剣契(前編)Ⅲ 探索の先に



オドはとりあえず角鹿を探して洞窟内を探索することにする。


何回か戦闘をしながら進んでいく中でオドはいくつかのことに気付いた。

最初のウサギ同様に、襲い掛かってくる生物はみな緑色のオーラを纏い、倒されると緑色の光となって消滅すること。その中でも纏っているオーラの輝きと生物の強さは比例すること。倒されたときに消滅と共に牙や毛皮、角、魔力の宿る結晶のようなものなどのアイテムを残していく場合があること。そして何より襲ってくる生物が動物であれ、植物であれ、それらが“生きていない”こと。


オドは父親のキーン同様、非常に鋭い感性を持っている。オドはこれまで狩りにおいて相手の息遣いや筋肉の硬直、心臓の拍動などの情報をもとに感覚的に読み取って戦闘をしていたが、洞窟で対面した生物相手にはそれが全くつかめなかった。


つまり洞窟内にいる敵は、生物ではなく魔獣モンスターであった。


魔獣というものをオドは知らないが直感的に自分が対峙しているものが何か普通ではないものだということには気づいていた。結局オドは丸一日かけて洞窟内を探索したが、遂に角鹿を見ることはできなかった。






「おかえり、オド。角鹿は見つかった?」


オドが集落に戻るとルナが出迎えてくれる。


「ただいま、ルナねえ。見つからなかったよ。」


オドが少し落ち込んだように答えるとルナはオドの肩を叩いて笑う。


「それが普通だよ。カイとムツなんて2人なのに1週間半はかかったんだから。私は海蛇を探しに行って6日目に見つけたの。」


そういってルナはオドの紫金の髪を軽く撫でる。


オドの見上げるルナの横顔は整っており、月明かりに照らされて美しく映えている。オドはカイとムツが必死になって剣の稽古をする気持ちが何となくわかったような気がした。


「それじゃ、また明日。」


集落の中央まで来てオドはルナは分かれ、帰路に就く。






「ただいまー。」


オドが家に帰るとローズが木箱を抱えて出迎えてくれる。


「おお、おかえり。ちょうどいい所だった。」


オドが首を傾げると、ローズが木箱を開いてオドに見せる。


そこに入っているのは一振りの戦槌だった。柄は木製で大体70cmほどの長さをしており、その先端に丸い打撃面と尖った角を持つ金槌が取り付けられている。


「これはタマモが昔使っていた武器でな。昨日オドと話して思い出したんだ。ちゃんと取っておいて良かった。洞窟に行っているんだろう、これを使ってみたらどうだい。」


そういってローズは戦槌を取り出すとオドに手渡す。戦槌を受け取ったオドが試しに握ってみると柄つかのしっとりとした感触と共に武器らしい冷たさと重みが手に伝わる。


「ありがとう、使ってみるよ。」


オドは数回その場で母の戦槌を揺らすとローズに笑顔を向けるのだった。



◇ ◇ ◇



翌日もオドは角鹿を探しに洞窟を訪れる。


「ん、、、?」


洞窟に入ってすぐにオドは違和感を覚えた。


明らかに昨日と洞窟の構造が違うのだ。昨日は道が続いていた場所には壁があり、昨日とは違う場所に道がある。洞窟は昨日とはその姿を変えてオドを出迎えていた。


「進むしかない、、、。」


オドは覚悟を決めて洞窟の奥へと進んでいく。


タマモの戦槌は驚くほどオドの手に馴染み、短剣と弓のみで戦っていた昨日とは段違いに戦闘が楽になった。そもそも剣契の際に天狼族の全員がこの洞窟での冒険をするくらいの難易度のため対峙する魔獣モンスターはオドにとっては脅威といえるものではない。とはいえ普段では経験しないような戦闘の連続にオドの戦闘経験は格段に上がっていた。


「っは!!」


オドがツル型の植物の魔獣モンスターを戦槌で撃退する。


オドは光となり消滅する光景を見ている視界の端に緑色の角を生やした鹿が駆けているのを捉える。ハッとして目を向けると既にそこに鹿の姿はない。


「む。」


オドは悔しそうに口を膨らませると鹿が駆けて行った方向に走るが、そこに角鹿の姿はなかった。


結局その日に鹿を見つけることはできず、オドは陽が沈む前に帰路に着くことにした。



◇ ◇ ◇



オドが角鹿を探して三日目の朝。この日も洞窟はその姿を変えている。


「今日こそは!!」


そう意気込んでオドは洞窟の中へと歩みを進める。とはいえ毎度イチからの探索になり進むべき道も分からないうえに、魔獣モンスターも弱いとはいえ狩りでは経験しない連続戦闘に、肉体以上に精神的な疲労が増してゆく。


