証言その⑤王子様:僕は、恋に落ちた
王子様の目に留まった、たった一人の女性シンデレラ。
選ばれたシンデレラは、王子様と一緒に幸せなひと時を過ごしていました。
しかし、シンデレラには約束の時間があります。
*
僕は、恋に落ちた。
そう、まるで雷に打たれたかのような衝撃が走ったんだ。
彼女は輝いていた。彼女を目にした瞬間、今までに会った綺麗な女の人との思い出が一瞬にして色あせた。周りにいる女も、全員カボチャか、じゃがいもにしか見えない。もはや、もう誰にも僕の恋の炎を止められない。
「え、えぇ。いや、でも……私、すぐに帰らなくてはならないの」
彼女は悲しそうに俯いて、小さく呟いた。
悲しんでいる姿も可憐だ、けれど彼女にはもっと笑って欲しい。
「どうしてだい?」
「えぇっと……そ、その……。と、とにかく色々あるのよ! 私は忙しいの!」
天使のような綺麗なソプラノの声。蒼い瞳は空を映した海のような色。その瞳は大きくて、あぁ、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
「僕が君に恋してると言っても、このまま帰ってしまうのかい?」
このまま帰らせたくない、せめて一曲でも踊ろうよ。
僕なら、君をリードしてあげられるから。
「当たり前じゃボケッ……あっ、えっと今のは違いますのよ。気にしないでね、うふふふふ。そうね……私、十時十三分には帰らなくてはならないのよ。何のために来たんだ、とか言わないでね」
僕は腕時計に目をやった。
な、なんということだ……!
「十時十三分? 後一分しかないじゃないか! そ、その前に君の名前を教えてくれたまえ」
「私の名前……? シンデレラ……じゃなくって、ジュリエンティーナよ。名前に宝石って意味があるのよ。全く、私がシンデレラなんていう名前なわけがないじゃない!」
「当たり前だよ、ジュリエンティーナ。君が、灰かぶりを意味する名前なわけがないじゃないか」
彼女は再びその長い睫を伏せた。
彼女も、きっと別れを悲しんでいるのだろう。
せっかく出会えたのに、何て運命の神様は残酷なんだろう。
僕達に残された時間が、もう後残り三十秒だなんて……。
「もう時間よ! 行かなくっちゃ!」
「えっ、まだ後二十五秒残って……」
彼女はドレスを着ているとは思えない素早さで、風のように去っていった。それはもう、呼び止める間もないスピードで。僕は、しばらく放心していて何も喋れなかった。文字通り、呆気に取られていたんだ。
「あれ……?」
何かがキラリと反射した。
屈んでそれを手にすると、それは彼女が身につけていたらしい靴だった。ガラス製の、彼女にふさわしい靴。彼女だけが履くのを許される、美しい靴だった。
僕は優しくガラスの靴を手で包み込んだ。大丈夫、きっと僕らはまた会える。
だって、僕らは運命の赤い糸でつながれているからさ。
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