剣契(前編)Ⅳ 緑鹿の教え



「とはいえだ。このままあっさり褒美をくれてやるのもしゃくだ。お主は比較的リオの血を色濃く受け継いでるようだから、ここは一つ、稽古をつけてやろう。」


話の展開についていけずオドは固まったままである。


それよりもオドが驚いているのは目の前の鹿が言った緑鹿りょくろくという言葉である。緑鹿は天狼伝説に登場するかつて天狼王と共に世界を統べた8匹の神獣の一匹である伝説上の存在である。


「どうした。やらんのか。」


何も言わないオドに緑鹿は少し不機嫌そうにする。


「もちろん。やるにきまってる!!」


オドはまずいと思いつつも、反射的に強がって返事をする。


「そうか。ならば武器を持て。お主の力を見せてみよ。」


オドはとっさにタマモの戦槌を握りしめる。


「それでは、、、参る!!」


そんな言葉と共に緑鹿の身体が一気にオドの目の前へと接近する。



◇ ◇ ◇



戦闘は一方的な様相を呈していた。


戦闘というよりは、稽古であった。オドは必死になって緑鹿の攻撃を躱そうとするが数分も耐えきれずに追いつめられる。緑鹿は同じ攻撃を繰り返し、オドが前回追いつめられた攻撃を躱すと新たな攻撃でオドを追いつめる。オドが倒されたパターンを避けるために攻撃する。緑鹿はそのうえでオドを追いつめる。


約2時間半、ひたすらこれが続いている。


緑鹿も最初こそ身体から伸びるツルだけで攻撃していたが、オドが次第に慣れ始めると魔法や棘とげなど攻撃のバリエーションを増やしていく。


「、、、参りました。」


棘を避け着地に失敗し身体がグラついたところで喉元にツルの先端を突き当てられ、オドが何十回目か分からない降伏を宣言する。


「うむ。戦闘の肝は詰つみ手を避けることにある。その為に2手、3手先を読むのだ。」


緑鹿は疲れを一切感じさせない声で降伏を受け入れ、アドバイスをするとオドの首に突き付けている先端の尖ったツルを戻し、再び戦闘を始める。オドも疲れきってはいるが小さい身体を奮い立たせ戦槌を構える。今度はオドが先に攻撃を仕掛け防戦一方になるのを避けようとする。


「いい判断だ。行動を変えればそれだけ可能性も変わる。詰み手とは可能性をゼロにする選択のことだといえる。」


緑鹿は満足そうに頷きつつ、今度は魔法を発動し、オドを追いつめていく。オドが魔法を避けようと飛んだ着地点に新たな魔法陣が出現し、再びオドは追いつめられる。


「選択を誤るな。死線を逃れろ。生きてさえいれば勝機は訪れる。」


迫るツルを戦槌で弾き返し弓を番える。棘を避けて跳び上がり投擲をする。魔法を躱して接近をする。何度も。何度も。何度も。


「まだまだ」


ツルで足をすくわれ倒れるオドに声が響く。


追いつめられてばかりだが、オドは緑鹿との戦闘を心から楽しんでいた。


圧倒的存在との戦闘。そして何より今まで感じたことのないような血の沸き上がりに戦闘本能が研ぎ澄まされる。疲労により無駄な動きが省かれていき、五感が深まるように鋭くなる。まるで武器が体の一部かのように馴染む。


棘を避け、ツルを駆け上がる。


遂に緑鹿の額が目前に迫る。ここだと戦槌を振り下ろそうとしたときに、緑鹿の角が輝き魔法陣が出現し魔法が発動される。オドは咄嗟に魔法を躱そうとするが完全に間に合わない。終わった、オドはそう思うがオドに魔法が当たることはなかった。


「良い判断だった。稽古はこの辺でいいだろう。」


そういうと緑鹿は魔法陣を消し、落下するオドの身体をツルで受け止める。


肩で息をするオドを眺め満足そうにうんうんと頷く。


「なかなか筋がいいな。まさか稽古でも楽しめるとは思わなんだ。」


そういうと緑鹿はおもむろに頭を振り緑色の角を揺らす。するとオドの目の前に魔法陣が現れまばゆく光る。光が収束すると一挺の弓が現れる。


「それが褒美だ。ありがたく受け取れ。」


オドが弓を持つ。弓は木製であり、一番の特徴は持ち手の木からげんとなる植物のツルが生えていることである。ツルは太く頑丈ながら伸縮性も併せ持っており、なによりも弓柄ゆづかの上に緑色に輝く宝石が施されていた。


