#2-16
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「光神さまを悪く言わんでほしいんで」
「他人の意識を勝手に奪って、体を操るようなやつだろ。悪徳魔術師以下だ」
巨漢が顔をしかめると、それだけで迫力が増した。それでもひるまずに、オートは一歩前に踏み出す。眼下では騎士と野生との戦いが続いていた。
「おめさんは、それを言いにここまで来たですか」
「それもあるってくらいだよ。俺はここに来る前、とんでもない失敗をした」
「それが、おでとどんな関係を持つんで」
ふと考える。同性の友人というものははじめてではないだろうか? そして、そんな相手に向かって、取り返しのつかないであろう喧嘩の火種を投げることも。先に女相手にはやっているというのが、どうにも救えないような気がした。
「俺は前に会ったとき、神はいるって言ったよな」
「覚えとります」
「神はいる。いまもこうして、頭の上でドンパチやってるしな。だけど神だってただの神で、全知全能じゃない。隣人なんだよ」
「なんてこと言うんで……神さまは世界をお創りになった。そういう存在に違いねぇ」
テクーの目が驚愕に見開かれた。光導教の本拠ともいえる場所に乗り込んで、神がどうこうと言うのだから、大それたことをしているという自覚はあった。
「素晴らしい生き物だったら他人を操るのか、自分の論理だけを押し通して、自分の色で世界を塗り固めるのが素晴らしいのか!」
「違うっ、神さまは生きていないで! 生を超越した、もっと素晴らしいものだ……おでは望んで光神さまの手足になってる! 光神さまがもたらしてくださる世は、誰も、おでも、馬鹿にされるのがいなくなるはずだで!」
「白のほかにも色があるって知って、それを受け入れることは神の愛じゃないのか?」
「詭弁だぁ……神さまはたったひとつのはじまりで、すべてを作りあげてる。そう記されてるんだで!」
「その脚本を書いたのはヒトだろ!」
「創世の御業を、まるで演劇のように語るでねぇ!」
そうであるのだと信じてきた人間に、違うと語りかけても効果は薄かった。だからオートは、巨漢の叔父の言葉を伝えることにした。信徒席で祈りを捧げる法王が反応しないことはわかっていても、そうするには抵抗があった。告げ口のようなものだった。だがその感情を押し殺した。同情よりも、彼は自分の目的の達成を選んだ。
「お前の叔父さん……法王さまが、俺に言ってくれたんだ。あなたの中にある神、あなたが信じるものを信じればいいってさ」
「法王さまが!? そりゃ嘘だで! だって法王なんだ! そのお立場にあるお人が、そんなことを……だって、おでの叔父なんだ。神さまを信じることを、教えてくれた人だ……」
「だったら叔父さんの目を覚まして聞くんだ、お前にはそうできる力があるんだろ」
信徒の列の中でも目立つ服をした老人を指し示す。テクーは明らかにためらっていた。だがオートが待つあいだに、その悩みを飲み干したようだった。
「世をお創りになったのは、光神さまだで」
「尊敬する神さまは、やった仕事を失敗だって言って、ぜんぶ崩してからやり直そうとしてるんだろうが!」
「ヒトがっ……こんなおでが不出来なせいだで!」
違う、とオートはとっさに叫んだ。
不出来。出来の悪いもの。自分自身にもつながる、否定しておかなければならないことだった。もっと力があれば、もっと上手に立ち回れば、もっと素晴らしい人間であれば。求めれば際限がない。実らない穂に価値はない――クベルナにそう言われたなと思い出して、少しだけいい気分になった。決して罵倒されたことが気持ちよかったわけではない。それに対する、いまの自分なりの答えが見つかっていたからだ。
ちらりと視線を下に向ければ、蜂が倒され、サヴィを相手取る騎士が増えていた。彼女がもう少し長く耐えてくれることを信じた。
「俺たちはまだ半人前で、だからまず自分のことをちゃんとできるようにしなきゃダメなんだ。他人が変わることを待ってるんじゃない、自分の立つ場所は、自分で作らないと」
「できるやつの言い草だ、だったら、それすらできないおではなにもするなってことか!」
