第8話ケッチャク

 無人の廊下を走り抜ける。幸いなことに校舎内には蟲はいなかった。今頃、フジさんは一人で戦っているのだろうか。あの管理者達も目を覚まし、共に戦ってくれているだろうか。フジさんの事だから、たぶん大丈夫だとは思うけど、数が数だ。どうしても気にかかる。

 僕は頭を振って雑念を追い出した。フジさんを信用して先に進むしかない。今、パスを救えるのは僕だけなのだから。

 と、勇ましく意気込んだところで僕は脚を停めた。誰か別の足音がする。コツコツと足音がこちらに近づいてくるようだ。僕は咄嗟に近くの教室に隠れることにした。幸い、ドアは開けっ放しになっている。なるべく音を立てずに中に入った。教室内に転がっていた教卓の後ろに身を隠す。

 近づいて来るのは、蟲では無い。タスクもこんなところを歩き回っているとも思えない。とすればαと呼ばれていた少女だろう。

 足音はさらに近付いてくる。というか先程まで走っている足音が響いていたのに、急にしなくなったらそこを探しに来るのは当たり前じゃないか。僕は隠れるのをやめて、策を講じることにした。

「こんにちは、お兄さん」

 扉から顔半分だけ覗かせ、にぃっと笑うα。急に声を掛けられ心臓が飛び出しそうになった。完全にホラーだこれ。

「や、やぁ」

 僕は自分よりも年下の少女に思わず後ずさりしてしまう。それに関せずαが笑顔のままが教室に入ってくる。当然のごとく手にはナイフ。併せてゴスパンクな格好に目の下の濃いクマ。正気かどうかも怪しい。めちゃくちゃ怖い。

「大人しく来てくれたら、何もしないよ。……けど抵抗するなら、ね?」

 暗に示すな。手足の一本や二本切り落とすとか言いたいのだろう。

「キーと権限だけ回収できればいいから、首刎ねてもいいよってタスクさんが言ってた」

 予想よりも斜め上の発言だった。そして、この子なら本当にやりかねない。

「悪いけどね、君に殺されるわけにはいかない」

 僕はじりじりと後ずさる。

「大人しく鍵とか出してくれれば、切り裂かないよ」

「ホントに?」

「えっ、うん、ホントホント」

 一瞬、目を反らしたぞ、このナイフっ子。どっちにしろ斬るつもりか。

「つーか、なんで君はあの人に従ってんの?」

「世界を元通りにしてくれるタスクさんに尽くすのは当たり前じゃん。むしろお兄さんがこっち側についてくれないのはなんで?お兄さんも元人間なんでしょ?」

 も、ということは彼女も人なのか。それならばαの言い分も判らなくはない。判らなくはないが。

「あの人は信用出来ない」

「そう?あのお姉さんの方が信用出来なくない?何もかも黙ってたんでしょ?」

「そうだね。それでもあの人とは違って、ずっと信用出来るよ」

「ふーん、まぁ、どうだっていいや。渡すの?渡さないの?」

 貼り付けたような笑顔が崩れ始める。若干、イライラしてきているようだ。

「それがあればみんな元通りになるの。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも。だからさっさと渡してよ」

 彼女にも彼女の理由があったということに、初めて気付いた。そりゃそうか。全てが元通りになるなら、誰だって何でもやるだろう。ただ、元通りにしてくれるのは胡散臭いペテン師だ。僕はその人を信用することは出来ない。話し合っても平行線か。

 僕はコートの内側に手を差し入れた。コートの内側にぶら下げていたそれを掴む。グリップを握ったまま、もう片方の手で金属の筒のような形のそれから安全ピンを引き抜く。

「悪いが渡せない」

「ならバラバラに切り裂くしかないね!」

 彼女がナイフを構える前に、それを足元に転がした。彼女の注意が転がってきた物に向く。

 空き缶サイズのそれは頭の部分に小さなパーツが付いている。そこから白い煙が噴出した。煙は辺りに充満し、彼女の姿を覆い隠した。

「スモークぅ!?」

 αの視界が塞がれている間に、僕は教室の後ろの扉から逃げ出した。αが煙を裂いて飛び出してくる。彼女も後ろの扉から勢いよく出ようとして……すっ転んだ。脛ぐらいの高さに糸を仕掛けておいたが、ここまで見事に引っかかるとは……。

 顔面をしたたかに打ち付けたαが鼻を押さえている。

「だ、大丈夫?」

 あまりにも痛そうだったので、つい声を掛けてしまう。αは三日月のようにきゅうっと口角を釣り上げる。両手にしっかりとナイフを握って。


 体育館の真ん中に黒い柱が建てられている。柱と言っても建物を支えるものではなく、タスクが生成したものだけれど。私はそこに鎖で幾重にも縛り付けれていた。無論、鎖をガチャガチャ言わせても外れはしない。

