運命の子Ⅱ 怪しい予感
キーン率いる下山隊は3日間かけて無事に大星山を降り、麓に広がる霧の森を抜けて旅の目的地であるフールの街へと到着する。集落を出て4日目の朝に街の門を潜った。
「む…?」
キーンは街の様子に違和感を覚える。
どこか街の人々が自分たちに対してよそよそしいように感じられた。
帝国中央での獣人差別的な傾向は長グランから聞いていたが、その影響は自分たちの想像以上に辺境であるこの地にも浸透しているようである。
「これは余り長く滞在しない方がいいかもな。」
そう呟くとキーンは天狼族の若者たちを引き連れ天狼族御用達の宿へと直行するのだった。
一つ、必要な購入物は本日中に購入すること。
一つ、外出時は深めのフードを被り耳を見せないようにすること。
一つ、何者かに探られているような気配があった場合はその旨を報告すること。
キーンは天狼族の若者たちにこれらを指示し、街へと彼らを解き放った。
若者たちを見送ったあとキーンは宿の1階のカウンターに降りてくる。
「主人、久しぶりだね。外は僕たちによそよそしい雰囲気だけどこの街も随分と変わったね。」
キーンは旧知の仲でもある宿主に声をかける。
「キーン、久しぶりだな。今回はお前が来てくれてよかったよ。帝都の情勢は知っているだろうけど、最近はこの辺も物騒になったもんだよ。ついこの間も隣町で獣人の旅人が何者かに襲われたらしいんだ。いくらお前さんは剣が立つといっても気を付けるんだよ。」
キーンは家主の言葉に眉をひそめる。
「ご忠告、痛み入るよ。」
そう言うとフードを深くかぶり、キーンも街へと繰り出していくのだった。
キーンが街に出てから自分が何者かに付けられていることに気づくまでに大した時間はかからなかった。
キーンは五感が鋭い上に第六感ともいえる直感が異常に優れていた。その為、通常では気づかないであろう尾行にもいち早く気付くことができる。
「それなりの手練れか…」
キーンから見ても今回の尾行者は通常のそれよりも隠密性に優れており、確実に何らかの統率の下で動いているように感じられた。
「お手並み拝見だな。」
そう呟きキーンは裏路地へと入るとその場で一気に垂直飛びをし建物の屋根へと飛び降りる。目の前には先ほどから自分を監視していた尾行者が唐突な監視対象の出現に固まっていた。それもそのはずで、キーンは地上から5階建ての建物の屋上まで一蹴りで飛び上がったため、尾行した側からすれば突然屋上に人が現れるという予想外の事態である。
「先ほどから視線が煩わしいですよ、見ず知らずの尾行者さん。」
キーンはニッコリと微笑みつつ丁寧な口調で驚愕の顔を浮かべる相手に声をかける。
咄嗟に尾行者は自分の状況を把握し逃げに走ろうとするが、直後、自らのアキレス腱に走る激痛によって逃亡は未遂に終わる。キーンの投げたタガーにより右足のアキレス腱が切断されたのである。
「逃げる際でも相手から目を逸らすのは禁物ですよ。習いませんでしたか?」
穏やかな声でキーンはうずくまる敵に声をかけると、手持ちの弓を敵に向け引き絞る。
「腰に飛び道具、左肩に短剣を忍ばせているのはわかっています。不用意な動きをすれば矢を放ちますよ。」
キーンがそう言って矢を構えるなか、尾行者は数少ない僅かな勝機に一縷の望みを賭けて形成逆転の一撃をこっそりと仕込み始める。
「監視対象の唐突な出現に動揺し目線を逸らして逃亡を図ったのは一生の不覚だが、獣人一匹ごときに敗北する程自分も落ちぶれちゃいねえよ。」
尾行者は小さく呟きながら、そっと何かを口に咥える。
尾行者は項垂れるように俯きつつも降参とばかりに両手を上げながら上半身をゆっくりとキーンに方向に向ける。キーンが言葉を発しようとした瞬間を狙って尾行者は顔を上げる。尾行者は口にくわえた毒の塗ってある小さな吹き矢に息を吐き、自らの勝利を確信して口角を上げる。。
「、、、え。」
しかし、次の瞬間、倒れたのは尾行者の方だった。
尾行者の額にはキーンの放った矢が深々と突き刺さり、キーンは何事もないように立っていた。
「どちらにせよ彼から情報を得ることはできなかったでしょう。」
そう呟くと、分厚い篭手の人差し指と薬指でキャッチした吹き矢の矢を折りながらキーンは絶命した尾行者に歩み寄る。そして何かを探すように彼の着ている黒装束を調べだすのだった。
キーンがしばらく装束を探っていると、袖口の裏面に刺繍で縫われたエンブレムを発見した。キーンはそこに縫い込まれているエンブレムを確認し、小さく舌打ちをする。
「本当に、予想以上に状況は急に動いているな。」
そう呟くと、建物の屋上から天に向かって首元に掛けてある笛を天に向かって吹き鳴らす。
この狼笛ろうてきと呼ばれる高音域で通常では認識できない音のなる笛は街中に鳴り渡り、天狼族の仲間たちの耳にのみ届く。
キーンは短い音と長い音を組み合わせて何回か笛を鳴らす。
-- モ ・ ド ・ レ --
昼下がり、キーンの待つ宿へと天狼族の若者たちが帰還してくる。
