第4節 侵略者

侵略者Ⅰ 闘いの気配



オーロラの出現から一夜明け、剣契で不在のオドを除いた全ての天狼族が集められた。


昨晩の出来事もあり天狼族の面々は何か大きなことが起こる予感の中、集落の中央に集まる。静寂と注目の中、まずは現在の天狼族のグランであるタージが立ち上がる。


「みんな、おはよう。朝早くからすまないね。まず俺から一つ発表がある。」


タージの発言に皆が少しざわめき始める。


「いや、俺のは皆が思うような大した話じゃない。昨晩の件を受けて俺は借り物である、この指輪を兄貴に返すことにし、兄貴もそれに同意した。」


そういうとタージはローズを呼び壇上に上がらせると、天狼族の皆の前で自らの指のシリウス・リングを外しローズに渡す。指輪を受け取ったローズは12年ぶりに手元に戻ったそれを少し見つめると、意を決したようにそれを指に嵌める。


「今、この瞬間より、我らが天狼族のグランは再びローズ・シリウスとなる。異のあるものはいるか!! いれば立ち上がり名乗りを挙げろ。」


タージがそう叫び、皆を見渡す。立ち上がる者はなく、ローズのグラン再任が決定した。


「異議がないのはそれはそれでつらいな。まあ、俺の人望なんてこんなもんだ。これから頼むよ、兄貴。」


タージはそう言うとポンとローズの肩を叩いて壇から降りる。


壇上にはローズだけが残り、皆の注目が集まる。ローズは皆を見渡すと、ゆっくりと口を開く。


「ローズ・シリウスだ。再びグランとなる運びとなった。よろしく。」


そういうとローズはタージを見る。


「まず、我が弟よ。今日まで我々天狼族を正しく導いてくれたことに感謝する。こんな不甲斐ない兄の我儘を受け入れてくれて、そして再び儂を奮い立たせる機会を与えてくれて、ありがとう。心からの敬意と称賛を。」


ローズは指輪が新たに輝く右手を左胸に当てて、タージに感謝と敬意を示す。それに続くように天狼族の皆からタージに向けて拍手が鳴り響く。



拍手が鳴りやむのを待って、再びローズが口を開く。


「オーロラを見たものは多いだろうが、ここで一度皆に宣言する。」


ローズは一呼吸置き、皆を眺める。


「昨晩、キーンとタマモの息子、オド・シリウスに対し天狼王様による御加護と啓示が与えられた。彼の祖父として誇らしい事ではあるが、これは同時にかつて天狼王様が退けた闇の復活を示すものでもある。我らは天狼王様の血を引き継ぐ北天の護人もりびとである。今が、今こそが、我らの使命を果たす時である。」


しんとした空間にローズの声が響く。


“北天の護人”


これこそが彼ら天狼族が人里離れた超高地に世俗を避けるようにして生活する理由である。


彼らは、かつて世界から闇を祓い世界を星の下に統一した一匹の狼、天狼王リオの直系の子孫であり、再び闇が世界を支配しようとした時にそれを防ぐ為に闘うという使命を与えられている。

剣契などの様々な儀式もその為のものであり、彼らは今や御伽噺おとぎばなしとなっている天狼伝説の生き証人なのである。


天狼王シリウスの血をこの身に宿す者達よ。覚悟の時だ。」


ローズが鼓舞するように声を張り上げる。


ザッという音ともにタージが立ち上がり、ローズがしたように右手を左胸に当てて直立し忠誠を示す。それに続くようにして他の者達もその男女に関わらず、皆タージにならって忠誠を表明する。


最後にローズが大星山の山頂に向かって忠誠を示す。


「皆、ありがとう。くれぐれも忘れるな。皆が抱いている忠誠心は皆自身の身体に流れる血への忠誠だ。いずれ来る闇に、備えよう。以上だ。」


ローズが壇を降りる。


緊張か、もしくは滾る血の為か、ローズは震える手を固く握りしめるのだった。




◆ ◆ ◆




大地に大軍の足音が響き渡る。


ドミヌス帝国国教会枢機卿ゴドフリーは枢機卿親衛隊の本隊、1000の兵に加えて、帝国北部の教会軍を集結させ、その数は約2万人にも及んだ。彼らはドミヌス帝国北西部、霧の森と北の海が接している草原にて整列した。その中には、かつて霧の森によって獣人を逃してしまった因縁を持つドーリーの姿もある。そんなドーリーに枢機卿親衛隊隊長であるヴァックスが声をかける。


