運命の子Ⅳ 翡翠色の剣士



「しめたっ!!」


南西の方角からこちらに向けて駆けてくる獣人の集団とそれに続く味方の騎馬兵を見てドーリーはニヤリと笑う。


「戦闘用意!! 敵は南西方向、挟み撃ちにて殲滅する!!」


ドーリーは打ち漏らしの無いよう部下に隊列を横一列にするよう指示し待機させると、突撃指示のタイミングを伺い、、、そして、突撃の合図を叫ぼうとする。


しかし、その瞬間、横に伸びた隊列の右翼から敵方出現の声が上がる。


「クソッ!! 東側の集団は既に辿り着いていたか!!」


そう言いつつドーリーは冷静に状況を見渡す。


…見るに西側の敵集団は騎馬兵に追われて疲弊している。一方で東側は恐らく我らより先に到着し機を伺っていたに違いない。ならば…


「南西の敵は追手8騎と左翼9騎の16騎で殲滅せよ!! 東側より出でた敵は我を含めた右翼10騎にて応対する!! よいな、どちらも打ち漏らすことのないように!!」


ドーリーはそう指示すると一気に右手へ馬を翻し駆ける。





「クソッ!!」


甘かった、コウは自分達を追う騎馬兵8騎を横目に後悔する。


コウもキーン達と同様に西街門の上から敵方を狙撃するチャンスに恵まれたが、コウは歩兵は騎馬には乗れないだろうと予想し騎乗している兵士に対して矢を射るよう仲間に指示することにした。結果、8本全ての矢が騎馬兵の喉元を貫き、コウはキーン達同様に狼狽する敵兵を飛び越えて逃走に成功したのだった。


しかし、しばらく西に走ってから後方を振り返ると騎馬が追ってきているのが見えた。コウは歩兵は騎乗できないという先入観により、結果として失敗した。


「ならばっ!!」


そう言ってコウは蛇行するように逃走することで追手を撒くことを試みる。しかし、これも結果的にコウ達自身を疲弊させ、しかも霧の森入口に到着する時間を遅らせるという致命的なミスとなってしまう。結果、コウ達は追手の騎馬兵との距離を広げることができないまま霧の森へと駆けてゆくことになった。


「あと少し!!」


コウは霧の森が遠くに見え少し安堵するように呟く。


その時、霧の森の方向から狼笛の音が響き渡る。これはキーンからの警戒を伝える狼笛の音であったが、焦って状況を冷静に見れないでいるコウ達にとってはこちらに対するキーンの場所を知らせるための音であると解釈される。コウ達6人は笛の音がした方向へと目的地を修正する。


「まずいな…」


コウ達が笛の意味に気づいていないことを察したキーンは仲間にコウ達が挟み撃ちに遭わないよう笛で彼らを誘導し、そのままキーン以外の10名で霧の森へ突入するように指示する。頷いた仲間達は狼笛をキーンから受け取ると一気に東南の方角へと駆けだしてゆく。


「どうか、みな無事に大星山にたどり着いてくれ…」


駆けてゆく仲間の背中を見ながらキーンは呟き、軽く息を吐くと弓を引き絞り一番手前にいる隊列最右翼の騎馬兵に矢を放つ。放たれた矢はキーンの狙い通り敵の頬をかすめる。敵兵は驚き、矢の飛んできた方向に振り向き、キーンの姿を確認する。


「敵、右翼より出現!!」


頬を矢により切り裂かれた敵兵は大声で叫びキーンの出現をドーリーへと知らせる。


「南西の敵は追手8騎と左翼9騎の16騎で殲滅せよ!! 東側より出でた敵は我を含めた右翼10騎にて応対する!! よいな、打ち漏らすことのないように!!」


少しのち、敵方の大将と思われる者が指示を出し、キーンの潜む岩場を取り囲むように騎馬兵が隊列を組んでゆく。


「絶体絶命ですね…。」


丁寧な口調とともに岩陰から敵の動きを眺めるキーンの口元は僅かに微笑みをたたえているのであった。





「岩場の辺りだ、囲め!!」


数で圧倒しようとドーリーは9人の部下で岩場を取り囲むように整列しジリジリと近付く。ヒョイッと一人の獣人が岩場の中で一番高い岩に飛び乗るのが見えた。


「弓を持て。用意のできたものから矢を放ってよし!!」


まずは1人目…。そう考えながらドーリーは部下に指示を出す。


次々と矢が岩上の獣人に放たれ、毒の塗られた鏃が岩上へと殺到する。しかし、獣人を貫くと思われた矢は空中で何かにぶつかったかのように停止し、その場に落下する。次の瞬間、岩上の獣人が矢を放ち、物凄い速度で矢は部下の1人を鎧もろとも貫く。それを見てドーリーは小さく舌打ちする。


