第2話 白菜太郎
「お前は命の恩人だ。ワシの手下にしてやろう。」
唐突だな、おい。シラケた目でそいつを見下ろす私に、もう一度、こんどはゆっくりとした口調で言った。
「おい、恩人。ワシの命を救った褒美に、手下にしてやるぞ。喜べ。」
大晦日の北陸、玄関は寒い。ここは手短に終えなくては折角の年末気分が台無しだ。サッサとケリを付けなければ。だが、私はこの場で声を発する事はできない。なぜなら唐突なソイツは、青虫だからだ。面倒なことになった。くっそさむい玄関で、3回目の脱皮が終わったぐらいの黄緑色の青虫と、口げんかしなければならないなんて。大晦日の帰省先で。私、アタマがおかしくなったのかもしれない。
「…悪い。まだすき焼きの途中なの」
咳にかぶせて呟いたあと、ソイツを玄関の三和土にポイと捨て、ダイニングテーブルに戻る事にした。
「青虫は外に捨ててきたから。」
「あっりゃー、雪の中に!気の毒にー。」と言いながらすき焼き鍋を混ぜる義母。おかあはん、その鍋の中に何故青虫がいたのでしょうね。
「青虫は、日本酒は飲まんかのう。」
「飲まんと思いますよ。」陽気な義父にもうっかり冷たく答えてしまったが、青虫と会話したなんて、私絶対アタマがおかしいですもん。仕事のストレスだろうか。あれか、夢だな。
2つ目の生卵を割りながら、玄関土間で冷たくなっているであろう青虫を1秒だけ気の毒に思った。
「白菜太郎、飼わないの?」
「飼わないわよ。アイツ、モンシロチョウじゃないよ。もっとデカくなる。やだ、気持ち悪い。あ、シラタキが逃げた。」
「それはシラタキじゃなくて、マロニーだと思うよ。なんだ、飼わないのか。」
夫よ、単身赴任が淋しいのなら自分のところで飼ったらいいんでないかい?声に出すと問題になりそうなのっで、だまって豆腐をよそっていた。
「てか、名前とか付けないでよ。白菜太郎って、なんなのよ。」呆れる私に夫は言う。「桃から生まれた、桃太郎。白菜から生まれたのなら、白菜太郎じゃないか。」酔っ払いのドヤ顔は3割増しで腹が立つなぁ。
「完全無農薬の証拠やちゃ。」
近所に住む叔母が届けてくれた家庭菜園の白菜。たまたま切り分けた時に無傷で、たまたま私の目の前で、すき焼き鍋に投入されて、偶然渡井と目が合って、つまみ出されましたよ、と。
「あ、青虫が居た事が問題なんじゃないんです。そうではなくて、あの青虫、怒っていたんです。本当に目が三角になっていたんです。」
「青虫に顔なんてあったかいや?」
「おかあはん、顔はあります。意外な事に、表情があったんです。」
「だからさ、白菜太郎も必死だったんだよ。」
「ねぇ、変な名前付けないで。私、青虫をペットにする機はありませんから。」
「おーい、紅白始まったどー」
「えー、まだ前振り番組だよー」
今年最後に話した他人(?)が青虫だったなんて。私はアタマがおかしくなってしまったのだろうか。史上最高に不安な大晦日も、1秒は1秒で通り過ぎて行くのですね。
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