第2章 自由都市ヴィルトゥス(前編)

第6節 新たな土地、新たな人々

新たな土地、新たな人々Ⅰ 目覚めと出会い



「ウッ、、、」


呻き声と共にオドの目が開く。


オドの視界に見慣れない天井が映る。

オドは咄嗟に起き上がろうとするが左肩に走る激痛に再び呻き声を上げる。


「ック。」


オドは何とか上体を起こすと右手で左肩を抑え歯を食いしばる。


、、、痛い。でも、ちゃんと痛みを感じている。僕は、生きている。


左肩の痛みはオドに自らの生存を激しく主張する。

オドは自分が生き延びたことに安堵すると同時に、大星山で起こった出来事を思い出す。オドは慌てて周囲を見渡すが、そこは見覚えのない部屋で、白い壁に木のドアと窓が付いている。オドはベッドに横たわっており、ドアも窓も閉じられている。

オドは自分は捕らえられたのではないかと警戒心を抱き、ひとまず武器を手に取ろうとベッドの周りを見る。


「、、、ない。」


その時オドは気づく。

『コールドビート』がない。オドが慌ててベッドを降りようとした時に部屋のドアが開かれる。


「あら!! 意識が戻ったのね!!」


ドアから入ってきたのは大人の女性だった。女性はオドに近寄ってくる。


「僕の剣はどこだ!!」


オドは咄嗟に女性に向けて短剣を構える。

女性は驚いて立ち止まると両手を上に挙げる。


「心配しないで。貴方の剣はギルドマスターが保管しているわ。それより、まだ安静にしていないとダメよ。左肩も痛むでしょう。」


女性はオドを諭すように言うがオドは構えた短剣を降ろさない。


「そのギルドマスターとやらの所に僕を連れていけ。あれは大事な剣なんだ。」


警戒を解かないオドを見かねると女性は「ついてきなさい。」と言って部屋を出る。オドは最大限の注意を払いながら女性の後に付いていく。絨毯の敷かれた長い廊下を進み、女性は最奥にあるドアの前で立ち止まる。


「ここにギルドマスターがいらっしゃるわ。さあ、お行きなさい。」


女性はいつの間にかオドの背後に立ち、オドの背中を押す。オドは促されるようにドアを開ける。



ドアを開けると1人の男性がオドに背を向けるようにして窓の外を眺めているのが見える。


オドは短剣を片手に男性に駆けよろうとし、振り向いた男性と目が合う。

刹那、オドは剣を喉元に当てられているような錯覚をしその場で制止しようとする。しかし、バランスを崩しよろけ、そのまま尻もちを着く。尻もちの衝撃が身体に響き、再び左肩に激痛が走る。


「ほう。」


左肩を抑えて呻くオドを男性はまじまじと興味ありげに見つめると、オドのもとに歩み寄る。


男性は持っているステッキでオドが落とした短剣をドアの方へと弾き飛ばす。短剣は滑るように飛んでいくと、オドを案内した女性の目の前に止まる。


「ターニャ、あとは俺に任せてくれ。短剣は彼の部屋に。」


男性は女性にそう言うとオドを見下ろす。オドは男性の発するオーラに圧倒され、未だに立ち上がれないでいた。


「君は感覚が鋭いようだね。初手で殺気に気付くのは君で2人目だよ。」


男性は優し気な眼差しをオドに向ける。

すると、さっきまでのプレッシャーが嘘のようにオドの身体が軽くなる。もうオドに歯向かう余地はなかった。


「これが君の剣だろう。」


そう言うと男性は蓋がガラスになっている木箱を取り出す。

見ると、そこには絹の布と共に『コールドビート』が置かれていた。オドが頷くと、男性は木箱をオドに渡さずに後ろにある自分の机の上に置く。


「大丈夫だよ。これは君に返すし、そもそも君しかこの魔剣は使えないよ。」


そう言って男性は微笑む。それでも疑いの眼差しを向けるオドに男性はケラケラと笑う。


「そもそも、君が倒れていて奪われてもおかしくない物をわざわざ保管しておいてあげたんだ。盗むならとっくに盗っているよ。」


そう言うと男性はオドを起こして手前のソファーに座らせる。


「少し話をしようじゃないか、少年。」


そう言って男性は不敵に微笑むのだった。



◇ ◇



オドが警戒を解かないまま二人の間に沈黙が流れる。


男性は観念したように笑うと、口を開く。


「君は話したくないようだから、私から話そう。」


オドはジッと男性を観察する。

男性は50代位の人間ノーマンで背が高く、身体もガッシリとしていて分厚いイメージだ。服はピッシリとした正装でキメているが、身体の厚みが隠しきれていない。

しかし、そんな強靭な肉体からは想像できない程、男性の銀色の瞳には理性的な光が宿っている。


「まず、私の名前はエリック・ライリー。一応、この街で冒険者ギルドのギルドマスターをしている。君のことは街の北東にある精霊の森で倒れている所を見つけたんだ。あの日は、、、」