各々が初めて直面する危険な状況に、緊張した面持ちで宿の一室で待機をしている。今回の下山隊はキーンを含めて11人。全員が無事宿に帰還した。キーンは一人も欠けずに帰還したことにホッとしつつも、状況の打開策を模索する。
…まず白昼堂々と攻撃をしなかったこと、そしてエンブレムの示す枢機卿親衛隊の特徴を踏まえるに、敵は今夜組織的な攻撃を仕掛けてくることが想定されること。帝国国教会傘下の組織であり、狼笛に対する反応がなかったことから敵は人間ノーマンのみで間違いないと言える。しかし敵方を一人殺害してしまった以上、夜を待たずに向こうもこちらが敵の存在に気付いていることを知られてしまうのは時間の問題といえる。そのため向こうもすぐに戦闘態勢を取る可能性も高い…
しばらく思案していたキーンは小さく頷くとスッと立ち上がって10人の後輩たちを集める。キーンが街からの脱出策を伝えると10人の若者たちは緊張した面持ちで頷くのだった。
「休みがなくて申し訳ないが、これから私の策を伝えさせてもらうよ。現状、僕たちの目的は無事に大星山に帰還することだ。その為に……」
キーンが街からの脱出策を伝えると10人の若者たちは緊張した面持ちで頷くのだった。
キーンの作戦を一通り頭に叩き込むと、各々が武器や食料の準備を進める。キーンはというと部屋の中心に座り瞑想することで自らの感覚を研ぎ澄ましていた。
「来たか。」
キーンの言葉に室内の緊張感が一気に高まる。キーンはさらに集中力を高めるとともに窓の隙間から外の様子を探る。
「コウ。」
キーンは若者の1人を呼び寄せる。コウ・シリウスは今回の下山隊のメンバーの中でキーンに次ぐ実力者であり、脱出に際して下山隊を2グループに分けたうちのキーンとは別グループのリーダーである。
「地上に約20人、向かいの屋根の上に4人いる。幸さいわい奴らは我々が天狼族だとは気付いていないようだ。屋根の4人を初撃で始末したら一気に駆け上がれ。君は東、私は西。後は作戦通りに。」
キーンが敵情を伝えるとコウはキーンの目を見て頷く。
「用意!!」
キーンの小声での指示に下山隊の一同は態勢を整えるのだった。
◆
「ただいま戻りました!!」
枢機卿親衛隊の副長の1人であるドーリーは部下たちの予想よりも早い帰還に黙り込む。
彼の所属する枢機卿親衛隊はドミヌス帝国国教会ナンバー2の地位を持つゴドフリー枢機卿の庇護下において帝国法に触れることなく枢機卿の意のままに諜報や暗殺を行うことができる組織である。現在、ドーリーの率いる師団に与えられているミッションは“帝国領内における獣人集落の襲撃及び集落の焼却”であり、彼らは帝国北部でのミッションがあらかた終わった際に近くのフールの街で獣人の一団目撃の報があり急行したところであった。
「ただいま戻りました!!」
続々と続く帰還の報にドーリーは眉をひそめる。
「うむ…」
…どうにも、おかしい。まず、この近くに獣人の住む集落があるという情報は得ていない。また、報告の限りではフードによって獣人の種を特定することもできなかった。その為、帝国北西に山脈を跨いで隣接するセーラー法国の旅団の可能性があり迂闊に手を出せば国際問題になりかねない。いくら帝国国内では罪に問われないとはいえ他国籍の一般人を暗殺していたことが公になれば口封じとして自分達が殺されかねない…
「副長!! 非常事態です!!」
ドーリーが一人思考に耽っていると慌てた表情で部下が飛び込んできた。
「何事だ。」
ドーリーが返答すると、部下は親衛隊の隊員1人の死体を発見したことを報告する。ドーリーはサッと顔を青ざめると、直ぐに師団全員を集めるように指示した。
…まずいことになった。師団員が殺された以上こちらの存在は把握されてしまっている。最悪の場合こちらの素性までバレている可能性があり、しかも、宿に敵の一団が戻っていることを見るに何らかの対策が練られている可能性が高いといえる。さらに不気味なのが相手方の戦力である。こちらに察されずに街に散らばった仲間に意志を伝達した組織力に加えて、帝国随一を争う隠密部隊である枢機卿親衛隊の一員を一方的に返り討ちにする実力者が最低一人はいることを考えるに“ただの旅団”でない事は明らかである…
「揃いました!!」
報告とともに整列した119名の部下にドーリーは顔を引き締める。
「ただいまよりこの街の宿に泊まる謎の獣人の一団を襲撃する。こちら方の者が殺害された以上は情報を他に漏らされる訳にはいかない。確実に全員を殺せ。」
「「「ハッ!!」」」
ドーリーは部下達の返事に頷くと、具体的な作戦を伝える。
「敵方はおよそ10人。宿を歩兵20名、弓兵4名で囲め。また街の東西2つの門に騎馬兵8名、歩兵30名ずつ配置せよ。まだ日が高いが特例として戦闘を許可する。絶対に逃すな。よいか!!」
「「「ハッ!!」」」
ドーリーは再び部下達の返事に頷く。
「出撃!!」
ドーリーは一抹の不安を抱きながらも指揮をとるのだった。
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