新たな土地、新たな人々 「格」の違い
ライリーの宣告により戦闘が始まる。
最初に仕掛けたのはターニャで、一気に床を蹴りオドに接近するとタガーを一閃する。それをオドは屈むようにして避けると戦槌をターニャの手元へと振り上げる。迫る戦槌をターニャはタガーで防ごうとするが、戦槌の重さによりダガーは弾き飛ばされる。
「っく!!」
ターニャは一気に後方へと飛び退くと再び腰のダガーを握ると、それをオドに向けて投擲する。オドは迫るタガーを一本は避けもう一本は戦槌で叩き落す。
「っふ!!」
ターニャはさらにもう2本タガーを投擲する。今度もオドはこれを避ける。しかし、オドが有利に見えたのはここまでだった。ターニャは速度のギアを一気に上げ、オドに迫っては切りつけ、飛び退いては投擲を繰り返す。オドも攻勢に出ようとするが、飛んでくるダガーの処理で間を埋められてしまう。
「ちっ!!」
飛んでくるダガーを戦槌で叩き落し、オドは舌打ちをする。オドは完全にターニャの術中に嵌っていた。ターニャは敢えてダガーを闘技場内に散らばらせ、ダガーの落ちている方向に飛び退くことで絶え間のない一方的な攻撃を実現させていた。オドも飛んでくるダガーを一箇所に集めたり、飛び退く方向を予測しようとするが、ターニャはかなり戦闘慣れしている様で全く上手くいかない。
、、、このままでは負けないけど、勝てもしない。
久々の戦闘に当初はバタついたが、オドも徐々に感覚が戻り状況を俯瞰で見れるようになってきた。オドにとってターニャの攻撃を避けるのもタガーの処理もそこまで難しくはないが、ターニャは上手くオドの出鼻を挫き、このままでは埒が明かない。
「ならば、、、!!」
オドは戦槌を腰に差すと、『コールドビート』を抜き放つ。
、、、ドクン!! と鼓動が強まり、『コールドビート』が光を放つ。ターニャもオドの纏う雰囲気が変わったのを見て一度距離を取る。
「、、、ほう。」
2人の戦闘を見ていたライリーは『コールドビート』を抜いたオドを見てニヤリと笑う。『コールドビート』の放つ光はオドの身体も包み込み薄っすらとオドの身体が輝く。オドの瞳も『コールドビート』の放つ光のようにゆらゆらとオーロラの雄姿を映す。
「あれは、、、魔剣か!!」
にわかに支部長達がざわめくが、もはやそんな声はオドの耳には届かなかった。
オドは自分の感覚が深まっていくの感じる。普段は何となくしか感じれない第6感ともいえるような感覚が手に取るように分かった。
「うん。こんな感じだ。」
オドは小さく呟くと、ゆっくりとターニャの方向へと踏み出す。
当然ターニャもダガーでオドに切り掛かろうとするが踏み出そうとした瞬間にオドの身体が半歩右にズレる。ターニャは危険を感じ咄嗟に飛び退くがオドは変わらずゆっくりと歩いている。
「、、そう。」
オドのしたことは単純で、ターニャが踏み出そうとした瞬間に右に移動しターニャの間を外しただけなのだが、始動の瞬間ドンピシャでそれを行うことでターニャの攻撃の出鼻を挫いた。
オドは同じことを投擲の場合でも行う。つまり、ダガーを投げようとする瞬間、ターニャの修正が効かないようにタイミングに半身だけ身体をズラすのだ。
「っち!!」
今度はターニャがイラつきだす。
攻撃が全てオドの不思議な間によって潰されている。オドはターニャに近づいてきているため、攻撃対象がどんどん大きくなっているのに碌に攻撃ができない。
「何が起きているんだ、、、!!」
観戦している支部長達は目の前で起きている不思議な現象に困惑する。クルツナリックもまた目を見開いてオドの動きに釘付けになる。12歳の少年は一度も剣を振ることなく、ゆっくりと歴戦の冒険者を追いつめていた。
「参りました。」
結局、オドは『コールドビート』を振ることなくターニャとの模擬戦に勝利した。
「オド・カノプスの勝利!!」
ライリーがオドの勝利を宣告する。
拍手が闘技場に響き、オドは『コールドビート』を鞘に納める。拍手が鳴りやむのを待ってライリーが口を開く。
「2人ともお疲れ様。オド君、おめでとう。君の勝利だ。ターニャ、お疲れさま。後で少し話そう。だが、その前に、、、、」
ライリーはオドに目を向けるとニヤリと笑う。
「次は俺が相手だ。」
ライリーの言葉に支部長達が騒ぎ出す。
どうやらライリーは5つ目のダンジョンを制覇し殿堂冒険者になった日から十数年、戦闘を一切していないようで、支部長達は生ける伝説であるライリーの戦いを間近に見れることに興奮していた。
「ほほほ、ライリー殿の腕前が鈍っていなければいいが。」
支部長の中でクルツナリックだけはライリーの戦闘を知っている様でライリーを茶化すように笑っている。ライリーは観覧席から闘技場の方まで降りてくる。
「ターニャ、疲れているところ申し訳ないが、執務室から剣を持ってきてくれ。」
ライリーは突然のことに固まっているターニャに言うとオドに目を向ける。
「オド君はそれでいいかな?」
そうオドに問うライリーの目は真剣そのものだった。
「はい、よろしくお願いします。」
「、、、うん。良かった。」