「そうじゃない、まずは自分を認めてやれよ! いまの自分を許すんだ……責め続けてたって辛いだけで、なんにもならないんだよ」
「許す? おでを? みじめったらしい、奥さんも子供もいない、なにもない男がいるだけだぁ! おでは優しくされて三十までなった、それでもなにもした覚えがない。ただ毎日生きてるだけだ。他人事でだって目を覆いたいやつだで!」
「しっかりとした立場だろ! 俺はさ、みっともなく同居人に嫉妬して、そのことを誰にも言えずに腐って、記憶がないからどこか特別なんだって甘ったれてたやつだよ! 認める!」
「おでにも認めろって、そうしろって!?」
「神を愛して、近くの人を大切に思ってるんだろうが! ちゃんと生活を積み重ねてきたんだろ、見てきてくれた人がいるんだろ!」
「それでどうしろって言うんだで!」
「自分の立ってるところにふさわしくなるんだ、お互い! それから誰かのことを考えりゃいい。俺やお前がいる場所に取って代わりたい奴だっているんだ……でも譲れないだろ、テクー。だって自分の場所なんだから」
ひときわ大きく軽やかな衝突音が、鐘のように二度鳴り響いた。上空で、神の激突が決着したのだとオートは察した。祈りはまだ続いている。
「おでは」息を荒げたテクーが小さな声で言った。「のろまのとんまだから、誰にも迷惑をかけないようにって生きてきたで。少なくともそのつもりだった。だけど、おめさんが言うように、おでの居場所にも価値があるのか」
「貧民窟の子供に聞いてみろよ。三食出てきて寝床の心配もないところが恵まれてないかどうか」
「そんなの……苦しいことだで」
浮いていたテクーが地に足をつけた。僧服の男から伸びた光の緒が細くなっていた。
オートの論調の行き着くところは、自分より下になにかがいると考え、安心しようとする心理だ。おおかたのヒトが持っていて、普段はひた隠すべきだとしている思考だ。
神の愛と慈悲を説くはずの聖堂で、息を荒げて繰り広げられたのは、内臓の色のような話だ。空を飛ぶこともなく、世界を作り上げるような偉業を成すこともない、ただの地を這いまわる生物である両者には切実さがあった。
短い期間だったが、オートも貧民窟に暮らしていたことがある。そのころは、死んでいない、家があって師がいる、それだけでそれなりに満たされていた。現在、その暮らしに戻れと言われても、彼は全力を振り絞って抵抗するだろう。
もちろん、自分だけがそこから抜け出してよりよい生活をしていることに居心地の悪さを感じた夜もあった。だが、サヴィやムゥと出会い、クベルナの特別な信徒になった偶然と幸運。それを誰かに譲り渡す気はなかった。
かつての自分であれば羨んだであろう場所、そこにふさわしい己になろうと決めたのだ。
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「おまえは、甘いものを食べたことがあるかしら?」
クベルナは、オートの説得を諦めて上空へ昇ってきた光神が、これまで彼を決して殺そうとしていなかったことに気づいていた。手っ取り早く人間ひとりを処理するなら、亜空間転送や神聖術による防壁での拘束をしてしまえばいい。そうしなかったのは、やせぎすの男もまた、光神の信徒になるべきだという考えがあるからだ。信徒を愛するのであれば、その存在を自らの手で損なうことは許されない。
『食事を必要としたことはありません。これからもないでしょう』
簡潔な言葉だった。女神はまたひとつ、この光神というものの気に入らない部分を見つけた。
「そんなのが命を取り込むっていうのは傲慢だっていうのよ――病蜂よ乱れろ!」
『押しやる。それは適切な表現ではありません。光神は円滑な和平世界のために動くものです』
白いミアタナンにどどめ色の雲が浮かんだ。途切れることのない重たい羽音は、それだけで神経を苛む毒だ。細かく形を変えながら広がり、光神の巨体を包み覆うのは針を持たない蜂の群れだ。それを償却するべく光線が射出される。撃ち漏らしもなく、街に被害を出してない。