「ツギ君はここまで元気にやってきたみたいだね」

 傍でパイプ椅子に座るタスクが話しかけてくる。せめてコイツの顔が見えなければ、もう少し冷静でいられたかもしれないのに。

「今、αにロールバック・キーと権限を取りに行かせたよ。なぁに、彼が大人しく渡してくれれば誰も傷つかずに済むさ」

「ふざけないで。彼に何かあったら容赦しないから」

 私には何の力も無くなったけれど、心はまだ折れていない。

「外じゃフジが一人で戦ってるが……まぁ、あの数だ。いずれ数に押しつぶされるだろう。廃棄者の連中も再利用してみたが、やはり数に勝る暴力は無いね」

「アンタ、どうやってそんな力を……」

 何人もの管理者から力を奪ったりしたのだろうけど、蟲や廃棄者を操るなんて能力は有り得ない。その手の力は管理者とは相反するものだ。

「別に不思議なことはないだろう。蟲を解析するぐらい、どの管理者だってやってる。解析した因子を少しだけ取り込めば誰だって出来るよ」

 理論としてはそうだろう。ただ。

「まともな管理者ならそんなことはしない。いや、そもそも思いつかない」

「その硬直した考えが、あの騒乱を引き起こしたとは考えないのか?」

 タスクは立ち上がり、メガネを外す。

「ちなみに廃棄者達については回収・再生する際に蟲の因子を少しだけ流し込んだんだがね、ある程度の言うことは聞いてはくれるが、やはり細かい指示が出来ないのは致命的だ。あれじゃ、蟲達と変わりない」

 メガネを外したまま、こちらを覗き込んでくる。

「ホント、思い通りにならないものだね?君も私も」

 その瞳の中に黒い澱みが見えた。もしかして、これは。

「まぁ、それも終わる」

 タスクは私に背を向け歩き出した。

「安心してくれていい。世界は私が正しく導く。君たち管理者もね」

「管理者よりも上位になったつもり?」

「まさか……。あくまでも管理者のトップ、ってだけさ」

 随分とイカれた思考になっている。管理者に上も下も無い。あるのは役割だけだ。それすら、こいつは忘れてしまったのだろうか。


 廊下を全力疾走で逃げ回る。何から?両の手にナイフを持った殺意一〇〇%の少女から。

「待ってよ、ツギハギでボロくず雑巾のお兄さん!」

 酷い言われようだ。けど、立ち止まったらもっと酷いことになる。というか、何度か追いつかれそうになって、ナイフで斬られた。彼女は弄んでるつもりらしく、あえて薄く切り裂いてくる。おかげでパスから貰ったコートがボロボロだ。彼女が本気なら既に仕留められていただろう。

 目の前の角を曲がり際、ポーチから取り出した糸の端をそれぞれ両壁の隅に押し付ける。糸は糊もついていないのにペったりとくっついた。高さは彼女の脛のあたり。仕掛けが終わったらすぐさま離れる。

 少しして、離れた場所から誰かが転ぶ音が聞こえた。また引っかかったのか……。パスと同じく、熱中すると視野が狭くなるタイプだな。

「出てこい、ツギハギ野郎!バラバラに切り裂いてやる!」

 ついに口汚く罵られるようになってしまった。相当、頭に来ているようだ。距離が少し離れたのか声が遠い。仕掛けるなら今のうちだ。仕掛けを終えるのとαが角から飛び出してくるのは同時だった。鼻が赤くなっている。

「やっと見つけた。……ようやく観念した?切り裂かれる覚悟は出来た?」

 にぃっと嫌な笑みを浮かべるα。もはや鍵を奪うという目的を忘れている。

「君に僕を捕まえられるならね」

「やってやろうじゃねぇか、この野郎!」

 言葉の途中で被せられた。怒り心頭のようだ。何度も糸に脚を引っ掛けられ、そのたびに転んでいたのだから当然か。

 αは先ほどと同じように飛び込んでくるかと思いきや、ナイフを立て続けに何本も投げまくる。廊下の床に突き刺さったナイフは廊下に張った糸を簡単に断ち切った。さすがに学習したようだ。

「同じ方法で逃げられると思った?残念でした!」

 今度こそαが飛び込んでくる。右手には別の新しいナイフが握られている。僕は後ろに一歩下がって避けようとするが、それよりも早い。ナイフが胸に突き立てられた。

「ホントはもっと切り刻むつもりだったけど、一発で仕留めちゃった。ごめんね?」

「それはどうかな?」

 左手に握った糸を思いっきり引っ張る。αの足元に仕掛けられていた糸が彼女の足首に巻き付いた。

 予め、自分の足元に糸で輪を作っておき、その糸を通した針を天井に突き刺しておいたのだ。思っていた以上に上手くハマった。細い針だけれどαのような少女をぶら下げてもビクともしない。

「このツギハギ野郎!」

 天井から逆さまに吊り下がるαが罵ってくる。スカートが捲れ上がりあられもない姿になっていた。彼女はバネ仕掛けのおもちゃみたく、勢いよく腹筋で体を起こし足に巻き付いた糸を、新たに手にしたナイフで切ろうとしていた。僕はナイフが胸に突き刺さったまま、隣の教室に逃げ込む。

