証言その③魔法使い:今日も良い仕事をしましたわ

 今日はお城の舞踏会の日です。

 継母と姉二人は綺麗な服で着飾って舞踏会に出かけていきました。

 しかし、かわいそうなシンデレラは舞踏会に行くための服がありません。

 そこに、魔法使いがあらわれたのです。

                     

                    *


「ご主人様……! また太りましたね? もう少しダイエットしないと僕、本当に折れちゃいますよ!」

「あらいやだ。そうですわねぇ……やっぱりやせないとダメですかねぇ……まぁ良いや。さてと、困っている人はいませんかー?」

「またそうやってごまかして……!」


 ホウキさんが何か言っているみたいですけど気にしないことにしましょう。


 私は困っている人を助けてあげる優しい魔法使いです。いつもお日様が沈んで辺りが暗くなった頃にこっそり活動しています。今日も、困っている人を助けるべく相棒のホウキさんと一緒に夜の町を飛び回っているわけなのです。


「あぁぁぁっ! ほんっっとにムカツクったらありゃしないわ! 大体、クソババアは論外でお姉さま達だって王子の目にもとまらないわよっ! あぁ……あたしなら玉の輿だって狙えるのにーっ」


 早速、困っている人の声が!


「ご主人様! どう考えても今の声の主は助けるべきじゃないでしょう! 絶対的にあくどい人ですよ!」

「いかなる人であろうとそこに困っている人がいたら助けなければならないのです! それが私たちの使命なのですから! 行くのです、ホウキさん!」

「言っていることはカッコイイけど絶対間違ってますってば!」


 かくして私達は今日の最初の仕事に出向いたのです。


 私達はその困っている人が住んでいるらしい家に到着しました。といっても、もちろん玄関から入るわけではなく二階の窓前にて待機中です。魔女たるもの、窓から忍び込むのは当然のことです。


「うぅ……重いぃ……、ご主人様、早くしてくだしゃい……」


 全く、ホウキさんがヒョロヒョロでガリガリの枯れ箒だからいけないんですよ。


 そうはいってもこのままホウキさんがダウンして、一緒に転落して私は骨折なんて絶対に嫌ですから早く済ませた方がよさそうです。


 私は呪文を唱えるべく大きく息を吸い込みました。


「空に舞い踊りし風の精よ、汝の力をもて我が前に立ちふさがりし愚かなる妨げを開け放て――フホーシンニューの術!」

「堂々と言うのはやめてください!」


 ガチャン、と窓の錠が外れる音がして部屋に外の空気が流れていくのが分かりました。どうやら成功したようです。落ちないように気をつけつつ少し身を乗り出して窓を大きく開きます。そうして私は先ほどからブツブツと説教を垂れているホウキさんと共に部屋の中へ入っていきました。


 ホウキさんから飛び降りて、狭くて何もない殺風景な部屋に着陸しました。もちろん靴はホウキさんの上で脱いでから降り立ちましたよ。それが魔女、いや、人としてのマナーですから。それにしても少しお股の辺りが痛いですわね。ホウキさんがやせ細った枯れ箒だから乗り心地が悪いんですよ。


「ホウキさんはもっと太りなさい!」

「無理ですよ! っていうか、いきなり何なんですか!」

「私のお股は全てホウキさんにかかっているんです!」

「誤解を招く言い方はやめてください!」

「小太りのおばさんと喋る箒…………?」


 振り向けば、そこにはとてもかわいい女の子が壁に手をついて驚愕の顔でこちらを見ていました。あらいけない、部屋の主のことをすっかり忘れていました。


「か……かわいい……」


 ホウキさんの思考が思わず駄々漏れになってしまったのも仕方のないことでありましょう。


 彼女は本当にかわいらしい娘だったのです。パッチリとした大きな青い瞳にふんわりとした茶色の髪。服は地味な革の服だけれど、かわいい子は何を着てもかわいいというのはまさにこのことです。


