青銀の魔女アラリエル
わたしは、ぎこちなく声の方を振り返る。リュノーさまも、同じく顔を向けられた。
青銀色の光が溢れていた。差し込む陽光を受けて、きらきらとまぶしい銀の光。
ううん、あれは光じゃないわ。滝のように流れ落ちる、青銀色の髪よ。長い髪。それをなびかせて、近づいてくるうつくしい女の人。
青みをおびた月長石で彫った、芙蓉の花のような貴婦人が、「ジルサール」ともう一度甘い響きでもって、騎士さまのお名前をお呼びになる。
高貴な方にありがちな、ひんやりと落ち着いた雰囲気をお持ちのこの方は、純白の君ミュリエルさまと同じハイランシアだ。わたしは直感し、次いで震え上がった。すぐ後に続いてらした、純白の君に気付いてしまったせいだ。
ふだんお見せになる、おやさしくて、親しみやすくて、大好きにならずにはいられない、まっ白なハイランシア。そんな純白のミュリエルさまのお姿は、そこには無かった。おそろしく険しい、わたしが今まで一度も見たことのないお顔。怒りとか、悲しみとか……それから、これは憎しみ? それとも嫉妬なのかな? わたしはじりじりと焦げるような黒いものを、純白のミュリエルさまから感じ取った。
なんで、どうして、純白の君は、いったいどうなさってしまわれたの? ほとんど見えてらっしゃらない両目で、こちらを、正確にはリュノーさまを、突き刺すように見据えて近づいてこられるなんて。お二方の間に、いったい何があるの?
リュノーさまも、純白のミュリエルさまを視界に捕らえられて、ふっと、仮面のように表情をおなくしになる。
けれど、すぐに視線をお外しになって、おそばへいらした青銀のハイランシアに、極上の笑顔を向けられたの。
「青銀の君、もうおよろしいのですか?」
「ええ。エルとはたっぷり話せたもの。楽しかったわ。
貴方をずいぶん待たせてしまったわね、ジルサール」
青銀のハイランシアは――あとでお名前を教えていただいたのだけど、アラリエル・エスティゼアナ・ハイランシアさまは、言いながらリュノーさまの胸へ身を投げられる。
そして、あたりまえのように、熱く口づけられたの。
わぁ、これって……このお二人、そういうことなの……。
わたしは、さっきまで混乱して震えていたことも忘れて、真っ赤になってしまった。こういうのって、目の前で見ちゃうと、えっと、……照れるわぁ。
「アリー」
純白の君が、青銀の君にお呼びかけになる。青銀の君アラリエルさまが振り向かれたときには、もうあのおそろしい純白の君は消えていて、純白の君ミュリエルさまは、いつも以上にやさしく愛にみちたご様子で笑みを浮かべていらっしゃった。
わたし、気付いちゃったわ。純白の君が、お側に置く女の子として、わたしを選ばれた本当の理由。はじめてご挨拶したときの、驚きの表情。
青銀の君の声は、わたしに似ている。
ううん、逆だよね。わたしの声が、青銀の君の声にそっくりなんだわ。
目を閉じて、声だけ聞いていれば、まるで区別のつかないわたしと青銀のアラリエルさま。
わたしがご本を読んでさしあげる間、いつも楽しそうに、じっと聞き入ってらっしゃる純白のミュリエルさま。
純白の君ミュリエルさまがずっとお側に置いておきたかったのは、本当は青銀の君アラリエルさまなんだ……。
わたしは悲しくって悔しくって、残念で腹が立って、もやもやする気持ちのまま、自室に閉じこもって食事を拒否するようになった。
そりゃあもう、お腹は盛大に鳴ってくれたわよ? ぺこぺこだって。おかげで眠れなくて、目の下に隈までできちゃった。
三日目にとうとう空腹のあまり気絶したのは、われながら間抜けだと思うわ。
目を覚ました途端、お腹空いたって口走ったところに、純白の君からスープを差し出されたときには、舌を噛んで死にたくなったわね。
ああああああ、何やってるのウェルウィン、どんどんお馬鹿さんになっていってない? これじゃ貴婦人から遠のいていっちゃってるじゃないの。こんなことがお父さまのお耳に入ったら、なんておっしゃるかしら……。
と、まあ、一時は色々と絶望しかけたわたしなんだけど、ひとごこち着いたところで、純白の君とお話しすることになった。わたしが理由もわからないままずっと拗ねてて、食事も摂らなくなったものだから、純白の君を始め召使たちまで、すっごく心配してらしたんですって。
考えてみれば当たり前よね。純白のミュリエルさまは、とてもおやさしい方なんだから、わたしがそんな態度をとっていれば、お心を痛められるはずよ。
わたしったら、拗ねて引きこもるくらいなら、気になることを尋ねてみればよかったんじゃない。そんなことにも気付けなかったなんて、子どもだなぁ……。
そういうわけで、大いに反省したわたしは、純白の君ミュリエルさまに正面から尋ねたの。
「ハイランシアは、女の人がお好きな方なの?」
はい、ごめんなさい。もうちょっと別の、ましな聞き方があったと思うわ。でもわたし、本当にいっぱいいっぱいだったんだもん。ものすっごくひねりのない尋ね方しか、思い浮かばなかったんだもん。これでも反省シテルノデスヨ? だから許して?
