剣契(前編)Ⅴ 次なる試練たち
翌朝、オドはコウを訪れる。
「お、オド。おはよう。」
コウは剣の素振りをしていた。
早朝にも関わらず、既に何時間か素振りをしているのかコウは全身汗だくの状態である。
「おはようございます、コウさん。朝早くから凄いですね。」
オドが言うとコウはニカッと笑う。
「キーンさんの影響だよ。俺も今のオドくらいの時にキーンさんと剣の稽古を始めてからすっかり習慣になっちまった。」
そういうとコウは汗を拭いオドに近づく。
「それで、どうしたんだ?」
少し期待するようなコウの眼差しを受けオドは覚悟を決める。
「剣契でお父さんの剣を使いたいと思いました。稽古をお願いします。」
コウは試すようにじっとオドの瞳を見つめると、ガシガシとオドの頭を撫でる。
「そうか、そうか。決めたか、オド。」
コウは心底嬉しそうに声を上げる。
「それじゃあ、早速稽古だな。まずは剣舞の型からだ。ちょっと待ってろ、木剣を取ってくる。」
そういうとコウは家の方に駆けだしていく。
◇ ◇
「今日はこんなもんでいいだろう。」
コウとの稽古はオドの予想に反して2時間弱で終わった。
「これだけですか?」
「そんなわけないだろう。大事なのは今日の動きを身体にしみこませることだ。とにかく反復練習だ。剣舞とは自分自身の身体と精神を調和させる、いわば儀式の一環だ。独りでやらなきゃ意味がない。」
「はい。」
オドは珍しく素直に頷く。
「よし、今日使った木剣は剣契まで持っていていいぞ。くれぐれもキーンさんの剣は抜くなよ。」
そういうとコウは今日は
「そういえばオドが角鹿を仕留めたとカイとムツから聞いたが海蛇はどうするんだ?」
コウがおもむろにオドに尋ねる。
「挑戦します。絶対に仕留めて見せます。」
「オドはずいぶんと積極的になったな。やっぱり狩りに出るようになったのが良かったのかな。」
コウは感慨深げに言うと、納得したようにうんうんと頷く。
「海蛇を仕留めに行くなら北の海に抜けるルートの辺りでルナが狩りをしているだろうから適当に捕まえて案内して貰うといい。それじゃあ明日からは夜明けから毎日稽古だぞ。寝坊するなよ。」
そういうとコウが立ち上がる。
オドも立ち上がると、コウに一礼し集落の北へと走り去っていく。コウはそんなオドの後ろ姿を見送ると、しみじみとした表情で雲に隠れて見えない大星山の頂上を見上げる。
「キーンさん。あなたから教わったこと、私の伝えられる全てを貴方の息子さんへと引継ぎます。」
今は亡き師を惜しむようにコウは呟くのだった。
「おーい、ルナねえー」
遠くから駆けてくる小柄な影にルナは微笑みを浮かべる。
「オド、どーしたのそんなに急いで。お、木剣を持ってるってことは兄さんと稽古したんだ。」
「そうなんだ。それでコウさんにルナねえに北の洞窟に案内して貰えって、、、」
ルナは少し口を尖らせてオドの言葉を遮る。
「ルナねえはタージさんと一緒にオドに短剣の稽古をつけるの楽しみにしてたんだけどなー。」
ルナが少し寂しそうな表情をし、オドは申し訳ない気持ちになる。
そんなオドを見てルナはケラケラと笑いだす。
「あははは。冗談よ、オド。オドがそれがいいと思ったんでしょ。兄さんとの稽古、がんばってね。」
オドはルナにからかわれたことに気づき少し恨めし気な視線を送る。
「ゴメンね。カイとムツもそうだけど、ついからかいたくなっちゃうのよね。」
そういって微笑むルナにオドはいつもルナに振り回されているカイとムツの心中を察するのだった。
「それよりも、今から洞窟に行くにしても木剣は家に置いてこなきゃ。それにオドはまだお昼も食べてないんでしょ。」
うんと頷くオドにルナはビシッと指をさす。
「備えあれば患いなし、腹が減っては戦はできぬ、よ。洞窟は逃げたりしないから、一度集落に戻ってから向かいましょ。」
ルナが集落に向かって歩き出し、オドもそれに従う。集落に戻ると一時間後に北側の出口で落ち合う約束をして二人は別れるのだった。
◇
オドはルナに連れられ大星山の北、海を臨む洞窟にたどり着く。
洞窟は前回と同様に人一人分の穴が入り口となっている。前回との違いは洞窟の入り口が海を真下に臨む断崖絶壁にあるため、絶壁を這うように進まなければならない点であるが、その点はオドにとっては大した障害にはならなかった。
「それじゃあオド、頑張ってね」
そういってルナが集落へと帰ってゆく。
ルナの背中を見送って、オドはゆっくりと洞窟へと足を踏み入れる。洞窟の中は青い光を放つ鉱石によって明るくなっていた。内部構造は水場が多い点以外は前回の洞窟とほぼ変わらない。出現する魔獣モンスターが前回は主に草原に生息する生物がモデルだったのに対して今回の洞窟で出現する
「うーん、ダメかー。」
しかし、肝心の海蛇の姿は一向に見つけることはできなかった。
この洞窟も簡単には探索者に微笑まないということなのか、海蛇探しは進展のないまま時間だけが過ぎていく。そうこうしているうちに太陽が沈み始める時間になってしまった。
「今日はここまで。」
そういってオドは来た道を引き返す。
この時、オドの姿を水場の中からジッと見つめる影があった。
しかし、オドがそれに気が付くことはなく、オドは集落へと帰っていくのだった。
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