証言その②義姉ラヴィ:お城の舞踏会

 木製の廊下を渡って再び居間のドアを開けると、青の瞳がこちらに向いた。雪のように白い小さな手には紅茶のカップが握られている。


 シンデレラはテーブルを前にして、木のイスに座っていた。


 こうして見ていると、シンデレラって本当にかわいい子だわ。


 女の私が見ていてもそう思うのだから、男の人が見たら思わず惚れてしまうかもしれない。栗色のふんわりと波打つ腰辺りまである髪に、長いまつげに縁取られた大きな蒼穹の瞳。スベスベの白磁の肌に、しなやかな手足。小さくてすこしぽってりとしているさくらんぼの唇。本当に人形のようよ。口さえ開かなければね完璧ね。


「シンデレラ……レシィが大変そうよ?」


 シンデレラは白い歯をのぞかせてゆったりと微笑んだ。

 バタバタと忙しそうに走り回るレシィの足音が聞こえてくる。


「そう。それがどうかしたの? 可哀想ならラヴィおねえさまが手伝ってさしあげれば?」

「嫌よ」

「即答なのね」


 当たり前じゃない。それに、レシィは身をもって学習する必要があると思うの。正直なのは良いことだけど、正直なだけじゃダメなのよね。


 私は冷めた瞳を目の前の幸せそうな義妹に向けてやった。確かに押し付けられたレシィは悪いけれど、あなたにも全く責任がなくはないと思うわ、と無言で訴えてみる。


 するとシンデレラは私の目を見て、盛大なため息をついた。


「ラヴィおねえさまはあたしが悪いみたいな目で見るけれど、それはとんだ勘違いよ。元はといえば、あのクソババアがあたしに、大量の仕事を押し付けてきたのが原因なんだから。全く、あいつも友達と遊んでばっかじゃなくてちったぁ働けよ……あら、いけない。本音が出てしまったわ」


 シンデレラは一生黙っていたほうがよさそうね。

 顔と言葉のギャップが凄まじすぎるもの。


 ……まぁ、確かにシンデレラがお母様のことを嫌うのも無理がないかもしれないけれど。実際にシンデレラとは全く血が繋がっていないわけだし、お母様はいつも私とレシィを贔屓するから……。でも、だからといって、それがここまで性格が曲がらせた理由になるのかしら。やっぱり、元からそうだったとしか思えないわね。


「あなたの気持ちも分からないでもないわ。でも、口には気をつけなさい。お母様が聞いていたら、間違いなく家を追い出されるわよ」

「ラヴィおねえさまは物分りが良くて大好きよ」


 小生意気なところはムカツクけど、なんだか憎めない子なのよね。


「そういえば……」

「何よ」

「ラヴィおねえさま、また太った? おかあさまにおいしい物ばかり頂いているせいかしらね」


 ……訂正、やっぱりムカツク。 


 夕暮れ時。

 チェックのカーテンの隙間から小金色の光がこぼれている。本を読んでいたらあっという間だったわね。もうすぐお母様が帰ってくる時間じゃないかしら。


 ふいにドアが開いた。


 本から視線をずらすと、そこには息切れしたレシィがげんなりした顔で立っていた。


「おねえさま、ご苦労様」


 レシィは恨めしい目でシンデレラを見つつ、少しふらついた足取りで私の隣の椅子に座り込む。


「ぜっったいにお母様に言いつけてやりますわ」

「レシィおねえさま、いいの? あぁ、おかあさまのヘソクリを黙って使っちゃったのは誰だったけなぁ……」

「うぐっ……。うぅ、ただほんのすこーしだけ友達と遊んできただけなのにぃ……」


 完全に良いように使われているわね。それにしても、使った後はちゃんとお金を返しておいたのかしら。お母様がそんなに大切にしているへそくりなら少し減ったぐらいでも分かると思うのだけど……。


 レシィがめそめそ泣いていると、突然ドアをノックする音が部屋に響いた。

 その音とほぼ同時に、私達は一斉に振り向いた。


「ただいま帰りました」


 お母様が帰ってきたわ!


「お帰りなさい、おかあさま!」


 最初に立ち上がったのはシンデレラだった。次に私達も立ち上がる。ドアが開いて、部屋に入ってきたお母様は重たそうな紙袋を手にぶらさげていた。


 お母様は一息つくと、私とレシィに微笑みかけてからシンデレラを睨んで言い放った。


「シンデレラ、ちゃんと仕事はやったわね?」

「はい、おかあさま。おねえさま達は一切手伝ってくれなかったから、私一人で全部やったのよ」


 レシィが舌打ちをして悔しそうにシンデレラを睨んでいる。それにしても、真実の欠片もない嘘のオンパレードでよくもいけしゃあしゃあとしていられるわね。逆に感心するわ。


「当たり前でしょ? 私はあなたに頼んだんだもの。レシィとラヴィは関係ないわ」


 幸いなことに、お母様はレシィと私を好いてくれている。実の娘だものね。これでお母様がシンデレラ贔屓だったらたまったものじゃないわ。実際にやったのはレシィなのに、全部シンデレラの手柄になってしまったんですもの。


「チッ、このクソババアが」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何でもありませんわ」


 シンデレラもいつ化けの皮が剥がれるか分からないわね。


 四人でテーブルを囲んでレシィが作ったカレーを食べていると、唐突にお母様が顔を上げて口を開いた。


「二人とも、今日はお城の舞踏会があるそうよ」


 それを聞いたレシィとシンデレラが目を輝かせた。二人とも男好きだものね。私は男より、豪華な食べ物の方が興味あるけど。カレーはあんまり食べないでおこうかしら。


「お母様、もちろん行きますわよね?」

「もちろんよ。だから、レシィとラヴィは食べ終わったらすぐに出かける準備をしておいてね」


 そういえば、もうそんな季節なのね。


 お城の舞踏会は年に一度、必ず行われるお祭りのようなものでこの国のほとんどの人が参加する大きな行事。話したり、食べたり、踊ったり、皆好きなことをして楽しむのよ。舞踏会には必ずお城の偉い人たちも参加していて、なんでも王子様に気に入られた女性は王子様の婚約者になれるという噂があるの。


「……シンデレラ、勘違いしているみたいだけどあなたはもちろん留守番よ。食器は片付けておいてね」

「えっ、お母様。それはいくらなんでも……」

「だってシンデレラには着ていく服がないじゃない。こんな貧相な格好じゃ恥ずかしくて連れて行けないわ。ラヴィ、こんな子のこと気にしなくていいのよ」

「そうですわよ、ラヴィ!」


 レシィはまださっきのことを根に持っているらしい。


 シンデレラは返せる言葉もなくただ俯いていた。普段はむかつくったらありゃしない子だけど、これはさすがに可哀想かもしれない。私はあまり舞踏会に興味がないから、私のドレスを貸しても良いのだけれど……それはそれで、お母様とレシィが怖いわけで。


 結局、どうすることもできなかった私はレシィに引っ張られて家を出て行った。


 シンデレラを一人、家に残して。

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