侵略者Ⅶ 散りゆく命が遺すもの
カイは大星山を目指して走る。
既に陽は沈み周囲は暗くなり始めている。霧の森が見え、カイはそのまま森へ突っ込もうとするが、そこで見慣れた人影を発見する。
「、、、コウさん。」
そこには何とか教会軍の包囲を突破したコウの姿があった。
カイは一瞬コウを無視しようとしたが諦めてコウに近づく。コウもすぐにカイに気づく。作戦を無視し戻ってきたカイはバツの悪い顔をするが、コウは表情を変えなかった。
「そうか、それがお前の選択なんだな。ならば、言う事はない。」
そう言うとコウはカイの肩を叩き、先に霧の森へと入っていく。
東の空には満月が顔を出してきた。
◆ ◆
その頃、大星山中腹でも教会軍による集落への攻撃が始まろうとしていた。
流砂を避けて迂回したドーリーはその間も集落からの矢の雨を浴び続け、彼らの通った後には死体が転がっている。集落には新たに空堀と柵が設置されていて、接近できても容易に攻略はできないでいた。遂に陽が沈み、周囲が暗くなり始める。東の満月はまだ低くそこまでの明るさはない。
「そろそろだな。」
ドーリー率いる教会軍の最後尾にて黒装束を纏った長身の人物が小さく呟く。
男性の身体が変形する。腕は長く、手は5本の大きな鉤爪へと変化する。口は大きく裂け、牙が顔を出す。靴は破けて、トカゲのような足が出てくる。そこには、一匹の悪魔がいた。
悪魔は集落に向けて突進するように駆けだす。
一方、弓の射ち手の指揮をしていたタージも変化に気が付いていた。
突如、敵の後方に膨大な魔力が発生し、膨大な魔力は風を巻き起こし、それがタージのもとまで届いたのだ。タージは嫌な予感を感じ、それはすぐに現実のものとなった。一匹の悪魔がこちらに向かって突進しているのが見える。悪魔の鱗は飛んでくる矢を通さず、更に集落より放たれる魔法も効果がなかった。
「まずいな。」
タージは急いでローズのもとに使いを出すと、剣を抜く。
悪魔は一跳びで策を越えると集落に侵入する。
「囲め!!」
射ち手達も剣を抜き悪魔を囲む。
しかし、悪魔が長い腕を一閃すると鋭い鉤爪に鎧ごと両断され5人が同時に倒される。そこから一方的な蹂躙が始まる。悪魔が腕を振る度に被害が大きくなる。さらに教会軍も空堀を登り始め、絶望感が漂う。
「ここではないか。」
悪魔が一言呟くと集落の中央へと進み始める。
タージは咄嗟に悪魔の狙いがオドであることに気づく。
「させるか!!」
タージは反射的に悪魔の前に躍り出るが無残にも悪魔の鉤爪がタージの胸を貫く。
悪魔は集落の中央に到達すると天に向かい吠える。
その声はローズと共に奥に控えるオドの耳にも届いた。
オドは悪魔の声を聞き何故か胸騒ぎを覚える。
胸騒ぎは違和感へと発展し、心臓の鼓動が強くなっていく。
「
ローズのもとにタージの送った使いが到着する。
オドは奥の部屋で明かりを消して一人退避している。
使いの声はオドにも届き、オドの鼓動はさらに強くなる。その時、オドは暗いはずの部屋が明るくなっていることに気が付く。手元を見ると、オドの鼓動に合わせるように『コールドビート』が輝きを放っていた。
『コールドビート』は剣契の夜と同じようにオーロラのように光の色を変える。オドが『コールドビート』を掴むと、更に鼓動が強くなり、光も増していく。
「行かなくちゃ。」
そう呟くとオドは立ち上がり、誰にも気づかれないまま家を出ると悪魔の吠え声が聞こえた方向へと走り出す。何か大きな力に引き寄せられるようにオドは夜道を駆けていく。
オドは『コールドビート』を片手に集落の中央へと走る。
オドの顔に表情は無く、『コールドビート』のみがその輝きを増していく。そして、オドは悪魔の下へと至る。
「ほう。お前が天啓を受けた者か。」
悪魔の発した言葉でオドは我に返る。
ドコッという音と共に悪魔の鉤爪がオドの居た場所を引き裂く。
「ほう、避けるか。」
オドは反射的に攻撃を避け、それを見た悪魔は少し嬉しそうに呟く。
一方、オドは困惑していた。
オドの記憶は部屋で『コールドビート』が輝いているのを見てから途切れており、我に返ると目の前に異形の悪魔がいたのだ。無意識のうちに悪魔と対峙させられたオドは驚きや恐怖で頭がぐちゃぐちゃになるが、悪魔はオドに考える隙も与えず攻撃を仕掛ける。
オドは辛うじて悪魔の攻撃を避けるが、防戦一方となる。
一方的な攻撃が続く。悪魔の一撃は重く、剣で防いでも押し込まれてしまう。オドは早い攻撃展開とその一撃の重さにじわじわと体力を削られ、攻撃を避けきれなくなっていく。遂にオドの左肩に悪魔の鉤爪が食い込み突き刺さる。左肩からは血がドクドクと溢れ、手元まで流れ落ちていく。
「グッ、、、。」
オドは小さく呻き、大きく後ろに飛び退く。手元まで流れる血は『コールドビート』の柄にも染み込む。悪魔はさらに攻撃をしようとオドに迫る。オドは、一度息を整えようと大きく息を吸い込む。