純白の君のめんくらったお顔といったら! 他に見てる人がいなくて、本っ当っに良かったわ。なにしろ、あんまりなわたしの質問のせいで、ぽかんとお口まで開けられちゃってたんだもの。
ええ、あの、ハイランシアにこんなお顔をさせたのって、後にも先にもわたしだけだと思うのよ。わたしったら伝説の女の子になったの。え、自棄になってるって? なってなんていないわ。ええ、自棄になんてなってませんとも!
純白の君ミュリエルさまは、わたしが心配になるくらい長くそのお顔で固まってらした。
それで、それから、大声を上げて笑い出されたの。
「ご、ごめんなさいっ……でも、おかしくてっ、……っ、笑いが……っ、止まらなくて……っああ苦しい、お腹が痛いわ」
笑いすぎてとうとう滲んだ涙をぬぐいながら、純白のミュリエルさまはおっしゃった。
「こんなに大笑いしたのは、百年以上ぶりよ。でも、どうしてそんな風に思ったの、ウェルウィン? わたくし何か誤解させるようなことをしたのかしら」
心当たりが無いのだけれど、と指先を頬にあてて、首をお傾げになる。
わたしは、笑われてしまった時点で、恥ずかしさのあまりもう死にそうになってたんだけど、勇気を振り絞って純白の君に告白することにした。
「リュノーさまを、ものすごい目で睨んでらしたから。
青銀のハイランシアとお話されてるとき、かの方が、愛しくてたまらないって、お姿で語ってらしたから」
てっきりそういうご趣味なんだって、思っちゃったの。
それはわたしの勘違いだったわけだけど、でも、じゃあ、あれは何だったんだろう? 思い出しただけで震えがくる、純白の君のお姿。殺したいって目でリュノーさまを突き刺すように見てらしたのは、絶対に、目の錯覚なんかじゃなかったはず。
わたしが困惑しているのを、察してくださったみたい。純白のミュリエルさまは少しお考えになって、口を開かれる。
「わたくしたちハイランシアが、全員同じ血をもつ姉妹だってことは、知っているかしら?」
「あ、はい。乳母やの昔語りで、聞いたことが」
「そうね。わたくしたちは、昔語りに出てくる存在ね。
わたくしたちは五人姉妹。正確には五つ子なのよ。
わたくしたちは、みな仲が良いけれど、中でもわたくしと一番仲が良いのが、アリー……すぐ下の妹のアラリエル。先日この館へ訪ねてきていた、青銀のハイランシアね」
わたしは青銀のアラリエルさまのお姿を思い出しながら、こくこく頷く。お顔立ちも違って、純白のミュリエルさまとは全く似てないように思えるけど、あの方は同じ血を引く妹君なんだ。
純白の君は、ゆっくりと言葉を選びながらお話しになる。
「アリーとジルサールが恋仲なのには、気付いたかしら?」
そりゃあ、あんな熱烈なのを目の前で見てしまったら、気付かない方がよっぽど、だよね? わたしは、またもやこくこく頷く。純白の君ミュリエルさまは、ふんわり微笑まれた。
「聡い子ね、ウェルウィン。良い資質だわ。
アリーはね、恋を得るために、本当は結んではならない因果を結んでしまったの。わたしたち魔女にとっての、最大の禁忌」
そうしてわたしが純白のハイランシアから伺ったのは、泣きたくなるような、あまりにも――あんまりにも厳しい、青銀のハイランシアの運命だった。
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