だが焼かれたその蜂の骸から泡が生まれた。ギフルアで一時期蔓延した――正確には、女神がさせた――見る者によって異なる幻影を投影する泡だ。欲求のみが体内に蓄積する、見る麻薬だった。クベルナはそこに、父と母たる神を見た。泡は移り変わり、大地の娘を祭り、土地とともに生きる人々を見た。最後に封天樹を見た。視線を下にやればひとつの家があるのだろう。それだけで充分だった。
『ただの泡を出して、どうするというのでしょう』
「見えないのなら、生まれたばかりか、幸福を持ってないってことになるわ。かわいそうだってことよ」
幻影の泡をものともせず、光神の拳がクベルナに触れた。存在の根幹を揺らす打撃だ。ヒトであれば魂を失っていたであろう一撃。だがその痛みもすぐに癒える。女神はかく乱しながら光神へと近づいていく。
『クベルナ。光神はもう一度告げます。この戦闘は無意味です』
「意味がないっていうのなら、あたしも、おまえも、この世界すべてが無価値になるわっ!」
『それは無理な拡張でしょう。あなたが蛮行による解決を選んだからこそ、光神はそれに対応しているのですから』
呼吸すら必要としない神々は、言葉を交わしながら戦うことができる。力比べで決着がつくことがないとわかっている以上、もっと別の根本的な手段が必要だった。しかし、それとは別に、殴られたら殴り返さなければならないのだ。神々の戦いは、どちらかが音を上げるまで続く根競べでもある。
「おまえがやろうとしていることには、意味があるっていうのかしら」
『意味なき行いを光神は決して行いません』
「家畜や野生を歩む動物たちはどうなるの?」
『彼らには光神を認知する機能がありません。人々の手による物質的な制御を行います。ただ牧場という形態はもう少し洗練する必要があるでしょう』
「精神の支配ってやつも、意志あるものにしか通じないのね」
『支配ではなく共感であり、光神は……』
「しゃらくさいから黙っていなさいな!」
クベルナが言葉を途中で遮ると、光神は少し身をかがめた。見方によっては落ち込んでいるようにも思える格好だった。
『あなたの信徒とあなたはよく似ていますね。ほんの少しだけ、怒りというものを理解した気がします』
力の波動が、クベルナに向けて押し寄せる。かつて女神をギフルアから追い出した、名も知らぬ神のものと同位の力だ。逃げ場はなかった。けれども死ぬことはない。死ぬほど痛いだけだ。
それを耐えきり、獅子の屍頭を手に取りつけた。暗いものがその口から吐き出される。死や腐食ではない。ただの、女神が数えることもできないほどの年月のうちに蓄積した孤独だ。己にとっての恐怖であり、死の一面でもある。
「まるで生きていないのに、生きている人間を押しやるなっ!」
女神の身体よりもよほど大きい顔に、拳を叩き込んだ。黒が奔る。巨躯が大きくゆらぐ。
『押しやる? それにこれは……ひどく寒い。寒いとは?』
「おまえはヒトの生活すべてをやってあげようって腹なんでしょうけど」
地に這いつくばらされた恨みを、クベルナは決して忘れない。
「歩くことも食べることも、生きることも。ぜんぶ自分でやらなきゃいけないことなのだって、わかれっ!」
もう一撃。涼やかな音だった。
光神の顔に凹凸が生じた。それはやがて、簡素な目や口になっていった。はじめて景色というものを見たかのように、光神は周囲を見回した。己の色に染めた街があり、抜け出せない被膜の壁があり、ただひたすらに祈る人々があった。
『光神は独りよがりだったのですか』
「そう思ってなかったあたり、特にひどいわ」
『つまり光神は、あらゆるものを押しのけようとしていたのですか。光神そのもののために。それはよくない。クベルナ、あなたのようになってしまうではありませんか』
苦しむ様子もなく、己の顔に生まれたものがあることなど歯牙にもかけず。光神はずいぶんと細くなった白い緒をたどって、下へ――大礼拝堂へと降りていった。
「ふんっ。一言多いのよ」
ミアタナンの空を覆いつくしていた白の被膜が、音もなく消え去っていく。
日は山の稜線に触れていた。いつも通りの夕焼けの赤が街を照らす。取り戻された喧騒は空中に浮く女神にまで伝わってくる。戸惑いと、それから一時のものではあるが確かな幸福感。静けさに慣れかけた耳には痛いほどの大きさだった。
