新たな土地、新たな人々Ⅳ 孤独と、暖かな眼差し
「やあ、クルツ。今日はありがとう。」
ギルドマスターの執務室に入ってきたヒーラーのクルツナリックに対して椅子に座ったままライリーが声を掛ける。クルツナリックはそれに応えるように片手を挙げるとライリーのいる執務机に向かい合うように置いてあるソファに腰を下ろす。
「それで、どうだった。」
「傷に関しては問題ないよ。毒も後数日で抜け切ると思うよ。」
クルツナリックは先程までの丁寧な言葉遣いから一転、ライリーに対しては敬語が抜ける。ライリーも気にしていないようで、何処か親気な様子である。
「そうか、良かった。ターニャのお陰だな。」
「そうだね。流石は元ベテラン冒険者だ。適切な処置だったよ。」
クルツナリックは机に用意されている紅茶を啜る。
ライリーは椅子から立ち上がり、クルツナリックの目の前のソファに座るとクルツナリックに顔を近づける。
「それで、彼の魔力はどうだった。」
小声で尋ねるライリーにクルツナリックは首をフルフルと横に振る。
「全く感じられなかったよ。こんなのは初めてだ。」
通常、魔力は全ての人が大なり小なり保持している。
魔力は大気に漂うマナによって生成され、魔力が一定まで蓄積するとその人に合った魔法適性が発露する。そして、発露した火属性や水属性などの魔法適正に従い、魔法として魔力を顕在化させることができるようになる。ドミヌス帝国に魔法を使える人が少なく、大星山やヴィルトゥスに魔法を使える人が多いのは土地によるマナの濃度が違うからである。
「考えられる理由としては、マナから魔力を生成する能力を持っていない、ってことだな。もしくは、マナを体内に吸収できない、とかかな。」
オドの珍しい体質の原因を考えるクルツナリックの言葉を聞きながらライリーはソファに深く座り考え込む。
「しかし、彼が精霊の森に出現した時には魔力を感じたんだがな。それも、非常に強力な魔力の波動を。」
再び黙り込むライリーにクルツナリックが声を掛ける。
「魔力とは関係無いと思うが、彼の心臓には弱体魔法の呪いがかかっているよ。」
それを聞いたライリーはガッとクルツナリックに顔を近づける。
「どういうことだ。」
「恐らく彼は生まれつき心臓の鼓動が強すぎるんだ。それで弱体魔法の呪いでそれを弱めてるんだ。彼の話によると1か月程前に呪いが1つ解かれたようだね。彼の食欲が増したのは鼓動に合った器の大きさまで身体を大きくする必要があるからだろう。」
「しかし、弱体魔法の呪いなどを生まれたばかりの子供に掛けられないだろう。」
驚愕したように言うライリーにクルツナリックが続ける。
「まあ、普通ならね。彼の場合は直接的な血の繋がりによってそれを免れたようだ。それにして術者は相当な魔法の使い手だよ。1回でもかなり体力も精神力も使うだろうに、それを3回もだ。」
「ということは後2回分の呪いがまだ彼には掛かっているのか。」
「そうだね。けど、心配は無いと思うよ。きっと必要になれば呪いは自ずと解けるさ。」
そう言うクルツナリックにライリーは怪訝な面持ちを向けるが、最後には「クルツが言うなら、きっとそうなんだろう。」と認めた。
「私からの報告は以上だよ。」
そう言うとクルツナリックは立ち上がりドアに向かって歩き出す。
「ああ、ありがとう。」
ライリーも立ち上がりドアのところまで行く。
「それじゃあ。」
そう言い残しクルツナリックが去っていく。その背中を見送ったライリーはドアを閉めると再びソファに戻り、考え事を始めるのだった。
◆ ◆
オドはクルツナリックに言われた通り1日部屋で安静にしていた。
変化があったとすれば食事の量で、ターニャの持ってくる料理はとてつもなく多かった。しかし、手当をしてもらった上に宿泊もさせてもらっているオドが出された料理を残すわけにはいかず、全力で全てを完食した。
「もう夜か。」
窓の外を見ると既に外は暗くなっていた。
オドは布団に潜り込むが、なかなか寝付けない。
どうしても大星山での戦闘の記憶が頭をよぎり寝られなかった。夜はどんどん深まっていき、それに比例するように孤独感がオドの感情を支配する。
「、、、うう」
オドは寝られず、気晴らしに外を眺めるが既に街から灯りは消えている。
オド自身、あの場で逃げ延びることが最善の策だと頭では理解していたが、それでも自分だけ取り残されてしまったことや、天狼族として有り得ない事だが皆で大星山から逃げられなかったのかと考えてしまう。
「だめだ。」
