたのはオドが屋上で見た白銀の髪をした少女だった。少女はオドを見ると目を見開くが、すぐにオドから視線を逸らすとオドの横を通り階段を登って行ってしまう。オドは初めて少女を近くで見たが、どうやら年齢は近いようで、身長は少女の方が少し大きかった。




冒険者ギルドの2階に降りると、オドは何となく1階のロビーを見下ろすが流石に冒険者の姿は無かった。オドはその足でダンのカフェへと向かうと、そこには既にライリーの姿があった。


「おはようございます。」


「ああ、おはよう。オド君。」


オドが挨拶をするとライリーも挨拶を返す。ライリーはダンを呼ぶとオドの分の朝食を注文する。ライリーは既に朝食を済ませたようでコーヒーを飲んでいる。


「お待ち。」


すぐにダンが朝食セットを持ってくる。


皿には程よい焦げ目の付いたフレンチトーストがレタスの上に並びシロップが添えてある。一緒に出された紅茶はその名に恥じない美しい色を白いカップに映している。


「相変わらず美味そうだな。もう一つ頼むべきか、、、。」


「お前はもう食ったろ。」


オドの皿を見てそう言うライリーをダンは一蹴するとダンは奥へと下がっていく。


オドが朝食を食べている最中、ライリーはコーヒー片手にニコニコとオドを見ていたが、すぐに手元に持っている大きな紙に目を落とす。


「その紙は何ですか?」


「ああ、これか。これはタイムスと言って、情報屋が集めたヴィルトゥスや他の地域の情報を書いて売ってるものだよ。タイムスにはダンジョン情報や新居者の名前、空き家情報や冒険者の戦果、依頼情報も載ってたりするんだ。ノースイースト商業区に情報屋組合があってそこから発行されるんだ。」


オドが気になってライリーに問うとライリーはそう言って内容を見せてくれる。そこには小さな字でびっしりと様々な情報が書き込まれている。


「まあ、紙のタイプは沢山作れないからこれよりも大きいものを冒険者ギルド内の掲示板に毎朝、張り出すんだ。ほら、あそこ。」


ライリーの指さす方を見ると、確かに依頼掲示板の横に大きな紙が張り出されている。


それからしばらく、オドとライリーはたわいもない話に花を咲かせ、オドの朝食が終わる。


「ごちそうさまでした。」


オドはそう言い、カウンターにいるダンに皿を返す。ライリーも立ち上がると、フード付きの長いコートを羽織る。


「それじゃあ、行こうか。」


オドがライリーのもとに戻るとライリーは深々とフードを被り、オドにそう言うのだった。ライリーはオドを連れて冒険者ギルドの西側出入口を抜ける。



時刻的にはまだ早朝だが、既に1階のエントランスロビーには人が集まり始めていた。ライリーとオドは続々と冒険者ギルドに入ってくる人々を避けて大通りを西へと進む。ライリーは深々と被ったフードで視界が悪いはずなのにも関わらずグングンと進んでいく。


「なんでフードを被ってるんですか? 雨なんて降っていないですよ?」


ライリーの横にピッタリとくっつき移動するオドは、不思議に思ってライリーに問いかける。


「僕はここでは有名人だからね。下手に詮索されたりしないようにね。」


そうオドに返しながらライリーは内心“特にオド君のことを”と呟くのだった。


大通りを真っ直ぐ進むとY字路にぶつかる。

Y字路の左側は“白鯨のダンジョン”に続き、右側は錬金術ギルドがあり、その先には“獅子の爪”の市街地が広がる。ライリーは迷わずY字路を右に進んでいく。ノースウェスト錬金術区の横目にしばらく進むと市街地“獅子の爪”が現れる。その頃には陽も登り始め街に活気が出て道には多くの人々が歩いている。


「こっちだ。」


ライリーはそう言うと市街地に入っていく。


いくつか角を曲がり、どんどん道が狭くなっていくがライリーは気にせず進んでいく。徐々に人通りはまばらになっていく。

しばらく進むとライリーが角の前で立ち止まる。オドが何事かとライリーを見ると、フードを取ったライリーがオドに角を曲がるように促す。オドはライリーの前に出て角を曲がると、細い道が緩やかな階段で登りになっており、その先に行き止まりが見えた。行き止まりには木造で2階建ての一軒の宿アパートが立っている。その宿アパートは屋上もあるようで、柵と紅い布のタープが見える。その建物は石造りの多いヴィルトゥスの中では珍しく映った。


「目的地はあそこですか?」


オドがライリーに問うとライリーは頷く。


オドが緩やかな階段を進み、宿の前に立つ。

扉の上に木枠が掛けられており、そこには『大犬亭』と書かれている。オドが大犬亭を見上げていると、ライリーがオドの近くに歩み寄る。


「この宿をオド君に紹介しようと思ったんだ。ここの亭主とは顔馴染みでね。」


ライリーはそう言うと大犬亭の扉をノックする。


「いらっしゃい。うちに何の用ですか。」


そんな言葉と共に眼鏡をかけた初老の男性が姿を見せる。

男性は背が高く背筋はピンと伸びている。表情はどこか優し気な面持ちで神父のような恰好をしていた。


「おう、ティミー。俺だ。」


「なんだ、貴方でしたか。それと、、、」


ティミーと呼ばれた男性はオドをジッと見る。


「オド・カノプスです。はじめまして。」



オドがすかさず挨拶をすると男性も「ティミーと申します。はじめまして、オド君。」と挨拶を返してくれる。

ティミーはライリーとオドを大犬亭へと引き入れる。大犬亭は中も全て木造でできており、そこそこの広さがあった。ライリーはオドに2階も見てくるように言うとティミーと話し始める。


「ティミー、オド君次第ではあるんだが彼をここに居候させて欲しいんだ。」


「それはいいですが、オド君は“彼”の血族ですか?」


「ああ、そうだ。」


「やはりそうでしたか。懐かしいですね、、、」


そう言ってティミーは自分の手元を見てからライリーを見る。



◆ ◆



オドが大犬亭の2階を見て回り1階に降りると、ライリーとティミーは昔話に花を咲かせていた。オドとしては木造建築に大星山のころの雰囲気を感じ気に入っていた。


「ああ、オド君。どうだった。」


「はい。良かったです。」


オドに気付いたライリーに声を掛けられ返事する。


「そうか、そうか。オド君次第だが、ティミーはこの宿に下宿してもいいと言ってくれているよ。まあ、どうするかはギルドに戻ってから聞くよ。話したいこともあるしね。」


そう言うとライリーは立ち上がりコートを羽織る。

ティミーも立ち上がると2人を扉まで見送る。


「お茶も出せないですまなかったね。ここに下宿しなくても、たまに遊びに来てくださいね。若い人と話すのは楽しいですから。」


ティミーはオドにそう言うとライリーに手を挙げて2人を送り出す。




◇ ◇ ◇




オドが冒険者ギルドに戻ると『コールドビート』を持ってライリーに執務室に来るよう伝えられる。オドは『コールドビート』を背負って執務室へと向かう。


「失礼します。」


オドが執務室に入るとライリーが紅茶を淹れていた。


「ああ、来たか。そこのソファに座って待っててくれ。」


そう言われてオドがソファに座って待っていると、ライリーがオドの分の紅茶を用意してソファの前の机に置き、ライリーは執務机に置いてあるコーヒーを持ってオドの向かいのソファに腰掛ける。


「オド君がヴィルトゥスの街に住むに当たって話しておきたいことがあるんだ。」


窓からは登りきっていない陽が差し込み、執務室はコーヒーの匂いで満ちていた。



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