侵略者Ⅲ 決戦前夜



「またも、手勢を失った、、、。」


部下達の待つ大星山麓まで撤退したドーリーはそのまま手勢と共に船に乗り込みゴドフリーが2万の軍を敷いている陣へと戻っていった。帰りも行きと同様に、霧の中をひたすら漕ぎ続けること数時間で自分達が出ていった地点に戻ることができた。


ドーリーがすぐさま上司であり枢機卿親衛隊隊長であるヴァックスに報告に行くと、ヴァックスはドーリーの帰還に少々驚いたようだった。それもそのはずで、ゴドフリーやヴァックスのいる陣から見える大星山は霧の森を越えた遥か先にあり、数時間で行けるような距離には見えないからである。ドーリーはヴァックスに霧の森の危険性から今回大星山に到達した方法、大星山やそこに潜んでいる獣人の特徴などを事細かに伝える。


「うむ、承知した。」


ヴァックスは一通り報告を聞くとドーリーを下げる。


「あの場所もまた、“我らの時代”より変わらない神秘の場所なのだな。」


ヴァックスは目の前に広がる霧の森とその奥に鎮座する大星山を見ながら小さく呟く。その瞳にはどこか怪しげな光が宿っている。


翌日、教会軍には敵を過小評価せず全軍での攻撃を行うことと、それに伴い必要となる軍船の到着を待つことが発表され、2万の教会軍は暫く自陣での待機となった。




◇ ◇ ◇




一方でローズをはじめとする天狼族の面々も今回の侵略者の到来を重く見ていた。ローズの家にタージとコウの戦闘で指揮を執る2人が集まり話し合いが行なわれた。


「コウの話によれば、敵は改めて我々を攻撃してくる心づもりのようだ。問題はどのくらいの規模で攻めてくるかだが、、、。」


ローズの発言にタージが同意する。


「兄貴の言う通り前回と一緒なら大した問題にはならないが、それより多ければキツイぞ。それに今回は偶然ムツが敵を早くに発見してくれたから上手くいったが、次は分からん。そもそも敵は何処から攻めてきているんだ?」


タージの疑問にコウが答える。


「回収した敵の遺体を確認したところ、敵の装備にはドミヌス帝国の紋章がありました。それだけで断定はできませんがドミヌス帝国の軍勢かと。北の麓から上陸したとなると霧の森を避けたようですね。冬なら海が凍って来れないのに、タイミングの悪い。」


「とりあえず、敵の規模を把握するためにも一度、偵察を送るべきだな。後は交代で前回の上陸地点に見張りを置こう。」


ローズが纏めると皆が無言で頷く。


「よし、決まったからには善は急げだ。すぐに見張りのローテーションと偵察部隊を決めよう。」


こうして天狼族側でも来るべき戦闘に向けた準備が行われ始めた。



◆ ◆



その頃、オドはカイ、ムツ、ルナの3人と一緒に狩りに出ていた。


前回の戦闘に参加していなかったオドは3人に戦闘について聞いていた。カイとルナの2人はタージの率いる部隊に、ムツはコウの率いる部隊に参加していた。その為本格的な戦闘に参加したのはこの中ではムツだけだった。


「ムツのやつ、俺らの中では一番の手柄だぜ。敵を見つけるし、戦闘に参加もしてるんだからなあ」


カイが言うとルナも頷く。


「そんなことをないよ。」


ムツは余り感情を出さずに謙遜する。普段からムツは寡黙な方だが、感覚の鋭いオドにも今日のムツはいつにも増して感情が読めなかった。


「俺も早く戦闘に参加したいな。最近は稽古でもムツの調子がいいからな、負けてられないぜ。」


カイが呟き、ムツの肩を叩く。ムツは何か考えていたのかビックリしたように肩を揺らし、そんなムツを見てルナが微笑む。そんな3人組をみて、改めてオドは同世代の仲間がいたらと思わずにはいられないのだった。