「待ちやがれ!」

 足に巻き付いた糸をナイフで切ったαはべしゃりと床に落ちたものの、跳ね起きて教室まで追いかけてくる。僕はすでに後ろ側の扉から出ていた。

 先ほどと同じように、グレネードを教室内に投げ込む。僕はすぐさま扉を閉めた。

「また同じ手を……」

 投げ込んだグレネードは二つ。スモークとフラッシュバン。煙の発生からわずかに遅れて音と光の暴力が教室内を蹂躙する。僕は外で両耳を塞いでいたにも関わらず、僅かにキーンという響きがこだました。

 そっと扉を開けて中を覗き込むと、煙が充満する部屋でαが目を回して倒れていた。僕はこれ以上、αが暴れまくる前に糸で両手を幾重にも巻きつけた。それと両足も。

 ここまで上手くいくとは思わなかった。それでも、僕の勝ちだ。胸に突き立てられたナイフを引き抜く。痛みに僅か声が漏れる。けれど、血は一滴も出てこなかった。パスからもらったコートはボロボロに切り裂かれてしまったな……。

「よし」

 無茶苦茶に走り回ったせいで、目的地である体育館から離れてしまった。場所は何とか覚えている。僕は再び走り出した。


「まさかαが失敗するとはね」

 タスクが呟いた。どうやってかは判らないけど、ツギ君はあの状況を切り抜けたようだ。

「ホント、アンタはやる事なす事、失敗続きね」

「全くだ。けど、最終的に勝てば問題ないだろう?」

 私の軽口に乗ってくるだけの余裕はまだあるようだ。

「彼に管理者としての力があるとはいえ、所詮、治す事だけがお仕事のパッチワーカーだ。直接的な戦闘に関しては素人じゃないか」

 タスクは再びパイプ椅子に腰を掛ける。いつの間にか手には缶コーヒーが握られていた。

「それでもツギ君ならやってくれる。実際にαを突破したわけだし」

「随分と彼を買っているじゃないか。自分が作り出した作品への絶対の自信か?」

「やめて。彼を作り出したなんて言わないで」

「でも、事実だろう?彼の意思などお構いなしに、己の欲望のままリカを蘇らせようとした。その結果、失敗。更には彼には何も教えずに良いように扱った。計画性もなく、責任も取らず、自身の欲望に従った君が私に何か言える立場かね?」

「それは」

 缶コーヒーのプルトップを開けると、タスクは一気に飲んでしまった。

「彼は許してくれた?ならば、リカの意思は?本当に蘇らせて欲しいと思っていたのか?それすら、自身のエゴでは無いのかね?」

 タスクの問いかけは、いちいちねちっこく、嫌なところを的確に突いてくる。

 もう私には何も言い返せない。ツギ君は私を許してくれたけれど、やってしまった事は無くならない。これから、私は彼を見るたびに自身の罪を思い知らされるのだろうか。それにリカは。

 タスクはうな垂れる私の足元に空き缶を置いた。そして囁く。

「少しでも罪の意識があるのであれば、私に協力するつもりはないかね?世界を良くすることがリカの望みだったろう?」

「誰がアンタなんかに!」

「そう言うと思っていたよ」

 こちらに背を向け、離れたタスクはこう言った。

「私に言わせれば、君の方こそ管理者失格だと思うがね」

 かぁっ、と頭に血が上る。目の奥が熱くなる。けれど、それを言葉に載せることが出来ない。自覚があったから。

 体育館の扉が蹴破られた。

「さっきから好き勝手言いやがって!中途半端に聞きかじったような野郎が知ったふうな口を聞くのもいい加減にしろよ!」

 ツギ君の姿を目にした私はなぜか涙が溢れてきた。心底嬉しかった。


 本当は体育館の外で中に入るタイミングを伺ったのだけれど、タスクとパスの会話が聞こえて来た。一応、スモークグレネードを投げ込んでから入るとか、作戦を考えていたが、ついに我慢できなくなった。

