新たな土地、新たな人々Ⅶ “勇敢なる放浪者”の街
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
かくして
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
模擬戦から2日後、オドに冒険者ギルドからの外出許可が降りた。
初めて冒険者ギルドの外に出たオドはクルツナリックに案内されて部屋探しへと行くこととなった。
オドが最初に案内されたヴィルトゥスの中心部の一角であるノースイースト商業区では市場や屋台が道に並び、多くの冒険者達が行きかう賑やかな場所で、小さな商会や質屋がひしめくように並んでいた。次にオド達が訪れたサウスイースト鍛冶区にはその名の通り鍛冶師達の工房が並び、煙突から絶え間なく煙が立ち上っていく。
更にサウスウェスト商業区には大きな商会や高級レストラン、更には商会が共同で運営する大型商業施設が並び、きれいな恰好をした人々が忙しく道を行き来している。中心部で最後に訪れたノースウェスト錬金術区では不思議な色や形のデザインをした錬金術師の工房が並び独特な雰囲気を醸し出している。
「今日はここまでだね」
陽が傾き始め空がオレンジ色に染まる。空を見上げてクルツナリックはそう言うと冒険者ギルドへと戻る。市街地の案内は翌日にする事になった。
◇ ◇
次の日、オドは早朝からクルツナリックと2人で市街地を見に冒険者ギルドを出る。
クルツナリックは支部長なだけあり有名人なようですれ違う冒険者の中にはクルツナリックに挨拶する者もいる。クルツナリックは片手を挙げてそれに返すとオドを連れて大通りを進んでいく。
オドがまず案内されたのがヴィルトゥス南部、ハッタン地区に属する“鯨の目”と“龍の右翼”の2つの市街地だった。“鯨の目”は閑静な高級住宅街で大きな邸宅が立ち並んでいた。市街地には水路が通されており、そこを行き来する商船を見ることができる。
「“鯨の目”に住めるのは商売で儲けた者や冒険者や鍛冶師として名を上げ財を成した者達じゃ。その代わり税金も多く取られるがな。そういう意味で、ここに住むのは特権であり、憧れでもあるんだよ。」
「それじゃあ、クルツナリック様の家はここにあるのですか?」
そう問うオドにクルツナリックは笑って首を振る。
「足るを知る事が肝要なのだよ、オド君。君もそのうちわかるさ。」
それだけ言うとクルツナリックは南大通りを挟んだ反対側、“龍の右翼”へと足を向ける。
“龍の右翼”も“鯨の目”程ではないが庭付きの一軒家が並ぶ住宅街で閑静な面持ちをしている。こちらには冒険者と鍛冶師が多く住んでいる様で、格好良い鎧を纏った冒険者が道を行き来していた。
「次は東側、ブルック地区へ行こう。」
オド達は鍛冶区を抜けてヴィルトゥス東部、ブルック地区に属する“龍の左翼”と“
「これで驚いちゃあいけないよ。さあ、次はロンクス地区だ。」
市街地に興味津々といった表情のオドにそう言うとクルツナリックは北へと足を向ける。
オド達がヴィルトゥス北部、“
「ここにはヴィルトゥスに入居したての言わば下積みの冒険者が多く暮らしているんだよ。彼らは依頼を取るために早朝から冒険者ギルドに向かうから日中は余り人がいないんだよ。」
クルツナリックの言葉に頷きながら自分もここがスタート地点なのかなとオドは思うのだった。
「最後は西側だ。さあ、行こう。」
陽が傾き始めるなか、クルツナリックとオドは西側へと歩き出す。
錬金術区を抜けて最後にオド達が訪れたのはヴィルトゥス西部、“獅子の爪”と“狼の牙”の2つの市街地が属するクイーン地区だった。夕暮れ時なこともあって道には多くの冒険者が溢れていた。雰囲気はどことなく反対側のブルック地区に似ていて、灯りが多く灯り、食堂やパブから冒険者や錬金術師達の賑やかな声が聞こえてくる。ブルック地区との違いは市街地で見かける冒険者に少し獣人が多いように見えることくらいである。
「ちなみに私は“狼の牙”の住民なんだよ。」
そう言われてオドは少し驚く。クルツナリックの姿はからはクイーン地区のような雑多なイメージがわかなかった。
「そうなんですか。」
オドが驚いたように言うとクルツナリックはケラケラと笑う。
「良い酒場があって、騒がしい飲んだくれ共がいてくれれば、それで満足だよ。」
そう言ってクルツナリックは御猪口をクイッと仰ぐ仕草をして微笑む。
「まあ、オド君には“獅子の爪”がオススメかな。あそこはライリーの出身地区だし、君にも縁のある街だよ。それじゃあ、今日はギルドに戻ろう。」
クルツナリックはそれだけ言うと冒険者へと歩き出し、オドもそれに続く。
冒険者ギルドまで戻り、オドはクルツナリックに案内の感謝を伝える。クルツナリックは軽く手を振って、“狼の牙”の方面へと帰っていく。