◇ ◇



オドにとって久々の狩りは順調とは程遠いものだった。


りきんでしまっているのか普段のように思ったところに矢が飛ばない。短剣も必要以上に力が入り獲物を不必要に痛めてしまった。


「今日のオドとムツは絶不調だなあ。」


カイが声をかける。オド同様にムツも今日はぼんやりしたり、短剣捌きがいつになく鈍かった。ムツは寡黙なため誤解されやすいが、観察眼が鋭く狩りにおいて機を逸することは殆どない。


そんな普段の狩りで活躍する2人の不調にカイとルナは驚いていた。


「2人とも大丈夫? 体調が悪いなら暫くここで休んだら?」


ルナが木陰にオドとムツを連れていき休むよう促す。オド自身は体調が悪い感覚は一切なく、むしろ身体が軽すぎて感覚がズレている位の問題だったが、大人しくムツと木陰で休むことにした。


カイとルナが狩場に戻り、2人だけが残される。


「手柄や戦場なんて、良いものじゃないよ。」


ふいにムツが呟く。


「オド、僕は人を1人殺してしまったよ。」


感情のない声でムツが呟く。オドは何も言わずにムツの話を聞く。


「敵を殺すのは当然だよね。殺さなければ殺されるんだから。それでも、それが罪であることには変わりない。僕の矢が敵の喉元を貫いた瞬間、僕は罪を背負ったんだ。」


ムツがオドの頭を優しく撫でる。


「僕の手は汚れてしまったよ。だからこそ、オドやカイ、ルナには同じ罪を背負わないで欲しいんだ。」


そういってムツは優しげな笑顔をオドに見せる。


「叶わない願いだよ。これはカイとルナには秘密にしてね。」


ムツはそう言うと木陰から立ち上がり狩場へと歩いていく。


普段はあまり自分の考えや感情を出さないムツの突然の告白にオドは驚いていた。


そして、ムツもまた、ローズやコウのようにオドを1人の仲間として大切にしてくれていると実感したのだった。




結局オドの調子は戻らず、打って変わってムツは何事もなかったかのように後半で一気に獲物を仕留めた。日が傾き、いつかのようにオドは年上の3人と共に集落への帰路に就く。


「そろそろだ。」


カイが呟き、遠くに集落が見える。夕陽に照らされてオレンジに輝く集落が、オドにはどうしようもないほどに儚く、美しく見えた。




◇ ◇ ◇




翌日、偵察部隊が帰還し天狼族に衝撃が走る。


敵の総勢が天狼族の約200倍に当たる2万にも及ぶことが伝えられた。しかし、先祖より代々この大星山で生活してきた天狼族にとって逃げるという選択肢はなく皆が無言のまま戦う準備が着々と進められていった。


そんな中、再びローズの家にタージとコウが集まり会議を開いていた。


「まさか2万とはな。我々も過大評価されたものだ。“仕掛け”を使っても全く足りん。」


「そうですね。だが、戦うしかない。1人でも生き残り、この地で血を繋げられれば我らの勝利です。」


ローズの言葉にコウが返す。


「この際、若い衆は逃がすことも考えねば。なあ兄貴。」


タージの言葉にローズは口を閉ざす。


ローズの頭にはオドが浮かんでいた。

敵がオーロラを見て攻めてきたのなら、敵の目標は天狼族の殲滅ではなくオドの殺害であることが分かり切っているからである。その為、たとえオドを大星山から逃がしたところで追手は目標が達成されるまでオドを探すだろう。

しかし、天狼族は北天を守護し、闇を祓うことがその使命であり、たとえ他の天狼族が全滅したとしても天狼王の加護を授かったオドを殺される訳にはいかないのだ。ならば選択肢は一つしかない。


「何としても大星山で敵を全滅し、敵の指揮官を殺す。」


ローズは静かに言い切るのだった。



◇ ◇



天狼族の集落では着々と決戦に向けた準備が進められていく。


皆が忙しそうに集落内やその周りを走り回っている。

そんな最中さなか、オドとローズは集落の北にある高台にきていた。


かつてタマモが我が子の出産を祈念した高台に立ちオドとローズは集落を見下ろす。


「オド、いくさの支度をしている皆が見えるな? 彼らはみんなオド、お前の命の為に自らの命を投げ出してもいいと思っている。それは儂も同じだ。」


何か言おうとするオドを制止してローズが続ける。


「これこそが我ら天狼族の使命なんだ。儂自身も皆で大星山を去り生き延びる方法もあると分かっている。それでも、ここに長く暮らした儂らはこの道しか選ぶことができないし、この地の為に闘い、使命を果たして散れるならそれが本望だよ。」


