侵略者Ⅳ 大軍到来と“仕掛け”



軍船が到着したという情報はローズにもすぐに伝わった。

ローズはすぐに家にコウを呼び寄せる。


「コウ、夜遅くにすまない。実は折り入って相談がある。」


静かに切り出すローズにコウは無言で頷く。


「どうやら敵方の首領は今回の攻撃に参加しない方針らしい。」


ローズはコウの肩に手を置く。


「そこでだ、コウ。敵が大星山に攻撃に人員を割いている間に別動隊として敵の首領の首を狙ってほしいんだ。いいか?」


「承りました、グラン。」


コウの返事にローズは頷き、少し黙り込む。そして、少し躊躇うように口を開く。


「うん。、、、その際の別動隊にカイ、ムツそしてルナも加えてもらいたい。」


ローズの言葉にコウは驚いた表情をする。


グラン、それはどのような意図による判断ですか? 正直、私には適役とは思えません。」


思わず言葉を返すコウにローズは穏やかな眼差しを向ける。そして、コウの耳元で何か囁く。一瞬、コウの目が見開かれるが、すぐに覚悟を決めるように目は閉じられる。


「、、、、承りました、グラン。」


コウは静かにローズに膝を着くのだった。



◇ ◇



翌朝。


大星山の北麓に続々と兵士を乗せた帆の付いた軍船が現れる。


軍船一隻に約500名の兵士。

それが合計20隻押し寄せた。上陸した教会軍の兵士たちは我先にと大星山を登っていく。彼らに自分達が負けるなどという考えはなく、ただ手柄を求めて突き進んでいく。


「掛かれ!!」


連隊を指揮する副隊長の指示に従って教会軍の部隊は続々と大星山に足を踏み入れる。


彼らをまず待ち受けたのは朝霧漂う深い針葉樹林だった。木々を避け先頭を駆け上がる教会軍の姿が突如消える。それに気づかずに進む後続の兵も突然、姿が見えなくなる。


「、、、なっ!!」


目の前で“それ”を目撃した兵士がそれに気が付く。


苔や濡れた岩で足元のおぼつかない針葉樹林の中に巧みに落とし穴がいくつも設置されている。落とし穴の底は広くなっており、同じ穴に何人も落ちたとしてもすぐに穴が埋まらないようになっており、なによりそこには無数の槍がそこに落ちてくるものに向かって穂先を向けている。


「、、、お、押すな!!」


しかし、気が付いたところで意味はなかった。


手柄を求める更に後続の兵士が押し寄せ、それに押される形で次から次へと兵士が穴へと落下していく。結局、100個設置させた落とし穴はその効力を大いに発揮し約1500の兵を奈落の死地へと誘った。




針葉樹林を抜けた教会軍はなおも突き進む。


「、、、、ん?」


1人の兵士が足元を見る。


傾斜の上がった山を登っていると足元がツルツルと滑り出していて、他の兵士もそれに気が付いたようだった。足元には濡れた芝が広がっているのみだが重い鎧も相まって異様に滑った。


「、、、これはっ!!」


彼らがそれが油によるものだと察した時には既に手遅れだった。


何処からか火の付いた矢が飛んできたと思うと一気に火が広がる。

続いて上方から一気に火薬の入った油のしみ込んだ麻袋が投げ込まれ大爆発が起きる。


油は垂れ流され続け、麻袋も次々と投げ込まれる。

さらに油が塗られているであろう太く長い丸太が転がり落ちてくる。それに轢かれるように押されて兵が傾斜を滑り落ちていく。滑り落ちた兵士を待つのは殺到する味方に踏みつぶされる未来だった。




「ハア、ハア。」


火刑をくぐり抜けて、なおも教会軍は進む。


足元に油の敷かれた芝は無くなり、角度だ更に上がった砂利の斜面となる。

必死に斜面を登る教会軍の耳に今度はゴロゴロという音が響く。彼らが上を見上げると、そこには巨大な岩がいくつも転がり落ちてくるのが見える。彼らの身長の2倍ほどのサイズがある岩は無慈悲に教会軍に突っ込んでいく。とめどなく岩は投下され、疲れ果てた兵士はそれを避けることもできなかった。


結局、天狼族の控える集落に辿り着いた兵士は300にも満たず、彼らもまた天狼族の遠くからの正確な射撃に餌食となった。




結果、初日の戦闘は天狼族側の大勝利に終わった。


天狼族には一人の負傷者もなく、攻め手には多くの被害が出た。

しかし、教会軍の実被害は6000人程度に収まっていた。ドーリーを始めとする枢機卿親衛隊副隊長による素早い判断により後続4000の兵は先行した6000の兵を見捨て、敵情視察、兵力温存に徹した。後続の教会軍は陽が沈む前には撤退が始まり、深夜には教会軍の陣営に到着していた。


その為、依然教会軍は1万4千の兵力を保持している上に、天狼族は手の内の多くを明かしてしまうという結果となった初日の戦闘だった。




この結果にローズは固く口元を引き締める。

ローズにとって驚きだったのは、なるべく大人数をまとめて始末できるよう設計された“仕掛け”にも拘らず、天狼族の集落に天狼族の3倍の人数である300人の兵士が辿り着いた事だった。手の内を晒した以上、明日の戦闘はより厳しいものになることが予想される。


「はあ。」


勝利に沸く集落の外れ、高台の上でローズは疲れた表情でひっそりと星々の輝く夜空を見上げるのだった。



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