他のことを考えようとすればするほど、あの日の記憶が蘇る。
それだけ12歳のオドに大星山での出来事はつらいものだった。
オドは逃げるように布団を頭から被り、目をギュッと瞑るのだった。
◇ ◇
結局、オドが眠りにつけたのは外がぼんやりと明るくなり始めてからだった。
眠りについたオドは深く熟睡し、昼過ぎになってようやく目を覚ます。ベットの横の机の上にはメモが置いてあり、そこには「腹が空いたらダンの所へ行くべし。」と書かれている。
「朝食の用意をしていてくれたのかな、、、。」
オドはターニャに申し訳ない気持ちを抱きながらベッドから立ち上がる。
どれだけ気分が落ち込んでいても腹は減るもので、オドは少し腫れた目を擦りながら部屋を出て、長い階段を降りていく。
1階のエントランスは人で溢れかえっていた。
ダンの店も席が埋まっていて沢山の冒険者が仲間と共にワイワイと昼食を取っている。
オドがカフェスペースに入るとエプロンを付けた猫人(猫の獣人)の女性が声を掛けてくる。
「君がオド君かい? ダンから話は聞いてるよ。座るところは、そうね、、、。」
オドにそう言うと女性はツカツカと食後の若い冒険者たちが談笑している席へ歩いていく。
「あんたら、いつまでペチャクチャ喋ってんだい。仕事に行ってこい!!!」
女性はそう言うと「あと少し」とごねる若手達を「はよ働け」と席から立たせる。周りの席の冒険者も「食ったら出てけ」と若手冒険者達を野次ってからかう。若手冒険者達もヘラヘラしながら「行ってきますよ」と言ってカフェスペースを出ていく。そんな彼らに店の女性が「毎度あり」と声を掛け、周りの冒険者も「気を付けてけよ」と声を掛けて彼らを送り出す。
「名前を伝えてなかったね。私はミアン。ダンのパートナーよ。さ、席に座って。」
ミアンと名乗ったその女性はオドを先程まで若手冒険者達が座っていた席に座らせると、「ちょっと待っててね」と言って店の奥に消えていく。
「坊やはこの店は初めてかい?」
オドが緊張気味に座っていると近くの席の冒険者グループの1人が声を掛けてくる。オドに声を掛けた冒険者はドワーフの男性でオドはミアンに続き初めてみる種族の人物に驚く。
「いや、一回だけ食べたことがあります。」
オドがそう言うと「そうか、旨いよな!!」とドワーフの男性はうんうんと頷く。
「それじゃ俺達もそろそろ。」とドワーフの男性と一緒に座っていたグループが立ち上がり店を出ていく。しばらくすると、ミアンがお盆に大量の料理を乗せてオドのもとに持ってくる。
「さ、どうぞ。おかわりもあるからね。料金はライリー持ちだから好きなだけ食べな。」
そう言うとミアンは店の奥へと戻っていく。
オドは空腹もあり、再び始まったフードファイトに果敢に挑むのだった。
◇ ◇
オドは何とか出された料理を食べきる。
その頃には多くの冒険者が昼食を終えており席が空いてきている。オドはすぐ下にエントランスの見える席に移動してぼんやりと1階を眺める。
よく見るとオドと同じ狼人やミアンのような猫人、兎人などの獣人やドワーフ、エルフ、
「ここは“勇敢なる放浪者”の集まる地だ。」
気付くとエプロンを外したダンがオドの前に座っている。
「かつて、この街を最初に築いた人々は迫害を逃れて砂漠を、湿地を、深い森を越えてきた人たちだ。以来、この街は放浪を越えて辿り着いた者達の住処となっている。」
オドはダンの言葉に耳を傾ける。
「だからこそ、ここには過酷な過去を抱えた者も多い。君のようなね。この街は全ての人を平等に受け入れる。仲間を、仕事を、忙しさを、それを求める者に与えてくれる。」
ダンはエントランスに目を向け、オドもつられて下を見る。
「君は、まだ若い。過去を受け入れ、消化するのは辛いことだ。けれど、
そう言うとダンは再びオドに目を向ける。
「俺が言いたいのはそれだけだ。じゃあな、少年。」
臭いセリフに照れたのかダンは立ち上がると、オドの肩をポンと手を乗せ店の奥へと消えていく。
◇ ◇
オドが部屋に戻るとターニャが部屋の前にいた。
オドは朝のお礼を言って部屋に入る。
オドは夕食を早めにとることにし、すぐにシャワーを浴びて眠る支度を整える。
「おやすみなさい。」
そう呟きオドはベッドに潜り込む。いつもより遥かに早くベッドに入ったオドは外から微かに届くヴィルトゥスの街の喧騒に耳を傾けながら目を閉じるのだった。
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