「盗み聞きとは関心しないね」

 タスクの相変わらず人を舐めた態度に苛立ちが募る。

「ホントはこっちに聞かせるつもりで話していたんじゃないのか」

「さぁ、どうかな……それより、最後にもう一度だけ聞いておこう。鍵と権限を渡すつもりないんだね?」

 悠然とタスクが歩み寄ってくる。周囲に蟲はいない。もう手駒は尽きたのだろうか。

「渡したら、パスを開放してくれるのか?」

「ツギ君、私のことはいいから!」

 僕の言葉に呼応して、パスが叫んだ。と、タスクが指を軽く振ると、パスの足元から黒いトゲが床から伸びた。切っ先が喉元で止まる。

「少し、静かにしてくれないか?私は彼と話しているんでね。……という訳でね、大人しく渡してくれたら、パスを開放すると改めて約束しよう」

 僕はポーチから二つのビー玉を取り出す。右手に青いビー玉。左手に赤いビー玉。それを見てタスクは引き渡すと判断したのだろう。トゲが僅かに引っ込んだ。

「この赤いのが静止を解除するための権限。パスの残されていた力でもある、んだっけ?」

 指先で摘んだ赤いビー玉は光を湛えている。

「そうだ」

「当然、これは渡せない」

 僕は赤いビー玉を手の中に固く握りこんだ。タスクの眉がピクリと動く。

「青い方は世界が壊れる前に戻すことが出来る、ロールバック・キー。これも渡したく無いけれど」

 黒いトゲが僕を取り囲むように生えてくる。

「君を殺して奪うことも出来るんだが?今、生きていられるのは私の慈悲ということを忘れない方がいい」

 先程より声が固くなっている。

「判った」

 僕は観念して足元に青いビー玉。ロールバック・キーを置いた。

「それでいい」

 黒いトゲが引っ込んだ。タスクがパスから離れてこちらに近寄ってくる。

「権限も置きたまえ」

 僕は無言で赤いビー玉を床に置くため、再び身をかがめる。

「けど、あなたは本当に世界をより良くしてくれるのか?」

「ああ、いくらでも誓おうじゃないか」

「というか前の世界はそんなに悪いものだったかな?」

 僕の問い掛けにタスクは足を止める。

「ずっと悪い方に進んでいたと思うが。他を省みない環境破壊、いつまでも終わらない戦争、広がる格差、無くならない差別……というのはありきたりか。まぁ、それだけならまだ目をつぶっていたんだがね。問題は精神の劣化だ」

「精神の劣化?」

「自身の幸福を望むより、他人の不幸を望む人間が増えたということさ。それでは、世界は良くならない。いずれ取り返しのつかないことになるだろう」

「うん、一理ある」

 ただ。

「ただそれで世界がダメになるとも思えない」

「ほう?」

 僕はタスクに向き直る。

「悪いところもあるけどさ。それだけじゃないだろう、人って」

「言いたいことは判るが、プラスに対してマイナスな面が多すぎる」

「そうかもしれない。けど、悪くなっていく世界を良い方向に持っていくのも管理者の仕事じゃないのか?」

「そうだ。だから、私がより良く導こうと言っているんだ」

「今までのことを無かったことにして?」

「ああ」

「それじゃあ、ダメなんだよ」

 僕は青いビー玉にブーツのつま先を乗せる。

「あなた方、管理者がこの世界を管理してるなら、最後まで責任持てよ。無かったことにしてやり直し、なんて管理者失格だ」

「おい、ふざけているのか」

 タスクの声に怒りが混じり始める。

「それに人を過小評価し過ぎじゃないかな。歴史上、人は何度やらかしてきたと思ってるんだ?でも、生き延びてきた。それぐらいしぶといんだよ。それはあなた達、管理者もそばで見てきただろう?」

 パスを見る。今にも泣きそうな顔をしていた。

「……って、講釈を垂れるのはガラじゃないなぁ。偉そうなこと言ってすみません」

「それでいい」

 僕は足を青いビー玉から退けると、タスクの顔から緊張が消える。

「だけど」

「ツギ君、ダメだよ……」

 僕の瞳の奥に宿る決意に気付いたのか。

「いくら失敗を無かったことにしても、無くなりはしないんだよ。むしろ、失敗の経験があるからこそ成長出来る。そんな考え方も出来るんじゃないだろうか?」

「何が言いたい」

 タスクだけは気づけない。当たり前だ。

「過去を無かったことにするなんて、都合のいい話はどこにも無いってことだよ、バカ野郎!」

 僕は今一度、足を持ち上げると青いビー玉を踏み砕いた。粉々に砕けたロールバック・キーは青い破片となり溶けるように消えてしまった。これでは僕の力でも治せないだろう。

 タスクが口を開き、何かを言おうとしたが言葉が出てこないようだ。

「まぁ、しばらくパスの世界を治す旅に出るのも悪くないかな」

 僕は赤いビー玉を拾い上げた。

「ツギ君……」

 と、パスが何かを言いかける前に僕は吹き飛ばされた。突風?衝撃波?ともかく堪えきれないほどの衝撃の強さにごろごろと体育館の端っこ、入口の辺りまで追いやられてしまった。

「自分が何したか判ってるんだろうな……」

 タスクの声が僅かに聞こえた。顔を上げるとタスクが憎々しげな表情でこちらを睨んでいた。もう一片の余裕などない。本気で殺しにかかってくるだろう。

「お前は絶対に死なさん!生と死の狭間で生かし続けてやる!」

 つまり死ぬギリギリまで痛ぶりつつ生きながらえさせるということか。タスクの顔に黒い筋が幾重にも走る。

 不意に嫌な予感がして僕はその場を転がって離れた。数瞬後、いくつもの黒いトゲが凄まじいスピードで生えた。

「何が直接的な戦闘はしない、だ……!」

 さっちゃんの事前情報と違うんだが?なんて文句を言っている場合じゃない。僕は赤いビー玉を固く握り締めて立ち上がる。

 僕自身に戦う力は無い。となれば、パスを助けるしかない。このビー玉を彼女に返せば、戦う力を取り戻せる。今のタスクを倒せないまでも、この場から逃げるぐらいは出来るだろう。

