新たな土地、新たな人々Ⅱ 膨らむ孤独



ギルドマスターの執務室を退出したオドはターニャと呼ばれていた女性に連れられ、目を醒ました部屋まで戻ってきた。オドが女性に話しかけようとしていると、女性はそれに気づいたようで声を掛けてくれる。


「ターニャでいいよ。」


女性がにっこりと笑う。

女性は30代前半くらいで、オドにとっては天狼族以外で初めて接する大人の女性だった。冒険者ギルドの職員なのか制服にエプロンを付けている。


「ターニャさん、先程はすいませんでした。」


オドはいきなり短剣を突き付けた無礼をターニャに謝罪する。


「いいのよ、気にしないで。そういえば剣はどうしたの? 返してもらってないみたいだけど。」


「傷が治ったら返すと言われました、、、。」


少し不服そうに言うオドを見てターニャは朗らかに笑う。


「まあ、ライリー様に預けるなら安心よ。多分、ギルドマスターの執務室はこの大陸で一番安全な預け先よ。」


「あの、、、あのギルドマスターってそんなに強いんですか?」


オドが気になって聞いて見るとターニャはきょとんとした顔をする。


「そりゃあ強いに決まっているわよ。なんせ今は世界に1人しかいない殿堂冒険者である御方よ。知らない?」


そう問うターニャに対しオドは首を横に振る。


「そう、本当に知らないのね、、、。」


ターニャは少し不憫そうにオドを見るが、すぐに表情を戻すとオドに声を掛ける。


「それじゃあ、この街について私が教えてあげるわ。付いてきなさい。」


そう言うと再びターニャはオドの部屋を出ていく。

オドもそれに付いていき、長い階段を登る。


ターニャに案内されたのは冒険者ギルドの屋上だった。

扉を開くと風が吹き込んでくる。オドが屋上を見ると先客がいたようで、一人の少女が立っている。


オドより少し年上だろうか。

長身で銀色の鎧と剣を装備したその少女は白い髪を風になびかせ街を見下ろしている。白い髪は陽の光を反射し銀色に輝いている。オドは何故か少女の後ろ姿から目が離せなかった。


「あら、ユキちゃんじゃない!!」


ターニャが少女に声をかけると少女が振り返る。


「だから、ちゃん付けしないでください。」


振り向きざまに小さく少女はターニャに不満を言う。

そして振り向き、オドと目が合う。


少女の目は淡い水色をしており、その肌は透き通るように白かった。少女はオドと目が合うが、すぐに目を逸らすと何も言わずに屋上を降り去っていく。


「もう、そんなにそっけなくしなくてもいいのに。」


ターニャはそう言うと、オドを屋上の縁まで連れていく。


屋上は物凄く高かった。

冒険者ギルドは他の建物の3倍近い高さがあるようで、屋上から街の全域が一望できた。冒険者ギルド集落の建物は比較的大きく、朱色の屋根が特徴的で、その先に沢山の小さな家々が並んでいるのが見える。冒険者ギルドから4方向に大通りが伸びており、今まで見たことが無い程沢山の人々が往来している。


「絶景でしょう!! これが世界第2の大都市、自由都市ヴィルトゥスよ。」


これまで小さな集落で100人程の天狼族として生活してきたオドにとって、これほど巨大な都市も建物も見たことは無く、何より人の多さに圧倒されていた。


「ねえ、丘が見えるでしょう。」


ターニャは都市を囲むように鎮座する丘を指さす。

丘は5つあり文字通り都市をぐるりと囲んでいる。丘にはそれぞれ洞窟の入り口のようなものがあり、そこに向かって道が設置されている。その道も人の往来が激しいようだ。


「あの丘がダンジョンよ。ダンジョンはいわば魔物の巣窟で恩恵の源でもあるわ。魔物を倒すと素材や食材、鉱物などをドロップするのよ。ダンジョン探索は冒険者の仕事で、ダンジョンのおかげでこの街が成り立っているのよ。」


ターニャの言葉を聞いてオドは角鹿と海蛇の洞窟を思い出す。


「だから、この街はダンジョンの恩恵を守るために外壁を巡らせているのよ。ダンジョンにはボスがいて、ボスを倒すと名声が手に入るわ。それとは別にランク制度があるけどボス・スレイヤーの名声は別格よ。なんせ達成するのは5000人に1人いるかいないかだもの。」


ターニャは、そこまで言うとオドを見る。


「そして、、、殿堂冒険者は全てのボスを倒した者に与えられる栄誉なのよ。殿堂冒険者は冒険者ギルドのギルドマスターに任命され、この大都市の首長として行政を受け持つの。だから、あなたが会ったライリー様はこの街で一番偉い人なのよ。」