ライリーは話を続けようとするが、オドにはある言葉が引っ掛かる。


「精霊の森?」


オドが小さく口にした疑問にライリーが答える。


「そうだ。精霊の森だ。精霊の森は知っているだろう。ここ周辺では最も大きな森だ。」


「それは霧の森の間違いではないですか?」


オドが返すとライリーは大きく笑う。


「ははは、あそこが霧の森な訳ないだろう!! 霧の森は大陸の遥か北にある森だよ。こんな大陸の南の果てから霧の森へはいけないよ。」


ライリーの言葉にオドは硬直する。

ライリーは今ここを“南の果て”と言った。オドの最後の記憶はあくまで大星山周辺での出来事のはずだ。


「すいません。馬鹿な質問かもしれないですが、、、ここはどこですか?」


オドの突然の質問にライリーはきょとんとするが、オドの真剣そうな顔を見て真面目に答える。


「ここは自由都市ヴィルトゥス。ダンジョンと冒険者の都市まち実力ちからうん、そして栄誉フェイムの支配する土地だ。」


ライリーの答えにオドは衝撃を受ける。

そんなオドの様子を見てライリーが声を掛ける。


「どうした少年。そんな異国の地に飛ばされたような顔をして。そうだ、君の名前を教えてくれ。」


そう問うライリーにオドは相手に敵意がない事を察して口を開く。


「オド。、、、オド・シリウスです。」


オドの答えにライリーの眉がピクリと動く。


「オド君だな、よろしく。差し支えなければ、君があそこで倒れていた経緯を教えてくれないかな。」


ライリーは先ほどまでの軽い表情から少し真面目な顔になりオドに聞く。


「実は、、、」


オドはライリーに自分が天狼族の一員であり大星山に住んでいたこと、何者かに集落が襲われたこと、逃亡の末に霧の森に迷い込んだことを話した。もちろん、2つの洞窟での出来事や剣契での出来事はライリーに語らなかった。


ライリーはオドを話を聞き終えると少し考え込む。


「ふーむ。実は君が倒れているのを見つける日の朝、精霊の森付近の結界に異変があったんだ。もしかしたら、それが君が精霊の森に現れたことと関係があるのかもしれないな、、、。」


それだけ言うとライリーは再び考え出す。


「オド君。」


暫くしてライリーは口を開き、オドと目を合わせる。


「君には一つ選択をしてもらわなければならない。」


銀色の瞳が真っ直ぐオドを捉える。


「一つは、この街を去って君の故郷である大星山に帰るという選択。けれどヴィルトゥスから大星山までは砂漠、草原、湿原、異国を越えて行かなければならない。12の君一人では途中で野垂れ死ぬかもしれないし、大星山に帰っても焼け野原しか、そこにはないかもしれない。」


オドが頷く。


「もう一つは、この街に残って自由都市ヴィルトゥスの市民の1人として暮らすという選択。ここは移民の都市だ。君を受け入れてくれるだろうが、このまま君は二度と大星山の地を踏むことができなくなるかもしれない。」


オドが頷く。

そんなオドを見て、ライリーも頷く。


「うん。君の人生だ、君が選べ。その傷が癒えるまでは君をギルドの客人としてもてなそう。魔剣も君の傷が癒えた時に返すよ。」


そう言うとライリーはクルリとオドに背を向ける。


オドは「ありがとうございました。」と倒れている所を助けてくれたことに感謝を述べると部屋を出ようとドアの方に歩く。


「オド君。」


後ろからライリーの声が聞こえる。オドが振り向くとライリーがこちらを見ている。


「これは忠告なんだがね、君のファミリーネームは隠しておいた方がいい。もし偽名に迷ったのなら“カノプス”を使うといい。僕の友人もそうしていたよ。」


それだけ言うとライリーは軽く手を挙げオドを下がらせる。


ドアを開けるとターニャと呼ばれた女性がオドのことを待っていた。



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