「それと、ユー。角を。」


緑鹿はオドをこの場に誘い込んだ角鹿を呼ぶ。


角鹿はどこからともなく出現するとオドの前まで来る。角鹿はオドの目を見て小さく鳴くと、次の瞬間、洞窟の他の魔獣モンスターがそうだったように、緑の光を放って消滅する。角鹿が立っていた場所には角が残されていた。


「これを求めていたのだろう。なに、心配せずとも我の領域の中ならば彼らはいくらでも再生する。」


そういうと緑鹿はオドに角を受け取れというように鼻先をクイッと上げる。




「選択とは選ばなかった可能性を断つものだ。」


オドが受け取った弓と角を眺めていると、緑鹿がオドに声を掛ける。


「稽古でお主は何度も選択を誤った。だからこそ追いつめられ、詰んだ。これは戦闘だけではない。お主がこれから選択を迫られたならば、選んだものと共に選ばなかったものの持つ可能性のことも考えなければならない。」


緑鹿は慈しむようにオドを眺めて、小さく微笑む。


「しかしだ、時の流れに従っているかぎり、掴んだ選択は変えられない。ならば、選んだ道を選ばなかった道よりも良いものにできるように足掻くことだ。それが限りある寿命を持つお主らの特権だ。」


そこまで言い終わると緑鹿はサッと顔を上げてオドに背中を向ける。


「そろそろ時間だ。それではな、少年。」


緑鹿がそう言うとオドの意識が遠のき始める。オドはせめてお礼を言おうと口を開ける。


「ありがとうござい、、、、」





「、、、ました!!」


オドが目を覚ますとそこはオドが昼食休憩をしていた場所だった。


オドが休憩中に角鹿を見た時と何も変わっていない。まるで夢を見ていたような感覚に襲わるが、確かにオドの手元には緑鹿から貰った弓と角鹿の角が握られている。オドが洞窟の外に出るとまだ昼下がりで時間も全く立っていなかった。


「、、、。」


オドは何も言わずに洞窟に向かい一礼すると集落へ帰ってゆくのだった。



◇ ◇ ◇



オドが集落に戻る頃には日も傾き、集落が騒がしくなってくる。


「おー、オドー、今日も角鹿探しかー?」


オドが集落に入ろうとすると今日の獲物を抱えたカイとムツに声をかけられる。


「いや、カイ。あれを見ろ。」


ムツがオドが手に持っているものに気が付く。カイもそれに気が付き驚いた表情を浮かべる。


「オド。手に持ってるのは角だよな。お前、もう角鹿を仕留めたのか!!」


オドが頷くと二人は歓声を上げる。


「そりゃ凄い。流石はオドだ。なあムツ。」


「凄い。オドとは言えこんなに早く仕留めるとは。」


「おう。こうしちゃいられない。コウさんに報告だ。行こう、ムツ。オドはローズさんに見せてきなよ。」


そういって二人はあっという間に走り去っていく。一人残されたオドもローズの待つ家へと足を速めるのだった。





「ただいま。」


オドが家に帰るとローズが出迎えてくれる。


「おかえり、オド。おお、角鹿を仕留めたか!!」


ローズはオドが掲げた角を見て声を上げる。


「そうか、そうか。流石はわしの孫じゃ。オドは凄いな。」


そういって頭を撫でてくれるローズにオドは少し照れくさうにする。


「ん? オドはそんな弓を持っていたかい?」


ローズはオドの持つ見慣れない弓に気が付く。オドは今日洞窟で起こったことをローズに話して聞かせる。ローズは静かに孫の話に耳を傾け、頷く。


「そうか、そんなことが、、、。」


ローズはしばらく黙ると、ゆっくりと口を開く。


「オド、お主が体験したことはきっと素晴らしいことだ。今日の記憶が、その弓が、いずれオドの運命を拓いてくれるだろう。」


オドは静かに頷く。


「だが、なるべく今日起きたことは周りに話さないようにするべきだ。わかったかい。」


ローズは諭すようにいう。


「わかったよ。爺ちゃん。」


オドも何となく緑鹿との時間を他人と共有したくないと感じていたため、素直に頷く。


「うむ。」


ローズは微笑んで頷くと、再びオドの頭を撫でるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る