 僕は残りのスモークグレネードとフラッシュバンを立て続けに投げつけるが、タスクが腕を振るうと同時に床から生えてきた黒いトゲが体育館の窓から外へ弾き飛ばしてしまった。僕は覚悟を決めて走り出した。数瞬、遅れて背後で黒いトゲが生える気配がした。

 さらにタスクは黒いトゲを発生させる。今度は僕の進行を妨げるように、目の前や横、更には死角から生えてきた。殺気?を僅かに感知し身を捩る。いつの間にか出来るようになっていた芸当。それでも完全には躱せないけれど、体を掠める程度だ。止まらなければ問題ない。

 蛇行しながら次々と発生する黒いトゲを躱し、パスの元へと駆け抜ける。

「刺され!刺され!刺されって言ってるだろ!」

 狂ったように喚きながら腕を振るうタスク。もはや正気とは思えなかった。顔に走る黒い筋が先程よりも大きくなっている。

 僕は目の前を黒いトゲに塞がれ、否応なしにタスクの脇を通り抜ける。そして、すれ違い様に脇腹をやられ、転倒した。

 タスクが突き出した手から黒いトゲが伸びていた。どうもトゲを発生させられるのは地面だけじゃないらしい。痛みを堪えて、跳ね起きる。脇腹から折れた黒いトゲが刺さったままだ。

 さすがのタスクもその光景に唖然としたのか、しばし動きを停めた。僕は再び駆け出す。痛みのせいで先ほどよりも速度が落ちている。パスの元までもう少し。

 これまでよりも大きい黒いトゲが左側から伸びてくる。慌てて身を屈めたが左腕が間に合わなかった。左腕が千切れ飛ばされる。それでも前に進むのを止めない。

 パスの目前まで迫った。あと一歩でたどり着く。しかし、今度は右の腿に黒いトゲが刺さる。貫通したトゲのせいで前に進めない。

 さらに追撃の黒いトゲがこれまでの鬱憤を晴らすかのように全身に突き刺さった。左頬、右肩口、胸部、両腿……とにかく数え切れないほど。気が狂いそうな痛みに襲われ、もう完全に身動きが取れなくなった。

 目の前のパスは顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。何か言っていた気もするけれど、はっきり聞こえなかった。

 背後からやって来たタスクに顔を掴まれる。背筋に走る悪寒。渾身の力を込めて顔を背けると同時に黒いトゲが右目を抉った。痛みのあまり意味のない言葉を叫ぶ。それでも右手に握ったパスの力は手放さない。

「まだ死ぬなよ?」

 トゲが頭から抜けると、タスクがそう囁いた。

 僕はトゲが刺さった右手を無理やり動かす。肉が裂ける音がした。と、今度は黒いトゲが右肘を貫いた。新たな痛みに気を失いそうになる。

 必死に頭を動かし、右手に顔を近づける。どうにか赤いビー玉を口に入れた。

「おいおい。意地でも権限を渡さないつもりか?」

 タスクは僕に背を向け呆れたように言う。

「そんな事しても無駄だ。それとも、生きたままバラバラにして取り出されるのが望みか?」

 この人がなんと言おうと関係ない。僕はパスにこれを返すだけだ。身を捩って少しでもパスとの距離を縮める。

 パスはこちらの意図に気付いてくれた。身を乗り出し、必死に顔を近づけてくれる。

 僕とパスの唇が触れる。口に含んだ赤いビー玉をパスの元へと返す。しばらく僕らはそうしていた。

 唇を離して僕はパスに微笑みかける。パスも泣きながら笑っていた。

 そこで僕の気力は完全に尽きた。


 ツギ君から管理者権限と共に、力が返ってくる。本来の力の一部ではあるけど、この程度の拘束を外すのは簡単だ。

 腕の鎖を引きちぎる。その時点でようやくタスクが気付いた。けれど、もう遅い。即座にショットガン、AA-12を空間から取り出して散弾を連射する。咄嗟のことにタスクは反応できずに吹き飛ばされた。

 私はAA-12を投げ捨て、ツギ君を抱き抱える。黒いトゲ、蟲の力の応用だろう、をすぐさま削除した。ツギ君は弱々しい息を付き、今にも死んでしまいそうだ。

 体中、穴だらけで痛々しい。さらには左腕も失い、あげくに右目があった箇所はぽっかりと穴が空いていた。それでも彼は私を助けてくれた。自身を省みず、満身創痍なりながらも、そして、元の世界に戻ることすら投げ打って。

「ツギ君……」

 私は弱々しく呼びかける。ツギ君は薄く左目を開いた。

「ぱ、パス……」

「無理に喋らなくていいから!」

「怪我は、そのうち治る、よ」

 彼は必死に言葉を絞り出した。私は怪我の状態を確認すべく、ボロボロのコートを脱がせた。コートの下、ツギ君の身体には、いつもの穴を塞いでいた白い布が巻かれていた。

「これ、なら治る、よ」

 ツギ君が僅かに微笑む。

 確かに、彼の力は何でも治す。このやり方ならば、いくら傷ついてもしばらくすれば治ってしまうだろう。けれど、治るのと傷つくのは別の話だ。想像を絶する痛みが彼を襲っていただろう。なんて無茶なことを。

