侵略者Ⅱ 敵との遭遇と旅からの帰還



「敵襲ーーーー!!」


山を登るように進軍するドーリー率いる手勢の先頭から声が上がる。


大星山は超高山の為、植生の層がいくつかに分かれている。

まず、大星山麓の霧の森には広葉樹が広がり、大星山の下層に広がる針葉樹がその境目さかいめとなっている。高度が上がるにつれ植物の高さは低くなり、オド達の暮らす集落の周囲は草原のようになっている。それより高度が上がると岩石と雪が支配する世界となる。


「してやられた、待ち伏せか。」


ドーリーは舌打ちと共に悔し気に呟く。


ドーリー達が敵の強襲を受けたのは針葉樹林層の上部であり、不慣れな高所の斜面かつ樹林の中で敵を発見しづらいという最悪なコンディションの中であった。木々の影から次々と射られる矢に先頭の部隊が壊滅する。


「む、、、?」


ドーリーはそんな絶望的な光景を目の当たりにしながらも、ある違和感を覚える。


次々と飛んでくる矢は全て正確に味方の喉元を貫いていく。

ドーリーにはその光景に見覚えがあった。


「まさか、、、あの時の、、、」


そして思い出す。


12年前、自分の順調な出世を阻んだ事件を。

敵の獣人の去った後に残された、一人残らず喉元を貫かれていた部下の死体の光景を。


「ふふふ、、はははははっ!!」


思わず笑い声を挙げる。遂に来たのだ。復讐の時が。過去の精算の時が。


「忘れもしない。キーン・シリウス、翡翠色の剣士。」


ドーリーは小さく呟く。

手勢を緊急退避させるよう指示し、大星山麓の上陸した地点で防備しながら待機するよう伝える。部下の退却を見送り、ドーリーは一人その場に残る。


その眼は復讐の炎で爛々と燃えていた。




◆ ◆




ドーリーの部隊を先に発見し奇襲をかけたのはコウ率いる東側の部隊だった。


奇襲は成功し、敵の先頭部隊は壊滅し退却していった。

奇襲の成功に皆が湧く中、コウは1人その場に残った男に向けて弓を絞る。矢を放つ瞬間、コウは男と目が合ったような気がする。次の瞬間、男の喉元を貫くはずの矢は男の肘に装備された小型の盾に突き刺さる。


「その程度か。ヤツの矢はもっと早かったぞ。」


そう呟く敵の声を聞き漏らさなかったコウは咄嗟に危険を感じる。コウは急いで味方を山の上に退避させると再び敵に矢を射る。


「それはもういい、キーン・シリウスはどこだ。」


そんな言葉と共にドーリーは矢を避け、一気にコウのいる場所まで駆け上がる。


そして、コウとドーリーの剣が交錯する。

一方はかたきとして、一方は師として、翡翠色の剣士キーン・シリウスの影を12年間追い続けてきた者同士の戦いが始まった。



◇ ◇



剣同士が何合も何合もぶつかり合う。彼らは互角にやりあっていた。


「ヤツ程ではないがお前も中々やるな。」


そう言ってドーリーはニヤリと笑う。


「そちらこそ。」


コウは表情を変えずにそれに応える。


数十合剣を交え、徐々にコウの分が悪くなるが依然として決着は付かない。

そんな時、突如ドーリーに向かって数十本の矢が放たれる。ドーリーはそれを全て避ける。コウが上を見るとタージの部隊が到着したようで、ドーリーに向かって再び矢を放とうとしている。


「こうなっては仕方ない。」


ドーリーは悔し気に呟くとサッと身体を引き、退避に転じる。


「お前、キーン・シリウスに伝えておけ。すぐに戻ってくる。首を洗って待っていろ、とな。」


そんな言葉を残しドーリーは去っていった。


若干ドーリーに押され気味だったコウはふうと息を吐く。


「お前ごとき、キーンさんの足元にも及ばないよ。それにしても、俺もまだまだ弱いな。」


こうして天狼族と枢機卿軍の最初の戦闘は幕を閉じたのだった。




◇ ◇ ◇




長い剣契の儀式を終え、遂にオドが集落へと帰還した。


オドが帰って、まず感じたのは天狼族の面々からのオドへの眼差しの変化である。次に、天狼族の昂ぶったような雰囲気に違和感を覚える。


「とりあえず、家に帰ろう。お腹が空いた。」


そう言ってオドはローズの待つ家へと帰っていくのだった。


剣契初日に集落を出発してからオドは全く他人と触れ合わない一週間強を過ごしていたからか、自然と独り言が増え、自分の身体や感覚を素直に感じ取れるようになった気がした。そして何より、オーロラの夜に心臓の鼓動が強まって以来、身体が強く食料や栄養を求めるようになっていた。


