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「中西さんに関係を迫り自殺に追い込んだのが鳴海さんだった場合,今回の事件でどういう意味を持つことになるのか。鳴海さんだけが一ノ瀬さんの狙いを読み取れただろうし,それが思い込みによるものと知っているのも彼だけだ。だから真相が発覚する前に,一ノ瀬さんには何としても岡部さんと菅さんを殺害してほしかった。実際,菅さんの殺害直後首の切断を提案したのは,遺体を処理している間一ノ瀬さんが岡部や菅から手掛かりとなる情報を得ていないか探る目的もあっただろうね。その意味では肝を冷やしただろうけれど,同時に絶好機でもあった。死人に口なし,2人が死んでさえしまえば真相も葬られ自身の関与が疑われる芽を確実に潰せる。況して殺害したのが真相を誤認させられている一ノ瀬さん自身な訳だから,性格上自首する可能性も高く,そうなると当面は出所できない」

「......捜査の過程で実家への密告が鳴海さんによるものと判明する可能性も低くはないよね。そしたら,自殺の原因になったと疑われるリスクもある」

「どの程度拘束中の一ノ瀬さんに情報を得ることができるかは疑問が残るけれど,鳴海さんもそのリスクは分かっていた。だからもう一歩踏み込んで,一ノ瀬さんの計画を引き継ぎ最終目標を挿げ替えることにしたんだ。その最終目標とは,全ての罪を一ノ瀬さんに擦り付けてその後釜に座るというものだった。後継として育てられてきた一ノ瀬さんが人殺しに身を落としたのなら,その席に直系である自身が座るチャンスも十分巡ってくる。それだけでなく,上手く立ち振る舞えば傷心中の土井さんに付け入ることもできるかもしれない。鳴海さんはそう考えたんだろうね。双子で女性の好みが似通っていたかは知らないけれど,少なくともそっくりな中西さんに兄弟揃って執着していたことは確かな訳だから」

 気持ち悪い。

 率直にそう思う。似ているから代わりにするなんて発想,女性を自身の欲望を満足させる道具か何かだと思っているのだろうか。それに傷心中であれば誰にでも靡くとでも? 元々感情が読み取り辛いこともあるけれど,冷静さを保っている松本君の声音も今は癪に障った。男女の感覚の違いで片付けられる話なのだろうか。もやもやとしたわだかまりが胸中に湧き出るも,松本君は構わず続ける。

「そのためには何が何でも,一ノ瀬さんを自首させる訳にはいかなかった。生きていて逃亡しているという解釈を事実認定させるために,首の切断による推理の誘導を提案した振りをして一ノ瀬さんを殺害。その後一ノ瀬さんが生きていると思わせる必要があったから,遺体を川へ遺棄し高杉さんを殺害した。百合の花と双生児のDNA鑑定という細工は確かに勝算は悪くないけれど,一ノ瀬さんに濡れ衣を着せる狙いとは別の目的から鳴海さんは高杉さんを死姦したんだと思う」

「......自分の欲望を満たすために?」

 往生際悪く否定されることをまだ望んでいたのだけれど,無情にも松本君は縦に首を振った。

「犯行予告の際,食堂に全員を集め一ノ瀬さんは合鍵がないことを断言している。元々合鍵が存在すれば鳴海さんが否定するはずだから,本来であれば合鍵は1つも存在しないはずだったんだ。だから一ノ瀬さんにとっては密かに合鍵を作ることでアドバンテージを取れたけれど,問題はその合鍵が首を切断された菅さんの遺体に残されていたことだ。一ノ瀬さんが犯人であるなら鍵を残すメリットはないから,さっき言ったように必然別途造られた合鍵は鳴海さんによって準備されたことを意味する。だが何のために? 鳴海さんは別に一ノ瀬さんの計画を事前に把握した訳じゃないのに,菅さんの殺害後計画を引き継いだに過ぎないのに何故合鍵を予め作っていたのか? それは夜這い等自分の欲望を満足させる機会を期待していたからではないか。鳴海さんが自身の性的欲求を満たすために行動したと考えれば,中西さんの自殺から高杉さんの遺体を怨恨による殺害に見せかけなかった理由まで,全てに説明がつく」

「さっきのやり取りは......」

「探り合いだね。こちらとしては動機を含め全容を把握していることを示唆しながら,動機を口外しないことを担保に身の安全を確保したい。向こうとしてはどれくらい経緯を知っているのか,動機についても見通しが立っているのか探りを入れたかったんだろう。場合によっては口封じも考えていただろうね」

