剣契(前編)Ⅱ 最初の試練の始まり



3人が一通り夕食を済ますとコウはローズと話していた内容を改めて切り出す。


「さて、、、オドの剣契についてだが予定通り来月、オドの誕生日に実施することになった。ついては、オドにいくつか準備してもらうことがある。」


コウはオドを見ながら人差し指を立てる。


「一つ目はオドが契約する剣を決めること。オド自身がこれだと思うものを使うといい。自分自身の選択なら理由はなんだっていい。俺だってキーンさん、君のお父さんに憧れて長剣にしたぐらいの理由だからね。」


そういってコウはオドが傍らに置くキーンの剣を見て微笑む。


「二つ目は剣舞の型を覚えること。長剣なら俺に、短剣ならタージさんかルナに教わるといい。剣の稽古は成人してからだが、すべての基礎はここからだ。まあ、楽しんでやるといい。」


剣を振れると聞いて嬉しそうにするオドを見てコウが苦笑する。天狼族は狩りで使う短剣を除いて剣の類を剣契前に振ることが許されていない。その為、常にキーンの剣と共にありながらそれを抜けなかったオドにとって、剣を振ることの許可は待ち遠しいものであった。


「三つ目、これで最後だが、角鹿、海蛇、大鷲のどれかを仕留めること。どれか一種でもいいし三種全てを目指すのもいい。今日から一か月オドは狩りのローテーションから外れて毎日狩りに出ていいぞ。角鹿はいつもオドが狩りをしている西側の絶壁の奥に、海蛇は北側の麓、海を見渡す絶壁の近くに行けばいるだろう。大鷲は運次第だ。大鷲を仕留めるのは大変だが特にオドは探す価値はあるかもな。」


コウの言葉にオドは訳が分からず首をかしげる。


「どういうことですか?」


「あれ、知らなかったか? ここ数十年の剣契で大鷲を仕留めたのはタマモさんだけなんだ。」


オドは急に出た母親の名前に思わず首から下げているタマモの指輪を手に取る。コウはそんなオドを見て微笑むとゆっくりと立ち上がる。


「伝えることはこれくらいだ。一生で一度の自分の為だけの儀式が剣契だ。色々と考えてみるといい。それじゃあな。」


コウはそう言うとローズに一礼して帰ってゆく。コウが帰るとローズが部屋に入ってくる。


「オドももう剣契か、、、。時が経つのは早いな。タマモの時もあっという間だったがオドも、もうすぐ成人か、、、。」


しんみりというローズにオドは質問する。


「爺ちゃん、お母さんは狩りで大鷲を仕留めたのって本当なの?」


ローズは頷く。


「オドのプレッシャーにならないようあえてオドは言ってなかったが、、、コウから聞いたか。」


そういうとローズはオドの母親、タマモについて語り始める。


「タマモは弓の上手な天狼族の中でも群を抜いて弓がうまかった。今のオドのように狩りに出れば常に仕留めがしらだったんだよ。でも、それ以上に頑固な娘でもあったよ。決めたことは譲らない子だったから、子育てでは苦労したもんだよ。」


そういって懐かしそうに微笑むローズを見てオドはあまり聞いたことのない母親の一面に興味を深く聞く。


「大鷲を捕まえに行くと聞いたときは驚いたよ。普通、弓が上手ければ蛇、短剣が強ければ角鹿というのが常道だからな。結局ほんとうに大鷲を仕留めて帰った日にはわしもクロエも何も言えなかったよ。」


サファイアの指輪を握るオドにローズはかつてタマモに向けたように慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「タマモは確か大鷲は探している限り見つけられないと言って笑っていたな。12歳とはいえまだまだ未熟なはずの娘にその1件以来、一人の大人として接するようになったよ。まあ元々しっかりとした娘ではあったんだけどな。そういえば、タマモはキーンと婚約した時も、、、、、」


ローズが懐かしそうに目を細めてタマモの話を始める。


夜が更けていく。ローズとオドは母親に関する昔話に花を咲かせるのだった。



◇ ◇ ◇



一晩経ち、結局オドは剣契に使う剣をどうするかという問題を棚上げにして、ひとまず角鹿、海蛇、大鷲を仕留めることにした。オドが家から出ると東の地平線から朝日が昇り大星山を照らしている。オドは伸びをすると、気合を入れて角鹿がいるといういつもの狩場の方面へと歩き出す。


「おーい、オドー。」


1人で歩いていると、ちょうど狩場へと向かうカイとムツと遭遇し、カイがオドに声をかける。


「おはよう、オド。」


ムツもオドに挨拶をする。


「おはよう。二人も今から狩り?」


「おう。てことはオドも今から狩りか。もしかして角鹿を探しに行くのか?」


オドが頷くとカイとムツは顔を見合わせ頷く。


「そうか、なら案内するよ。しきたりで討伐の手伝いはできないことになっているが、案内ぐらいならいいだろ。」


そういってカイとムツはオドを案内することになった。




3人が来たのは昨日オドが鹿を仕留めた絶壁の一番下、大星山と山脈の境界となっている深い谷の最下層部分である。そこから西に歩くこと数時間、谷が終わり三方を絶壁に囲まれた場所が現れる。


「オド見上げてみろ。絶壁の途中に穴が開いている所があるだろ。あそこが洞窟の入り口になってる。洞窟の先に目当ての角鹿がいるはずだ。」


オドが見上げると確かに正面の岩壁の中腹に人ひとりが入れるくらいの穴がある。


「二人ともありがとう。それじゃ行ってくるね。」


オドは洞窟の入り口を確認すると案内してくれたカイとムツに挨拶をする。


「おう。がんばれよ、オド。」


そういうとカイとムツは来た道を戻ってゆく。そんな二人の背中を見送ると、オドは洞窟のある絶壁に向き直り気合を入れるのだった。


「よし、行きますか!!」





オドと別れたカイとムツは顔を見合わせ溜息をつく。


「カイ、、、」


「ムツ、、、」


「「多分バレてたな、、、」」


実は二人がオドと遭遇したのも、気まぐれを装って洞窟まで案内をしたのも偶然ではなく決められた順序をなぞっただけであった。その為、北の海蛇がいる洞窟へのルートにはルナとコウが待機していたりする。


「そもそも俺達、今日の狩りの当番じゃないしな、、、。」


カイとムツは自分たちの白々しい演技は勘のいいオドにはバレたと感じつつも「俺らの役割は果たした」と集落へと帰っていくのだった。





オドが洞窟の中に入ってみると、そこはまるで別世界のようだった。


洞窟内は緑色にキラキラと輝く尖った鉱石によって明るくなっており、天井から滴る水でできた池もあった。また、オドが今まで見たことのないような動物や植物が生息しており、なにより想像以上の広がりがあった。


「すごいな、、、」


オドが幻想的な空間に見入っていると一匹のウサギがオドの方に向かって駆け寄ってくるのが見えた。


しかも、そのウサギは明らかに殺気を放っており、なにより普通ではありえないきばを持っていて、また緑色のオーラのようなものを纏っている。オドは冷静に短剣を握ると駆け寄るウサギに投擲する。


「ギャア」


短剣はウサギの額に命中する。そこでオドは衝撃の光景を目撃する。


ウサギの身体がガラスのように弾け、纏っていたオーラと同じ緑色の光と共に消滅したのだ。オドがびっくりしてウサギのいた場所に駆け寄るとそこには短剣のみが転がっていた。


「どういうことだ、、、?」


首を傾げつつも、「進むしかない」とオドは気合を入れ直す。






南洞窟攻略が始まった。





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