侵略者Ⅵ 本当の決戦の始まり



一夜明け、大星山の麓には再び続々と軍船が押し寄せる。


先発組には6人の副隊長の率いる6000の兵が、後発組にはドーリー率いる6000の兵が振り分けられる。先に麓に到着した副隊長達は各々が大星山攻略に適したと思うルートより一斉に攻略を開始する。教会軍としては6方向からの同時並行の攻撃により敵の分散を目論んでいたが、結果は昨日と同じだった。無策に近い突撃はいたずらに兵の数を減らす一方であった。


先発組の一斉攻勢が始まって、しばらくしてからドーリーら後発組が麓へと到着した。ドーリーが兵の確認をしていると黒装束で深くフードを被った長身の人物がいることに気づく。その人物がドーリーから顔を隠したように感じ不審に思ったドーリーは警戒しながらその人物に近づくと声をかける。


「後発組の指揮を任されている枢機卿親衛隊のドーリーと申す。其方はどの部隊に配属されているのか。」


フードの人物は何も言わずに一瞬の沈黙が流れる。

その人物がスッとフードに手をかけフードを取ると、その下からはドーリーの上司であるヴァックスが現れる。


「ヴァックス様!? 何故こちらに? 今回の戦闘には参加されないはずでは?」


ドーリーは慌てて膝を付き、いつの間にか兵士に紛れ込んでいたヴァックスに質問する。


「枢機卿猊下の御沙汰だ。」


ヴァックスは何食わぬ顔でそう言うと再びフードを深くかぶる。


「今回の戦闘では自由にやらせてもらう。お前は自分の役目に集中しろ。よいか。」


「ハッ!!」


ヴァックスの指示にドーリーは跪いて返事するのだった。


再びドーリーが自軍の確認に戻ると、大星山の方からチラホラ逃亡してくる教会軍が出てきた。彼らは先発組の惨状から逃れてきた者達であった。ドーリーは彼らを呼び止め先発組の状況を知る。しかし、ドーリーは逃亡兵を後発組に参加させるのみで、決して先発組の救出などは行わなかった。


「まだだ。まだ早い。」


ドーリーは小さく呟くと目の前に広がる霧のかかる大星山下部の針葉樹林を睨むのだった。



◇ ◇



結局ドーリーが進軍を開始したのは昼前になり霧が晴れてからだった。

ドーリーは軍を縦列に整列させ視界のハッキリとした針葉樹林を進ませることで足元に張り巡らされた落とし穴の被害を避けることに成功した。針葉樹林を無傷で通過したドーリー率いる後発組は続いて、昨日大被害を引き起こした芝生に途中で回収してきた海水をばら撒く。敷かれた油の上を海水が覆い、火矢が飛んできても火が燃え広がることは無く、ここでも後発組は被害を免れた。


「ここまでは順調だな。」


慎重な進軍に時間を取られて陽は既に傾き始めている。ドーリーは依然その数を減らしていない教会軍を見るが、すぐに厳しい視線を上に向ける。真上には、まさに自分達に落とすためと思われる大岩が用意されているのが見える。それを睨むと、ドーリーは大きく息を吸う。


「突撃!!」


ドーリーの声が響き渡り、喚声と共に6000の兵が一斉に大星山の斜面を駆け上がり始める。ドーリーに、もはや策は無かった。シンプルな突撃。数での圧倒。それのみである。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


そしてドーリー自身も剣を握りしめてそれに続くのだった。




転がり、迫りくる大岩や丸太。斜面の上部に行くと敵による射撃も始まった。それらを搔い潜り、仲間の屍を越えてひたすら斜面を上り続ける。教会軍はその数を多く減らしながらも遂に斜面を登りきる。斜面を登りきると敵は後退していき、その先には敵の本陣と思われる集落が見えた。


