第3話 宇佐先生と呼びなちゃい
「今年もあと5時間だね。過ぎてみると呆気ないなぁ。」
リビングのテレビに向かって呟いてしまった。画面の向こうでは、国民的アイドルが忙しなく喋っている。このあと、年越しまではtwitterをしながら過ごすのが習慣になっている。今年の衣装の感想を早速ツイートしなくては。
「パソコンなら寝室で充電中だよ。そろそろ終わっていると思う。」
夫の声にアリガトウと応え、スリッパを探した。板張りの廊下は冷たいのだ。
「おかーはーん、あたしのスリッパ見ませんでした?」
「あぁ、テーブルの下にあったから、玄関のスリッパ立てに戻しといたけどー。」
「すーみーまーせーーーん」
我ながら間抜けな嫁だな。玄関で冷え冷えのスリッパか。自業自得とはいえ、シマらない大晦日だわ。ブツブツ言いながら冷たいスリッパを履き、2階にある寝室へ階段を上った。
「寒いなー。今年は特に寒い気がするよー。えーっと、スイッチはこの辺…。」
一人きりの暗い部屋で照明のスイッチを探していると、どこからか声がした。いや、正確にいうのならば、声が聞こえたような気がした。
-
「気のせい。あれか、テレビの音か。」
敢えて声に出してみる。
- お主、我が声が聞こえておろう。-
明るくなった部屋で何気なく足下を見ると、奴と目が合った。
「お前、青虫のくせに顔だけはオオグソクムシ似なのな。」
ノートPCの充電ケーブルを抜いた時、気がついた。あいつ、さっき玄関の三和土に捨てたはずの青虫、白菜太郎が私のスリッパの爪先にくっついていて、こちらを睨みながら偉そうに命令しているのだ。明らかに異常な状態だ。
「お前、生きていたんだな。白菜太郎。」
- おいらの名前は白菜太郎なんかじゃないやい! -
「どうでもいいんだけど、喋り方に一貫性がなさ過ぎ。読者が混乱するぞ。」
爪先の青虫に向かって、早口で言った。寒さが私を不感症にしているのだろう。どうにもヘンテコな状況なのに、暖かいリビングへ戻ることしか考えていないのだ。嗚呼面倒くさい。一緒に帰省しているセキセイインコも、こんなでっかい青虫なんて食べないよな。摘まんで外に出すしかないかな。嫌だなぁ。
- 摘まんで捨てるだの、インコの餌だの、いい加減にしやがれ。えぇい、お主と繋がりの強いものを依り代にしてくれる。-
「大晦日に心霊現象。心霊って、夏の季語じゃね?ダッセ。」
とりあえずの結論をつけて、パソコンと共にリビングへ向かうことにした。
「宇佐先生と呼びなちゃい!」
今度はハッキリと聞こえた。
音声というよりは、脳の中に直接概念が送り込まれるような感覚が気持ち悪い。どうしよう、クリスマスの神社巡りで何か変なものを連れてきちゃったのかしら?明日のお祓いで全部キレイに取ってもらおう。
「寒いんで、エアコン付けるからちょっと待ってくれる?」
とりあえず、口に出してみた。エアコンから暖かい風が出始めると、白菜太郎と思われる声が聞こえてきた。
「このウサギ気に入った。今からコレを我が依代とする。」
ウサギ?そうか、枕元にあった私のぬいぐるみに取り憑いたっていうことね。
「明日、神社で祓ってやる。打ち棄てられた青虫の祟りか?」
「青虫じゃないもん。龍神様だもん。プンスカ!」
「あー、突っ込みどころがあり過ぎて困るんだけどさ、話し言葉に一貫性が無いよね。」
「それ、宇佐先生のせいじゃないもん。宇佐先生、お前に想念を送っているだけで、言語として認識しているのはお前自身じゃ。おいらのキャラが定まらないから、オメーの中の言語化機能が不安定なだけなんだもーん。しゃらくせい、とっととキャラを決めやがれぃ。」
「コッチのせいにするな。面倒くさいなぁ。もう、アレだ、ウサちゃんで良いよ。うん。そうしよう。」
これは緊急事態だ。とにかくこの場をやり過ごして、リビングへ行かなければ。
「うさたんも連れてって!」
「うぐっ、ぬいぐるみのウサちゃんが喋っているみたいで、冷たく出来ない!」
私としたことが、完全にしくじった。そうだ、明日神社でお祓いしてもらうまでの我慢だ。数時間の我慢だろう。テレビ、とにかくテレビをオンタイムで観なければ。
「じゃぁさ、ウサさ、私はテレビを観ているので。ぬいぐるみらしくしていなさいよ。」
「お前、ずっと命令形な。」
「霊には慣れてるんで。基本的に、舐められなきゃ大丈夫でしょうよ。」
「宇佐先生、心霊じゃないもん。ぷんぷん。」
プンスカ怒るぬいぐるみというのは、意外にも可愛い。早くタイムラインに戻らないと、死亡説出ちゃうわよ。誰も信じてくれないだろうから、ウサのことは黙っておこう。
「宇佐先生、アニメじゃ無いもん。ホントだもん。」
「良いこと教えてやる。その口癖、くまモンっぽよ。」
「ガーーーーん」
こんなに夜明けが待ち遠しい大晦日は、これまで無かったなぁ。
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