「ツギ君、ホントに……ホントにありがとう……私みたいな奴のために……ここまでしてくれて」

「パスは……僕の……大事なパートナーだから……世界よりも大切な」

 私はツギ君を抱きしめた。彼も残った右腕を背中に回してくれる。もう私は大切なパートナーを二度と失いたくない。

「少しだけ、待っててね」

 ツギ君をそっと横たえる。私にはまだやるべきことが残っている。

 振り返ると、タスクが立っていた。服はボロボロだが、その表情からダメージはなさそうだ。散弾を至近距離で喰らったはずなのに。

「本当に最後の最後まで気に食わない奴らだよ、君達は!」

「アンタだけには言われたくない!」

 私は両手にサブマシンガン、PP-2000を出現させる。

「そんな豆鉄砲が通じるとでも?そもそも、世界を静止させるために力の殆どを費やした今の君が私を倒せるはずが無いだろう!」

 私が銃を構えるのと黒いトゲが伸びるのは同時だった。引き金を引く前に、PP-2000の銃身にトゲが突き刺さり、即座に使い物にならなくなった。

 今の私は銃しか扱えない。その唯一の攻撃はタスクには全く通用しなかった。それでも諦めるわけにはいかない。グレネードとか爆発物なら?いや、ツギ君を巻き込んでしまうかもしれない。

「それでもっ……」

 今度はリボルバー拳銃を手にする。スーパーブラックホークとかいうバカみたいに長い名前と長い銃身を持っている。.44マグナム弾を撃てるように作られたバカみたいな銃だ。