「魔法の使い手か…。」


こちらの矢が停止した事、物理的にあり得ない速度で飛んできた矢を見るに恐らく敵は風魔法の使い手と思われる。ドーリーは矢での攻撃を諦め、馬を進めて接近し白兵戦に持ち込む作戦に切り替える。通常、魔法使いは魔法発動に時間がかかるという性質から近接戦闘を好まない為、通常であればこれは最善の策であるといえた。そう、相手が通常の魔法使いであれば。






「もう一人…」


そう呟きながら岩の上に立つキーンは矢を構え、、、放つ。


キーンの手元を離れた矢は魔法によって空中で一気に再加速しドーリーのもとへと一直線に飛んでゆく。ガキンという鈍い音がしキーンの放った矢はドーリーが肘に装着している小型盾に突き刺さる。


「ほう」


それを見たキーンは少し驚いたような顔をする。


キーンの放つ矢はその速度と喉という顔に近い部分に射られることから矢に気づかないまま絶命するか気づいたとしても避けられずに絶命するという結果になることが多いためドーリーが矢を受け止めたのはキーンにとって珍しい結果であった。


「時間稼ぎに終始せずに済みそうですね…。」


キーンは岩を降り、ゆっくりと敵方へと歩き出す。


敵方も騎馬から降りキーンの周りを間隔をあけてグルリと取り囲むとジリジリと近づくがキーンの放つ殺気に足が止まる。キーンはまだ剣も抜いていないが、それなりに鍛錬を組んでいる親衛隊の面々には確かにこれ以上進むと危ないという感覚があった。そのまま見合ったまま互いに動かない空白の時間が生まれる。


「流石は枢機卿親衛隊、戦い慣れてますね。」


そう呟くとキーンはゆっくりと腰に下げている剣のつかに手をかけると、一気に剣を抜き放つ。


キーンの抜いた剣は諸刃の直刀であり、翡翠色の刀身は淡く、しかし確かに光を帯びていた。剣を抜いたキーン自身にも変化が起きており、黒かった瞳は刀身と同じ翡翠色に輝いている。


「それでは、、、参ります!!」


キーンが一気に真上へと跳び上がり、戦いの火蓋が切って落とされた。





「魔剣か…」


ドーリーは抜き放たれた翡翠色の剣を眺め忌々しげに呟く。


魔剣とは読んで字の如く魔力を帯びた剣なのだが、それは人の手によって作成されることはできない代物であり帝国内に3本、大陸を見渡しても片手で数えられるほどしか存在していないとされている。多くの魔剣はその稀少性故に常に持ち主を変え続ける運命にあるが、ドーリーも実際に実物を目にするのは初めてである。


「相対あいたいするものとしては一番見たくなかったな…」


そう呟くドーリーの目の前で魔剣を持った敵は空高く跳び上がる。


跳び上がったキーンの姿はちょうど太陽と重なり眩しさで見えなくなってしまう。次の瞬間、ドーリーの部下の1人が真っ二つに切り落とされ、キーンとドーリーの目が合う。


「チッ」


ドーリーは物凄い勢いで自分に向けて横殴りされる翡翠色の光を間一髪のタイミングで避けると、現状の戦力ではこの魔剣持ちに太刀打ちできないことを悟り、部下に退却を指示する。


「させませんよ。」


そんな言葉とともに今度はドーリーの真向かいでキーンを囲んでいた部下が背中から斜めに切り落とされ、再びドーリーはキーンと目が合う。キーンはドーリーに切り掛かってからほぼ一瞬でキーンを囲む円の真反対まで移動したのである。


「クソッ」


部下の1人がキーンに向かって短剣を3本投擲するが短剣がキーンのいた場所に達する頃にはキーンは再び円の中心に立っていた。逃げられないという感覚が本来取り囲んでいる側の枢機卿親衛隊側に伝播でんぱする。