「ドーリー副隊長、まずお主が手勢を率いて偵察をして来い。もし住人がいれば、多少の戦闘になっても構わん。」


「ハッ、承りました。」


ドーリーが返事をするとヴァックスは感情のない顔で頷くと音もなく去っていく。


ドーリーは恐ろしく長身の上司を見送ると自分の手勢100人を連れて霧の森の手前まで進軍していく。そこには小舟が用意されている。ドーリーは霧の森に入ることの危険性を知っているため、霧の森を避け陸沿いに小舟をこぐことで大星山に向かおうと考えていた。


「出発だ。決して陸から離れるな!! 目指すは大星山の麓だ!! 行くぞ!!」


ドーリーの号令と共に小舟が海に向けて漕ぎ出していく。


しかし、霧の森と同様、すぐにドーリー達は深い霧に飲まれ周囲が見えなくなる。5メートル先すら見えない霧の中でドーリーはひたすら前に船を漕ぎ続けるよう声を出し続ける。


「進むしかない!! 先陣の栄誉だ。何があっても引き返すことは許さん。」


歯を食いしばるようにしてドーリーは小さく呟くのだった。



◇ ◇



結果としてドーリーは成功した。


漕ぎ出して数時間、突如として霧が晴れ、目の前には大星山がそびえたっていた。


ドーリー達は上陸できそうな場所を見つけ、そこで隊列を組む。100人いた兵は90人に減っていた。ドーリーは10人、つまり小舟一隻は霧の前に引き返したのだと判断した。


「これより大星山の偵察を行う。枢機卿猊下によれば先日のオーロラの元凶がいるそうだ。心して挑め。」


ドーリーの号令と共に続々と彼の部下が大星山、天狼族の住処へと足を踏み入れていく。


そんなドーリー達の様子を小高い岩影から一人の天狼族の青年が見ていた。



◆ ◆



「ローズさん!! 北の麓に人間ノーマンの軍勢が上陸してました!! 全員が武装をしています。」


ドーリー達を見ていた天狼族の青年、ムツは急いで集落に引き返し、ローズのもとへ報告をする。


「そうか。数はどのくらいだ?」


ローズは落ち着いた様子でムツに返事をする。


「確認した範囲では100人くらいです!!」


「うむ。わかった。ムツ、今すぐ皆に武装して集まるよう言ってくれ。」


「ハイッ!!」


慌てて出ていくムツを見送ると、ローズはドカッとその場に座り込む。


「もうか。オーロラの夜から3日と経っていないが、早いな。まだオドは帰っていないが、仕方がない。」


ローズは暫く目を閉じて瞑想すると立ち上がり、大星山の山頂に一礼すると家を出て皆の集合する集落の中央広場へと向かうのだった。



◇ ◇



ローズが中央広場に着くころには、既に皆が武装して集合していた。


天狼族は総数で100人程度の少数民族ではあるが、皆が揃って武装をして整列しているのは壮観だった。天狼族は男女間の身体能力的な格差が殆どないため、狩りのローテーションも男女関係なく振り分けられている。その為、広場にも男女問わず皆が武装をして集まっている。


「ムツによれば、敵は100人程度、北の麓より上陸し我らが大星山を登っているそうだ。我らの大星山に足を踏み入れたこと、その身をもって償わせてやろう!!」


ローズが叫ぶとそれに応えるように雄たけびが上がる。


「コウを中心に40名が東側、タージを中心40名が西側より北の麓に向かって進め。年長の者は儂と共に集落の防衛をする。」


集まった面々はローズの指示により3手に分かれて、それぞれのリーダーに従って隊列を組む。


ローズはタージとコウを呼び寄せると細かい指示を出す。


「いいか。“仕掛け”は出来るだけ使うな。使うにしても最後の最後だ。基本的には高所からの弓で対応しろ。だが、不測の事態にはお前達に任せる。せいぜい100人程度の敵だ。被害を出さないことを中央に戦え。」


ローズの言葉にタージとコウは頷くと、それぞれの手勢を率いて集落を出発する。


「天狼王様、彼らに危機が迫るのなら、どうか御加護を。」


ローズはそっと呟き、天を仰いだ。



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