新たな土地、新たな人々Ⅲ 朝食と問診
命ある限り、誰にでも朝は来る。
それはオドも例外ではなく、窓から差し込む朝日でオドは目を醒ます。
泣きつかれたのか、いつの間にか寝てしまったようだ。まだ少し痛む左肩を擦りながらオドは身体を起こす。左肩には包帯が巻かれ固定されており、仄かに薬草の匂いがする。
「、、、む。」
廊下で誰かがこちらに向かって歩いてくる気配を感じオドは手持ちの戦槌に手を伸ばす。足音はオドの部屋の前で立ち止まる。オドが警戒していると、部屋のドアがノックされる。
「はい。」
オドが返事をするとガチャリとドアが開かれ、ライリーが顔を出す。
「オド君、おはよう。」
オドはライリーの顔をみてホッとすると同時に持っている戦槌を後ろに隠す。
「ははは、そんなに警戒しなくても襲ったりしないよ。」
ライリーはオドが武器を持っていることに気付きつつも特に気分を害した様子はなかった。オドのいる客人用の部屋に入ってくるライリーは既に正装で、髪も髭も綺麗に整えられていた。
「オド君、一緒に朝食でもどうだね。」
ライリーはニコリと笑うとオドを朝食に誘うのだった。
◇ ◇
ライリーはオドを誘って階段を降りていく。
ライリーによるとギルドマスターの居住スペースは執務室同様冒険者ギルドの3階にあるようで、普段の朝食は3階取っているそうだ。しかし、今日はオドと一緒ということでギルド2階のカフェテラスにするという。
「おはようございます!!」
オドとライリーが階段を降り2階に出ると階段の出入り口に立っている衛兵が元気よく挨拶をする。
「おはよう。今日もよろしく。」
ライリーは衛兵に挨拶を返すと肩を叩いて衛兵を労う。
オドも軽く会釈をする。
カフェテラスに向かいながら下のエントランスを見ると受付に並ぶ人や依頼掲示板に目を通す人などで早朝ながら活気に溢れていた。2階に上がるための階段がまだ開けられていないようで2階に冒険者の姿はなかった。
「いい朝だ。」
大きな窓から差し込む朝日を見てライリーが呟く。
オドも昨晩の孤独感がいくらか紛れる。
カフェテラスはまだ準備中のようで店員の姿はない。
しかし、オドとライリーが席に着くと奥から一人の大男が出てくる。
「おはよう、ダン。」
ライリーが声を掛けるとダンと呼ばれた大男が不機嫌そうに腕を組む。
男性もまた分厚く、屈強そうな見た目をしており腕を組んだことで肩の筋肉が盛り上がる。
「まだ準備中だ。上で食えばいいだろう。」
「今日は客人がいるからな。こちらオド君だ。 オド君、彼はこのカフェテラスのオーナー兼料理人のダンだ。」
ライリーはお互いを紹介する。オドが「初めまして。」と会釈をするとダンが頷く。
「こんな見た目だが料理の腕は確かだよ。 ダン、取り合えずいつもの2つ頼むよ。」
そう言うとライリーはオドを見る。
「オド君、コーヒーは飲める?」
オドが首を横に振るとライリーはオレンジジュースを頼む。
注文を聞いたダンは一言二言ライリーに小言を言うと奥へと下がっていく。
「ダンは元冒険者なんだ。そっちでも一流の成果を上げたボス・スレイヤーの1人だよ。一時期はターニャともコンビを組んでたんだよ。」
ライリーがそう言いオドは昨日の女性、ターニャが冒険者だったことに驚く。
「そうだったんですか。」
「そうそう。ターニャもとても優秀な冒険者だったよ。やろうと思えばボスも倒せたんじゃないかな。」
ライリーに昨日執務室でオドと会った時のような威厳のある雰囲気はなく、親しい友人と話すようにオドに話しかける。しばらく話をしているとダンがお盆を片手に現れる。
出されたお皿にはバターのおかれた焼いた四角いパンと焦げ目の付いたベーコンと目玉焼きが載っている。目玉焼きは半熟で表面が艶めいている。
「これにはショウユを掛けるんだ。これは東にあるイナリ国の特産品でね、独特の風味があるんだ。」
ライリーはそう言うと瓶に入っている黒い液体を自分とオドの目玉焼きに掛ける。
そして、香ばしい香りに引き寄せられオドとライリーは朝食にがっつく。2人は一気に朝食をたいらげてしまう。
「ごちそうさまでした。」
オドとライリーは食後の挨拶をすると、それぞれコーヒーとオレンジジュースを飲む。
「オド君。君は随分廊下を警戒していたようだね。嫌じゃなければ、ここに敵の掲げていた旗だったり盾に描かれていた紋を描いてみてくれないかい。」
そういってライリーがメモの切れ端とペンを出す。
オドはそれを受け取ると戦闘の記憶を呼び起こす。鼓動が早まり、息が荒くなる。
「大丈夫だ。安心して。大きく息を吸って。」
ライリーが背中を
「オド君、これはドミヌス帝国の教会軍の紋だ。」
ライリーはオドの目を見る。オドが頷くと再び口を開く。
「現状、この街にドミヌス帝国の者が入ることは無い。ドミヌス帝国は同盟国の敵だ。ましてここヴィルトゥスは大陸の南西の果て、まずドミヌス帝国の刃が届くことは無いと言っていいだろう。これはこの街の盟主として保証しよう。」
未だに不安そうなオドを見てライリーは言葉を続ける。