「進めぇぇぇ!!」


ドーリーは枯れ果てた声で叫ぶ。


遂に見えた敵の陣に教会軍は浮足立ち、殺到する。


瞬間、足元が不安定になり地面に沈み込む。

細かな砂に見えた足元は、実は水を含んだ流砂の泥沼だった。兵士たちの足はドンドン沈んでいき、もがけばもがくほど深みにはまっていく。沈みゆく兵士達は表情に絶望を湛え仲間に手を伸ばす。それは最悪の事態を引き起こす。つかまれた兵士達も流砂へと巻き込まれる。さらに敵の陣より矢が飛んでくる。こちらから矢を射ても届かないはずなのに、敵は弓の名手が揃っているのか問題なくこちらまで矢が届く。


「やはり、まだ罠はあったか。」


ドーリーは悔し気に歯を食いしばると、流砂に嵌った仲間を見捨て、残った教会軍を引き連れ流砂を避けるように迂回を始める。


その数は既に2000にまで減っていた。



◆ ◆ ◆



ドーリーやヴァックスが大星山攻略を行っている頃、ゴドフリーの居る教会軍の陣営にも動きがあった。


「枢機卿猊下、報告です!!」


ゴドフリー以外誰もいない本陣に伝達兵が駆け込んでくる。

伝達兵は人の姿に戻ったゴドフリーに手紙を渡すと下がっていく。


「こんな時に何の用だ。」


ゴドフリーはイラつきを隠すこともなく毒づく。

しかし、手紙を読むとその表情がサッと変わりガタリと椅子から立ち上がる。手紙を持つ手はワナワナと怒りに震え手紙を握りつぶす。


手紙には帝国北東部にて獣人の集団が反乱を起こし、次々と街を占拠しては獣人達を解放しながら帝都に進軍している事、そして教会内部にそれを手引きしている者がいる可能性があることが書かれていた。


「うむむ、、、。」


ゴドフリーは考え込む。

恐らく獣人な反乱を手引きしている者はゴドフリーを快く思っていない者であり、彼らは北方の教会軍を集結し街の守りを薄くしたゴドフリーに反乱の責任を押し付けようとしているに違いない。教会内部では反乱の鎮圧を軽く見ているようだが、反乱勢力が勢いを増して帝都や教会に踏み込む可能性もないとは言えない。それほどに現状の獣人への扱いは悲惨といえる。そして今回の出撃で軍船を全て使用している以上、本陣から大星山へは援軍も送ることはできない。


