ナスの国の王女はシンデレラに似ている

久里

証言その①義姉ラヴィ:シンデレラの実態

 昔々、あるところにシンデレラと呼ばれる美しい娘がいました。

 娘はいつも意地悪な継母と姉二人に苛められていました。

 今日も娘は健気に継母の言いつけをしっかりと守って働いています。



「お洗濯にお掃除、夕食の準備は私が帰ってくるまでの間に全部やっておいてね。分かったかしら、シンデレラ?」

「……分かりましたわ、おかあさま」


 シンデレラは悲しそうに長いまつげを伏せた。お母様は「絶対だからね」と念を押すとさっさと居間を出て行った。

 ガチャン、とお母様のドアを閉める音が部屋に空しく響く。

 部屋に残されたのは、姉のレシィと義妹のシンデレラ、それに私、ラヴィだけ。


「残念でしたわねぇ、シンデレラ。私は手伝いませんわよ」


 レシィは満面の微笑で、さも嬉しそうにシンデレラを嘲笑う。それはもう本当に嬉しそうよ。それもそのはず、レシィは人の不幸を糧にして幸せを得られる人種なのだから。


「ラヴィ、今とんでもなく失礼なことを考えていなかったかしら?」

「気のせいよ」


 ……鋭いわね。


 レシィとそんなやりとりをしていると、シンデレラが口を開いた。


「ねぇ、レシィおねえさま」


 呼ばれたレシィと一緒に私もシンデレラの方に向いた。シンデレラからさっきまでの憂いを帯びた悲しげな表情は消えていて、代わりにあったのは誰もがうっとり見惚れてしまいそうな天使の微笑。あぁ、憎らしいほどにかわいいわ。


 シンデレラから紡がれる小鳥のような、鈴のような、かわいらしい声。

 それは――


「あたしね、レシィおねえさまがおかあさまに内緒で出かけたことを知っているの。おかあさまのたぁいせつにしているへそくりを勝手に使ったのよね?」


 ――間違いなく悪魔の声だ。


「な、ななななな、何で、それを、知っているんですの……!」


 蒼白。


 今のレシィの顔を表すとすればまさにその二文字がピッタリだわ。それにしてもレシィったら、そんなことをしていたの? そんなことがお母様にばれたら、お母様の苛めのターゲットがシンデレラからレシィに代わるかもしれないわね。お母様は誰かを苛めていないと気の済まない困った人だから。どちらにしろ私には関係ないことだけど、何となくシンデレラが幸せになるのがむかつくわ。


 そんなことを悠長に考えていると、シンデレラは意外そうな顔をしてかわいらしく首をかしげた。


「あらお姉さま、本当のことだったの? あたしの作り話だったのに」

「シンデレラの馬鹿ぁーっ! シンデレラの人でなし! 鬼! 悪魔! 魔王!」 


 茶色の長い髪を振り乱してシンデレラをぽかぽかと叩くレシィ。かわいそうに、猫っぽい緑の目にうっすら涙まで浮かべているわ。お母様を怒らせると怖いものね。それにしてもレシィはいつまでたっても学習しないわねぇ。これでも、本当に私の姉なのかしら? 何だかレシィを見ていると、世話のかかる妹を持った姉の心境になってくるのよね。


「お願い、シンデレラ! 絶対にお母様に言わないでちょうだい!」


 涙目で訴えるレシィと、ほくそ笑むシンデレラ。

 これじゃ、シンデレラがただの悪人ね。


「あたしは心の広い人間だから言わないでおいてあげるわ。……条件付で」


 私ね、心が広いって自分で言う人の心の広さは猫の額並みだと思うの。


「……条件って何ですの?」


 おっかなびっくりレシィがシンデレラをうながすと、彼女はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。


「あたしがクソババアから押し付けられた仕事、全部やっておいてね。あっ、もちろんだけどお母様にこの事は内緒よ? Give and Takeよね? レシィお、ね、え、さ、ま?」


 最後に音の出そうなウィンクをして、再びレシィを蒼白にさせた。


 心の中で小さくため息をついた。全く、シンデレラはいつからこんなにひねくれた子になっちゃったのかしら。昔から変わらないような気もするけどね。

 

 

 シンデレラがお母様の言いつけをこれっぽっちも守らずに優雅に紅茶を嗜んでいる中、レシィはというと――


「あぁーっ! どうして私がこんなことをしなければならないんですのっ? これじゃ、どっちかっていうと私の方が灰かぶりですわっ!」


 ――大量の洗濯物を前にして、うなっていた。


 私的な問題点はそこじゃなくて、頼まれたのはレシィのはずなのに何故か私まで大量の洗濯物を前にして立っている、というところよ。これは一体どういうことなのかしら。


「レシィ、どういうことかしら? これじゃ、まるで私が手伝うみたいじゃない」

「そうですわよ? 今更何を言っているの、ラヴィ」


 ……何故かしら、いまいち話が噛み合わないわ。


「絶対に嫌よ。第一ヘマをしてシンデレラに押し付けられたのはあなたじゃない。私まで巻き込まないでよね。あ、でもお金をくれるんだったらやるわ」


 冷めた口調でそう言ってやると、レシィは一気にまくし立ててきた。


「ラヴィはどうしてことあるごとにお金、お金、お金なんですの! 姉妹の絆にはお金なんかには変えられないものがあるでしょう?」


 そうね、昔からレシィには苦労をかけられ続けてきたものね。


 でも、


「絆じゃ何も買えないわ。シンデレラとの絆だったらずる賢い悪知恵が手に入ったかもだけど」


 あの子との絆なんて絶対に出来ないと思うけど。


「そ、そうですけどぉっ! もうラヴィなんて知りませんっ! あぁっ、ラヴィ行かないで! あなた、本当に私を見捨てる気なんですの?」


 理不尽にわめき散らしているレシィを放って部屋のドアを閉める。はぁ……私の精神年齢が妙に老けてるのって、あの子の所為なんじゃないかしら。

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