 私は駆け出した。タスクが腕を振るって黒いトゲを操る。先ほどとは違い、地面から直線的に生えるだけではなく、蛇のようにうねってこちらを狙ってくる。

 それを躱しつつ、攻撃のチャンスを図る。私は僅かな隙を見逃さず、銃を両手で構えた。引き金を引くと反動で腕が跳ね上がり、体が仰け反った。

 弾頭に削除の効果を込められた.44マグナム弾は、黒いトゲを貫通しタスクへと直進する。が、額の数ミリ先で静止していた。

「無駄だということが……」

 黒いトゲが攻撃を再開する。私は躱し、時にはスーパーブラックホークで迎撃し、一度、タスクから距離を取った。

「いい加減に!」

「するのはあなたね、タスク」

 振り返ると体育館の入口に一人のオネエが立っていた。声の主は姐さんだった。

「ごめんなさいね、少し遅れちゃったわ。外が騒がしくて」

 姐さんが肩と首を回す。少し服が汚れている。ここに来るまで外の蟲と戦ったのだろう。

「久しぶりに運動したわ。やっぱり、なまってるわねぇ」

「歳なんじゃないですかね……」

「おだまり!」

 小さな声で言ったはずなのに、姐さんの耳にはしっかり届いていたようだ。

「でも、外は落ち着いたわ。今はみんな休憩してる。ねぇ、タスク」

 姐さんの呼びかけにタスクが反応する。

「あなた随分と変わったわね。昔は真面目で大人しかったし、管理者の勤めもちゃんと果たしてた。でも、今のあなた。……まるで蟲みたいよ」

 黒い箇所はタスクの全身に及び、もはや管理者とは呼べない存在に成り果てていた。タスクは気づいていなかったのか、自身の体をじっと見つめる。

「やれやれ。どれだけ大それたことを語っても、結局のところ、あなたは蟲に侵された管理者に過ぎなかったようね」

「そんなはずは……私は世界を……私自身の手で……」

 ブツブツとタスクが呟く。

「その思考も蟲のせいかしら?ともかく、あなたはもう管理者でも何でもない、駆除されるべきただの蟲よ」

「私は……わたしは……ワタシハ」

 タスクの声に狂気を帯び始める。

「どや顔で指摘するところ悪いんですけど」

「あら、なぁに?」

「タスクに対抗できるんですか?」

「やだぁ、それはパスの役目でしょ」

 くねりながら何言ってんだ、このおっさん。その間にもタスクの体は黒い汚泥を纏っていく。徐々に大きくなっているようにも見える。

「おっと、ツギちゃんが危ないわね」

 姐さんの姿が消えたかと思うと、ツギ君の傍に現れる。そして、再び姿を消し、今度は私の傍に姿を現す。その肩にはツギ君が乗っていた。

「彼が噂のツギ君?あら~、いい子じゃない。ちょっと傷が痛々しいけど」

「今、そんな場合じゃないですよね?あと、あんまりツギ君にべたべた触らないでください」

 ツギ君に変な影響を与える恐れがあるので、姐さんとの接触は最低限にしたい。

「ちょっとぐらい、いいじゃないの……。それより」

 姐さんはツギ君を下ろして、体育館の壁にもたせかけた。

「静止の権限をこちらに渡しなさい。しばらく預かっておいてあげるわ」

「肩代わりしてくれるってことですか?」

「今だけね。それならアンタも全力を出せるでしょ」

「ありがとうございます」

 姐さんが私の頭に手を置く。

「アンタの髪、サラサラねぇ。羨ま妬ましい」

「撫で回さないでください。セクハラで訴えますよ」

「心は乙女だからセーフでしょ?」

 なんてやり取りをしている間に、権限の譲渡を済ませた。

 私はツギ君の傍にしゃがみ込み、話しかける。

「すぐに済ませるから、待っててね」

 ツギ君が小さく口を動かす。

「頑張って」

 喋るだけでも辛いだろうに。

「うん。任せて。君がやられた分、全部お返ししてくるから」

 ツギ君の頭を抱えて、耳元に囁く。

「あらあら、まぁまぁ」

「姐さんみたいなキャラが言っていいセリフじゃないですよ」

「手厳しいわねぇ」

「ツギ君を頼みます」

「お任せあれ」

 私はタスクに向き直る。もはや人の形をしていなかった。本人の意思があるのかどうかも怪しい。黒い刺を全身に生やしたゴリラみたいなバケモノだ。そういえばゴリラ×3は元気かな。唐突にそんなことを思った。

「ここからは全力全開だ」

 私は虚空に手を伸ばす。中空にいつもはダッフルバッグにしまっていた細長い袋が現れる。袋から中身を取り出す。出てきたのは白木の鞘に収まったひと振りの刀。

 一息に抜き放つ。

 その刃は蒼く濡れ、薄い光を湛えていた。

 世界を静止させるまでは、この刀で蟲を切り捨ててきた。何体も、何十体も、何百体も、何千体も、何万体も。

「久しぶりにお願い、蟲斬り」

 私は気合を入れるため、腹の底から声を出した。空気がビリビリと震える。私は刀を上段に構えると地面を蹴って飛び出した。タスクだったものが腕を伸ばし十数本のトゲを伸ばしてくる。私は刃を幾度も振るう。刃の軌跡は全てのトゲを切り落とした。あの頃と変わらない切れ味。

 タスクだったものはトゲではなく、今度は拳で殴りかかってきた。私は刃を立てて真っ向から受け止める。衝突の衝撃に私の体が浮きかけたが、タスクの腕は二枚に卸されてもっと悲惨なことになっていた。痛みはあるのか、タスクが吠える。

 私は肘のあたりで止まっていた蟲斬りを引き抜き、返す刀で肩口から斬り飛ばした。怒り狂ったタスクが残された腕を振るう。

 私は腕を掻い潜って、すれ違いざまに脇腹を薙いだ。タスクが膝を付く。無防備な背中に蟲斬りを袈裟斬りに振り下ろす。深々と切り裂いたがタスクが腕を振り回した。まだ動ける元気はあるようだ。

 頭を狙うか。後ろに飛びながら、思考を巡らす。と、タスクの様子がおかしい。全身をぶるぶると震わせ、汚泥を再度、身にまとい始めた。そうはさせじと駆け出すが地面から伸びる数十本の黒いトゲに阻まれる。

「また、大きくなってる?」

 さっきまでは五mぐらいだったのに今は体育館の天井に頭が届きそうになっている。ただ、傷はそのままだ。切り落とした左腕も治らない。傷を泥で覆い隠すだけのようだ。

 肥大が止まるとタスクだったものがこちらを見下ろす。汚泥が顔を覆い、表情は判らない。ただ、歯がむき出しになった口は笑っていた。

 私は刀を構える。柄を顔の横あたりまで持ち上げる蜻蛉の構え。私は再度、腹の底から声を出す。その気勢にタスクが一瞬、怯んだ気配を感じた。私は一気に距離を詰める。

 タスクは焦ったかのように右の拳を繰り出すべく持ち上げた。もう遅い。

 大上段で振りかぶった蟲斬り。

「開放」

 蟲斬りの刃が巨大化する。その切っ先は体育館の天井を突き破った。

 私は声を張り上げ、全身全霊の一刀を振り下ろした。

「ちぇぇぇぇすとぉぉぉぉ!」

 タスクだったものが左腕で受け止めるが、腕ごと袈裟斬りにぶった切る。数瞬後、巨体は上半身と下半身に分かれて崩れ落ちていった。

 私が刀を元の長さに戻し、刃を振ってまとわりついた黒の残滓を落とした。

 タスクの体がグズグズと崩れていく。まとわりついていた黒い汚泥は溶けるようにして消えていった。残されたのは真っ二つになったタスクの体。袈裟斬りに切り捨てられたため、頭と胴体のみの状態だがまだ息があるようだ。