ライリーは少しオドを見つめると、そう言って頷くのだった。
「お待たせしました。」
しばらくしてターニャがライリーの執務室から剣を取ってくる。ライリーはターニャから剣を受け取ると鞘から剣を抜く。ライリーは軽く振ると2、3回その場で飛び跳ねると、オドに向き直る。
「それじゃあ、始めようか。」
「はい。」
オドの返事にライリーが頷く。
「クルツ、開始の音頭を頼むよ。」
「うむ。それでは、、、はじめ!!」
クルツナリックの宣言で戦闘が始まる。
オドは『コールドビート』を握り、深呼吸をする。集中力が深まり、再び感覚が研ぎ澄まされていく。オドの身体が光に包まれ、魔剣の輝きが増していく。そんなオドをライリーは剣を片手に飄々とした表情で見つめる。
「ん?」
ここでオドは違和感に気付く。
ターニャの時には感じ取れた敵の殺気や感情の起伏、魔力やオーラが目の前で剣をもって佇むライリーから全く感じ取れないのだ。呼吸にも変化はなく、ライリーはただ静かにオドを見ている。
「なら、こちらから。」
そう言ってオドがライリーに切り掛かろうとした瞬間、ライリーから突き刺さるような殺気が発せられる。オドはライリーがオドの攻撃の出鼻を挫こうと切り掛かってきたと思い咄嗟に飛び退く。しかし、飛び退いた場所にライリーの姿はなく、むしろライリーは一歩たりとも動いていなかった。
「そう、君は見えすぎる。」
ライリーはそう呟くとニヤリと笑う。
オドが再び『コールドビート』を構える。
ライリーは相変わらず一歩も動かず、殺気も感じ取れない。
「だからこそ、見えなくなる。」
気付いたときにはライリーがオドの目の前に出現する。
「な、、、!!」
驚愕するオドに向かって剣が振り降ろされ、『コールドビート』が弾き飛ばされる。
ライリーの強く、重い一撃にオドの身体も倒され、手が痺れる。オドが慌てて振り返るとライリーの剣の切っ先が突き付けられていた。
「まだまだ!!」
オドは叫ぶと『コールドビート』を拾いに行く。オドの中で忘れかけていた好戦的な本能や闘争心に火が付いた。そんなオドを見てライリーは嬉しそうに微笑む。
「お願いします!!」
再びオドは『コールドビート』を構えてライリーへと挑んでいく。
◇ ◇ ◇
しかし、当然の如く何度やっても結果は変わらなかった。
オドは集中力をさらに深めていき、ライリーの呼吸、筋肉の動き、感情の機微まで捉えているはずなのに、ライリーの放つ殺気に攻撃される幻覚を見せられ、全く無の状態からの唐突な接近と攻撃によって戦闘不能にさせられる。
何となく緑鹿との稽古に似てるな、そんなことを思いながらオドは剣を振るう。
オドは本能的に、無意識のうちに笑っていた。
「そこまで!!」
闘技場にクルツナリックの声が響く。
「ライリー、そろそろ終いに。もう1時間半はやっているぞ。」
「ああ、すまんクルツ。楽しくてついな。」
諫めるクルツナリックにライリーが言うと、剣を鞘に納める。
「皆も時間を取らせてすまなかった。今日はこれでお開きだ。」
ライリーそう言うとクルツナリックを除く支部長を帰らせる。
支部長達はいまいち戦闘の内容が分からなかったようで、首を傾げながら闘技場を出ていく。ターニャは支部長達を2階まで見送るようで一緒になって闘技場を後にし、闘技場にはオドとライリー、クルツナリックの3人が残される。
「参りました。ありがとうございます。」
オドがライリーに頭を下げる。
「ははは。僕も久しぶりの戦闘で緊張したよ。」
「ライリー、嘘が下手だぞ。むしろ現役の時より気合入ってたぞ。」
ライリーとクルツナリックが楽しそうに話す。その姿は、引き締まっているとはいえ50代位の中背の男性で、先程までの戦闘が嘘だったかのようである。
「それにしても、オド君。君は冒険者に向いているよ。」
クルツナリックがオドに話しかける。
「そうですか?」
オドは自分がターニャを倒したからかと思いそう返す。
「うむ。実は私も元は冒険者でね。ライリーの先輩でもあったんだ。」
クルツナリックの発言でライリーと彼の仲の良さの理由が分かる。
「冒険者の一番の素質はね、強敵との戦いを恐れない事だよ。蛮勇と言ってしまえばそれで終わりなんだがね。それでも自分より強い敵との戦いに楽しんで挑んでいける者こそが真の冒険者なんだ。コイツのようにね。」
そう言ってクルツナリックはライリーを向く。ライリーはニヤニヤとクルツナリックを睨むと、オドを見る。ライリーの顔には優し気な微笑みが浮かんでいる。
「まあ、楽しませてもらったよ。」
そう言ってライリーはオドの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
オドは一つ息を吸う。
様々な思いや迷い、決意がオドの頭をよぎる。
息を吐き、もう一度、息を吸う。
「ライリー様、クルツナリック様。この街の一員として僕をここに残らせて頂けないでしょうか。」
そう、オドは告げるのだった。
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