オドは深々と頭を下げてそれを見送るのだった。
◇ ◇
オドが部屋に戻ってしばらく経ってライリーが部屋に入ってくる。
「街の見学はどうだった? ヴィルトゥスは広かったろう。」
「はい。とても広かったですし、沢山の人がいました。」
オドが慌てて立ち上がって答えるとライリーは笑って「座っていいよ」と手を振る。
「そうだろう、そうだろう。自分に合いそうな街は見つかったかい?」
ライリーの質問にオドは少し考え、意を決したように口を開く。
「最初は“梟の左翼”にしようと思ったのですが、今は“獅子の爪”がいいなと思っています。」
「そうか、“獅子の爪”か。」
ライリーは呟くように言い、何かを懐かしむように窓の外を見つめる。
「うん、いいと思うよ。“獅子の爪”になら僕も馴染みがある。良い
ライリーは再びオドを見てそう言うと、ポケットから羊皮紙を巻物を取り出す。
ライリーは羊皮紙を机の上に広げると、オドを呼びよせる。オドが見てみると、それは自由都市ヴィルトゥスへの市民登録に関わる書類だった。
「本当は1階の受付でやることではあるんだが、まあいいだろう。まずは、、、」
最初にライリーが行ったのはヴィルトゥス市民になるに当たっての禁止事項や確認事項の説明だった。羊皮紙8枚にびっしりと書き込まれた様々な条項は冒険者ギルドのギルドマスターも含め何人たりとも変更することのできない謂わば鉄の掟であり、特に自由都市からの退去、情報の流出防止、市民の持つ義務に関して多く記載がされていた。
「、、、これで全てだ。疑問や質問はないかい?」
ライリーはその全ての事項を一つ一つ照らし合わせてオドに確認を取り、わざわざ羊皮紙に下線やチェックを書き込んでいく。オドがいまいち理解できない部分は言葉を尽くして説明し、オドが完全に理解したのを確信するまで説明を続け、気づけばこの作業だけで2時間半ほどが経過していた。
「はい、問題ありません。細かいことまで、ありがとうございます。」
オドはライリーに時間を取らせてしまい申し訳ない気持ちで感謝を述べる。
「うむ、問題ない。この作業は全ての入居者に行っているからな。むしろオド君はその年では早い方だよ。ひどい時は丸一日かかることもあるからな。」
ライリーの言葉に自分の為に易しく説明してくれたと思っていたオドはこの作業を全ての人にやっていると言われ心底驚く。
「それじゃあ、次はこれだ。」
そんなオドの様子に気付いてか気付かずかライリーは素知らぬ顔で新たな羊皮紙を取り出す。オドの目の前に置かれた羊皮紙には確認事項同意書と書かれている。
「説明した確認事項を理解し受け入れるなら、ここにサインしてくれ。」
そう言ってライリーはインク瓶とペンを差し出す。
オドは改めて確認事項に目を通すと同意書にサインを始める。“オド”とまで書いたところでライリーが「こっちにはカノプスと書いてくれ」と言いオドはそれに従う。
「ありがとう。」
ライリーはそう言うと新たな羊皮紙を取り出す。
見るとそこには入居者署名一覧と書かれおり、びっしりと人の名前と日付が記載されている。名前の筆跡からみてこれも入居者全員がそれぞれ署名しているようだった。
「次はこれの、最後に書かれた人物の下に署名と今日の日付を記入してくれ。申し訳ないがこっちもカノプス表記でお願いする。」
オドはライリーの指示に従い署名をしようとして、ペンを止める。
ここに署名をすればもう大星山には、故郷には戻れないかもしれない、そんな思いが頭をよぎる。しばしオドは羊皮紙をジッと見つめるが、最後には意を決したように署名をし、日付を書き込む。
「うん、これでいい。これで君も自由都市の民だ。そして最後に、、、」
そう言ってライリーは一冊の本を取り出す。本のサイズはあまり大きくないが、その装丁が凄かった。分厚い皮に金属で装飾が施されており、鍵が背表紙以外の三箇所に掛けてある。ライリーはそれを開くと、ある1ページを開く。
「オド君、このページに君の本当の名前を書いてくれ。」
ライリーはそう言って本を差し出す。オドは頷いてそのページに“オド・シリウス”と書き込む。ライリーはそれを確認すると、オドに見せないようにしてサッと何かを書き込むと本を閉じ鍵を閉める。
「これで全てだ。オド君、今日はヴィルトゥス市民としての君の門出だ。」
ライリーはそう言うとオドと握手をし、部屋を出ていく。
「明日の早朝にダンのカフェに来てくれ。それじゃあ、おやすみ。」
ライリーは扉まで見送るオドに思い出したようにそう言うと廊下へ出て、執務室の方へと去っていく。
ベッドに入ったオドは何となくシリウス・リングを見つめるのだった。
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