「もうっ、ホウキさんったらデレデレ鼻をのばしちゃってー」

「んなっ! そんなことあるわけが……ない……こともないかもです……」

「……鼻、どこ? 大体箒に性別とかあるの? っていうか、何で箒が喋っているの? それより何でここにいるわけ? 早く言わないと、不法侵入罪で訴えるわよ!」


 かわいらしい鈴のような声ですわねぇ。


「言っていることはもっともなんですけど、その顔で言われるとカナリ複雑ですね……」


 遠い目をしてホウキさんが呟きました。いえ、実際は目なんてどこにあるか分からないんですけど。何だか男のロマンが一気に崩壊して放心している目が見えたような気がしたんですよね。


「娘さん、心配しないで下さい。私は困っている人を助ける優しい魔法使いで、こっちの薄汚い枯れ箒は私の相棒のホウキさんです」


 彼女の目の色が変わりました。


「まぁ! 困っている人を助けてくださるの?」

「都合の良いとこだけ興味津々です……! というか、さり気なく僕の扱いがひどいんですけど……」


 小さい子供のような純粋で穢れのない瞳をキラキラとさせています。ホウキさんったらこんないたいけな瞳に疑いをかけるなんて人として最低です。あれ、ホウキさんは箒でしたっけ。まぁ、そんなことはどうでもいいんです。


「あなたのお名前は?」

「あたしはシンデレラです。現在進行形で困っていますわ」


 シンデレラは長いまつげを伏せて悲しそうに俯きました。


「そんな悲しそうな顔をしないで下さい、あなたは笑っているのが一番ですよ。シンデレラは、何に困っているのですか?」

「はっ、ちょろいわね……あら、何か聞こえまして?」


 サファイアの瞳を細めて、お日様のように微笑んでいます。

 あぁ、何度見ても可愛らしいですわ。娘に欲しい位です。


「あ、あの……ご主人様、ちょっといいですか」


 箒さんが私のローブの裾をつかんで私だけに聞こえるように小さく耳打ちしてきました。いえ、実際にはつかまれたのではなくこづかれただけなのですが。


「何ですか、ホウキさん」

「あのシンデレラという娘は確かにかわいらしくて良い子に見えますが……あれは絶対に悪人ですよ。ご主人様を良い様に利用しようとしているだけなんですよ。助ける価値もありま……」

「魔法使い様……? そこの、腐れ箒が何かおっしゃって?」


 まさにゴゴゴゴゴという効果音がピッタリな様子で、箒さんはシンデレラのしなやかな手に鷲掴みにされていました。向日葵の咲いたような満面の微笑みです。


「いえ、こんなに可愛らしい子があくどい人だなんて事ありえませんもの」

「そうですよね……枯れ箒、今度魔法使いに変なこと吹き込んだらへし折るわよ」

「ひぃっ……」


 シンデレラはホウキさんにだけ聞こえるように可愛らしくささやくと、ホウキさんから手を離しました。ホウキさんったら照れちゃってぇ、赤くなるのを通り越して青白くなってますよぉ。


「それで、困った事というのは……?」

「魔法使い様は、今日お城で舞踏会があることをご存知ですか? あたしは――」

 

 ――今日は、年に一度の舞踏会の日。可哀想なシンデレラは継母と姉に苛められて、お城に行くための立派な服がないのだそうです。しかも、食器の片付けと留守番まで押しつけられてしまっていて、仮に服があったとしても舞踏会に行けないんだとか。


「あぁ、可哀想なシンデレラ。分かりました、私が助けてさしあげましょう」

「もったいぶらないで早くしろよ……おっと、口が滑っちゃいましたわ。気にしないでね」

「ご……ご主人様……だまされなゲフッ」


 今、ホウキさんが踏まれたような音がしたんですけど気のせいですかね。


「まず、シンデレラが舞踏会に行けない理由は食器片付けと留守番でしたね。食器片付けは私が適当にやるとして、留守番は……鍵でもかけて玄関のドアでホウキさんがつっかえ棒にでもなっていれば大丈夫でしょう」