「ただいま。帰りました。」


そう言って家の扉を開ける。奥からローズがオドを出迎えに出てきてくれる。


「お帰り、オド。よく無事に戻ってきた。」


ローズがオドを抱きしめてくれる。


「ただいま、爺ちゃん。それよりお腹が空いたんだ。」


そう言うオドにローズが目を丸くする。

それもそのはず、オドは今までお腹がなることはあっても空腹感を口にすることは一度もなかったし、そもそもオドは基本的に少食なのである。


「そうか、そうか。すぐご飯にしよう。オドの剣契の話を聞かせてくれ。」


ローズはどこか嬉し気にオドに言葉を返すのだった。



◇ ◇



オドはとにかくよく食べた。


かつてないほど食べて食べて、食べまくった。


最初、ローズはいつもオドが食べるよりも少し多めに夕食を作ったが、オドはそれを一瞬で完食してしまった。あれよあれよとオドはその晩、いつもの4倍ほどの量を食べきった。


オド自身、何故そこまで腹が減るのかはわからなかったが、とにかく身体が栄養を求めているのだけは分かった。結局、食事に夢中になりすぎたせいでローズと会話ができなかった為、夕食後に話をしようということになった。ローズが座敷で待っていると、いつまでたってもオドが部屋から出てこない。

ローズが慌ててオドの部屋に行くと、オドは泥のように眠り込んでいた。ローズはやれやれといった顔でオドの部屋の灯りを消す。


結局、オドとローズが話せたのは翌日の朝になってからだった。



◇ ◇



翌日になってもオドの食欲は高く、朝食をモリモリと食べた。


その後、ローズと2人で剣契での出来事や、ローズが長グランに復帰した事、大星山に敵が侵入してきたことなどを話した。ローズが首を傾げたのは、オドの話では天狼王が天狼伝説で語られるような闇の復活や紅き瞳について特に言及していなかった事だった。天狼王の言った“なすべき宿さだめ”がそれに当たるのかもしれないが、未だ若いオドに降りかかる天命にしては実際の攻撃までの期間が短すぎる。


「オド、とにかくお前は天狼王様によって特別な加護と共に天命が与えられた。それにより傷つき、悲しむこともあるかもしれない。そして、その時、儂はオドの傍に居てやれないかもしれない。それでも天命に抗い、立ち上がる覚悟を、今からしておきなさい。」


ローズは最後にそんなこと言って立ち上がる。


「何かを持つということは、それに見合う義務と責任を得るということだ。」


ローズは自らの指に嵌る指輪を眺めそう呟くのだった。



◇ ◇



昼前、オドがコウのもとを訪れるとコウが一人で剣の稽古をしていた。近くにいたカイとムツに話を聞くと今日のコウと二人の稽古は中止となり、ひたすらコウは1人で稽古をしているそうだ。


「コウさん。こんにちは。」


オドが声をかけるとコウが剣戟を止め振り向く。


「おう、オド。成人おめでとう。」


「ありがとうございます。今日は一段と気合が入ってますね。」


「あぁ。ちょっと自分の未熟さに気づかされてな。」


そう言うとコウは再び剣の稽古を再開する。もはや何を言っても止めそうな気配はない。


オドもこれ以上の会話は迷惑だと感じ、その場を去る。その時、後ろからルナに声をかけられる。


「オド、成人おめでとう。カイとムツにはもう会った?」


「ありがとう、ルナねえ。さっき会ったよ。」


「そう。二人とも随分とオドのこと心配してたのよ。それでね、ムツが明日、私達4人で狩りに行かないか、だって。ムツから誘うなんて珍しいじゃない? オドはどうする?」


「いくよ。久々にみんなと狩りに行きたい!!」


オドがそう答え、翌日の予定が決まる。その後ルナから集合場所などを聞き2人は分かれる。


家に帰り、オドは再び食事でローズを驚かせた後、翌朝に備えて早めに寝床に入るのだった。


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