新たな土地、新たな人々Ⅴ 銀色の少女と突然の提案
オドは夢にうなされて目を覚ます。
昨晩は久しぶりにすんなりとと眠りにつけたオドであったが、自分が大星山を逃げた夜も出来事が夢に出てうなされてしまった。カーテンをめくると外はまだ陽は出ていないようで、うっすらと明るくなり始めていた。オドはもう一度眠る気にはなれずベッドから這い出て廊下に出る。
「~~~♪」
廊下に出るとどこからか誰かの歌声が聞こえてくるのが聞こえる。
オドは不思議に思いつつも耳を澄ませる。幸いオドの聴力は人一倍感度が高く、その歌声が上の方から聞こえてくるのもだと判別する。
「??」
オドは首を傾げつつも歌声に導かれるように廊下を進み階段を登っていく。
階段を4階まで登っても歌声はさらに上から聞こえ、オドはさらにその先にある屋上へと階段を登っていく。屋上に近づくたびに歌声が徐々に大きくなってき、よりはっきりと歌声が響いてくる。
「~~~♪」
オドがそっと屋上の扉を開くと、一人の少女の姿が見える。
その少女は朝焼けに白銀の長い髪を煌めかせながら、背筋をスッと伸ばして喉を震わせる。透き通るような、少し切なげな歌声がオドの鼓膜を揺らし、朝日に照らされたその姿は神々しくオドの目に映る。
「すごい、、、。」
思わずオドが声を漏らしたその時、少女の背中がビクッと震える。
少女は恐る恐るオドのいる後ろを振り返りオドと目が合う。瞬間、少女は逃げるように屋上の淵に向かって走ると、そのまま屋上の柵を飛び越えて冒険者ギルドの外へ落下する。
「まって、、、」
オドも少女を助けようと慌てて柵まで走り、下を覗き込むがそこに少女の姿は無かった。オドはもしかしたら冒険者ギルドを囲む水堀に落ちたのではないかと考え、急いで屋上から階段を降りる。
全速力で2階のまで降りたオドは一気に1階のエントランスまで飛び降り、冒険者ギルドの門を潜ろうと走る。その時、1つの影がオドの行く手を阻んだ。
「オド様が冒険者ギルドを出ることはライリー様によって禁止されています。」
そんな言葉と共に現れたのはターニャだった。
オドは焦るあまりターニャが自分に様づけした事にも気づかずターニャを避けようとする。
「そちらが強行突破するなら実力行使をせざるを得ません。」
そう言うとターニャは懐から短剣を二本取り出すと腰を落として戦闘態勢に入る。
「人がギルドから落ちたかもしれないんです!!」
オドが叫ぶがターニャは聞く耳を持たない。
「っく!!」
オドは咄嗟にその場で急停止すると脚のバネを使って真上に跳びターニャの攻撃を避ける。ターニャもすぐに振り返ると手持ちの縄を着地したオドの右足に向かって投げる。
オドは感覚一本でそれを避けると門に向かって足を踏み出す。
「門兵!!」
ターニャが叫ぶとオドの向かっている門から衛兵が6人出てきてオドを捉えようとする。
オドは再び急停止すると華麗なステップで迫りくる衛兵を軽々避けていく。
全員を躱しきりオドが門を見るといつの間にかターニャがそこに仁王立ちしていた。
2人の視線がぶつかり、ターニャが短剣を握りしめた、その時。
「何事だ!!」
身体にズンと響くような声がし、オドは思わず声の方向に振り向く。
声の主はライリーだった。
ターニャはオドの見せた隙を見逃さず、すぐにオドに縄をかける。ライリーは1階まで降りると、オドとターニャの言い分を聞く。オドが銀髪の少女のことを話すとライリーは「その娘だったら大丈夫だ。」と言って笑っていた。一応ギルド周辺を確認したが特に問題は起きていなかった。
◇ ◇ ◇
一連の出来事が収集するまでライリーはオド、ターニャと一緒にエントランスに残りどこか嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。
「すいませんでした。」
オドが迷惑をかけたことをターニャとライリーに謝ると、ターニャは「びっくりしたんだからね。」と許してくれ、ライリーはもはや怒るそぶりも見せず「いいよ、いいよ。」と許してくれた。
オドが顔を上げると、ライリーは仕事に戻ろうとするターニャを呼び止める。
「実は2人に話があるんだ。」
そう言うとライリーはオドとターニャの顔を交互に見て、再び口を開く。
「オド君の実力を見たいから、明日オド君とターニャの2人で模擬戦をしてくれないか?」
ライリーの言葉にターニャが反応する。
「しかし、オド君の左肩は、、、」
「今日の午後、クルツナリック殿が来る。そこでオド君の傷は完治するだろうから問題ないよ。」
「しかし、私は、、、」
ターニャは模擬戦に消極的なようで言葉を続けようとする。
「模擬戦と言ってもギルドの決闘場を使う。もちろんヴィルトゥスの支部長も同席させる。ターニャ、断るか?」
しかしターニャの言葉を遮ってライリーが発言し、ターニャは何も言えなくなるが、最後には「承りました」と渋々ライリーの命を受け入れるのだった。
ライリーはオドに笑顔を向けると肩にポンと手を置く。
「そういうことだ、オド君。それじゃあ、よろしく。」
そう言うとライリーは歩き去って行ってしまう。オドはいまいち状況を把握できずにいたが、ターニャの指示に従い部屋へと戻るのだった。
◇ ◇
朝食を済ませ部屋で待機していると、ノックと共にライリーが入ってきた。
オドのいる部屋に入るライリーの腕には漆塗りの黒い木箱が抱えられている。
「失礼するよ。」
ライリーはオドのいる机まで来ると、そこに木箱を置く。