「もうしばらく付き合っていただきますよ…。」


横目に逃走しているコウ達の様子を確認しつつキーンは再び翡翠色に輝く剣を強く握るのだった。





コウ達は本来決めていた目的地から随分と東側にズレた位置から狼笛の音が響いていることに気付き、何か不測の事態が発生していることを理解した。しかし、狼笛が奪われた可能性を考慮し一旦は予定通りの目的地に向かい直進することにした。


「コウ、正面に待機しているのは敵の騎馬のようだ」


目の利く仲間がコウに声をかける。


それを聞いたコウは狼笛の音は仲間によるものだという希望に縋る思いで進路を右に変更する。それを見た追手、更には正面で待機していた騎馬兵もそれに続くように右へと進路を取る。結果、キーンの作戦通りコウ達は挟み撃ちに遭うことなく追手、精鋭部隊の両方に追われる形となる。


「やったぞ!!」


コウの走る延長線上でキーンと別れた東側組の面々はコウ達の誘導に成功したことで歓声を上げる。コウ達の姿はグングン近づき、東側組がコウ達と併走する形で合流する。


「キーンさんは?」


コウは東側組の中にキーンがいないことに気づく。


「俺らの囮おとりになって敵のを引き付けてくれてる。俺たちはこのまま霧の森に突入するように、だそうだ。まぁキーンさんのことだ、すぐに俺らに追いつくだろうよ。なんなら俺達より先に大星山の麓についてたりしてな」


東側組の仲間の1人がコウにキーンの作戦を伝える。コウはそうかと頷き、キーンの作戦通り霧の森へと一直線に進んでゆく。


「それじゃ、麓で。」


そう言いあうと落ち合った10人の天狼族は霧の森へと駆けこんでいく。それに続くように合計17人の枢機卿親衛隊の騎馬兵も森へと突入していくが、彼らが天狼族に追いつくことはなく遭難の末に霧の森を脱することとなった。





この状況はドーリーにも見えていたが、完全にキーンのテリトリーに入ってしまってることで身動きが取れないでいた。むしろ、目の前のキーンから生き延びることに神経を割かなければならず、正直それどころではなかった。事実、キーンの前に10人いた親衛隊はドーリーを含め4人まで人数を減らしており、ドーリー以外はキーンの攻撃を一度も避けれないまま斃れていった。


「フッ」


短く息を吐きドーリーは口に咥えた吹き矢を放つ。キーンの翡翠色に輝く瞳が揺れ毒矢は空をかすめる。次の瞬間にはドーリーの飛び退いた場所に剣が振り下ろされる。剣を振り下ろすキーンの背中に投擲された短剣が迫る。短剣の角度は完全にキーンの死角に入っている。


「よしっ!!」


思わずドーリーの口から喜びが出るのも束の間、キーンはまるで見えていたかのように短剣を軽々避けると、短剣を投げた部下が叩き切られる。再びキーンの瞳とドーリーは目が合う。ドーリーはまずいと思い直感的に自らの剣を両手で抑え魔剣を受け止めるように掲げる。




ガシャン




鈍い音とともに強烈な衝撃が両手を襲い、自らの目の前で掲げた剣がボロボロと崩れ落ちるのが見える。終わった、そう思い死を覚悟するドーリーであったが、魔剣がドーリーに至ることはなかった。


「君は私と同じ能力を持っているようだ。君自身気づいていないようだが。」


魔剣の代わりに声が駆けられる。ドーリーがハッと顔を上げるとキーンは既に霧の森に向かって走り出していた。しまったと思いドーリーも追うが驚異的なスピードに到底追いつけることはなかった。


「クソォォォォォォォォォォォ」


ドーリーは自らの作戦負け、そして力負けに雄たけびを上げる。


周囲にはキーンと相対して運よく生き延びた2名の部下が残るのみとなった。ドーリーはおもむろに弓を取り出すと、腹いせとばかりに一本の矢を霧の森に向かって放つ。


「フールの街に戻るぞ。もしかしたら残党が残っているかもしれん。」


そう部下に指示するとドーリーは騎馬に跨ると霧の森を一瞥し南方、フールの街へと引き返していくのであった。


「この借りは必ず返す…。」


そう呟くドーリーの背中にはどうしようもない悔しさと己が無力感が重くのしかかっていた。



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