「えぇっ! 鍵をかけとけば大丈夫でゴッフ!」

「あれ、ホウキさんの悲鳴が聞こえたような気がするのですが……」

「気のせいですよ」

「そうですね。後の問題は服と、舞踏会に間に合うための馬車ですわね。これは、私の魔法でどうにかしましょう。シンデレラ、カボチャはありますか?」


 シンデレラは手をあごにあてて、考えるような仕草をとりました。そんなちょっとした仕草の一つ一つも可憐です。


「カボチャはなかった……けど、ナスならあったような……」


 ナスですか、まぁ、それでも大丈夫そうですね。

 ちょっと見栄えは悪いかもしれませんが問題はないでしょう。


「じゃぁ、今すぐナスを持ってきてください」

「分かりました」

 

 シンデレラがナスのために階段を駆け下りていく音が響きます。飾り気のない部屋に残されたのは、部屋の椅子に腰掛けてまったりくつろぐ私と、もはや瀕死状態にあって使い物にならないホウキさんだけ。寂しいですわね。早くシンデレラに戻ってきて欲しいです。


 再び元気よく階段を駆け上ってくる音がして、私は立ち上がりました。ドアが勢い欲開いて、言葉通りナスを手にしたシンデレラが現れました。


「持ってきましたわ。けど、一体こんな物をどうするんです?」


 不思議そうにナスを見つめるシンデレラに近づいて、ナスをシンデレラから受け取りました。


「ここでは危ないので外に出ましょうか」


 シンデレラは首をかしげて、うなずきました。


 気絶しているホウキさんはドアに引っ掛けておいて、最後に私は鍵を閉めました。うぅ、やはり外は寒いですわね。風が身にしみます。


「さてと、始めましょうか」


 私はローブの裾から杖を取り出して、持ち直しました。目の前のナスとシンデレラに向かって、サッと一振りします。すると……


「きゃっ、何これ!」


 夜空の下、眩い光に包まれた美少女とナス。


 何かがおかしい組み合わせですがこの際気にしないことにしましょう。眩しいからか、シンデレラは腕を目の辺りにあてています。あまりの眩しさに、私すら目を閉じてしまいました。


 しばらくして、明るかった辺りがスッと暗闇に変わりました。眩しいばかりの光が消えたのでしょうか。私がゆっくりと目を開くと、目に映ったのは華やかな姿のシンデレラと立派なナスの馬車でした。


「大成功ですね」


 シンデレラは私が想像したとおりの薄ピンク色のドレスを身にまとっておりました。ふんわりと大きく広がるドレスはまるでお花の花弁のようです。胸元には大きな白いリボンがあしらわれていてそれがアクセントになっています。栗色の髪の毛はゆるゆると軽くパーマがかけられていて、頭の上には豪華なティアラが着けられていました。まるで、どこかの国のお姫様のようです。


「さぁ、馬車に乗って早くお行きなさい」

「えっ……ちょ、ちょっと待って。このドレスは申し分ない出来なんだけど、このナスで行くわけ?」


 シンデレラはナスの馬車を見て恐る恐る私の方へと振り向きました。ナスの馬車に繋がれた二頭の白馬が姿勢を正しくしておとなしく待っています。その後ろに、二匹の手綱を引く馬引きがいて彼も沈黙状態で待っていました。彼、と言っても魔法のかけられた人形なんですけどね。


「はい、その通りですよ。シンデレラ、白馬さんが待っています」

「えぇっ……ダッサ」

「何か言いましたか?」

「うぅ……何でもありません……」


 何故かメソメソとしつつ、シンデレラはナスの馬車に乗り込みました。嬉しすぎて感動の涙が出てしまったのでしょうか。そんなに喜んでもらえるなんて照れちゃいます。


 あっ。


「シンデレラ! ちょっと待ってください! 大事なことを言い忘れていました」

「何?」


 馬車の窓から顔をのぞかせて、シンデレラは首を傾げました。気のせいか、頬を不らませていて不機嫌そうです。何か怒らせるようなことをしてしまったでしょうか。


「十二時までには必ず戻ってきてください。十二時になったら、魔法がとけてしまいますから」

「な、何よそれーっ! そうならないようにどうにかしなさキャアーッ! ちょ、ちょっと待って! そんなにスピード出したら私が酔っちゃうじゃないのよーっ」


 シンデレラとナスの馬車は、超特急でまさに風のごとく去っていきました。

 ふふふ、喜んでいただけたようで何よりです。


 今日も、良い仕事をしましたわ。

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