ガラス製の蓋からはオドの剣『コールドビート』がその姿を見せる。
「明日のためにオド君にはこれを返さなければと思ってね。」
そう言うとライリーは木箱の蓋を開け、『コールドビート』をオドの前に置く。オドは『コールドビート』を持ち上げ、まじまじと手元に戻ってきた自分の剣を見つめる。
『コールドビート』はオドの髪と同じ青黒い刀身に光を映して金色のツヤを輝かせる。オドが剣の柄を見ると、変わらずそこには『その血、その涙、その痛みこそ糧なれば、其方の歩みに実りが訪れん』という一節が刻み込まれている。
「僕の歩み、、、」
オドは小さく呟くと剣の柄をギュッと握りしめる。
長い柄と太い刀身はオドの身体にフィットし、剣の重みと冷たい感触がオドの手にズンと馴染む。
「大事な剣なんだな。」
そんなオドの様子を見てライリーが声を掛ける。
「はい。血の契約を交わした剣ですので。」
オドがそう言うとライリーは「そうか。」とだけ言って頷く。
オドが一通り『コールドビート』の確認を終えて、剣を鞘に仕舞い終わるのを確認してライリーが口を開く。
「それで、明日の模擬戦についてなんだがターニャに言ったようにヴィルトゥスの支部長も同席する。」
ライリーが言うには、支部長とはヴィルトゥスの街の中心部のノースイースト商業区を取りまとめるニック商業ギルドのギルドマスター、サウスイースト鍛冶区を取りまとめるヒート鍛冶ギルドのギルドマスター、ノースウェスト錬金術区を取りまとめるブレイズ錬金術ギルドのギルドマスター、サウスウェスト商業区を取りまとめるレイク商業ギルドのギルドマスターの計4名のギルドマスターに加えて、鯨の目、狼の牙、獅子の爪、梟ふくろうの左翼、梟の右翼、龍の左翼、龍の右翼の郊外の市街地にて選出された代表者7名を合わせた合計11名を指している様で、これらの支部長がオドとターニャの模擬戦を観覧するそうだ。
「まあ、オド君はそんなに気張らずにやってくれればいいよ。」
ライリーはそう言って軽く手を振る。
「あの、ターニャさんは納得してるのですか?」
オドが恐る恐る聞くと、ライリーは事も無げに頷く。
「うん、さっき改めて確認をして彼女の同意を得たよ。それに、明日の模擬戦は彼女の為のものでもあるからね。」
ライリーは含みを持たせてそう答える。
「さっきも言った通りオド君は気張らずに、実力を見せてくれればいいからね。」
ライリーはそれだけ言うと立ち上がって部屋を出ていく。
「それじゃ、また明日。明日の朝には迎えが行くだろうから部屋で待って居てくれ。」
◇ ◇
ライリーが部屋を出てから数分後、今度はターニャがオドの部屋に入ってくる。
ターニャはカートを引いており、そこには相変わらずの大量の昼食が載せられている。
「朝はゴメンね。」
ターニャは開口一番オドに謝る。
「それはいいんですけど、ターニャさんは模擬戦に納得してるんですか?」
オドは気になってライリーにした質問をターニャにもぶつける。
「ライリー様の命だからね。仕方ないわ。でも、、、」
そこまで言って、ターニャはオドの目を見る。
「やるからには負ける気はないからね。」
ターニャの目には冒険者時代そうだったことを思い起こさせるメラメラとした闘志が宿っている。
「わかりました。」
オドはそんなターニャの姿に少し安堵を覚える。
「ところで、、、やっぱり僕に出される食事、多くないですか?」
しかし、そんなこと以上にターニャの引いているカートの存在感が大きく、オドは思わずここ数日来の疑問をぶつける。とにかく、どこに行ってもオドに出される料理は尋常ではない程多かった。
「これもライリー様の命よ。」
ターニャはそう言って大量の料理をオドの部屋の机に並べる。
「ありがとうございます、、、。」
オドはもはや諦め混じりの声で感謝を述べ、大食いチャレンジへと挑むのだった。
◇ ◇
午後、昼食を何とかやり遂げたオドのもとにヒーラーのクルツナリックが訪れる。
クルツナリックはオドの左肩の状態を確認すると、ニッコリと微笑み「うん、うん」と頷く。クルツナリックはオドの左肩に巻かれた包帯を外すと、傷口にそっと掌を当てる。
「それじゃあ、力を抜いて。」
クルツナリックはオドに深呼吸を繰り返すように言うと、魔法を発動させる。
淡く白い光を発しクルツナリックはオドの肩に回復魔法をかける。オドは左肩が温かくなっていく感覚を感じながら深呼吸を続ける。
しばらく経ち、クルツナリックがオドの左肩に当てた手を離すとオドの左肩は完全に完治していた。左肩には傷跡ひとつ残らず、完璧に以前の状態に戻っていた。
「ありがとうございました。」
オドは初めて体験する回復魔法に驚きつつ、クルツナリックに感謝を述べる。
「いいんですよ、オド君。それよりも明日の模擬戦、楽しみにしていますよ。」
クルツナリックが言う所によると、実は彼は市街地の一角である“狼の牙”の代表者としてオドとターニャの模擬戦を観覧するそうだ。
「ターニャ殿は現役のころは一流の冒険者でしたからねえ。オド君の奮闘に期待してますよ。」
そう言うクルツナリックの顔はどこかウキウキしているように見えた。
「それではオド君、君の健闘を祈っています。」
そんな言葉を残してクルツナリックはオドの部屋を出ていく。
オドは完全復活した左肩の感覚を確かめるため、再び『コールドビート』を取り出すのだった。
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