「スゥ、、、。」
そして息を吐こうとした時、周囲の景色が突然変化する。
左肩の痛みが消え、一方で自分の鼓動は強く感じられた。
五感が澄んでいく感覚がし、そして、対面する悪魔が止まっているように見えた。
しかし、すぐに悪魔は止まっているのではなく、ゆっくりと動いていることに気づく。手元の『コールドビート』からはオーロラの光が霧のように漂っている。
勝手にオドの足が踏み出される。
ゆっくりとオドは悪魔に接近していく。迫る鉤爪を避けるとそのまま悪魔の腕を切り落とす。切り口から悪魔の身体がボロボロと崩れ始める。
オドはさらに接近すると身体を回転させながら『コールドビート』を振り、驚きに歪む悪魔の顔と胴体を分断する。首の切断面もすぐに崩落を始め、悪魔の身体が塵のように崩れる。
悪魔は片腕が切り降ろされたことを理解した頃には既に『コールドビート』が首元に至った後だった。
悪魔が最後に見たのは剣と同じくにオーロラのように深く色を変化させて輝く少年の瞳だった。
◆ ◆
ローズもこの戦闘の一部始終を見ていた。
タージの救援に向かうため待機している天狼族を集め、タージの居た柵へと走っている時に悪魔と戦うオドを発見したのである。ローズは慌ててオドを呼んだが、オドは一切それに気付かない様子で、次の攻撃で悪魔をたったの二撃で屠ってしまった。
ローズがオドに声を掛けようとした時、柵の方から喚声が上がる。悪魔の出没もあり空堀と柵の防衛が遂に決壊したのだ。奥から教会軍の姿が見える。
「行くぞ!! 敵を押し戻すぞ!!」
ローズが叫び教会軍へと天狼族の兵が突進していく。
オドも一瞬、呆然としていたがすぐに我に返り戦闘に参加する。攻め寄せる教会軍は900までその数を減らしているが、迎え撃つ天狼族は僅かに50名ほど。
ここから壮絶な白兵戦が始まる。
◇ ◇
天狼族は強く、持ち前の俊敏さと強靭な脚力、そして鍛え抜かれた体力と肺活量で教会軍を圧倒する。しかし教会軍はその数で圧倒し、天狼族は徐々に押されていく。更に後方からは今度は天狼族に向けて矢の雨が降り注ぐ。
1人倒れ、2人倒れ、遂には15人ほどしか残らなかった。
ローズは残った仲間に指示をすると、10人にローズの家を守らせ、オドと共に5人で家の中へと入る。
「我らもここまでか。」
ローズが静かに言うと3人に家に油を撒くよう指示を出す。
「いいか、オド。お前はここから逃げろ。」
ローズはオドに語り掛ける。オドは何も言えないが、僅かに首を振る。
「オド!!」
ローズが怒鳴る。
「オド、お前は生き残らなければならないんだ。」
ローズは指に嵌るシリウス・リングをオドの手に握らせる。
「いいか。お前が生きている限り、我らの記憶も、誇りも、意志も残り続ける。我らは為すべきことを与えられてこの地に生を受けた。きっと儂らの使命はオド、お前に北天の意志を引き継ぎ、命を懸けてオドを守ることだったのだ。だがオドは違う。これからオドにしかできない為すべきことがあるはずだ。」
ローズは床板を剥がす。
そこからは地下に繋がる梯子がある。
「この通路を抜けていけ、オド。」
ローズはオドの背中を押す。
「爺ちゃんも一緒に逃げよう。」
ローズは首を横に振る。
「爆破後には死体が必要だろう。さあ、行くんだ。」
ローズはオドを階段の下に降ろすとオドが上がってこれないように梯子を外す。
「今生の別れだ。オド、達者でな。オドが生きている限り、儂の魂はお前と共にある。それだけは忘れないでくれ。」
そう言ってローズは床板を被せて穴を塞ぐ。
オドは何も考えられなかったが、とにかくローズの言うように地下通路を進んでいく。“生き残らなければならない”。その言葉だけがオドの身体を突き動かしていた。
「行ったか。」
オドの足音が遠くなるのを聞きローズが呟く。
他の3人も家中に油と火薬を撒き終わり戻ってくる。皆、覚悟を決めた顔でローズに頷と瞑想するようにその場に座り目を閉じる。
ローズは火の付いた蠟燭を手に持つ。そして、それを投げる。
“私達の宝物を、、、お願いします、、、。”
ローズが目を閉じるとタマモの言葉を思い出す。
この娘との最後の約束を果たすためにこれまで過ごしてきた。
果たして自分はオドを立派に育てられただろうか。娘との約束を果たせただろうか。
ローズは首を振る。オドは立派に育った。自らの足で歩き始めた。ならば、、、。
火が床に落ちる。
大爆発。
爆風が家を囲む教会軍を襲い、家は中にある全ての物と共に木端微塵に粉砕される。
地下通路を走るオドの耳にも爆発の音が届き、走るオドの背中を押すように風が吹く。オドは歯を食いしばり、涙を流しながら、それでも、走り続けるのだった。
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