「致し方無い。」


ゴドフリーはそう呟くと本陣の幕をめくって外に出る。


「出立の準備をせよ。我ら待機する4000の兵はこれより帝都防衛・反乱鎮圧に向かう。急げ!!」


ゴドフリーはそう指示すると、再び誰もいない本陣の中へと戻るのだった。



◆ ◆



教会軍のこの動きに近くの森で身をひそめるコウ達も気づいていた。


「千載一遇のチャンスだ。」


コウは急いで別動隊の仲間を集めて作戦会議を行う。皆で作戦を共有し頷きあう。


「それじゃあ準備だ。何時でも出れるよう急いで準備しろ。」


コウの一言で作戦会議は終わり、皆が解散し準備に取り掛かる。コウはカイ、ムツ、ルナを手招きしてその場に残らせると、3人をその場に座らせる。

コウもその場に座ると他の仲間が出ていったことを確認してから話はじめる。


「カイ、ムツ、ルナ。お前らはこの作戦の成功・失敗に関わらず、役目が終わったらそのまま逃げろ。大星山には戻らず西に逃げ山脈を越えてセーラー法国へ行け。」


コウは3人の目を見てそう言った。今回の作戦における3人の役割は敵軍の陽動であり最初に戦線離脱をすることになっている。


「そんなのできません!! 俺だって“北天の護人”の1人だ。長グランもそう言ってたじゃないですか。血への忠誠だって!!」


そう言って真っ先にカイが立ち上がる。

コウは分かっていたかのようにカイを宥める。


「カイ、これはそのグランの命令だ。いいか、無駄に命を落とさないこと、血を繋いでいくことも、血への忠誠に他ならないんだ。」


「そんなの戦わない事への言い訳です!! どうせ俺たちが力不足だから戦わせたくないんでしょう!!」


カイはそう言うと陣を出て行ってしまう。

コウは溜息をつくと、その場に残っているムツとルナを見る。


「もどかしいのは分かる。だが、どうか分かってくれ。」


ムツが頷き、ルナは黙って俯いてしまう。


「すまない。頼んだ。」


コウはそう言うとカイを追うように陣を出ていき、陣にはムツとルナだけが残るのだった。



◇ ◇



教会軍の行軍が始まったのはそれから数時間してからだった。


コウ達別動隊もそれぞれの場所に移動していく。コウは別れる直前にルナを呼ぶ。


「ルナ、、、。」


コウはただ一人の妹にかける言葉が見つからず口ごもる。


すると、ルナがコウに抱きつく。コウはルナを受け止め、愛する妹の頭を優しく撫でる。


「ルナ、不甲斐ない兄ですまなかった。君は俺のただ一人の愛する妹だ。ルナがどこにいたってそれは変わらないよ。それだけは忘れないでくれ。」


そう言うとコウはルナを引き離し、笑顔を作る。


「それじゃあ、さようなら。」


コウ達が去っていく。カイは不貞腐れたように黙っている。


「行こう。」


ムツがそう言って歩き出す。それに続くようにルナが歩き、カイもそれに付いて歩き出す。



◇ ◇



教会軍の行軍が始まる頃には陽が傾き始めていた。


ゴドフリーは馬車に乗ると再び悪魔の姿に戻るとカーテンを閉め、考え事を始める。


間隔を開けて教会軍が進軍する。

その時、ゴドフリーの乗る馬車とそれを守る護衛に向かって矢が飛ぶ。矢は馬車を引く馬と護衛兵の喉元に突き刺さる。馬に刺さった矢に塗られた麻酔薬はすぐにその効果を発揮し馬車が止まる。


「何事だ!!」


馬車の中から声がして慌てて残りの衛兵が周囲を見ると、3人の獣人が弓を構えているのが見える。


「いたぞ!!」


衛兵の1人が叫び、残った衛兵達は一斉に3人の獣人を追いかける。

この瞬間、止まった馬車を守る者が周囲からいなくなる。作戦は完璧に実行された。


「今だ!!」


四方から新たに獣人が現れ馬車に殺到する。いける、あとは馬車にいる枢機卿を刺すだけだ、コウは無意識にそう思う。その時、馬車の扉が開かれ、枢機卿本人が出てくる。しかし、その姿はコウの想像した太った老人ではなく1匹の悪魔だった。


「フン!!」


しかし、関係ないとばかりにコウはゴドフリーに向かって剣を振り下ろす。ガキンという音がして触手のような腕が剣を受け止める。その奥で他の仲間も剣を振りかぶっているのが見える。


「獣人ごときが!!」


そう言うと悪魔は触手を振り回す。


瞬間、二人の仲間の胸元を触手の先端が貫く。2人の仲間は絶命し、残るはコウともう一人の仲間の2人となる。


コウは今度は剣を突き立てるように伸ばすが避けられてしまう。続いて触手が迫りコウはそれを何とか躱す。しかしもう1人の仲間は避けきれずに触手の直撃を受け絶命する。


「、、、くっ!!」


再び触手が迫りコウは死を覚悟する。


その時、馬車の状況に気付いた教会軍の兵が馬車に駆け寄ってくるのが見える。

触手がコウを貫くことは無く、いつの間にかゴドフリーの姿がなくなる。コウを教会軍が囲む。コウは再び絶体絶命の状況へ陥る。


「悪魔の姿を見せる訳にはいかんからな。」


そう言って、ゴドフリーはコウを囲む教会軍を馬車の中から見るのだった。



◆ ◆



カイ、ムツ、ルナの3人は戦線を離脱し西へと走る。


追ってくる教会軍の姿はどんどん小さくなっていき、最終的には見えなくなが、それでも3人は走り続ける。突如、カイが方向を北に変える。


「カイ!!」


ムツが叫ぶがカイは止まらない。ルナが一瞬、カイを追おうとする。


その時、ムツの手がルナの手を握る。

ルナがムツを見ると、ムツは静かに首を振る。


2人はそのまま西へと走り去っていく。その後ろ姿をカイは立ち止まって見つめる。


「ムツ、ルナを頼んだぞ。」


カイはそう呟くと1人北へと走っていくのだった。


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