鐘楼の向こう側に封天樹が見える。そこはおそらく、クベルナがこれから帰る場所だ。
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人間の大人くらいの大きさになってしまった光神がステンドグラスを透過してきたとき、終わったのだとテクーは理解した。
彼にとっての神さまはずいぶんと小さくなっていた。構成する光がその体から漏れていき、彼のもとにたどり着くころには子供ほどの光が残っているだけだった。
「光神さま、ほんとうにありがとうございますです。おでは、とてもいい夢を見ました。みんなが幸せで、その中にはおでもいたんです」
『夢……光神の存在そのものが夢のようでありましょう。力を使って、多くのヒトにはこのことを忘れてもらいました。テクー・アウストロス、あなたにもそうする権利があります』
「忘れませんで。絶対です」
『そうですか。それではあなたの劣等感の素をすべて消しましょうか? 光神があなたの身体を借りていた時のように、流暢に話し、物事をすっぽりと忘れることがない人間になれます』
かぶりを振ってから、彼はなんと説得するべきか悩んだ。やはり自分の口下手なところはどうにもなっていない、そう痛感させられた。
「バッカみたい。おまえ、本当にヒトをわかろうとしてないの? このでかいのはねっもごもごがふ」
「いいとこなんだから口挟むなよお前、あと噛むな!」
ちょっとテクーにとっては目を合わせづらい、我の強さを前面に出した一柱の神がぴしゃりと言い、オートがその口を塞いで急な階段を下りていった。最後に、また今度会おうと手を振って。彼もそれに応えた。
「自分の口で言わなきゃなんで。おでは、そういうのいらないです」
『なぜでしょうか。あなたの中に根差している劣等感は深いもので、その原因も明らかです。それを取り除かないという選択は、放っておけば健康を害する腫瘍を放置しておくのと変わりません』
繋がっているせいか、光神の考えていることの一端は読めたテクーだ。神さまはまったくの善意から、無尽蔵な慈悲の心でもってそれを言っているのだ。見えている傷なのだから治せ、ということだ。
『あなたはそれを、己の手で対処したいと考えているのですね』
「んです。きっと、光神さまにやってもらったほうが、きれいで、丁寧に治せるんでしょうけども。自分でやります」
不器用な傷跡が残ったとしても、それでいいのだと思えた。
『あなたにとっても光神は不必要ということでしょうか』
「そうじゃないんです! 神さまはいてください。ただ、いてくれるだけでよくって……ああ」
彼は得心した。ただいてくれるだけでいいというのは、さんざんかけられてきた言葉だったではないか。喧嘩をしたオートが言っていた。神は隣人だと。ただ巨大な力を持っただけのヒトだと。その意見のすべてが正しいとはいまだに思えなかったが、しかし。
「おでは、そうじゃなくて、ああ」
『そう焦らずとも構いません。残された時間は少ないですが』
いてくれるだけでいいと優しく諭されてきた自分が、そうされるたびどんな感情を抱いてきたかを考えれば、認識によって生まれた光神が、どうして今回の一件を起こしたのかがわかる気がした。
そしていま、お節介であると理解していても、それを申し出る心持ちも。
「違いますで。おでは……その、いろんな神さまがいるなかで、あなたを信じとります。光神さまがいると思っていたから、生きてこられました。いてくれて、ありがとうございます」
光が散る。赤子ほどの大きさの光の塊が、彼の顔近くにあった。目がつぶれるような鋭い輝きではない。暗がりに落ちたものを優しく導く灯火の明るさだ。
『なるほど。そういうものなのですね。光神が発生して消滅する、それだけのことでも励起するものがあるのですね』
「消えてしまうんですか」
『消えます。しかし、祈ります』
「光神さまがで? 誰に……どこにですか」
『神がヒトに祈ります。おそらく口が悪くて、野蛮で、こちらの言葉を途中で遮る、あの女神クベルナもそうしているのでしょう。おっと、これは失言でした。ですが光神はヒトの悪口を言いません。あれはですか? 神なので大丈夫です』