ターニャに言われオドは実感がわかないながらにライリーの凄さを知るのだった。



◇ ◇



「そういえば、あなたの名前は? 待ってても全然教えてくれないんですもの。」


ふいにターニャがオドに問いかける。

オドはハッとターニャを見て、自分が名前を名乗っていなかったことを思い出す。


「ごめんなさい。すっかり忘れていました。僕の名前は、、、」


瞬間、オドは先ほどライリーに言われた言葉を思い出す。

何故かあの時のライリーの真剣な瞳が記憶に強く残っていた。


「オド。、、、オド・カノプスです。」


ターニャは一瞬ジッとオドを見てからニッコリと頷く。


「オド君ね。よろしく。」


オドは余り嘘をつくことがないため内心ホッと胸を撫でおろし、今度から自己紹介はファーストネームだけにしようと決心するのだった。


「オド君、こっちへ来てみて。」


ターニャは屋上の西側へオドを誘う。

オドが行くと、正面に繋がった2つの丘が見える。


「あの2つの丘の左側が白鯨ソピアーダンジョン。右側の2番目が銀狼コースティティアダンジョンよ。」


オドは白鯨はくげい銀狼ぎんろうというワードに少し驚く。白鯨、銀狼はかつてオドが遭遇した緑鹿、青蛇と同様に天狼伝説に登場する八神獣の名前だった。ターニャの説明は続く。今度は屋上の北側にオドを案内する。


「さっきの丘の右側、3番目の丘が金羊アフィティビトスダンジョン。更にその右、4番目の丘が黒梟エヴィエニスダンジョンよ。」


オドは頷く。金羊きんよう黒梟こくきょうもまた八神獣に登場している。しかし、ここでオドに疑問が生じる。丘が神獣を司るなら、丘があと2つ必要なはずであるが、この街には丘が5つしかない。


そんなオドの考えを知ってか知らずかターニャは最後の丘の名前を言う。


「南東に見える最後の5番目の丘が青龍ポルタダンジョン。この、、、」


「え。」


ターニャは説明をしようとした所をオドの声が遮る。


オドはつい間抜けな声を出してしまう。

なぜかと言うとターニャの言った青龍せいりゅうは八神獣ではないからだ。また剣契の際にオドに『コールドビート』を授けた龍も自分を青龍と名乗っていたことがオドの頭をよぎる。


「どうかした?」


不思議そうにオドを見るターニャにオドは慌てて「なんでもないです。」と返し、再び視線をヴィルトゥスの街並みに戻す。


「、、、そう? この5つのダンジョンにはそれぞれ特徴があって、出現する魔物やドロップするアイテムの傾向も違うの。ダンジョンの名前はそのダンジョンのボスが由来になっているのよ。」


ターニャの説明が一通り終わる。


「それじゃあ少しだけ冒険者ギルドの中も案内するわね。」


ターニャはそう言うと階段のある屋上の出入り口へと歩き出すのだった。




◇ ◇ ◇




1つわかったことはオドの寝ていた客人用の部屋もライリーの執務室も相当高い場所に設計されていたことだ。


ターニャとオドの2人は長い階段を降り冒険者ギルドの2階までくる。


冒険者ギルドは広く、また活気に溢れていた。

1階は全面がエントランスとなっており中央に受付窓口がある。東西南北に入り口があり、絶えず人が行き来をしている。

2階は吹き抜けになっており1階の様子を上から見れるようになっている。1階とは階段で繋がっており、カフェテラスや酒場、バーなどのスペースや情報掲示板、VIPルームや会議室、多目的室などがある。壁には大きな窓ガラスが張られており天井はかなり高い。2階の四隅に3階に行くための階段が設置されているが、その前には衛兵が控えていた。


「1,2階は今度詳しく案内するわね。」


ターニャはそう言うと再び階段を登りだす。


日が暮れ始めたのか窓からはオレンジ色の光が差し込んでいた。



◇ ◇



オドがターニャに挨拶をして部屋に戻ると軽めの食事が用意されていた。


白いパンにスパイスの効いた鶏肉の照り焼きとレタスが皿に乗っていた。

どれもオドにとっては初めての料理だったが、久し振りの食事であることも相まってオドはあっという間に食べきる。


皿を片付けようと廊下に出るとメイド服を着た女性が持って行ってくれた。

オドは集落でそうだったように部屋の灯りを消す。窓から見えるヴィルトゥスの夜景は明るく、陽が暮れても賑わっている様だった。


オドは窓のカーテンを閉めると今日あった出来事を思い出す。


次第に夜が更けていく。

街の灯りも殆ど消え、部屋に静寂が流れる。



オドは大星山での出来事を思い出していた。

オドの見つめる手にはローズに託されたシリウス・リングとタマモの形見であるサファイアの指輪が握られている。


オドの胸には、遠く異国に来てしまった寂しさや唯一人生き残ったことへの葛藤、突然全てを奪っていった侵略者への怒りがごちゃ混ぜになって押し寄せる。

段々オドの息は途切れ途切れになり、吐き出せない孤独感が膨らんでいく。


一筋、また一筋と頬を涙が伝い、オドは肩を震わせて泣くのだった。


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