 私はタスクに近づくと刃を突きつける。今、彼は何を思うのか。どこか虚ろな瞳でこちらを見つめている。

「今、楽にしてあげる」

「待って!」

 振り返るとツギ君が姐さんに肩を支えられながら、こちらに近付いてくるところだった。

「ツギ君、傷が……」

「大丈夫。痛みは少しマシになってきたから。それよりも」

 ツギ君は姐さんから離れると、片腕でポーチから白い布を取り出す。まさか。

「タスクを治すつもりなの?」

「姐さんから事情は聞いた。この人も蟲のせいでおかしくなったんだろ?なら、治してあげないと」

「けど……まぁ、ツギ君がそう言うならいいよ」

 たぶん、リカも同じことを言っただろう。私は刀を引いた。

「おい、やめろ。やめてくれ……私はまともだ。前の私に戻ってしまう。どうせなら殺してくれ……」

 タスクが狼狽している。死を迎えるよりも、自身が修正されることを恐れているようだ。こうなると哀れですらあった。

「あなたはしばらく休んだ方がいい」

 ツギ君はタスクに布を掛けた。しばらく何か言っていたようだが、布に口を塞がれて聞き取れなかった。それも直に聞こえなくなり、大人しくなった。修復が始まったのだろう。どれほど時間がかかるか判らないが、次に目覚めるときは以前の彼に戻っているだろう。


「痛い!痛い!痛い!」

「男の子なんだから我慢しなさい」

 パスに千切れた腕をポーチから取り出した包帯で固定してもらう。これでそのうち、くっつくだろう。失った右目もポーチから取り出した布で作った眼帯をつけてみた。こちらは修復するか判らない。でも痛みは和らいだ。

 体の方も痛みはだいぶ収まってきた。まぁ、動かすと痛みが走るのだけれど。

 外にいるフジさん達の元へ戻る途中、糸でぐるぐる巻きのαを回収した。顔を合わせた早々、罵倒されまくったけど、姐さんのひと睨みで黙り込んだ。今は大人しく姐さんの肩に担がれている。

 外に出るとチヌークが中庭に着陸していた。さっちゃんがやかんでみんなにお茶を振舞っている。試合後の部活のマネージャーみたいだ。フジさんは珍しく疲れきった顔で、瓦礫に腰掛けている。紺の道着もあちこちが破れていた。あの後、何体の蟲を相手にしたのだろうか。

 隣に座るのは廃棄者だった3人。彼らもボロボロだったが、各々の獲物を脇に置いて、お茶を飲みながらまったりしている。ひと仕事終えたみたいだ。きっと彼らもフジさんと共闘してくれたのだろう。

 と、そのうちの一人、和装の女性が信じられないものを見たというように立ち上がる。そして、こちらに走ってくる。僕が戸惑っていると突き飛ばされた。

「パスさん!会いたかったです~!怪我はないですか?大丈夫です?」

「離してください。何とも無いですから。それよ……むぎゅぅ」

 和服の女性がパスを抱きしめている。どういう関係か判らないけど、まぁ、そういうことなのだろう。僕は二人をそっとしておいた。

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ」

 フジさんは労ってくれた。

「お疲れちゃん」

 さっちゃんが麦茶の入った湯呑を渡してくれる。

「ありがとう」

 僕もフジさんの隣に座る。

「終わったか」

「ええ、無事に」

「そうか」

 短い言葉を交わしただけだが、それで十分だった。

「タスクちゃんは?」

「どうも蟲に憑かれていたらしい。パスに倒された後、修復しておいたよ」

「そう。それはええことやね。あとで回収しとくわ」

 フジさんは何か言いたげだったけど、結局は口に出さなかった。

「ちょっと皆さん。休憩しているところ悪いんですけど?」

 姐さんが皆の前にやってくる。こうして座って見上げると、ホントに背が高いなこの人。フジさんとは違った迫力がある。

「この子どうするの?」

 姐さんがαをみんなの前に降ろす。相変わらず不貞腐れているようで、口を尖らせていた。

「この子も人と管理者の間の子なんやろ?ウチが預かってもええけど?」

 面倒見のいいさっちゃんが真っ先に手を挙げた。αは不満げな表情をしている。

「しかし、タスクの残した子なんだ。俺が預かって心身ともに鍛え直してやろう」

 フジさんの申し出にαは心底嫌そうな顔をした。

「アタシが預かってもいいけど?ちょうど話し相手が欲しかったの」

 姐さんの言葉に、首をぶんぶんと横に振った。そこまで必死になるほど嫌なのか。

「一応、補足すると」

 和装姿の女性に抱きしめられながら、パスが口を開く。

「サチのとこなら農業体験しながらまったりスローな生活。フジさんについてくなら筋トレあんど蟲駆除の旅。姐さんなら毎日、オネエトークを聞かされながらお手伝いさんライフ。どれにする?」

 どれも嫌そうだったが、渋々、さっちゃんについていくと小さな声で言った。

「ほんなら今、縄を解いたるな」

 さっちゃんがαを解くと早速、ナイフを両手に出現させ、暴れだそうとした。このメンツの中で事を起こそうとは勇気あるなぁ。

 が、さっちゃんが指を鳴らすとナイフが消えさった。

「あんまり悪いことしたらあかんで?お仕置きは嫌やろ?」

 さっちゃんがにっこり微笑む。妙なプレッシャーにαは怯えた顔で何度も頷いた。ある意味もっとも恐ろしい相手に身を委ねることになったのかもしれない。

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