ローズはオドの頭を撫でる。


「オド。お前は流星の下に生れ落ち、オーロラの夜に天命を授かった。これからの人生で向き合うべき天命に気付き、困難に直面するだろう。その時、我らはオドの傍には居れないかもしれない。それでも、これだけは忘れないでくれ。誇り高き天狼の血がその身体に巡っていることを。この大星山の地で過ごした日々を。我らが常にオドと共にあることを。」


高台と共に映る2人の影が伸びていき、陽が沈んでいくのだった。




◆ ◆ ◆




一方、枢機卿親衛隊の陣においても軍議が行われていた。


親衛隊隊長ヴァックスとドーリーを始めとする7人の副隊長が集まっていた。枢機卿ゴドフリーの姿はなく、上座には細身長身のヴァックスが座っている。


「枢機卿猊下はオーロラの原因の抹殺をご所望である。ドーリーの報告によれば、それはかつてその剣才で名を轟かせたキーン・シリウスなる人物ではないかということだ。違いないか?」


そう言ってヴァックスはドーリーに目を向ける。


「っは!! かつてヤツの所持していた魔剣の色があのオーロラに似ていました。」


「そのキーン・シリウスという者の髪は何色だった?」


ヴァックスがおもむろにドーリーに問いかける。


「私の記憶の限りでは暗い灰色に金の髪が混ざっていました。先日交戦した敵も皆その髪色です。」


予想外の質問にドーリーが慌てて答える。


「そうか、、、。」


ドーリーの答えにヴァックスは少し黙り込む。


「、、、うむ。そのキーン・シリウスに限らず魔剣を持つものがあればそれを始末しろ。加えて、もし戦場、若しくは山中にて金に反射する暗い紫色の狼、もしくはその色をした髪を持つものを見かけたら、それも始末しろ。手柄には報酬だ。いいな。」


「「っは!!」」


ヴァックスはそう言い7人の副隊長達は勢い良く返事をするのだった。





7人の副隊長が退出した後、奥から枢機卿ゴドフリーが姿を現す。


その姿は依然として悪魔の姿をしている。ゴドフリーはどこかイライラとした雰囲気を醸し出す。


「いかがなさいました? 枢機卿猊下。」


「うるさいぞ、ヴァックス。お主も我と同じ悪魔だろう。何故そんな悠長にしていられる。魔王様の復活が妨げられたのだぞ。」


「ゴドフリー、お前はそう言うが、本当にシリウス・リオが復活したのだろうか?していたのなら我ら悪魔の生き残りなどとっくに喰い千切りに来ていないか? それこそ部下の言ったようにリオの血を引く者が天啓を得ただけなんじゃないか?」


ラフに話し始めたヴァックスにゴドフリーが忌々し気に返す。


「それが分からんから困るのだ。数少ない我ら生き残りがノコノコと山に攻めていって喰い千切られては目も当てられない。リオが復活していなければ兵力で押し切れるだろうよ。もしリオの血を引く者や天啓を受けた者がいるなら全滅させろ。」


「わかっているよ、ゴドフリー。それより内政掌握は大丈夫なのか?」


軽い返事をし、からかうように自分を見るヴァックスにゴドフリーは心底嫌そうな顔をする。


「お前は本当に食えない奴だな、ヴァックス。帝都の皇帝や貴族どもは問題ないが、教会内部は未だ反発勢力が潜んでいる。それに加えて、教会軍が手薄なのをいいことに北東部の獣人で反乱を企てている者もいるそうだ。こんな時に、本当に煩わしい。」


「枢機卿猊下は大変でございますね。」


そう呟くヴァックスを睨み、ゴドフリーは奥に下がっていく。


その時、陣幕に伝達兵が駆け込み、軍船が到着したことをヴァックスに伝える。


開戦の時は刻一刻と迫っていた。




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