明らかに毒っぽくなっていた。視覚を共有していたので知っているが、女神に最後叩き込まれた黒い霧のようなものがよくなかったのだろう。
「……そですか」
テクーは大礼拝堂を見た。あれほど整然としていた列はどこにもなかった。混然としていた。家路を急ぐ者、隣といましがたの体験について語る者、呆然と神の消失を見届ける者、神の存在を文字や絵として残すべく狂気じみた表情でペンや筆を走らせる者。
そして、彼へと近寄ってくる者たちがいた。叔父のカル、あのエルフがやたら強かったとぼやくトカゲの戦陣隊長、長い付き合いになる幼馴染の娘(年齢的には女性と呼ぶべき)だ。
『結局、一皮むけば神もこのような体たらくなのでしょう。あなたが考えていたような完璧な存在ではありません。幻滅をしましたか?』
「いえ、そんなことありませんで。おではこれからも、ひとりの人間として、ここで信じることを続けてくつもりです」
『なるほど』
光神の姿はほとんど失われていた。やがて最後の一片が散った。それはテクーの体に吸い込まれて、出ることはなかった。それでも託されたのだとわかった。
『では、光神はあなたたちを見守っています』
天井を見上げた。その先にある空を、そしてさらに上の、そこにあるはずの天上の世界を。彼は光神の未練を感じ取った。ここで終わりたくなかった、その思いが伝わってきた。
そこにいるだけ、ということに耐えられる存在はそう多くない。だから光神は、そこにいて、見守っていることを選んだ。それが一番の願いではないことはわかっていたが。誰かを押しのけて叶えるか、それとも退くか。神さまが選んだのは後者だった。
テクーは誰もいなくなった説教講壇から降りた。出迎えてくれる人々がいた。
「不穏な気配を感じました。未婚の女性にとっての邪念です。祓わねばなりません」
「いや、なんとなく覚えてるんですよ。剣は当たらなかったけどもですよ、私はほとんど勝ってましたよ。ただちょっと、剣と鎧の手入れを怠ってた感じがしてですね。ほんのちょっとだけ、こう、動きが。……もう少し調練を厳しくせねばならんですな」
普段はぽやっとしているはずの幼馴染が剣呑な顔つきをしていた。隊長がエルフの女性を追い詰めたのは三対一になってからだったことを、テクーは覚えている。
「テクー」
「法王さま……おでは」
友人が聞いたという神についての発言や光神がどう思っていたのかについて、自分が見つけたものなど。話したいことはいくらでもあり、また、次から次へと湧き出てきた。豪奢な法王衣をまとったカルは、少し憔悴して、疲れている様子だった。
「叔父さまに指し示された、この神さまへ続く道に進んでよかったと、おでは心の底からそう思ってますで」
「そうか……それはよかった」
おそらくは、この光の日の一件は話題になるだろう。光導教会へと質問や寄せられ、議論が起こるのは間違いなかった。そのなかで、法王という立場がこれまでにないほど忙しくなるのは簡単に予想できることだった。
――それを支えていける男になろう。
明日からも生活は続く。それを俯きながら過ごすのではなくて、前を向いて生きていくのだ。
「おで、やりたいことができたんで」
「まぁ。テクーが夢を語るなんて……どうぞ、わたしに聞かせてください」
テクーは幼馴染、隊長、叔父の顔を順番に見た。それを語ることには多大な勇気を要した。
「法王になりたいです。神さまはいつだって見守っていてくださるってことを、それが素晴らしいことであるって、みんなに伝えたいです」
カルが、甥の両肩を持った。涙をためた顔だった。二度三度叩き、頷いた。
「わしみたいな不真面目なのでもなれるんじゃから、優しいお前なら。ああ、きっと……」
肩から熱が伝わってきて、彼の活力になった。今日という日を忘れることはない、その確信があった。
己の行きたい場所を定めて、それ相応の人物になろうとする。それもきっと、修行というものなのだ。
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