「だめだー!!」


半日ほど探して手がかりはなく、オドはちょうどいい岩に腰を着き休息をする。魔獣モンスターに警戒しつつも遅めの昼食をしていると、突如オドの目の前に美しい鹿が現れる。全身に今まで見たことのないほどのオーラを纏い、緑色の角を生やしたその鹿は洞窟の景色に溶け込んでいたのかのように静かに佇んでおりオドをジッと見つめていた。


オドも突然の出現に驚き身体を動かせずにいた。


そんなオドを前に角鹿はクルリと身を翻すと洞窟の奥へ跳ねるように駆けていく。


「待って、、」


オドもとっさに角鹿に追う。


角鹿は洞窟内をピョンピョンと跳ね、オドはなかなか追いつけないでいる。追い掛けに放つ矢もことごとく避けられてしまう。いきなり角鹿が立ち止まるとオドを再びじっと見る。


「舐めるな!!」


そういってオドが弓を引くと角鹿がその場から消える。


「っな!!」


オドが急いで角鹿のいたところまで駆け寄るとそこには下に向かう穴があった。


ここまで来たからにはとオドはその穴に飛び込む。真っ暗な穴は滑り台のようにオドを下へ下へと連れていく。






パッと急に視界が明るくなる。


目を開くとそこは広がりを持った空間になっており、ドーム状の天井の遥か上にオドの滑ってきた穴が小さく見える。どこからか木漏れ日が空間を照らしており、周囲は木の枝や葉、花などに覆われている。


「ここに人が来るのは久しぶりだな。」


神秘的な光景にオドが固まっていると、どこからか声が響く。


オドが慌てて弓を構えると、先ほどの角鹿がオドと向き合うように立っているのが見えた。


「まあ、そう警戒するな。地上の子と話すのも久しぶりだ、、、もういいぞユー。」


再び声が聞こえる。するとさっきまでの角鹿は後ろの景色に溶けていくように消え、新たにその何倍もの大きさの角鹿が現れる。その身体は重なり合った枝でできており、角はびっしりとコケに覆われている。


「ユーがここにお主を連れてきたということは、きっと何か意味があるのだろう。」


突然の展開にオドが固まっていると巨大な角鹿は再び言葉を発する。


「何か言わないか。リオの血を引くものであろう、勇気を示せ。」


オドは角鹿の言っていることがさっぱりわからなかった。


「あ、あの、、、リオって、誰ですか、、?」


恐る恐るオドが言葉を発すると、今度は巨大な角鹿が首を捻る。


「誰もなにも、ぬしらの母であろう。お主の髪と同じ色の毛皮と耳を持った狼じゃ。」


「それって天狼王さまのことですか?」


オドが言うと巨大な角鹿はうんうんと頷く。ここでオドは衝撃の事実に気付く。


「天狼王さまって、女性だったんですか、、、!?」


その質問に巨大な角鹿は大笑いしだす。


「ははははは!! リオが雄おすな訳なかろう!! 人の子らはみなリオが雄だと思っているのか?」


オドが頷くと角鹿はその巨体をゆらゆらと揺らす。


「ああ、面白いことを聞いた。久しぶりに人の子と話すのは楽しいのう。」


オドはすっかり弓を降ろしてしまっている。


「そういえばお主はなぜこの洞窟に来たのだ?」


角鹿の問いにオドは角鹿を仕留める為にここに来たことを話す。


「なるほど。お主の言っている角鹿というのはさっきのユーのことだろうな。お主をここに連れてきた奴だ。普段は適当に仕留められて角でも渡して帰ってもらってたんだろう。しかし、、、。」


そういって言葉をつづけながら角鹿がオドと目を合わせる。


「お前はここに連れてこられた。」


オドは全身の身の毛がよだつのを感じる。圧倒的なオーラ。神秘性。魔力。身体の全身が目の前にいる存在に警鐘を鳴らす。


「きっと意味があることだろう。われ緑鹿りょくろく、名は無い。面白い話の褒美だ。あまり時間はないがお主に何かくれてやろう。」




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