「この街はね、ダンジョンの恩恵で成り立っている。だから、それを奪い、持ち出す者を受け入れないんだ。情報でさえもね。私が君に昨日、二度と故郷に戻れなくなるかもしれないと言ったのはこの為だ。、、、つまり、この街に住むことを受け入れた者は、城壁の外に出るためには公式の許可証が必要になり自由に出ていくことは叶わない。」
ライリーは真剣な目でオドに語る。
「冒険者が城壁を出ることを許されるのは、殆ど商人の護衛任務のみだ。それに護衛任務に就けるのはヴィルトゥス在住25年を超えた者だけ。」
そこまで言うとライリーは一息つき、そしてオドを見る。
「こんな選択をまだ幼い君に迫るのが酷な話であるのは分かっている。しかし、その辺りも考慮して考えてみてくれ。回答を待っているよ。」
そう言うとライリーは席を立って去っていく。オドはぼんやりと陽が昇り始め大勢の人で溢れかえるエントランスを眺めるのだった。
◇ ◇
しばらくエントランスを眺めたのち、オドは再び階段を登って客人用の部屋へと戻る。
オドが部屋の前まで行くとターニャと白衣を着た男性が立っていた。
初老の白衣の男性はどうやらヒーラーのようである。ヒーラーは回復魔法という稀少な魔力に適性を持つ者に与えられる称号であり、通常なら国家に召し抱えられていることが多い。
しかし、そんなことは露も知らないオドは気落ちしていたこともあり軽い会釈だけでサッと部屋に入ってしまう。
「ちょっと、オド君!! 先生に挨拶しなきゃ。貴方の傷を治しに来てくださったのよ!!」
ターニャは少し焦ったように言うがヒーラーは笑ってそれを宥める。
「ほっほっほ。いいんですよターニャ殿。私は気にしませんから。」
ヒーラーはそう言うと部屋の椅子に座るオドの下へ歩いていく。
「始めまして、オド君、、かな。私はこの街に住むヒーラーのクルツナリックと申します。今日はオド君の傷の回復の手助けをしようと思うのだが、いいかな?」
「はい、、、お願いします。」
オドは初めて聞くヒーラーという言葉にどぎまぎしつつも包帯の巻かれた左肩を出す。
「はい、ありがとう。それでは、、、」
クルツナリックがオドの左肩に人差し指を当てて小さく呪文を唱えると指先に光が灯りオドの体内へ魔力が流れ込んでいく。クルツナリックは目を閉じて指先に集中している様だったが、しばらくして手を放し目を開ける。
「うむ。傷に関しては毒がもうすぐで抜け切るから問題ないよ。傷口を回復魔法で塞ぐのはその後だね。まあ大体あと2,3日程度だね。」
そう言ってクルツナリックはニッコリと微笑む。
「それよりも、、、ターニャ殿、一度外してもらえるかな。」
しかし、すぐに真面目な顔となりターニャに部屋を出ていくよう伝える。
クルツナリックはターニャが出て行ったのを確認してから口を開く。
「オド君。君は自分の心臓にかかっている魔法について何か知っているかい?」
突然の質問にオドは驚くが心当たりが無いと返す。
「些細な違和感でも、ちょっとした出来事でもいいんだ。君の心臓について何か心当たりはないかい?」
クルツナリックにそう言われ、オドはそういえばとある日を境に心臓の鼓動が以前より強く、速くなったこと。それ以来、以上に食欲が強くなったことを話した。
クルツナリックは真剣にオドの話を聞いてうんうんと頷く。
「すまないがオド君、もう一度魔力を流させてくれ。」
クルツナリックはそう言うと今度はオドの首筋に人差し指を当てて小さく呪文を唱える。
先程よりも長い時間クルツナリックは魔力を流した。
とても集中している様で少し息が荒くなり額に汗が滲んできている。しばらくして遂に指先をオドから離すとクルツナリックはどこかスッキリしたように笑いだす。
「ほっほっほ。そうですか。そうですか。これは珍しい!!」
困惑するオドを他所にクルツナリックは1人楽しそうにニコニコしている。
「オド君、、、そうですね。今は沢山食べて身体を大きくしなさい。」
クルツナリックはどこか微笑ましいものを見るような目でオドを見て、「沢山食べ、運動するように。」と伝えるのだった。
「それじゃあ3日後に、また来ます。」
クルツナリックはそう言って立ち上がるとドアの方へと歩いていく。
ドアを開けると、最後にオドの方を見て再び「身体を大きくすること!!」というと部屋を出ていく。
ドアの外ではターニャとクルツナリックが話している様で、耳の良いオドにもその会話が聞こえる。
「それでは私はライリー殿に報告を、、、。それと、彼がここにいる間は食事の量を増やしてあげてください。、、、はい、、、、はい。、、、それでは。」
会話が終わったようでターニャが部屋のドアを開ける。
「クルツナリック様が後2,3日は安静にするようにとのことなので今日はこの部屋にいるように。」
ターニャはそれだけ言うと再びドアを閉めるのだった。
◆ ◆
「親子愛のなせる
クルツナリックはライリーにオドの容態を報告しに行く途中、小さく呟くのだった。
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