「なっ......」

 事も無げに自身が殺害される危険性を口にした松本君に絶句する。ちらりとこちらに目を向け「勝算がなければ呼び出さないさ」と松本君は嘯いてみせた。

「事件のこととは伝えていたけれど,僕が真相を見抜いているとは予測はしていなかっただろう。また人気のある時間帯の呼び出しに応じたことからもこちらを警戒していないと分かる。なら,早目にこちらが証拠を持っていることを示し,できるだけ鳴海さんに好ましい条件で出頭するよう求めれば妥協する可能性も見込める」

 ああ,そうか......だから自ら動機を説明するよう誘導したのか。

 松本君と鳴海さんの会話を思い返し,ようやく理解が及んだ。中西さんに関係を迫ったもののその責任を岡部達に押し付けている。また高杉さんへの暴行も,一ノ瀬さんが生きていると思わせるトリックのためという口実があったから実行に踏み切ったのだろう。こうした鳴海さんの行動の裏には一貫して『自身の欲求を満たしたいが,それを周囲に悟られることなく誰かにその責任を肩代わりさせたい』という考えが透けて見える。だから松本君は真相を見抜いていること明かした上で動機に言及し,自身の欲求のため犯行に及んだことを公にされたくなければ出頭するよう迫ったのだ。

「......証拠っていうのは? 合鍵を作れたり百合の花がどこにあるか知り得たりしたことは,直接証拠ではないよね」

「証拠を掴んだきっかけは君なんだけれどね」

「えっ?」

「コテージ外観の写真だよ。夜の内に処分する時間がなかったから,鳴海さんはミニバンに一ノ瀬さんの遺体を保管していたんだ。つまり通報のため僕らが外に出た時,遺体はまだミニバンの中にあった。君に促されてコテージの外観を写真に撮った時,偶々ミニバンも写り込んでいたんだ。大の大人1人載せている訳だから車高も多少は下がる。警察が同じ条件で撮影して車高の差を明らかにできれば,少なくとも僕らの通報の前後で積載量が変化したことを示す根拠となる。そうなると次に問題となるのは何が載っていたのかということと,誰がそれを動かしたのかだ。コテージに残っていたのは鳴海さんと土井さんで,ミニバンを運転できるだけの技術があるかどうかは警察の捜査でやがて明らかになるし,高杉さんへの暴行を考えると鳴海さんはかなり苦しい立場に追い込まれるだろうね」

 思わず感嘆の溜め息を吐いた。まさか自分の何気ない言動が事態を決定付けていたとは。

「......それにしても,良く誘導を読み切って真相に辿り着くことができたね。わたしは完全に鳴海さんの狙い通りの推理しかできていなかったもん。元々合宿に乗り気じゃなかったし,鳴海さんからすると松本君さえいなければ完全犯罪も成し得た訳か」

「それはどうだろう? 強引に誘われなければ参加しなかっただろうし,僕が鳴海さんを疑ったきっかけも君の発言だったから」

「どういうこと?」

「エラリー・クイーンだよ」

 意味が分からず首を傾げると,松本君は口元に小さく笑みを浮かべつつ立ち上がる。マジックペンのキャップを取りホワイトボードにローマ字を書き出した。

「知っての通りクイーンは共著のペンネームだ。応接間で君がクイーンの名前を出した時に,ひょっとしたらと思ってはいたんだけれど......簡単なアナグラムだったんだ」

 そう言いつつ松本君はsaneichi minoruと一ノ瀬さんのペンネームをローマ字で書いて見せる。その横に矢印を添え,更にローマ字の文字列を加えた。

「實市稔というペンネームをローマ字にして並べ替えるとichinose narumi,つまり鳴海さんの名前になるんだ。これは何を意味しているのか。一ノ瀬さんは自身が實市稔であることを否定しなかったし,弟の名前を並べ替えてペンネームにする意図が良く分からない。それよりは双子共著のペンネームで,表向きは兄が筆者になっていると考える方が自然だ。後継としての扱いの差に加えそのことにも不満を持った弟が,せめてもの意趣返しにペンネームの由来を自分の名前にしたのではないか。そう考え犯行予告の時点で鳴海さんの共犯を疑っていたから,いずれにせよ完全犯罪は難しかったかもしれない」

 再度椅子に腰を下ろし,松本君はコーヒーを1口啜る。それからテーブルの上の,同人Fの同人誌を名残惜しそうに捲った。

「......もう實市先生の作品は読めそうにないね」

 それだけが唯一の心残りのようで,松本君は寂しげに呟いた。

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マクガフィンの行方 阿久井浮衛 @akuiukue

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